第十話 紫織
さっきまで俯きながら歩いていた片桐君が、突然顔を上げた。
「……やっぱ俺、もう一度然闇説得しに行ってくる」
それにつられたのか、木山君が片手を上げた。
「俺も行く」
「お前は行くな」
西条君の冷静な止めに、木山君は「何だよ、何でお前が指図するんだよ」と反論する。
「自分を撃とうとした相手を信用できるわけねぇだろ」
片桐君が冷たく言い放つ。確かに片桐君の言うとおりだ。木山君は勘違いとは言え、先ほど冬坂さんを撃とうとしたのだ。西条君や片桐君が止めるのも当然だろう。木山君も反論できないと悟ったのか、「何もお前まで言うことねぇじゃんよ」といじけてしまった。
「やっぱり、俺、幼馴染みだし、ちゃんと止めておかないと。あいつは本当は寂しがり屋で、誰かに支えてもらわないと生きていけないんだよ。一番長い付き合いの俺が、あいつを止めるしかないんだ」
片桐君は、先ほど木山君に放った声のトーンとは打って変わって、決意が固まったような声音をしていた。
しかし冬坂さんのことが大好きな木山君は、どうしても片桐君だけが良い格好するのが嫌なようだ。でもよ、と弱々しい声を出して反論しようとする。
「冬坂を助けるためには、やっぱり皆で行った方がいいんじゃないか? 途中で誰かに襲われたら、冬坂を助けるどころの話じゃないぞ」
どうやら私の予想が外れたようで、彼は本当に片桐君の身の心配をしているようだった。彼も仲間想いなんだなと思って、少しホッとする。
「確かに、冬坂さんが助からなかったら、龍平君がどうかなっちゃうから……」
高山君の、小さな声だ。意外とこんなに鋭いことを言うもんだな、と感じる。
「んだと!? お前、言っていいことと悪いことがあんだぞ。俺は別に、冬坂がどうなっても……」
図星だろうに、彼は恥ずかしかった様子だ。その後に続く言葉が見付からなかったらしい。最後の方にかけては、声がどんどん小さくなっていく。
「然闇が死んだら、自分も死ぬ予定でしょ」
ニヤニヤしている桜坂さんが、更に追い打ちをかけていく。語尾に疑問符をつけていない辺り、木山君がそうなるだろうと確信しているのだろう。顔をリンゴより真っ赤に染めた木山君が「るせー」と言うあたり、恐らくそれも図星だったのだろう。
分かりやすいなぁ、と桜坂さんが言う。私も同意見だ。こんなに木山君から愛されているのだから、冬坂さんは幸せ者だろう。
しかし、この木山君の恋心は置いておいて、だ。
片桐君がどうなるのか、それが一番心配だった。木山君の恋路は正直どうでもよいといえばどうでもよいのだから。
というところで、脳内に冬坂さんと木山君が浮かぶ。アイドルの着るような衣装を着た冬坂さんが、手で銃の形を作りながら、「バッキューン」と可愛らしい声を発して、木山君を撃つ真似をする。木山君はあっという間に目がハートマークに……。
って、私、何て気持ち悪い妄想しているんだろう。木山君があまりにも純粋だから、私も正直からかいたくなっていた。
ん? あれ?
銃……?
「でも、片桐君は銃を持ってるからいいんじゃないの?」
私が思わず発した言葉に、本田君は「そうだ、そうだよ」と何かを思い出した様子。
「絵糸の撃った弾、宮沢の頬かすめたんだぜ。今度襲われても大丈夫だろ」
片桐君を褒め称えながら、その表情はどこか怪訝だ。何があったんだろうと思いながらも、当の本人片桐君の方を見る。
見ると片桐君は、先ほどの決意が固まったような表情をしておらず、柔和な目で本田君を見ていた。
「一誠、それ、微妙に失礼じゃね?」
「え、マジか?」
片桐君の軽口に、本田君も笑いながら答える。いつもの和やかな雰囲気がその瞬間だけ戻ったようで、少しばかりホッとする。
「……ま、いいか。俺、行ってくる」
片桐君が手を小さく振り、暗い廊下を駆け抜けていった。皆が「行ってらっしゃい」などと見送る中、私の心の中は、不安でいっぱいだった。
恐らくそれは、皆一緒だったんじゃないかと思う。
◆◇
私のスマホと本田君のスマホが、同時に振動した。
先ほど桜坂さんや西条君に私と本田君の関係を疑われてしまった後だから、何だか余計に緊張する。
途端に、以前の殺人ゲームのことを思い出す。
もしかして、これは。
情報屋からのメッセージなのではないか?
急に怖くなって、スマホを持つ手が震える。
隣を見ると本田君はロックを解除して、LINEを確認しているらしかった。そうだ、本田君は聖ハスカでの殺人ゲームを体験していないから、これが誰かからのLINEだと思っているんだ。
その蓋然性の方が遥かに高く、私もLINEをタップする。起動時間が勿体なくて、早くしてよ、と頭の中で念仏のように唱えていた。
「天才カルテット」が一番上に来ている。
ごくっと息をのんで、それを開く。
最後の一文が表示されるところは読んでいなかったから、誰が話しているのか分からないけれど。
だけど、これがもしも冬坂さんなら。
『皆、心配してくれてありがとう』
祈っていた甲斐があったのか、呟いていたのは冬坂さんだった。自分の顔が綻んでいくのが分かる。
どすっという音が背後からして、ハッと振り向くと、そこにいたのは座り込んだ木山君。冬坂さんが生きていると安心したのだろう。それにしてもお前の巨体が座り込むとビビるからやめてくれ。
本心が出てきてしまったので慌てて抑えると、冬坂さんからまたメッセージが投下された。
『だけどもう、無理なんだ。ごめん』
『絵糸君も助けに来てくれたんだけど』
あ、じゃあ、片桐君は無事、冬坂さんに会えたんだ。
ホッとするのもつかの間、次の言葉で息をのんだ。
『あたし、もう、無理だから』
あたし?
頭の中がもやっとする。
おかしい。冬坂さんは確か、確か……。
そこまで考えた時、既読なのにメッセージを送らないのはあれだよなと思い、文字を打ち始める。
『えぇ。分かった』
『先生を倒したら、またすぐ迎えに行くから』
私が送ったのを見て自分も送らなきゃと思ったのか、本田君が隣でスマホをタップし始めた。
『そうだぞ、冬坂』
『迎えに行っても、助かりたくないなんて言うなよ』
『俺がサッカーで培ってきた能力をなめんなよ』
『木山を蹴ってドアを開けてやるから』
ちょ、ちょっと本田君、何これ。
思わず噴き出して、木山君に気付かれないようにボリュームを押さえて本田君に耳打ちする。
「ちょっと、いくらこのトークを見てないって言ったって、目の前にいるのよ」
「いいじゃん、だってそれが木山の本望だろ?」
もう、本田君ったら。
こういうときでも、明るい性格は変わらないんだね。
木山君が気の毒過ぎて、顔を見ることができない。だからといってはあれだが、口元を押さえた。
だけど。
冬坂さんの放つ言葉は、私の温まりかけていた心を一気に冷やしてきた。
『シオリン、一誠君、ありがとう』
『あたし、もう少しだけ頑張ってみるよ』
やっぱり。
全然違う。
ばらばらになっていたパズルのピースが、当てはまっていく音がする。
おかしいと思ったのだ。
いつもは一人称が「ウチ」なのに今は「あたし」になってしまっている。
周りが冬坂さんのことを思い出している、ジメッとした空気の中、私の心はとんでもないくらいに冷え切っていた。
本当に生きているという生存報告をしたいなら、冬坂さんならまず、電話をしようと思ったはずだ。それは誰だっていい。その場にいる片桐君以外だったら、私だって本田君だって良いわけだ。もちろん外部の人と連絡が取れるなら取るだろう。
なのにどうして、冬坂さんのスマホを持てば、誰でも冬坂さんになりすませるようなLINEで、生存報告をしたのだろう。しかも、完璧になりすませるならまだいい。なりすました奴は一つだけ決定的なミスを犯していたのだ。「あたし」という一人称からして、冬坂さん以外の誰かがスマホを操作していることは一目瞭然だ。
もしかしたら、私達のことを見張っていた誰かが、あたかも冬坂さんを生きているように見せかけて、実は……。
「……やっぱり」
恐ろしい考えが私の頭の中で明確に輪郭を現し始める前に、言葉を発した。今はこの状況を理解することが大事だ。
「おかしいと思ったのよ……」
スマホをスクロールしながら呟く。そうでもしておかないと、想像で頭がどうにかなりそうだった。
バッと顔を上げると、皆の視線がこちらに集まっているのに気付いた。
顔がカッと熱くなり、それからすぐに、桜坂さんの目尻に浮かぶ水滴を見て、こうしている時間はないと悟った。今私が推理したことを皆に言わなきゃ。
「……皆、落ち着いて聞いてほしいの」
世紀の大発見をしたようなトーンになってしまい、私は慌てて唾を飲み込む。お前が落ち着け、と木山君が視線を投げかけてくる。うるせい、分かってますよ。
「今、私達にメッセージを送っているのは、冬坂さんじゃないかもしれない」
発した言葉は、「かもしれない」という曖昧なものだった。だけど私の頭の中では、「今私達にLINEを送ってきている人物=冬坂さんではない」ということが確定していた。
「は?」
誰が発したのか分からない声が、廊下中に響き渡り、そして消えていく。
「冬坂じゃないって、どういうことだよ。だってこれ、冬坂のスマホから送られてきたんだろ?」
西条君が私のスマホを覗きこむ。嗅ぎ慣れない制汗剤のにおいが鼻をかすめた。
「えぇ、確かにこれは冬坂さんのスマホから送られているわ」
そう言い、冬坂さんのアイコンをタップする私。冬坂さんのぶりっ子全開のステータスメッセージが表示される。数ヶ月前の私は間違いなくぶりっ子全開のメッセージに嫌悪感を抱いていたのに、今となっては何故かぶりっ子キャラが平気になってしまっていた。
「見てほしいのは、冬坂さんの一人称なの」
何とか私の意識を思い出から引き離そうとする。今は目の前のことに集中だ。
スマホを見つめていた本田君が、みるみる目を見開いていく。
「一人称……違う」
茫然とした様子で頷く本田君。胸のもやもやが消えていく。私の推理、やっぱり当たっていたか。ふふふ。何だか嬉しい。
……って、嬉しがってる場合じゃないか。
「じゃあ、これは誰かが……」
「冬坂さんのスマホを乗っ取っているということね。確証はないけれど」
謙遜するのにも我慢の限界が近づいてきていた。思わず口角が上がったことに、誰にも気付かれなかったようだ。
「確証はない以上、誰かを問い詰めることはできないよな……」
本田君もうんうん、頷いている。冬坂さん以外の誰かだということは知ることができても、このときに生き残っているクラスメートを疑ったりしては、鬼に見付かってしまう。
一瞬、鬼が操っているのかと思ったりもした。だけどすぐにその可能性を否定する。あんなにずっとぶつぶつ文句を言っていた餓鬼のような前田にその考えは思い付かないだろうし、まずそもそも鬼達が私達の行動を見張っていたのなら、そのときにでも殺されていただろう。
「じゃあ、実験してみたらどうだ?」
珍しく、木山君から提案の声が上がった。
木山君の方を向くと、彼は恥ずかしそうな表情をしながら、「いや」と頭を掻いた。
「冬坂が動揺して一人称が違うのか、それとも誰かに操られているのか。分からないんだったら、実験してみればいいんじゃないのか?」
高山君が、木山君の提案にポンと手を打つ。
「それだ。すごいなぁ龍平君」
高山君に褒められ、照れくさそうにはにかむ木山君。何だか少しだけ可愛いな、と思った。
「よし……それじゃ木山、どうやって実験するんだ?」
「え」
本田君がスマホを持ち直して尋ねると、木山君は硬直した。恐らく、考えていなかったのだろう。
「そ、そこまでは考えていなかったっていうか……その」
やっぱり当たっていた。というか、桜坂さんの言うとおり、本当に分かりやすい。
「じゃあ、然闇が一人称を答えるようにすればいいんじゃない?」
桜坂さんがぽつりと洩らした言葉に、私はひらめいて「そうね」と頷いた。そして、スマホをタップする。もちろん、慎重に言葉を選んで。
『冬坂さん、とりあえず、場所は動いてないわよね?』
これで一人称で答えてくれるかどうかは分からない。だけど、少ない可能性に賭けるしかなかった。
『うん。あたしは絵糸君とずっと一緒にいるよ』
『だけど、もう絵糸君は離れようとしているみたい』
『さくらは絶対その場を離れるんじゃないぞって』
やっぱり、冬坂さんではないことは確認できたと同時に、ここまで全く片桐君が登場していないことに気付いた。
既読は三つついているが、片桐君が話に登場していないのだ。
ということは、すなわち……。
「これ、操作してるの、片桐君じゃないかしら」
彼が操作しているとしたら、恐らくどちらかの手で自分のスマホを少しだけ動かして、どちらかの手で冬坂さんのスマホを操作しているのだろう。
だとしたら、何のために?
西条君や桜坂さん、木山君も次々と私達のLINEを覗く。そして、口々に言葉を発した。
「ホントだ……」
「一連の話で、片桐だけ登場してない……」
「確かに、一人で二つのスマホを操作するなんて、無理だもんな……」
「だとしたら、本当に冬坂さんではないことは間違いないですね……」
片桐君ぐらい器用であれば出来てしまうかもしれないが、今はそんなことができるような状況ではないだろう。
私は、先ほどの片桐君と同じように、決意を固めて、声を振り絞る。
「ここでやっちゃいましょう」
自分で言った言葉が、まるで自分以外の誰かが放ったような温度を持っていたのは、気のせいだったのだろうか。
そんなことを気にする暇もなく、私は画面で指を躍らせていた。
『ねぇ、冬坂さん』
『今打ってるの、冬坂さんじゃなくて、片桐君でしょ』
既読がすぐに三つついて、冬坂さんから返信がある。
『何言ってるの紫織』
『あたしを疑ってるの?』
片桐君はミスをした。私のことを「紫織」と言ってしまった。間違えなければ、まだ救いようがあったのに。
本田君が私の隣で文字を打つ。切羽詰まったような、緊迫した空気が辺りに漂い始めていた。
お願い、片桐君、本当のことを言って。
どうして、私達、仲間なのに。
そんな嘘をつくわけ?
『誤魔化すなよ』
『頼むから本当のこと言ってくれ』
『冬坂は自分のこと「ウチ」って言ってたんだぞ』
『騙すの失敗しやがって』
画面上では、そんなに怒っていないように見える。だけど、現実の彼は、片桐君を信頼していたからこそ、傷付き、驚嘆していた。
『お願い、本当のことを教えて』
『私達、こうやってふざけている時間はないの』
送ってしまってから、後悔した。
片桐君は、別にふざけているわけじゃない。彼なりの理由があって、私達を騙していたのだろう。
それをよく知らずに送って、今悪かったのは私だ。
だけど。
片桐君に認めてほしかった。仲間だと思っていたから、ちゃんと謝ってほしい。
このまま騙しとおしていたら、許せるものも許せなくなってしまうようで、何だか怖かった。
「お願い、片桐君、本当のことを言って……」
祈るように目をつぶると、その直後。
しゅぽん、と言う音がして、私は恐る恐る目を開けた。
『あぁ、そうだ』
『さっきは俺が送った』
片桐君のスマホからの返信だ。
よかった。認めてくれたんだ。
座り込んでしまいそうな脱力感を何とか抑えて、スマホを見つめる。
『然闇がもう死にたいって言うから』
『上手く皆に伝えといてって言うから』
『だからやった』
『本当にごめん』
安心したのも束の間。
すぐ、嫌な予感に襲われた。
「死にたい」ってどういうこと?
片桐君と一緒にいるなら、頑張って生きれるんじゃないの?
そう思うといてもたってもいられなくなって、駆け出した。
皆ついてきてくれたらしく、どたどたと鬼に見付かってもおかしくないような足音が私の後ろから聞こえてくる。
ポケットの中を探って、ポケットの中でキーホルダーを握りしめる。
冬坂さん、お願いだから無事でいてよ。
何のために、こもったの?
死にたいから? そんなわけないよね?
お願いだから……。
私の為に死んでいった、皐の姿が目に浮かぶ。
あの瞳に浮かんでいた、色んな感情を詰め込んだ表現しがたい色は、脳裏に焼き付いている。
もう、大切な人を亡くしたくなかった。
◆◇
廊下を走っていると、曲がり角でちょうど誰かとぶつかりそうになった。
鬼かもしれないと思って私は身構える。こういうとき、鍛えた体は役に立つものだ。
だけど、出てきたのは片桐君だった。
「絵糸!」
本田君が、大声で片桐君の名前を呼ぶ。
「お前、俺らのこと、騙しやがって!」
木山君が怒りを露わにして、片桐君の肩を揺さぶる。片桐君は「その説は本当にごめん」と頭を下げた。
木山君が睨みつけると同時にばっと顔を上げ、「そんなことより大変なんだ!」と皆を見回した。
「何が大変なんだよ」
「今だって大変ですよね?」
高山君が、苛立っている様子の西条君にツッコミをする。
「然闇が、然闇が……」
片桐君の泣きそうな声を聞いて、肩を揺さぶっていた木山君が悲痛そうな顔をした。
「ふ、冬坂が、どうしたってんだよ!?」
「女子更衣室の近くにさ、理科準備室があるだろ?」
片桐君らしからぬか細い声に、皆の表情が曇った。
「さ、然闇が、理科準備室の中から、マッチ取ってきて……」
え?
「おい、片桐、何て言った今!」
「もう絵糸君はウチのそばにいないでって言われたんだ! 俺だって意味は分からないよ!」
声を荒らげた片桐君。木山君は一瞬怯んで、「チクショー!」と叫んで、女子更衣室へと誰よりも早く走り出した。
だけど、足が遅い木山君は、百メートルがとんでもないぐらい速い西条君や本田君に、一瞬で追い越される。私も木山君を抜かし、桜坂さんも私のすぐ後ろについてきて、木山君の後ろにいるのは肩を揺さぶられて今走り出した片桐君と、高山君だけになった。
女子更衣室に近付くにつれて、焦げくさいにおいが漂い始めた。
何かが焼けたような香ばしいにおいが、私の鼻孔を刺激する。バーベキューをした時のようなにおい。
だけど今、バーベキューなんかするわけがない。背中に冷や水を浴びたような、猛烈な寒気がした。
そして、女子更衣室の前に着いた瞬間。
息をのんだ。
女子更衣室のドアは開け放たれていて。
目の前に広がる女子更衣室は、真っ黒だった。
さっきの、焦げたようなにおいの原因はこれだ。
マッチの残骸すらも見当たらない、真っ黒焦げの現状では、ここで何が焼けたのか、全く分からない。
女子の服を入れる用の塗色された棚も、今や見る影もなかった。
「嘘……だろ……?」
最初にその火事現場に駆け出して行ったのは、片桐君だった。
「おい、然闇!?」
足元に視線を向けて、悲鳴を上げる。私達も一斉に片桐君の足元を見た。
彼はしゃがみこんで、足元に転がる、真っ黒焦げの人型の物体を揺さぶった。
それって。
それってまさか……?
「嘘だろ、冬坂……」
「そんな……」
一同は絶望して、片桐君の足元にある、人型の物体を見つめる。
「然闇……」
片桐君は涙を流して、そっと真っ黒い人型の物体を抱き締める。
真っ黒焦げの人型の物体は、焼け死んだ冬坂さんだった。




