第十三投:夢のあと
──日本チーム拠点・通信室──
モニタの先で椅子に腰かける、黒スーツ姿の大人数名。そのうちの一人が起伏の無い口調で質問した。
「~~以上について、ワタル選手、弁明はありますか?」
通信室の真ん中にポツンと置かれた一脚の椅子に行儀良く座り、ワタルが答える。
「ないよ。おじさん達の言うとおり」
「わかりました。では、処分内容が決まり次第通達します」
大人はそう言い、音声を切って話し合いを始めた。
その間に、部屋の端で見守っていた保坂が声をかける。
「ごめんなさい、僕の力不足でこんな……。競技に全力を注いだワタル君に、こんな仕打ちを……」
悔やみながら言う保坂。
ワタルは首を横に振った。
「気にすることじゃないよ、オレがしたことだもん。むしろゴメンね、勝手な事ばっかりしちゃって大変だったでしょ? 総理のじーちゃんにも、ゴメンって言っておいて」
保坂は拳を握り悔しがった。
「謝らないでください……! 僕はワタル君の行いが間違っていたとは思いません。スポーツマンシップにのっとった、誇るべき行為でした。だから……、大会出場権を奪うなんて重すぎる処分、認めたくありません!!!」
──入賞記念パーティ会場──
レッドカーペットが敷かれ、いくつも円形テーブルが配置された、立食パーティ会場。入賞選手、政府要人、著名なアーティスト、大富豪などが、彩り豊かな料理や優雅な生演奏を楽しみ歓談する中、試合中の雰囲気を思い出させる強烈な怒号が響いた。
「小僧が次の大会に出られないとは、どういうことだ!!」
声を荒げているのはロトス。詰め寄る相手は大会運営委員達。
高価なスーツを着た男性が、狼狽えながら答えた。
「わ、我々は無関係です! 出場選手選定は、各国に任されておりますので……!」
「なら小僧のチームの責任者はどこにいる! 話をさせろ!!」
「た、たぶん、拠点にはいらっしゃるかと……、場所は~~」
ワタルの件で運営委員を問い詰めたのは、勘違いから(ワタルの大会出場権停止を水切り連盟が決定したと思ったため)。回答を聞き、ロトスは即座に会場を飛び出してしまう。
その様子を、ルーカスが付近で見ていた。
「主役がいないってんじゃ、居ても仕方ねェな。……オレ様は帰るから、後はテキトーに楽しんでってくれや」
アーティストとの談笑を切り上げ、持っていたドリンクを給仕の男性に返却。ルーカスもまた会場を出て行く。
別の場所で燕青も、自国サポートチームの黒服に伝え、ルーカスを追って外へ。
「この程度のもてなしじゃ、朕は満足できないネ。帰るからあの件、ちゃんと進めておけ」
立て続けにいなくなる選手達に、騒がしくなる会場。
イザベルは気にしていない風の顔でドリンクを飲んだ。
「(みんなあの子のところ行くわけ? あ、でも。あの子のとこならひょっとして……!)」
少しの間考えた後、急にドリンクを給仕に押し付ける。
「こうしちゃいられないわ! 後の事はよろしく!!」
サポートチームに伝え、さっさと退場。
会場の注目が、最後に残った選手に集まる。
「マァ、ソウイウコトダカラ、後ハ皆デ楽しンデクレ。少シ、話ヲシタイ選手ガイテネ」
シブシソは申し訳なさそうに一礼。会場を後にした。
~~
「おい! 小僧はどこだ! ここの責任者もだ!!!」
日本チームの拠点に、ロトスが怒鳴り込む。
クルーザーハウス入口の警備員が、扱いに困った調子で制止した。
「小僧……? ……あぁ、ワタル選手なら、今お忙しく……。お話は後に──」
「──邪魔するな! 話があるから通せ!!」
警備員を押しのけ、強引に奥に入ろうと試みる。
しかし複数人に押さえられ、身動きが取れなくなった。
「くっ、つまらんマネを……!」
抵抗するが、多勢に無勢。
ちょうどその時、クルーザーの扉が開き、着物をぴっしり着た髭の長い老人が現れた。
「通しなさい。彼は日本にとって重要な取引相手じゃぞ?」
老人は開口一番に言い、ロトスの拘束を解かせる。
申し訳なさそうに頭を下げた。
「うちのスタッフが失礼した。まさか脚を運んでもらえるとは思わなんでな」
「ふんっ、少しは話がわかる者がいたか。小僧はどこだ? 責任者も出せ」
不機嫌を表情に出してロトスは立ち上がり、ローブのホコリをはらう。
あご髭をさする老人。
「ワタルなら奥の部屋でヒヤリングを受けておる。で、責任者はたぶん、ワシじゃな」
「っ! 貴様が小僧の邪魔をしたのか?!」
ロトスが乱暴に詰め寄ろうとした瞬間、紺色スーツで眼鏡をかけた男が駆け寄り、体でガードした。
「待ってくださいロトス選手! 石渡総理は違うんです!」
男は保坂、老人は石渡総理。
声を荒げるロトス。
「何が! 小僧から水切りを奪って何になる! そんな権限、誰にあると言うのだ!」
「うむ。選手から競技を奪う権限は誰にもない、と、ワシも思う。……しかしな、この大会は大きくなり過ぎたんじゃ」
総理の後方からぞろぞろと、複数人の政府関係者が出てきた。不愉快そうな表情で口々に『損失』や『株価』など経済に関する言葉を言う。
それを苦々しい表情で聞き、総理は続けた。
「お主も知っておる通り、優勝景品のグローリーアイランドがもたらす経済効果は、かなりのもの。三年という短い期間であっても、確実に国を繁栄させる。強い選手を育成できれば、更に長い栄華も夢じゃない。覇権国アメリカがそうだったように」
アメリカは通算三回優勝のルーカスをはじめ、多数の優勝者を輩出している。今日の超大国には言うまでもなく、グローリーアイランドの恩恵があるのだ。それは他国も同じで、たとえば燕青の優勝と経済成長時期が重なった中国は、相乗効果で普通あり得ない目覚ましい好景気が巻き起こった。
「だから我が国でも、水切り選手には『特別な期待』をかける人々が多いんじゃよ。政治家に限らず、な」
ロトスは納得しない。
「それは周りの勝手な期待だろう。選手にどこまで関係があるというのだ」
「あるんじゃよ。我が国を含むほとんど国で、選手には育成や対外試合などのため、多くの資金が注がれておる。もちろん、国民への税金を元手にして」
「それはわかるが……」
「最新式のフロートに数々の支援。国家に口も出されるというものよ」
「待て老人。その理屈は通っていない」
厳しい目つきで、ロトスが反論する。
「支援が膨れ上がったのは周りが勝手に盛り上がった結果であって、初めから選手達が頼ったのではないハズだ」
「そうじゃ。じゃが、今や大抵の国で選手は、代表に『選ばれる』もの。実力だけで見てもらえるわけではない。故に――」
振り返り、船の廊下を歩く総理。ロトスも続く。目的地は通信室。扉を開け入った部屋にはワタルが一人、椅子に座っていた。
小さな肩に手を置いて、総理は言う。
「──ワタル選手。キミは大会期間中、数回に渡り他国の選手を助ける行為をしたね?」
「うん」
「シブシソ選手やロトス選手に物資を渡した行為は、我が国の選手規定違反。国民からも、何かしら処分を求める苦情が大量に届いておる」
「ルールで決まってるのに、勝手したもんね」
「……そうじゃな。と、言うわけでワタル選手よ」
総理が真剣な顔つきで、ワタルを真っすぐに見た。
一呼吸おいて、処分内容を伝える。
「ワタル選手の、日本代表被選考資格を剥奪する。期間は次回世界大会終了まで。伴って同期間、強化選手指定からも除外する。以上!」
何も言わず俯いたまま、ワタルはコクリと頷いた。
黙っていられず、ロトスが怒る。
「小僧っ、これでいいのか!!??」
「……」
「納得できるのか!? ストーンを失ってまで全力を尽くした結果が、この仕打ちで!!!」
ワタルはしばらく黙り、顔を上げてロトスを見た。
「納得は、できないよ」
「……は?」
「実力で代表に選ばれないのはわかるけど、勝手に決められるのはヤだよね」
「だったらなぜ!」
「勝手した責任は取らなきゃだし、嫌な思いをした人がいるなら……。この方が、めんどくさいこと言われなくていいかなって」
そう言ってワタルは部屋を飛び出し、外へと走っていった。
「!? どこに行くっ、小僧!」
再び追いかける展開にロトスは、松葉杖をつく脚を奮い立たせて追いかけた。
~~
昼夜を問わず帰着する選手達を迎えるため、大量の照明で照らされるゴール会場。の、隣。観客の水切り遊び用の短い人工河川の前で、ワタルは足を止めた。
やっとの思いで追いついたロトスが、息を切らして言う。
「ハァ……ハァ……。急に、走るな……。何日も、フロートに乗りっぱなし、だったんだぞ」
「ロトスさんついてきてたの?! ごめんっ。体悪いのに走らせちゃって」
心配するワタル。
ロトスは息を整え、声を荒げた。
「話の途中だったろう! 何の用でここに来た!!」
「それは……その……」
ワタルはおずおずと、短パンのポケットから平均的な平べったいストーンを取り出す。
「水切り、したくなって。レース中に思いついたこといっぱいあるのに、質問されてばっかりでうずうずしてたんだ。処分のことなら大丈夫。次の世界大会には出られなくても、水切りできないんじゃないから。嫌な思いした人の気が済んで、後くされない方がいいんだ」
「黙って奪われると?! お前にとって世界大会への思いはその程度なのか?!」
「そ、そんなことは──」
「──ちっとは落ち着けロトス。案外冷静だぜェ、ワタルのヤツ」
二人の背後から聞き覚えのある声。ルーカスだ。燕青やシブシソもいる。
ロトスは睨んだ。
「貴様ら、そろって何の用だ?」
「様子見にきただけさ。ワタルのやつ、落ち込んでやしないかってな」
ルーカスとロトスが話すうちに、燕青がワタルの肩をバシバシと叩いた。
「出場停止程度で良かったナ。朕のとこで敵に塩を送って負けたらシュクセ――」
「――ソレハ話ガヤヤコシクナル」
シブシソが割り込む。
掌を上に、ルーカスがロトスに言った。
「オレ様のとこでも、さすがにグレートジャーニーに関しては、ちっと処分が厳しいわな。他人にとやかく言われる筋合いはねェと思うが、変な因縁をつけられるのが現実。レースで勝ちかけようもんなら、得られる『はず』の利益を『失った』なんて、お偉いさんから街のおっさんまで、皆してオカンムリになるのさ」
「そんなもの、無視すればいいだろう」
「オレ様だったらそうするが、違うんだろうよ。自分が楽しくやる分、周りも楽しくやってなきゃダメなんだろ? ワタル?」
肩をすくめて笑うルーカス。
ワタルがニッコリ笑顔になる。
「うん! 水切りは楽しいけど、それで嫌な気分になる人がいたら、嫌だからね」
「ツマランやつらの顔色を窺ってなんになる!」
ロトスは納得しない。
即答でワタルは返した。
「みんな楽しくしてないと気持ち良くないんだ。シブシソさんやロトスさんを助けたのも、その方がスッキリ楽しく勝負できるって思ったから!!」
シブシソと見合い、二人で笑う。
「オレはベストコンディションの相手と勝負して、それで勝ちたかった。そんな勝負が楽しくて……。だから今回の勝負、すっごく楽しかったよ!」
持っていたストーンを川に投じる。テンポよく跳ねたストーンは池から魚が飛び出すように、夜空の月へと大きく跳躍。ワタルの手元に戻った。
「楽しい勝負の方が全力出せて良いと思うけど……。みんなはそう思わないみたい。だから、ちょっと悪いなって」
「……そうか。小僧の言い分はわかった。だが──」
ロトスはちょっとだけ納得しつつ、ハッキリ言葉を返す。
「──小僧にとってどんな意味があったのであれ、助けられたことは事実。だから俺は、俺の勝手をさせてもらうぞ」
「勝手? どういうこと??」
意味が分からず、不思議がるワタル。
ロトスは背後に視線をやった。
「話は聞いていたな? 小僧に世話になったと言っている」
「……ハッハッハ、盗み聞きがバレたか」
視線の先から、杖をついて歩いてくる石渡総理。
「しかしな、ロトス選手よ。ワシやお主の力では、大きな流れは覆せん」
「チッ、とんだ期待外れだ」
「じゃが、何もできんわけでもない」
総理は振り返り、後ろをうろつく議員や官僚に向かう。
「今の話を聞いておったろ? グローリーアイランドを手にしている者を、無下に扱うことはすまい。どれ、ワタル選手の処分についてじゃが」
議員がざわめき、官僚がメモや録音を開始。
ニヤニヤと悪い笑みを浮かべる者が少なくないとわかっていて、総理は言った。
「代表権剥奪は変わらず。じゃが、今大会で喪失したストーンの保証をするのはどうじゃろう。大和錦を継ぐ相棒を探すための活動を、サポートするということじゃ」
『「処分が甘いのでは」「私物のストーン補填は必要なのか」「人気取りだ」「いや、グローリーアイランドの取引には良好な関係が」~~』
途端に飛び交う、批判と意見。
総理は呆れた表情。
「はー。この歳で、素晴らしい経験した選手に冷たくして、競技嫌いにでもしてみろ。我が国も水切り界に悪影響じゃろう。あとストーンは私物じゃが、私物じゃ。しかもモンスターゴールド。高価過ぎて無視できんじゃろて」
『「それでは国会で審議を――」』
「──ハッ、強硬でも通すわい」
言い切る様を見て、ニヤニヤ笑みの議員は隠さず上機嫌に。官僚達も含めてさっさと帰っていく。
溜息をついて、総理はワタルに手を振った。
「あーあ。こりゃワシの議員生命も終わりじゃなー。……と、言うことでワタル。詳しくは保坂に聞いてくれ。じゃあの」
「総理のじーちゃん! なんでこんなこと……」
「ワシがそうしたかっただけじゃ。次の次の大会は期待しとるぞ。それまでワシが生きておったらの話じゃがな」
ワタルはパッと表情を明るくした。
「大丈夫! 総理のじーちゃんなら百歳は余裕だよ! ありがとう。オレ、がんばるね!」
「そのうち保坂が【どこにだって入れる】って感じの許可証を贈るじゃろうから、それで新しいストーンを探しなさい。良い出会いがあることを祈っとるよ。……さてロトス選手。グローリーアイランドの取引、ちっとサービスしてもらいたいんじゃが……」
「交渉の席くらいにはついてやる」
「お! こりゃ、意外と長生きできるかもしれんな」
話を切り上げ、総理はそこそこ機嫌良く去って行った。
~~
「……さァて」
ルーカスが大きく伸びをする
「オレ様もそろそろ帰っかな。楽しかったぜ、ワタル。コレ、言ってたサインな」
ハットを脱いでサインを書き、ワタルに持たせた。
「覚えててくれたんだ!! ありがとう、大切にするね!!!」
「おう。どんどん値打ちが上がるから、せいぜい大事にするこった」
顎紐を首掛けに身に着け飛び跳ねるワタルを見て、ルーカスが背を向ける。
燕青が言った。
「天才も見納めカ。引退したらどうする。指導者にでもやるカ?」
ルーカスは反応せず数歩進み、急に振り返る。
「んなわけねーだろ! オレ様はこんなもんじゃ終わらねェ。ちょっと歳取ったくらいで引退なんて、天才の名が廃るってもんだ!!」
いつもの自信に溢れた態度で手を銃の形に。ワタル達を狙いすました。
「ちっと修行すっから、次の大会はスキップすっかもな。だがその次の、六年後には必ず、新しいオレ様を見せてやる! 首を洗って待ってろヤロウども!!」
そう言い残しルーカスは去った。
背中にはメラメラと、未だ消えない闘志が宿っていた。
「デハ、ワタシモ失礼スルカ」
「シブシソさんも、帰っちゃうの?」
「大地ヲ、取リ戻サネバナラナイカラナ」
シブシソはワタルのそばまで来て、大きな手で頭を撫でる。
「少シ心配シタガ、ワタルなラ大丈夫ダ。キット、実リ多イ人生ヲ歩メル」
「シブシソさんも、元気で。色々、上手くいくといいね」
「全力デヤッテミルヨ。マタ会オウ、ワタル」
「うん!」
去っていくシブシソ。
燕青も続いた。
「燕青さんも、また会おうね!」
「ハッ。お前もせいぜいがんばるネ。水切り、楽しむといいヨ」
皆の背中が見えなくなるまで、ワタルは一生懸命手を振った。
~~
「水切リヲ楽シム……。オマエハ良イノカ? 全盛デ『引退』ナド……」
「ふん、良くないに決まってル。ルーカスにしてやられたままなんてナ」
シブシソと燕青は、歩きながら話をしていた。話題は、燕青が宣言した引退について。
「ナラバ、自分ノ好キナヨウに──」
「──それは違ウ」
燕青が首を横に振る。
「家を繁栄させることも、朕の使命であり夢。自分の夢と周囲の夢、どちらも手に入れてこそ、真の支配者。……夢を叶えたら必ず戻ってきてやるヨ」
「ソウカ、ソレハ大シタ野望ダ」
「お前こそ、賞金程度じゃ工場をどけるなんて無理。どうするつもりヨ?」
今度は、燕青がシブシソに問いかけた。
「ソコハ、考エガアル」
「へぇー、何カ? 商売でも始めるカ?」
「今回得タ【知名度】ヲ活カソウト思ウ。世界中の人に、我々の状況ヲ知ッテモラウノダ」
燕青は僅かだけ感心しつつ、いつもの上から目線。
「フン。世の中を動かすのは至難。精々上手く立ち回るといい。お前達とは違う考えの人間は山ほどいるからナ。……覇道を往くより大変かもネ」
「ウム。忠告感謝スル」
「ま、見かけたら邪魔はしないでやる。相談も有料で受け付けるヨ」
二人もまた、次のステージへと進む。
それは競技とは異なるが、彼らの人生にとって大切なことだ。
~~
燕青達を見送った頃、ワタルの前にイザベルが現れた。
「~~いたいた。ねぇワタル、ミキリさんを見てない?」
「あ、イザベルさん。母ちゃんは見てないよ」
「……フランスの女か。貴様も小僧に用があるのか」
「ロトス。アナタはもう少し、言葉遣いを覚えた方がいいわよ? 特に今後はね。余計な争いの火種は、作らないに越したことないわ」
横柄なロトスの態度を、イザベルがたしなめる。
「いちいち気性の強い女だ」
「アナタこそ、いちいち態度がデカイ男ね」
二人の言い争いを、ワタルは呑気に観戦。
「すげぇ、絶対に言い返してくる。まるで母ちゃんみたいだ……」
母を思い出し苦い顔をした。
「私がどうしたって?」
「げぇっ、母ちゃん?! どこから?!」
ワタルの肩に、背後からずしりと手が乗せられる。
振り返ったら母ミキリが居て、周囲に木の葉が舞っていた。記憶よりふくよかさが増して見える。
「一ヵ月ぶりくらいかしら。ワタル、レースは楽しめた?」
「もちろん! レース、楽しかったよ! 負けちゃったけど」
「良い負けっぷりだったわね」
「見てたんだ。ハハハ……。……ずっと見てた?」
明らかにミキリを恐れるワタル。
ミキリの方は平静な、穏やかな表情のまま。
「ええ、ずっと。シブシソさんやロトスさんを助けたのは、良かったと思うわ」
「そ、そうだよね。じゃあ、オレはそろそろ帰ろうかなー、なんて。明日出発早いし……」
ワタルが移動しようとするのを、ミキリは両肩に手をズシリと置いて止めた。
「だけど実力はまだまだね! ペース配分が悪いとか技が雑だとか、言いたいことは山ほどあるけど……」
「か、母ちゃん、その話は後でゆっくり……」
「一番情けなかったのは、我を忘れて暴れちゃったことよ!! いくらスポーツマンシップの欠片もない酷い戦い方をされたからって、自分まで暴れるのは良くないわ!」
「やっぱりバレてた……」
「酷い、戦い方……」
流れ弾でショックを受けるロトス。
「そんな時はなおさら自分のやり方で捻りつぶすのが良いの。そもそもアンタは~~」
くどくどとした説教がスタート。ワタルはガックリと肩を落とし、成す術なく聞くばかりだ。
「~~とにかく練習不足! 忍ぶ心が足りないわ! 優勝は遠いわよ!」
「うがー! 母ちゃんだって優勝したことないじゃん!!」
「お母さんは誰かさんと違って完走してますー!」
ワタルとミキリの親子喧嘩に、乱入者アリ。
イザベルが(既に優勢のミキリに)加勢した。
「そうよ! ミキリさんは完走かつ四位という優秀な成績だったんだから!」
「なにおう! オレだって無理しなきゃ完走できてたし!」
「どーだか! お母さんは、ルールが悪くなければ優勝できてましたー」
「そうそう! あのルールであのレース展開は、実質優勝と言っても過言じゃないわ!」
「そんなのもしもの話じゃん!!」
「ワタルが先に言いだしたんでしょ?!」
「ミキリさんにたてつくことは許さないわよ! ワタル!」
「……って、なんでイザベルさんまで加勢すんのさー!!」
二人がかりでは分が悪い。ロトスは早々に関わりを避けているので、手助けも期待できず。
文句を言うワタルをよそに、ミキリとイザベルは二人の世界へ。感慨深げに話をした。
「久しぶりね、イザベル選手! とっても良いレースで、観ていてすごく面白かったわ!」
「あ、ありがとうございます! でもまだまだなので、次こそは優勝してみせます!」
褒められ喜ぶイザベルを見て、ワタルがむくれる。
「なんでい、オレだって結構がんばってたのにー」
「拗ねないでよ、ワタル。知らないでしょうけど、イザベル選手はすごく頑張ってきた人なのよ。あの時のお嬢ちゃんが、こんなに立派な選手になるなんてねぇ……」
ハンカチで涙をぬぐうミキリ。
イザベルもまた、指先で涙をはらった。
「ミキリさんが見ていてくれたからです。あの出会いがなかったらワタシは……」
「いいえ。アナタなら自分で解決できていたと思うわ。たまたま私が、その役割になっただけで。それより私、あの時ひどいことを言ったはずよ。技のセンスがないとか、そんな」
「いいんです。はっきり言ってもらえて、何ができるのか、どうなりたいのか、向き合うことができました。あの日ワタシは、貴女に背中を押してもらったと思ってます」
「向き合い続けられるのが、アナタの素晴らしいところよ」
ミキリとイザベルが、しっかり握手。
ワタルはすっかり蚊帳の外で眺める。
「なんかいい雰囲気になってるなぁ……。イザベル選手は、技が苦手だったんだっけ?」
「だったというか、今も変わらず!」
「うっ……」
不意打ち口撃を食らい、思わず声が漏れるイザベル。
ミキリは気にしない。
「私の技との相性もあるけどね。まぁ、見てて」
懐からストーンを取り出し、川へ投入。ストーンは一跳ね目で大きな水飛沫を上げ姿を隠しつつ、表層の石欠片を分離・展開。仮想敵らしき位置へ飛び道具の石欠片を先行させ突進。……だけにとどまらず、上空からも矢の雨のごとき石欠片を降らせた。
未だ衰えぬ腕前に、イザベルが目を子どものように輝かせる。
「これ、これ! これよワタル! 素早い飛び道具の展開、時間差攻撃、水飛沫を利用した隠し弾……。流れる手際の美しい忍術だわ……!」
ワタルは若干引き気味のリアクション。
「太っててこのキレの良さ……、相変わらずえげつな……」
「ワタル、聞こえてるわよ」
ミキリはジットリ目つきでワタルをけん制。咳払いを一つ。
「……コホン。色々言っちゃったけど、イザベル選手の忍耐力・持久力・判断力は素晴らしいと思うわ。現役の時に勝負してみたかった。今後の活躍、楽しみにしてるわね」
「ありがとうございます。必ずもっと強くなって、優勝してみせますので!!」
力強く言い、イザベルはワタルを向いた。眩しい笑顔で。
「ふふ♪ ワタルもありがとね。ミキリさんと再会できたし、ワタルとの勝負も楽しかったわ」
笑顔には笑顔を。ワタルはニッコリ笑った。
「どういたしまして! イザベルさん、また勝負しようね!」
「ええ。必ず勝負しましょう。その時はミキリさんくらい強くなっててね」
イザベルが背を向け去っていく……のだが、闊歩する背中で跳ねる金髪縦ロールを止め、くるりと振り返った。
「そうだワタル。ワタシがレース中に伝えたこと、覚えてる? こんな風に、付け加えて言った言葉を」
「もちろん! 『完走者はみんな勝者』、だよね? 今回はオレ、負けちゃった」
「そうね。今回貴方は、ゴールした他の選手やグレートジャーニーに負けたわ」
「う……、改めて言われると、けっこうクるなぁ……」
肩を落とすワタルに、イザベルは優しく微笑む。
「そんなワタルにワタシからもう一つ、付け加えの付け加え。……敗北しても終わりじゃないわ。例え心やストーンが砕かれようと、欠片でも粉塵でも何でも集めて、また勝負すればいい。ワタシはそうやってここまで来た」
「イザベルさん……」
「大和錦が残したもの、ちゃんと受け取ってるんでしょ?」
「うん……!」
「だったら大丈夫よ。じゃあねワタル。ア・ビアント!」
イザベルは最後にパチリとウインク。颯爽とその場を去った。
何度も敗北を乗り越えた、力強い足取りだった。
ミキリが焚き付ける。
「だってさ、ワタル。六年しか猶予はないわ。もっと練習して強くならなきゃ。今回は子どもだからって背中を押してもらってたけど、次はそうはいかないわよ?」
ワタルは元気良く返事した。
「わかってる。みんなに追いつけるよう、がんばるよ!」
「うんうん、良い意気ね。あとは……」
真面目なトーンで、ミキリが言う。
「……相棒、見つけなきゃね」
「……」
「さて、と。私は先に帰るわね」
黙って頷くワタルの背をポンと叩き、ミキリは一足先に帰っていった。
~~
いよいよ、残っているのはワタルとロトスだけ。
ロトスからワタルに話しかける。
「小僧。……。……いや、ワタル。色々と、すまなかった」
それから深々と頭を下げた。
ワタルはハッキリ返答する。
「オレはもう気にしてないよ! でもマリーナさんとか、他にも迷惑をかけた選手がいるんだったら、ちゃんと謝った方がいいと思う」
「……そうだな」
ロトスは素直に受け入れた。
夜は静かで、海の波音すら聞こえる。
「なぁワタル。次に会う時までに、島も俺の身体もなおしておくつもりだ。今回みたく、競技に余計なことを持ち込んでしまわないように。だからその時は……」
差し出される手。
「また勝負してくれ、ワタル」
「もちろん! また勝負しようね、ロトスさん!」
二人はしっかりと握手した。
掌から伝わる温かさに、ワタルはゴールの瞬間を想う。
デッドヒートに贈られる、割れんばかりの大歓声。なのに進めば進むほど音がわからなくなって、視界も前しか見えなくなって。夕日と水面が作る黄金色の道筋を、わけもわからずひたすら進んだ。気がつけば、ゴールラインへと手が伸びていた。
勝利を、世界一を掴みたい気持ちはあった。けれど。
「(ありがとう、大和錦。オレにたくさん、素敵な景色を見せてくれて)」
ゴールラインを越えた掌には、温かさがあった。大切なストーンを失い、勝利の栄光も得られなかった空っぽの掌に、ジンと伝わってきた熱。ワタルはそれを、大和錦の意思だと思っている。大和錦が、手を引いてくれたのだと。
水切り世界大会グレートジャーニー。総距離およそ一万九千キロメートル。参加選手人数二百人超。人とストーンが共に進む、長い長いレースの一幕だった。
――
―
グレートジャーニー最終日。時間制限ギリギリで、一つのストーンがゴールラインを越える。
実況は労いの言葉で、観客は大きな歓声で迎えた。
『ここで最後の選手がゴール到達! アーデルベルト選手!! お疲れ様だァ!!!』
美しい多面体ストーンを拾い上げ、アーデルベルトは、すっかり乱れた髪をかき上げる。
「ゼェ、ゼェ……。ストーンの磨きすぎには注意した方が良い……。龍に気に入られ、長旅になってしまうからな……」




