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第七話 紫織

「おーい、二人ともー」

 冬坂さんが、目の前に立っている本田君と西条君が振り向く。その二人の足元にあるものに、私は意識的に目を逸らした。

「おー、三人とも、無事だったんだね」

 西条君がニコニコしている。冬坂さんも西条君と同じようにニコニコして、「パソコン室に逃げ込んだら、もう一人生きている人がいたよ。龍平君」とさらっとさっきの苦い思い出をぶり返してきた。

「あぁ……」

 二人して苦い顔になる桜坂さんと私。天然も時には毒になる、と学んだ瞬間だった。


 すると、冬坂さんの笑顔が一瞬にして曇った。恐らく、男子二人の足元にあるものを見たのだろう。


「……って、その子、咲枝ちゃん?」


 冬坂さんの声が、裏返った。足も震え、目を見開いている。

「また、また、女子が死んじゃったの……?」

 口元を覆って、目をうるうるさせている。人は緊張すると目がうるうるするらしいが、今回はそれではないことが充分分かる。

 一瞬、沈黙が訪れる。誰も何も言わずに、冬坂さんが泣きそうになっているのを見ている。

 それをぶち破ったのは、不謹慎な女子だった。


「あー、このクソ女も死んじゃったのかー」


 そんな声が聞こえたとほぼ同時に、バンッと横にあった扉が開く。私はヒュっと息をのむ。横の扉から人が登場してきたのだ。誰だって驚くに決まっている。冬坂さんと桜坂さんが驚きで「ちょっと、いきなり何?」と声を出せないのを良いことに、彼女は本田君と西条君の所に歩み寄った。

 っていうか、見てもいないのに何で矢橋さんが死んだことが分かったの? さっき、殺されるまで、ずっと見てたの? 扉の陰で。

 それを言おうとする前に、私はその子が誰なのか気がついた。


 一年一組で一番手強い、という噂の、松永樹莉亜さん。

 言っていることがきつくて、毎日人の悪口ばっかり言う松永さん。クラスの女子も男子も、宮沢先生も、松永さんのことを言いくるめることは出来なかったと思う。

 私は……静かにしてほしいときは、注意していた気がする。でも松永さんは全然聞く耳持たずと言うか。「うるせぇし」って感じだったかな。


「じゅ、樹莉亜ちゃん……」

 冬坂さんが怯えた声でそう言うと、松永さんは蛇もすくみあがるような意地悪い笑みを浮かべて言った。

「あー、ウッザ、何、かわいこぶって。調子乗ってる? 別にあんたなんかに「ちゃん」づけされる筋合いはないんですけどー」

 本田君が顔を歪ませる。六年三組にも、松永さんのような子がいると言っていたから、それにダブって、思い出したのだろう。

「ってか、矢橋だっけこいつ、ホント、何の価値もない人間だったもんね。こんなウチより成績低いし、それでいて群がりたがるもんね。馬鹿集団の中でもすこぶる馬鹿でさ、ホントこいつ、何したかったのか分かんねー」

 松永さんが言う言葉。それは確かに事実だった。


 矢橋さんは、一年生の中でも結構成績の悪い方だったと思う。俺が一番成績が悪い、何故ならギリギリ合格だったからだと本田君は言っていたが、彼女は成績どうこうよりもまずそもそも頭が悪かったのだと思う。

 この学校に入れるぐらいなら、一般的な面で言えば相当頭が良いが、藤咲中にとっては入れるぐらいなんて、それは当たり前。矢橋さんもそれは承知のはずなのに、皆を見下していたのだ。だから、男子からは嫌われていた。男子である木山君も、こんな風に馬鹿にはしていなかっただろうけど。あ、元々木山君は初等部からこの学校にいたのか。

 私のクラスには、一人、おっとりしていて心優しいひよこみたいな男子がいたのだが、技術科の教科係である矢橋さんは「これパソコン室まで運んどいてくれる?」と技術で使う先生用のパソコンをその男子に持たせた。

 だがその男子は、持っていく途中で、パソコンを落としてしまったのだ。幸い画面が割れたりどこかが壊れたりということはなかったが、教室中の視線をその男子は集めた。

 赤い顔をして「すみません」と謝っている彼に、「何も出来ねぇトロいくせして、人の持ち物運ぶことも出来ねぇのかよぉ。生きてる価値ないじゃーんお前」と追い打ちをかけるように彼女が叫んでいたときを思い出す。あの瞬間、誰もが居づらさを感じた。

 本来ならば、責任が降りかかるのは、楽をしたいからと技術係でもないその男子に、通りかかったからと仕事を任せた矢橋さんだ。彼女は落とした音に気付いてやってきた技術科の先生に、嘘をついて。その男子に責任を覆いかぶせた。

 しかし、その時もう一人の技術係である片桐君はパソコン室のカギを持ち出すために職員室まで断りに行っていた。何とも惜しいことをしたと、あの後、既読すらつけてくれない片桐君が珍しくLINEに書きこんでいたものだ。


 そんな彼女は、成績も悪かった。体育の持久走では最後尾でダラダラと歩いていたし、授業中は最初から最後まで爆睡している。しかも先生に気付かれないように、教科書を立てている。誰かがとんとん、と叩くまで二度と起きない。それでいて復習もしなければ宿題も提出期限を遅れて出す。つまり不真面目なのだ。それなのに「うわー、小テストマジヤバ、ママに怒られるー」と言っていたのだ。それは自業自得だろうと言いたい。

 はっきり言おう。彼女は親友になりたくないタイプだ。

 あともう一つ、こういうことを堂々と言えちゃう松永さんも親友になりたくないタイプ。


「大体、ウチより成績悪くて藤咲入る奴に、ろくな奴いねぇっつーの」


 その瞬間、本田君が何らかのダメージを受けたような顔をした。恐らく本田君は、松永さんが自分のことを「ろくな奴じゃない」認定したことに傷付いたのだろう。


「知ってる?」


 突然松永さんが西条君に尋ねた。西条君は一瞬目を見開いて、それから。

「え、いや、知らないです」

 さっきの暴言が心底怖かったのか、西条君は松永さんから目を逸らす。

「まだ何も言ってねぇっつーの。ビビりすぎ、西条」

 だが、目を逸らした西条君のことは気付かなかったのか、「ヒィッ」と引き笑いをする松永さん。確信した。松永さんとは親友どころか親しい仲にもなりたくない。


「いやーこの矢橋がさぁ、あんたのこと好きって話。知らなかったのー?」


 ま、松永さん!

 彼女は今、矢橋さんの秘めていた想いを暴露した。親しい仲にはなりたくないと思った私を誰か「勘が鋭い」と褒めてほしいところだ。

「はぁ?」

 だが西条君は気にも止めなかった。それより、嫌そうな顔をしている。まあ確かに、不真面目でなおかつ自業自得の人に好かれてるなんて知ったら、誰しも一瞬はそうなるだろうな。

 ……私? 確かに私のことを好きという話は幾分か聞いたことがあったけど、聖ハスカの男子達は皆真面目だったから、あんまりそういう嫌な思いはしたことはないな。聖ハスカでは、真面目じゃなかったら、義務教育期間である小学校でも退学させられるから。赤点ばっかり取って「義務教育だからー」と余裕だった男子が翌日退学した時は皆騒然としたっけ。


「だってこいつ、女子の集まりの時にさ、あんたの話ばっかりしてるし、そのときの顔赤いし、笑い死にしそうになったよ。こんな奴に好かれてるなんて、西条、お前、中々悲惨だなー」


 松永さんは平気でそんな言葉を口にしていった。というか松永さん、貴方、「馬鹿は群がりたがる」とか言っておきながら、矢橋さんがそんなことを言っているのを、グループの中に入って聞いて、否、密かに聞いていませんでした?

 そんなこと、言えるはずもなく、私は行く末を見守る。冬坂さんも桜坂さんも、二人とも同じように顔を引きつらせていた。西条君もどんどん目を見開いて、唇を震わせている。殺された人を目の前にして、何でそんなことが言えるんだ。そう言いたげな表情だった。


「しかもさぁ。何だっけ、あの、生田とか上崎? あいつら、片桐とお前のことが好きだったらしいぜ。生田が確か本田のこと好きで、上崎が片桐のこと好きだったんだってよー。笑っちゃうよな、結局顔しか見てねぇくせにさ」


 彼女は本田君の方を見て引き笑い。うん、引き笑いはいいんだけどさ、それは個性なんだけどさ。


 さっき、あの美少女の生田さんが、本田君のことを好きだって言った?

 あの、スクールカーストの間違いなく上位に位置する、あの男子に人気を博している、可愛い生田さんが?


 ぐっと拳を握りしめると、同じように拳を握っている冬坂さんと目が合う。互いに拳を突き合わせて「仲間だ」という仕草をしようとすると。


 ガツンッ。

 ガンッ、ゴンッ。


 鈍い音がした。

 どう考えても、銃声などではなさそうだ。何かをぶつけたような音。


 視線を恐る恐る、皆の足元に向ける。


 松永さんが、矢橋さんの顔面やら、色んな所を蹴っていた。


「!」


 どうしようもないぐらい、驚きを隠せない。

 どうしたんだよ、この状況。私も何が何だか分からなくて、今見ていることは嘘なんじゃないかと、眼鏡を、汚いけど制服の裾で拭いた。

 誰もが呆気に取られている。松永さんは「うわ、きったねー! 鼻水ついてやがる、きんもーっ!」と罵倒しながらも矢橋さんを蹴り続ける。汚いのなら、キモいのなら、蹴らなければいいのに。そんな当たり前のことを思いつかないなんて。

 ただ、矢橋さんのことをなじりたいだけなのだろう。


「上履きについたじゃん、マジないわー矢橋」


 引き笑いがグレードアップしている。こんなの酷い、酷過ぎるよ、と桜坂さんが呟いた。


 松永さんの言葉を聞こうとする者は、最早誰もいなかった。

 西条君も目を逸らして、本田君も、松永さんを呆れの目で見ていた。冬坂さんは、頬を引きつらせている。桜坂さんは感情を表に出していないが、間違いなく引いていた。


「マジ、こいつの顔面白っ! ってか、血がついたんですけどーないわー! 血出さないで死んでほしかったなー。ってか、廊下で死なないでほしかったなー!」


 その、瞬間。

 ドンッ

 という音がして、松永さんが真横に吹っ飛んだ。

 一瞬何が起きたのか理解できなかった。予想だにしていなかった出来ごとに、思わず目を見開いた。

 そばには、何かを成し遂げたような、でも怒りを露わにしている、そんな桜坂さんがいたのだ。

 そして、その数メートル先には、先ほど「うぐぇ!?」と奇声を発した松永さん。この状況から導き出される情報はただ一つ。


 松永さんに向かって桜坂さんが、体当たりをしたのだ。


 普段は柔和で大人しい桜坂さんがこんなことをしたのは初めてで、正直小学校が一緒の冬坂さんや西条君も驚いていたので、他の小学校出身の松永さんも相当驚いたようだった。

「いってぇ……。何だよ」

 松永さんは口元を押さえて、桜坂さんに向かって舌打ちをする。彼女の視線には、憎悪が詰まっていた。


「マジ、マジねぇし桜坂。ざけんじゃねぇよ」


 松永さんの口から、ハァ、ハァ、という荒々しい息が響き、廊下は静まり返った。誰も何も言わず、夕日は沈みかけていて、空は藍色に染まっている。何だこの、シリアスなドラマみたいな展開。聖ハスカでも中々こんな雰囲気はなかったぞ。

 いや、前田先生、めっちゃうるさい。このドラマみたいな雰囲気ブチ壊してるよね? 空気読んで早く降参しろ。そして早く殺人ゲームをやめてくれ。願いが叶うならば自首して一生刑務所に入ってろ。


「ふざけないでって言いたいのは、こっちの方だよ! 何でそんなこと言うの!? 死んだ人に、何でそんなことが言えるの!?」


「何なんだよお前、良い人ぶっちゃって」

 松永さんがそんなことを言う。違う、そんなわけない。桜坂さんが良い人ぶるなんて、そんなわけない。桜坂さんは、さほど仲が良いと言うわけではない生田さんと上崎さんが死んだと言う話を聞いた時も、少し悲しんでいただけだから。そんな子が、仲のよくない矢橋さんを、「死んじゃったよーえーん」と悲しむはずはないからだ。

「何で、何でそんな風に人を傷付けることができるの?」

 涙を浮かべている桜坂さん。私は彼女の右手を見た。握りしめた拳が、プルプル震えているのを。


「……ってか、マジないからこういうの、ホント。大体あんただって、矢橋のこと好きだったわけじゃないじゃん? それなのにそうやって死んだ人のこと思いやるの、やめた方がいいよ。こっちはウンザリだから」


 知ってんだよ、あんたが矢橋のこと好きじゃないって。


 松永さんは、そう言いたげだった。でも、どこか言い訳を探しているようにも思えた。

 何でだろう。


「そんなわけじゃないよ。ななちゃんが偽善者な訳ない。ななちゃんは優しいだけなんだよ。……っていうか、ななちゃんは咲枝ちゃんのことを言ってるんじゃないよ。樹莉亜ちゃんのことを言ってるんだよ」


 冬坂さんが口を開く。冬坂さんは松永さんをきっと睨みつける。何かに挑戦しているかのような、そんな瞳を向けていた。


 冬坂さんに助けられた桜坂さんは、何故だか震えていた。声も、出ていない。

「……どうしたの、桜坂さん」

 桜坂さんの顔を覗き込む。一体どうしたと言うのだろう。冬坂さんが言ってくれたおかげで、結構優勢になったと思ったんだけど。

「具合でも、悪い?」

 桜坂さんは首を横に振る。涙が一滴、零れ落ちた。

 一瞬、彼女は息をのんだ。誰にも気付かれないような、でも、そばにいるなら分かるであろう、小さな息。

「桜坂?」

 西条君が桜坂さんを呼ぶ。私はふと、彼の顔を見る。その瞳が桜坂さんだけを捉えていて、本当に桜坂さんを心配しているんだな、ということが手に取るように分かった。


 桜坂さんはぽろぽろと涙をこぼしている。


「くっだんね」

 桜坂さんが泣いているにも関わらず、松永さんは今にも噴き出しそうな顔をしていた。それを一瞬のうちに隠し、舌打ちをする。

「こっちは生き延びるのに精いっぱいなのに、こんな馬鹿みたいな茶番、付き合ってらんないよ」

 ふわぁ、と欠伸をしている。その言動に見え隠れする松永さんの本音を、私は理解した。


 結崎と本田、二回目だからって、余裕なんでしょ。だから冬坂達や西条と桜坂にまで、そうやって構うんでしょ。ウチはあんたらみたいに、周りの奴に構うことなんて出来やしないよ。善人ぶってるんじゃないの?


 確実に、そう思っている。彼女は口には出さないけれど。口に出したら「俺らは構って善人ぶってるわけじゃねぇよ!」と本田君にぶん殴られることを承知の上なのだ。


「そっちから喧嘩吹っ掛けてきたくせに泣くとか何なの。勝手に巻き込まれるこっちの身にもなってよ。こんなときまで青春してるあんた達と関わりたくないっつーの!」


 松永さんは踵を返して向こうに走り去っていった。

 じゃあ何で私達に構ったの? 矢橋さんの悪口を言いたいだけ? それとも、「青春して余裕ぶって善人ぶって、ウザい」とでも遠回しに言いに来たの? と言い返す隙もなかった。


 ただぽろぽろ涙をこぼしている桜坂さんを、皆は心配していた。

 私は松永さんも心配だよ。ああいう人がそのうち殺されるのが、殺し合いとかの定番なんだよ。聖ハスカにはそんな人いなかったけど。漫画読み過ぎだけど。私が読んでいた少女漫画にちょくちょくそういう系のストーリーとかが出てきて、それでよく学んじゃったんだよね。


「どうしたの、ななちゃん」

 冬坂さんが桜坂さんの背中をさすりながら尋ねる。桜坂さんは先ほどまで「ごめんね」と謝り続けていたのをピタッと止め、「あのね」と話し始めた。

「確かにって思っちゃったの。……ウチ、咲枝のこと、何にも知らなかったくせに、知ろうともしなかったくせに、あんなこと言って……」

 桜坂さんはどうやら、興味ない人をかばったことを松永さんに気付かれて、そのことを悩んでいるようだった。


「そんなことない、ななちゃんは強いよ」


 冬坂さんが、聡明な声を出す。一瞬、いつも甘い声を出す冬坂さんの声だとは思えなかった。

「ななちゃんは、興味ない人のこともちゃんと思いやれる、優しい人なんだよ。ウチなんて、咲枝ちゃん、咲枝ちゃんって言ってたのに、死んだ咲枝ちゃんが蹴られているとき、何も言えなかった。でも、ななちゃんは違った。ちゃんと、反論してくれたじゃない。興味ない人が死んでも、そうやってかばったじゃない」

 冬坂さんの言葉に、桜坂さんはいささか元気を取り戻したようだった。瞳も段々生気を帯びてきている。ただ、矢橋さんのことをこうもきっぱりと「興味ない人」と言えるなんて、彼女は色んな意味で強い。

「ウチなんか、樹莉亜ちゃんが怖くて、咲枝ちゃんをかばうことなんて出来なかった。仲良くしていたのに、咲枝ちゃんをかばうことが出来なかった。でも、ななちゃんは、話したことも数回しかないのに、咲枝ちゃんを守った。それって、すごいことだと思うの」

 冬坂さんは、いつも人に向けるような、ふにゃっとした笑みを浮かべた。

 可愛いが、それでいてただ単に甘ったるい、桃みたいな笑みではなく、その中にもほんのちょっとキリッとしたところがある、そんな笑み。

「そっか。……そうだよね。うん」

 桜坂さんも、冬坂さんに笑みを向けて、その場が一気に和やかなムードになる。


「そうだよ、桜坂は強いんだから」

 西条君の声が目の前でする。

「だから松永も言い返せなかったんだ。俺見てた。あいつ、桜坂に反論されて、言い返す言葉のバリエーションがそんななかったらしくて、目がきょろきょろしてたもん、笑いそうになったよ」

 西条君も気付いていたんだ。松永さんの表情に貼り付いた、見え隠れしていた本音。

「ホント?」

「ホントだって」

 西条君は桜坂さんだけを捉えて、目を細めて、口角を上げる。柔和というか、安心したような、そんな笑み。

 さっき西条君のことが話題に出ていたから、彼もそれなりに責任を感じているのだろう。

 でもそれ以外も何か意味がある気がしなくもないな……。


 って、何私、疑ってるんだろう。

 藤咲中の殺人ゲームを体験してからというもの、何か私、疑り深い性格になっている気がする。

 西条君が持っていたナイフを見て、聖ハスカの殺人ゲームと藤咲の殺人ゲームの関連性を疑ったりもしたし、木山君が人が死んでも悲しんでないから、もしかして殺人ゲームと関与しているんじゃないかと疑ったりもしたし。

 前はもっと純粋だったはずなんだけどな。

 ……いや、もうとっくのとうに純粋じゃないか。私が聖ハスカに入学した時から、もう既に純粋なんかじゃないか。


 まぁ、いっか。そんなことより、もう暗くなってきたし、ここが殺人ゲームで一番厳しいところだから、厳重に注意しなくては。

 夜ともなれば、電気を点けなければ辺りは真っ暗。暗闇で何も見えない。だがもし電気を点けたら、鬼に居場所を知らせることと全く一緒だ。でも周りが見えなければ、鬼と鉢合わせする可能性も大いにあるわけだ。ここは「天才カルテット」の私達のスマホで光を灯すか、灯さないか。


「そういえば、矢橋が俺のこと好きだって言ってたけど、あれマジ?」

「うっ」

 私が密かに考え事をしていると、桜坂さんが微妙な表情を浮かべた。さっきの木山君の想いをないがしろにした冬坂さんに向けた表情と同じ。

「ウチ、見ちゃったんだけど……」

 桜坂さんは先ほど冬坂さんに向けたような表情をしながら、喋り始める。


「忘れ物とりに来た時だったっけなー。クラスに入ろうとしてドアについてる窓見たときに、見ちゃったんだよ……。陸の机漁ってる咲枝……。何か息荒かったし、男子に何か放り込まれたの、とりに来たのかなーなんて無視してたけど……」


 まさか矢橋さんが西条君のことを好きだなんて、桜坂さんは思いもしなかったんだろう。優しくて純粋な彼女のこと、男子に悪ふざけで放り込まれた何かをとりに来たのだと勘違いしたらしい。


 でも、まさかそんなことはあり得ないよね。だって、どう考えても、恐れられていた矢橋さんが、男子に物を隠されるわけないもの。そういう意味では、桜坂さんも天然っていうか……。

 そっと、西条君を見やる。

 彼は先ほど桜坂さんに向けた笑みとは違う、何かを我慢しているような笑顔を貼りつけている。

 辺りは完全に沈黙に包まれた。いや、前田先生がうるさ……あれ、何も音がしない。ようやく前田先生は自分のやっていることがどれほど無謀か気付いたのだろう。よかった。


「教室戻って手短に消毒してくるわ」


 そう言ってダッシュ。同時に、彼の制服のズボンのポケットに入っている銃も、カチャカチャ揺れた。

 うわぁ、確かに桜坂さんが速かったっていうだけあるよ。皐と同じくらいの足の速さ。つるつる滑る廊下を、地面を走るかのように走ってる。

 ……それぐらい、さっきの矢橋さんが気持ち悪かったのだろう。

 うん、分かる、分かるよその気持ち。されたことないけど。息荒かったって相当だよね。私の直感、当たってた。松永さんと矢橋さんとは、親友どころか親しい仲にもなりたくないよ。

 私達も後に続く。これでもし西条君が狙われたらどうなるか分かんないからね。


 階段を一つ上り終え、西条君が二個目の階段を上った時。



「うわぁっ!」



 西条君の悲鳴が、頭上から響いた。



 ズドンッ



 銃声も聞こえる。

 そこから導き出された、最悪の可能性。

 背筋が水でも浴びたかのように冷たくなる。

 周りの皆もその可能性を想像したらしく。


「西条!」


 本田君が叫ぶ。

 見ると西条君は、踊り場で尻もちをついていた。顔を歪めて、頭を掻いている。

「大丈夫、陸君!」

「何があったの!?」

「陸、撃たれたの?」

 私達三人、明らかにホッとしているようだ。でも、西条君の顔はホッとはしていなかった。歯をカタカタ鳴らしている。



「え、絵糸、絵糸が……」



「絵糸!?」

「え!?」


 片桐君。

 ハスキーな声の持ち主で、天才カルテット唯一の大人男子。

 殺人ゲーム中でもあんなに冷静沈着な片桐君が。



「絵糸が……絵糸が……銃で……」



 まさか、殺された?

 西条君は人差し指をとある方向に向け、目を見開いた。

「絵糸が、絵糸がどうしたんだ?」

「銃が、銃がどうしたの陸!」

 西条君はそれに答えず、ふらっと体勢を崩したかと思うと、仰向けに倒れた。

 そう思うと、居ても経ってもいられず、私はその指の先に視線を向けた。

 冬坂さんなんかもう、可哀想なぐらい震えている。片桐君が犠牲になったかもしれない。それは彼女にとって、最悪以外の何物でもないだろう。

 私は冬坂さんの様態を心配しながらも、上を向いて。

 一時も、視線を逸らすことが出来なかった。



 銃を持った片桐君が、肩をつかって、荒い呼吸を繰り返していて。

 その足元にいるのは、松永樹莉亜さん。

 彼女のものだと思われる赤い血が、そこら中に転がっていた。

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