第八話 紫織
改行しまくりです。
一週間、投稿遅れてすみません。
「絵糸君!?」
冬坂さんの声が辺りに響き渡る。頭の中にぐわんぐわんと反響して、音さの実験をしているみたいだった。
「……皆」
片桐君が安堵の表情を見せる。ホッとした感情と何故だか辛そうな感情が入り混じっているらしく、複雑な表情になっている。
「心配したんだぞ、どこ行ってたんだ」
片桐君は階段を下りながら眉を下げて言う。そこで私はたまらず叫ぶ。
「どこ行ってたんだじゃないでしょ! この状況、何? 何で松永さんが倒れてるの?」
私は松永さんと片桐君を交互に見やる。松永さんが階段の下からぎりぎり見える位置にいる。どう考えても、消火器を持ったまま倒れている松永さんと安堵したような表情の片桐君とのギャップが大きすぎて、理解が追いつかない。
隣で本田君達が不気味な物でも見るかのように片桐君を見つめている。怖いもの見たさ、興味本位という思いが巡った三人の瞳には、松永さんのことは映っていなかった。
その瞬間、本田君が西条君の頬を急に叩き始めた。
「おい、起きろ、起きろ、西条」
その衝撃なのか、西条君はおもむろに瞼を押すように上げた。ぱちぱちと瞬きを繰り返すその動作がどこか可愛らしくて、私は彼が喋り始めるまでずっとそれを見ていた。
「おはよう、皆」
誰かが噴き出した。皆それにつられるように、伝染するようにして、その笑いが広がっていく。その場のムードが和やかになり、私は噴き出しの中にそっと一息漏らした。
「あ、あぁ……え、絵糸……」
だがそのムードも長くは続かない。西条君は片桐君を見るなり急にぶるぶる震えだした。
それもそうだろう、と私は納得することにした。私達「天才カルテット」からしてみれば、彼は実は寂しがり屋で一番ツンデレな男子なのだ。だけど彼は喋らない。一応私達の前では喋るが、クラスでは全然話さない。今日彼がクラスの前で喋ったのは、自己紹介の時だけだろう。
私達からしてみれば、彼は勉強以外は至って普通の中学生だが、周りからは無口で大人しい、何故モテているのかすら分からないようなミステリアス男子と評されていた。そんな人が目の前でいきなり人殺しをしたのだから、西条君もこうなってしまって無理はないだろう。
「んー?」
察して。ねぇ、察して? と言いたくなるほど片桐君は怯えている西条君に気付いているのか、否、気付いていないのか。彼の性格は結構Sだから、もしかしたら気付いていてわざと、闇の深そうな表情をしているのかもしれない。やめてあげて、元気で素直な西条君に片桐君の笑みは怖い以外の何物でもないよ。
「何で松永が倒れているんだ? お前、まさか殺したのか? 殺そうとして殺したのか?」
本田君がいきなり質問攻めをかます。片桐君は一瞬たじろいだように見えた。
「あぁ……そのこと」
片桐君の表情が一瞬にして曇り、それから腕を組んで「紫織を泣かせた奴に、それを説明することは出来ない」と、彼お決まりのツンデレっぷりを見せつけてくれた。
本人の前で。
それを聞いた私の顔はもう、真っ赤だよ。顔が火山になったみたい。噴火するなら、頭のつむじからだな。
くだらないことを考えている間に、本田君は西条君と桜坂さんから哀れな目を向けられていた。私があんな目を向けられたら一週間羞恥に身を悶えるか、一気にスケバンモードになっちゃうかのどっちかだな。どっちも皆を驚かせるだろうから、そんな瞳を向けないでほしいものだけど。
「ああ、あれは、紫織にも許してもらったからいいんだよ……」
しどろもどろに言う本田君。私の顔が更に赤くなる。何よその顔、期待させたって、何も出てこないよ。
「へぇ……」
だから私は気付かなかったんだ。
片桐君の瞳に悲しみが宿っていたことなんて。
それが今、一瞬見えたことに。
気付いていなかった。
もし気付いていれば、これから起こる惨劇を止められたかもしれないのに。
「じゃあ、教えたるよ」
私が気付かなかった悲しさを片桐君は引っ込めて、人殺しの経緯を得意げに語り出す。あぁ、今、片桐君の好感度が十ぐらい下がった。
「俺が銃を持ちながら歩いてたら、走ってくる松永と出会った。で、松永が俺が持ってる銃を見て、「お前もそっち側の人間か、ウチらを殺すのか!」って。んなわけないだろって言っても、松永は聞く耳持たなかった。それどころか、そこにある消火器持って、俺に振り下ろしてきそうになったんだよ。だから、俺、殺されたくないって、撃っちゃって」
彼の表情が得意げな顔からどんどん寂しげな、しょんぼりしたような顔になっていき、何故だかそれが面白くて笑ってしまいそうになった。
普通の男子なら、「ウザい女子殺しちゃったぜぇ」みたいなこと言いそうだが、片桐君はちゃんと人の心を持っていたんだな。もしこのまま得意げな表情で終わっていたら、「ありがとう、正負の数の復習になったよ」と言ってしまいそうだった。
他の皆も納得した様子。まぁそんなに松永さんのこと好きじゃなかったんだろうな。これがもし、例えば不謹慎だけど、本田君だったら皆泣いて殺した人のことを責めるんだろうなぁ。
……って、やっぱ私、本田君のこと、好きすぎじゃん!?
今まで、何でも好きな人に結びつけちゃうような恋なんて、したことなかったのに。これがもし漫才とかだったら「いやお前好きすぎやろー」などとツッコミが入っているだろう。だが漫才じゃないのが惜しい所。殺人ゲームと漫才なんて、キングオブザ反対語に相応しいぐらい反対する言葉だよ。
一人で赤くなりながら皆が階段を上っていく後をついていくと、私の前にいた桜坂さんがチラッと私を見た後、「いいか私、何も見なかった。いいね」などとぶつぶつ言っているのを見かけた。鬼じゃないから、じゃあ何だ、私の顔か。私の顔そんなにヤバかったか、と思いつつ、慌てて頬の筋肉を引き締める。
「ほい、見てみ」
桜坂さんに見られた私の失態を覆い隠してくれるように、片桐君が口を開く。
「マジで俺のこと殺そうとしたんだぜ。俺、何にも悪くないのに」
松永さんの話をしているようだ。気がつくと皆が彼女の死体を見つめていて、私も慌てて足元の方を向く。
頭にぽっかり穴が開いた死体が横たわっている。居たたまれなくなって、私はそっと横を向いた。
「なぁ一誠」
片桐君が急に本田君に呼びかけて、そして本田君に耳打ちをする。何を言っているのか聞こえないので、放っておくことにした。
そこで私は気付く。目を見開いて、唇を小さく開いて死んでいる松永さん。
彼女は片桐君に殺されたのだ。なのに合掌しないなんてどういうことだ。そう思い立ち、私は合掌することにした。チラッと横を見ると、西条君も合掌していた。
「って、おいおい、皆して松永の冥福お祈りしてんなよ、俺がめっちゃ悪いみたいじゃないか」
片桐君の言い訳するような声が私の耳に届いて、目を開ける。いつものクールぶってる彼からは想像も出来ないほどおどおどした声に、私は思わず笑ってしまいそうになる。
「めっちゃ悪いじゃん、いくら何でも殺さなくても」
桜坂さんが片桐君を睨みつける。人情深くて優しい彼女のこと、死んでいる矢橋さんを蹴った松永さんも、その松永さんを殺した片桐君のことも、問い詰めたい気持ちでいっぱいなのだろう。
「……まぁ、そうだろうけどな」
片桐君は頬を膨らませて、顔全体をほんのり赤らめている。彼は照れているのだろうが、それ以上にいつものツンツンっぷりが出ているのだ。彼は否定されるとすぐひねくれる。
何だか面白くて、ほんの少し笑みが漏れる。
考えてみれば、私はおかしいことだらけだろう。
人が目の前で死んでいるのに、泣きわめくこともなく、片桐君を責めることもしなかった。
……もう、人が死ぬのに慣れちゃったのかな。死ぬのに慣れたなんて不思議な話だけど。
そう思っていた私だけど、その数十分後に惨たらしい光景を目の当たりにして。
何も、言うことが出来なかった。
◆◇
一階、金工室前。
技術の時間で何かを栽培するために、二学期になってからちょくちょく金工室に寄るのだという。噂によれば、菊やヘチマなどを育てたりするらしい。聖ハスカは超名門校だったから、植物を育てるなんてことしなかったな。「手汚れるの嫌だー」なんて渋る子が沢山いたから
なんて、金工室を紹介された時は、思っていたけど。
金工室のドアが開け放たれていて。
金工室の棚は引っ繰り返されていて、色んなものが散乱している。
そして、その金工室の目の前では。
クラスメートの、大量の、死体。
恐らく、一年一組の半分。いや、それ以上。
さっきの、さっきの数十人単位で行動していた人達だ。多分。
それが、一体どうして、こんな姿になっているの?
誰かの喉元に突き刺さっているハサミも。
生徒それぞれの体の一部を切り取って、一つの形に仕立て上げた、強力接着剤も。
床に転がっているデジカメも。
全部、金工室から持ってきたものだ。
「こんなの……」
桜坂さんがへなへなと床に座り込む。それも当然だと思わざるを得なかった。
沢山のクラスメートの死体で、金工室前の廊下は埋め尽くされていた。異臭が漂っていて、来る者を拒絶しているかのよう。よく見ると、合格発表の打ち上げの日、「天才カルテット」を私達に押しつけた通称シゲ、本名、佐藤重義もそこにいた。
だけど、直視なんて出来た物じゃない。
突如として蘇る、あの日の光景。
私を助けてくれて、そして一緒に先生を倒してくれた、六年一組の皆。
その人達を、「一人にならないと生き残れないから」などとほざいて私と皐以外一人残らず殺してしまった、秦矢朱音さん。
転がる、大切な人達の死体。
そこで私の本性が出た。
秦矢さんを性格ブス、と罵って。秦矢さんが大激怒している時間は、何故だか胸のしこりが浄化されるような気分になったのを今でもはっきりと覚えている。
小さい頃から暴言には慣れているつもりだ。ドラマの撮影で、虐待を受けた少女役なんていくらでもやったことがある。誰がどんな暴言を言われると傷付くのか、暴言を言われた時の対処法とか、普通の小学生に比べて、分かっているつもりだった。
何も言えなくなってしまった秦矢さんを見て、「勝った」と笑みを浮かべそうになったのは、一生明かすことのない秘密だ。
そして、そこで私は初めて人を殺したのだ。もう一生、人を殺すことなどないだろう。
そう、たとえ今、ここでこんな状況に遭おうとも。
「黒川……嘘だろ?」
ふと、西条君がそう言って死体の山に駆け寄っていく。彼の目には、惨たらしい光景は映らないのだろうか。
黒川、とは誰のことだろうか。
出来れば目を逸らしたい光景に焦点を合わせる。西条君が一人の男子に駆け寄って、しゃがんで、涙をこぼしている。
「黒川、なぁ、お前、嘘だろ? 皆、生きてるって言えよ、なぁ」
途切れ途切れのその声が、彼の絶望を感じさせる。
その場にいる誰も、声を発することなんて出来なかった。
「だってこんなの、おかしいだろ? 何でお前らがこんな風に殺されるんだよ? おかしいだろ?」
普段温厚で優しくてはっちゃけてる彼が、こんなに取り乱している様子を、初めて見た。
「黒川、何か言えよ、なぁ」
それぐらい、異質な光景なのだろう。
私と本田君はこの光景を、まぁ少しだけ見慣れているので、耐性はあるつもりだ。だけど殺人ゲームを初めて目の当たりにした西条君達は、この異質さに驚きを隠せず、またその異質なものから必死で目を逸らしたいから、こんな風に死体に喋りかけているんだ。
私だって、その気持ち分かるよ。痛すぎるほど分かるよ。
皐が死んだんだって実感した時。
胸の痛みが体中に巡って、頭がぼんやりとして。私達を取り巻いていた殺人ゲームと言う名の悪夢が、夢なんかじゃなかった、現実なんだって実感した時。
西条君以上に取り乱したよ。
唯一無二の、この世の誰よりも大切な存在を、なくしてしまったから。
もう一生、立ち直れないんじゃないかって、そのとき思った。
何もかもを奪った小川先生が、憎くて憎くてたまらなかった。今まで小川先生がミスをしたせいで、私達が迷惑した時なんて、何度だってあった。そのたび私は、「しょうがないなぁ」なんて言って、何度だって許してきたよ。
だけどあの時は、あの時だけは、どうしたって許せることが出来なかった。私の大切な存在を、色んな幸せを奪った小川先生のことを、許せるはずなんてなかった。
何で死んじゃったの、後から起こる色んなことから逃げるなんて、卑怯だよ。卑怯すぎるよ。
殺人ゲームが終わるまで、最後の最後のその瞬間まで、私は心のどこかで安心していたよ。
隣には、皐がいるから。
生まれた時からずっと一緒で、家も隣同士、幼馴染みの皐がいることが、私の人生の生きがいだった。
本当の本当に、皐が、大好きだったんだ。
小さい時から、聖ハスカに一緒に通って、六年間クラスもずっと一緒で。
勉強してどんどん先に進む私を、皐は最初は、追いかけてばかりだったね。
でも途中から、皐はスポーツに精を出して。
四年生にして、聖ハスカで一番スポーツが出来る子になっちゃって。
ちょっぴり悔しくて、でもやっぱり、とっても嬉しかったよ。
皐と、楓と、五年生から転入してきた喩菜ちゃんと、天才カルテットで一緒にいれたこと。
皐の好きな人を知ったこと。
聖ハスカにいれたから、私は充実した人生を送れた。
だけど、小川先生のせいで、それが一気にブチ壊されて。
また、訳の分からない殺人ゲームに巻き込まれて。
今こうして、死体を見せつけられて。
どうして、どうしてこんな風にならなくちゃいけないの。
ねぇ、教えてよ皐。
私が本当は、生まれた時から失敗していたこと、そんなことぐらい知ってるよ。周りの人が、大切な人がいなくなっちゃうぐらい、運が悪かったことも知ってるよ。
今まで何人もの人を、私のせいで傷付けちゃったことぐらい、そんなこと知ってるよ。
だけど、何で周りの人を巻き込むの?
理解者まで、好きな人まで、友達まで、関係ない人さえ、殺そうとして。
私が何をしたって言うの?
ねぇ、皐、教えてよ。
本当は、知ってるんでしょ……?
違う。
涙がこぼれる。
私はこんなことを言いたかったんじゃない。
皐に、こんなことを言いたかったんじゃない。
私は弱虫だから、こんなことしか願えないって言うのを、隠したかったんだ。
ねぇ、皐。
私じゃ、こんなの乗り越えられないよ。
お願いだから、そばにいて。
そばにいて、私のこと、支えてよ。
他の誰でも出来ない、皐だから出来る役目でしょ。
ねぇ、皐。
殺人ゲームは嘘でしたって言ってよ。
今すぐ私を支えてよ。
この絶望から、救ってよ……。
「いやあああああああああぁぁっっ!」
そこまで考えた時。
悲鳴が、私の耳に轟いた。
ふと悲鳴の聞こえた方に視線を向けると、冬坂さんが死体の山と反対方向に向かっていた。
「何で、何でウチらだけ、こんな目に遭わなくちゃなんないのぉ!?」
あぁ、誰か、追いかけてあげてよ。
しょうがないな、私が行くか。
そう思っても、足が動かない。
さっき思い出してしまった惨劇のせいで、どうしても走ったりすることができない。
動きたいけど動けない。もしかしたら冬坂さんは、転んでしまうかもしれない。
そう思っていても、中々動くことができない。私は、震える指先でポケットの中身を探った。
チャックを開けて、ふわふわとした手触りのクマのキーホルダーを握りしめる。冬坂さんから貰った、大切な、大切なキーホルダー。
殺人ゲームが終わったら、どっかのお店に行って、おそろいの何かを買おう。そう呼びかけて、引き止めようとした。
だけど、その時だ。
冬坂さんの悲鳴が、もう一度轟いた。
咄嗟に足が動かなかった。クマのキーホルダーを、ただギュッと握りしめて。
小さなキーホルダーは、何の助けにもならないけど。
でも、それでも。
冬坂さんが、無事であれば……。
「然闇!」
片桐君が動き出した。冬坂さんのことを一番に心配している。やっぱり幼馴染みなだけあるな。十二年間、片時も離れずに過ごしてきた二人。
……皐と、一緒だな。
「然闇、大丈夫!?」
桜坂さんと片桐君が、ほぼ同時に走り出した。二人とも、彼女のことを大切に思っているんだろうなということがひしひしと伝わってきた。
私も走り出す。それにコンマ数秒の差で、高山君と本田君も駆け出した。その後ろに、西条君が続いている。
「冬坂さん、お願い!」
私は両手でクマのキーホルダーを握りしめた。
お願いします、死なないで。
彼女の笑顔が蘇ってくる。
ふにゃっとした、可愛らしい笑い方。えくぼがへこんで、肌の白さが際立つ笑顔。
冬坂さんの笑顔を、もっと見ていたい。
お願いします。お願いします。
銃声が、響き渡る。
先頭を切っていた桜坂さんが止まって。
片桐君も止まる。
私達も、銃声が響いた瞬間に、止まった。
ドサッと何かが倒れる音がする。
助けられなかった。
座り込みそうになる。絶望で、胸が押しつぶされそう。
そんな、まさか、まさか。
冬坂さん、死んじゃったの?
誰かが、コツコツと足音を立てて、向かってくる。
その音を聞いた瞬間。誰かが笑いだした。
乾いた笑み。
その笑みをこぼしたのが私だと気付いた瞬間。
廊下の曲がり角から、冬坂さんが姿を現した。




