第十一投:大和錦
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──二年前・日本某所──
雪化粧した山の麓を、一台の大型トラックが進む。少し暑いくらいに暖められたキャビンで、車載オーディオが明るい曲調の演歌を流した。
縦型信号の隣に設置された案内標識をくぐったくらいで、ハンドルを握る茶色短髪の中年男性が、助手席で眠る男の子に声をかける。
「おーいっ、起きなワタ坊。もうすぐ着くぞー」
男の子はしばらくうんうんと小さく唸り、寝ぼけ眼を開いた。
「うーん……。……あ! すっごい真っ白、な、山!!」
「寂しいもんだろ? 親父の若い頃はもうちょい賑わってたらしいんだがなぁ」
進行方向側方にそびえる山々が鉱山として栄えていたのも、今は昔。閉山を機に労働者も関係者もいなくなり、地域丸ごと、閑散を通り越し人の文化の終わりを待つだけと化している。
一台の対向車も現れない道路を進むこと十数分、広場になった鉱山入口前に停車。周りには事務所だったのであろう建物が一軒あるのみで、賑わいは一切ない。
「よっし、無事到着だ。ワタ坊、ちゃんと挨拶するんだぞ?」
話しながら携帯電話を取り出し、操作する男。
男の子は厚手のジャンバーを着たり荷物をまとめたりしつつ、お礼を言った。
「もちろん! ありがとねマッちゃん。夏も連れてきてもらったのに」
ワタ坊、と呼ばれる男の子は、大会出場の二年前頃のワタル。知り合いでトラック運転手をしているマっちゃんに協力してもらい、水切りに使うストーンを探すため、冬休みを利用して雪深いこの地まで来た。
これから訪ねるのは、閉山した鉱山の所有者である、マっちゃんの父親。会うのは夏休み以来。見た目や言動は堅物だが優しい人で、ストーン掘りに協力してくれるばかりか、家に泊まらせてもくれる。
「子ども一人くらい誤差ってもんよ! 今度こそ相棒、見つかるといいな!」
「うん! なんだか今回は会える気かする!!」
元気良くワタルは答えた。
携帯電話を耳に当て、マっちゃんがニッと笑う。
「そりゃいい。がんばって探せよ! 未来の水切りチャンピョン!!」
と、話はその辺りで電話が繋がった。
「あ、もしもし、ミキリさん~~。~~ええ、今到着~~いやいや、気にしないで~~」
通話の相手は、ワタルの母ミキリ。
到着の旨を伝えて電話を切り、マっちゃんが言う。
「じゃ、おれっちは仕事があるから行くぜ。終わったら実家に顔出すって言っといてくれ」
「りょーかいっ! また後でね、マッちゃん!」
「おう!」
助手席ドアを開け、ワタルはキャビンを降りた。大きめのリュックサックを背負い、サクサクと雪にスノーブーツを沈めて歩く。事務所のドアが開いており、隙間から黒毛の犬と、ひげを蓄えた老人が覗いているのが見えた。
「よろしくねー、じーちゃーん! ……うー、さぶっ」
挨拶をして手を振ると、老人は事務所の奥へ。ワタルはジャンパーのフードを目深にかぶり、手袋をした手で顔を覆って小走り。寒さに体を縮ませるが、表情は明るい。
「やっぱり、会えそうな気がする!」
目の前に広がる山々に目が輝いた。マッちゃんのトラックが出発し、雪道を進む自分の足音だけになる。脚を止めればやってくる静寂、いつかのまま残された坑道の入口。時が止まっているかのような、そんな場所だった。
~~
「じーちゃん! 薪はここに置いとくんでいい?」
「あぁ、いいよ。それよかワタ坊、山には行かんのか? 今日は雪、酷くないぞ」
「うぉっ、忘れてた! 行きたい行きたい!!」
両手いっぱいに抱えた薪を土間の端に置き、ワタルは慌ただしく部屋に上がった。居間に置いたリュックサックの中身を広げ、ストーン掘りに使う道具を整理する。
その間に老人は『よいしょ』の一息で立ち上がり、衣紋掛けからオレンジ色のベストを選び着用。鍵付きロッカーから猟銃を取り、同じくオレンジ色のカバーに入れ肩にかけた。
「じーちゃん準備はやっ! ちょっと待ってて!」
「ヘルメットも忘れんようにな。あと、軍手は二重に履けよ」
懐中電灯や小さなシャベル、鈴などを並べるワタルにヘルメットをかぶせ、老人は一足先に土間で靴を履く。
「待ってよ、じーちゃん!」
部屋からワタルが声かけ。
老人は毛布の上で丸くなる黒毛の犬に目で合図。連れ立ってさっさと外に出て行った。
「オレが散歩する時は言うこと聞かないのに……。って、待ってって言ったじゃーん! じーちゃん、コタローウ!」
ワタルは急いで追いかけ、ドアを施錠。老人と犬を追いかけた。
~~
「~~さて、今日はワタ坊の探し物、見つかるかねー」
坑道の入口。
入ってすぐの場所にコタロウを待たせ、老人が言う。
「絶対見つける! 日本代表になるために!!」
ワタルは即答。やる気に溢れ、鼻息を荒くした。
「ふむ。それなら良い石、必要じゃろうが……」
ヘルメットのライトを頼りに先導、坑道の奥へ。
老人は不思議がる。
「どうしてここなんじゃ? ざんざん掘りつくして、もう何も残っとらんぞ」
言葉の通り、老人所有の鉱山は開発の末に閉山、坑道内部にめぼしい鉱石は見当たらない。目につくのは、採掘した際にどけられた土砂や岩石ばかりだ。
「そんなことないよ! ほらコレとか、イイ感じだし!」
ワタルは足元や坑道の内壁からストーンを拾い上げると、懐中電灯で照らして見せた。丸みを帯びた競技向きの形状の物や、硬度の高い物がある。
「それじゃあ世界は厳しかろうて」
老人はストーンを一目見ただけで坑道を進んだ。
「そうかもしれないけどさー。良いストーンだよー?」
ワタルも続く。
整備された道を数分。分岐のある天井の低いエリアに辿り着いた。
「今日はこっちにするか?」
「そうする!」
「柵がある場所の先は行ってはならんぞ。崩れるかもしれん。掘るときも注意せえ」
「うん。気を付ける。ストーン探して土砂崩れになることあるもんね」
「わかっているなら、よし」
老人は分岐の前で手ごろな岩に腰かけ、ワタルは一人、穴を少し進んだ。採掘を途中で中断したらしい場所を、足元や壁、天井など隅々まで懐中電灯で照らし目を凝らす。目ぼしいストーンがあれば拾い上げたり、掘ってみたりした。
シャベルを動かしていると、物思いにふける老人の声が聞こえてくる。
「昔は日本中で色んなもんが採れとった。もっと大昔は、それこそ黄金の国なんて呼ばれておったりもしたそうな」
「黄金の国? どういうこと??」
気になって尋ねるワタル。
「夜にでも詳しく話しちゃるよ。……ここも随分と寂しくなった。採掘に集まったもんも、人がおったから集まったもんも、みーんなどこかに消えてしもうて」
老人はその昔、山が賑わっていた時のことを懐かしんだ。多くの作業員が仕事する音に溢れていた坑道は今や、たった一人が石を掘る音が聞こえるばかり。寂しさに老人は居眠りする。
……のだが、そのたった一人の大きな声ですぐに起こされた。
「うぉー!! なんかすっっっごいストーン、見つけたかも!!!」
坑道に響く元気な声。目ぼしいストーンを見つけ、ワタルが大興奮。
老人は立ち上がり、首を傾げてそばまで来る。
「なんじゃ、良い石が見つかったんか。はて、こんな削れておったかな」
柵のだいぶ手前の壁面低い位置に、浅い窪みができていた。昨日今日にできたのではなく、数十日は経っていそうな状態。白黒縞模様のストーンの表面が僅かに露出している。
老人はストーンや周りの岩盤等に触れ、安全を確認。ワタルに言った。
「崩れはしなさそうじゃな。しかし良い石には見えるが……、そう騒ぐほどのもんか?」
「さわぐほど! 絶対良いストーンだって感じるんだよね!! よっしゃー、掘るぞ!!」
「ふむ……。マサルの迎えまでに掘りだせればよいのぅ」
その日からワタルは白黒縞模様ストーンに狙いを定め、雪が酷い日以外は毎日、山に通って賢明に掘り続けた。
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「じーちゃん! キツネがいたよ! キツネ!」
「そりゃおるよ、山じゃから。病気もらうから近づくな」
「キツネも大変なんだねぇ」
~~
「ワタ坊。今日は雪が酷いから外に出たらいかんぞ。家の近くでも遭難しかねん」
「そっかー。じゃあ今日は冬休みの宿題、やってようかな」
「良い心がけじゃ。水切りばっかりもいかん。作業場におるから、何かあったら声かけな」
~~
「よっしゃ! 雪落ち着いたし山行こう! じーちゃん!」
「今日は掘り出せるとええの。ほれ、これ使い」
「道具作ってくれたの?! ありがとね!!」
~~
「ねぇじーちゃん、ここで掘られた物ってどうなったの?」
「基本的には売られたよ。溶かして不純物を取り除き固める、精錬をしてな」
「そうなんだ。……仲間はみんな、外に行っちゃったんだね」
「仲間……?」
~~
気づけば、マッちゃんが迎えに来る日。掘っていたストーンは全体像こそ見えているが、取り出すにはもう少し時間が必要だった。
「なぁお前、一緒に水切りしようよー」
ストーンに話しかけながら、ワタルは作業を続ける。
老人は近くで座り、掘り返す作業を眺めた。
「ワタ坊はこんな何もないとこ、よう退屈せんな」
「退屈? なんで??」
「石ころばかりでツマランじゃろう。だからみんな出て行ってしもうた」
「オレは楽しいよ? ストーンたくさんあるし、山も川もあるもん」
「そんなもの、街に比べたら――」
「――あっ、やった!」
話の途中で、ワタルが歓喜の声を上げた。ようやくストーンが掘り出せたのだ。
「じーちゃん! 見てよこれっ、めちゃくちゃ重たい! こんなストーン初めてだ!!」
巨大ストーンを両手で重そうに抱え、誇らしげに老人に見せる。
老人はハッと驚き、納得して頷いた。
「これは……! 確かに、見た目より良い石じゃ。まさかこれほどのモンスターが、掘り出されずに残っておったとは……」
「ホントすごいよ! 世界大会出れちゃうかな?!」
「そりゃあわからん」
「えー」
「だが、世の中わからんことだらけじゃから──」
鼻息荒く喜ぶワタルをたしなめ、老人は続ける。
「──出るだけじゃなく、案外イイ線、行けたりしてな。小学生が世界で良い勝負するなんてことも、意外とあるかもしれん。誰も気づいとらんだけで」
老人は背を向け、出口の方に進んだ。
「うおお! オレ、もしかするとできちゃうかも?!?!」
ワタルは気持ちが盛り上がり、抱えたストーンを頭上に持ち上げる。
すかさず言う老人。
「ワタ坊がそれかは、わからんがな。前例がないってことは、難しいんじゃろ」
言葉にガックリしてワタルは手を滑らせ、ストーンをヘルメットで受け止める。
「痛ったァァァァ!!」
坑道中に響く声。ヘルメットのおかげで、被害はたんこぶ一つ。
老人は少しの間ケラケラと笑った。
「けっぱりよ、ワタ坊。くすぶっとったソイツと一緒に、色んな景色をみてきなさい」
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――現在・ゴール近海──
水平線から太陽が顔を覗かせる、洋上の朝。優勝をかけた最後の勝負を、実況が高らかに盛り上げた。
『苛烈な先頭争いから一夜明け、二つのストーンと二人の選手が、優勝をかけて海を進むゥゥゥ! 最初に大地を踏みしめるのはどちらか! 水切り世界大会グレートジャーニーも、いよいよ大詰めだァァァ!!』
優勝争いを繰り広げるストーンと選手の雄姿を収めようと、多数のカメラドローンが飛び交う。ゴールが近いこともあり、観客を乗せた観戦クルーザーも多い。
巡航解除に合わせ、カメラが接近。黒煙を上げる黒色ストーンが大写しになり、ロトスが口を開いた。
「日の出だ、小僧。約束通り決着をつけようではないか」
笑みを浮かべてはいるものの、瞳は真剣。真っすぐ前だけを見つめている。
『まず一人目が巡航解除! マギルダスト島代表ロトス選手と、数多の強豪ストーンを打ち砕いてきた、爆裂ストーン【コール】だァァ!! それに続くは――』
カメラが切り替わり、隣を跳ねるもう一つのストーンを映像の中心に。サッカーボールサイズだった初めとは違う、掌サイズの影が海面に落ちる。
『──日本代表ワタル選手と、驚異の粘り腰を見せる大型ストーン【大和錦】ィィ! ……ん? ……んんん??!! この姿は……!!!』
ギザギザ飾りはどこにもなく、あるのは曲線滑らかな楕円形ボディ。しかし何より目を惹くのは、形状ではなく色。色が示す材質。
ワタルは高らかに、ロトスに勝負を宣言した。
「ロトスさん、勝っても負けても恨みっこなしだよ! 行こう【大和錦】ッ!! 世界一を目指して!!!」
『この光沢、この煌めきはまさに──』
閃光の鋭さで海上を疾走する金色、ではなく、真に黄金のストーン。実況や観客、映像中継される各所で、大きなざわめきが巻き起こる。
『──金、黄金、ゴールド!! これがワタル選手のストーン、大和錦の真の姿だァァァ!! 黄金の国の金襴大和錦が、黒いダイヤ【コール】を追いかけるゥゥゥ!!!』
コールと並走する大和錦の軌跡が、黄金の帯のように輝いた。
「……特別凄くなったわけじゃないけどね」
大盛り上がりの実況や観客の声を、ワタルはさほど共感せずに聞く。人類を魅了し続ける鉱石であっても、ワタルにとっては他のストーンと同じ。水切りでの有用性という視点で見れば、材質に特別な優位があるわけでもない(個々に宿るオカルト能力は除く)。
そんな大和錦を見て、ロトスがポツリと零した。
「やはり黄金か。遥か昔から現代に至るまで人々を惑わす、富の象徴。俺達の島にあったのが黄金であれば、何か違っていたか……?」
大和錦からコールへ、苦虫を噛み潰す表情で動く視線。罵りとも労いともつかぬ言葉をかける。
「最後くらい、希望の灯を見せてみろ。それが午睡の夢しか見せられなかったお前の、果たすべき役割だろうよ」
一呼吸おき、コールが黒煙を倍増して噴出。
回転速度を高め、大和錦へと接近する。
「高価なだけで脆い石など、削り節にしてしまえ! 【バケットホイール・エクスカベーター】!!」
「たしかに、今の大和錦はぶつかったらひとたまりもないっ! けどッ!!」
迫るコールを、大和錦は今までとまるで違う俊敏さのステップで回避。急加速し、リードを作った。
「今までより、かなり速いよ!!」
現在の大和錦は、金属ボディの滑らかな曲面により、海面との抵抗を極限まで減らしている。高速ストーンのフォーミュラ・ワンにも引けを取らない驚異的なスピードで、金色の像を残してすらいた。
「コール! 後れを取るな! もっと、もっと燃やせ! これで終わりなんだぞ!!」
ロトスが叫ぶ。コールは自身内部を発火、爆発。急加速を得る。
だが、代償は少なくない。
『先行する大和錦をコールが追う!! しかしコールは爆発で、自らを破壊してしまっているぞォ!!!』
崩壊しながら進むコールを、ロトスは見つめた。
「……それでいい。俺達に次のチャンスはない。燃え尽きてでも前に進め!」
――同時刻・ドラゴントライアングル近海・1――
海の真ん中を、やや大柄のストーンが進む。そばで金髪縦ロールを風になびかせる女性が、声を荒げた。イザベルだ。
「ちょっと、全然速度が出ないじゃない! これじゃあレースが終わってしまうわ!」
行き場のない不満をぶつける相手は、通信端末の先のサポートチーム。
困った調子の言い返しがイヤホンから飛び出した。
「〈できる限りのことをやりましたよ! お嬢も原因わかってないでしょう?!〉」
「そんなのわかってるわよ! でも、わからないんだからしょうがないでしょ!! ボディ削ってバランスもキズも修復したのに、どうして速度が上がんないのよ……!!」
イザベルは焦り、ラリー・ダカールに意思を込める。
「無理させちゃうけど、こうなったら意思で強引に――」
速度低下の原因は不明。仕方なくイザベルは、意思のチカラで加速させようとした。
そんなイザベルに、前方から軽い調子の男が声をかけてくる。操るストーンがラリー・ダカールより遅いために追いつかれた、緑スーツの伊達男が。
「――やめといた方がイイよ、マドモアゼル。ラリー君が可哀そうだ」
「あら、ダンテ。忠言に悪いけど、ウチの整備は完璧よ。アナタに何がわかるっていうの?」
イザベルはツンと気にしないそぶり。
ダンテの飄々とした雰囲気は変わらない。
「そりゃあわかるとも。ラリーに小さなトゲが食い込んだままで、悪さしているよね。そこをもう何ミリか削ったら良いカンジになるよ」
ラリー・ダカールを一瞬見ただけで言い切った。
「サポート! ダンテが言ってるのはホント?!」
「〈我々としてはなんとも……、データ上ではバランスしています〉」
「データ上はバランス……。ならホントかもね。ラリー、思い切って割っちゃいなさい」
「〈危険です! 消耗を最小限に表面処理したんですよ?!〉」
サポートチームが慌てるのを無視して、イザベルはラリー・ダカールを高く高く跳躍させた。数秒後、思い切り落下した衝撃でボディが割れ、大型ストーンから小石に変わる。
ダンテが口笛を吹いて感心した。
「ワーオ、大胆! お嬢さん結構やるネ!」
イザベルはストーンの状態を通信端末でスキャン、確認。さっぱり口調で返す。
「アナタにしかわからない乱れなんだから、うちで微調整するのは無理。だったら衝撃を与えてトゲを起点に割っちゃうのが確実でしょ」
ボディは小さくなったが、ラリー・ダカールの速度は見違えるほどに回復。スムーズな加速が始まった。
「それにしても、敵に助言する余裕があったのかしら?」
問いかけるイザベル。
ダンテは何も気にせず、にこやかに返した。
「構わないさ。僕たちが気持ちよく勝つための言葉だからね」
「勝つって……。アナタのストーン、ボロボロじゃない。どう考えたって、優勝争いには間に合わないわ」
ダンテのストーン、フォーミュラ・ワンは、しばらく前のバトルで損傷。スタート時の美しい流線型のボディは、キズや欠けだらけになっている。最速を誇った走りは見る影もない。ストーンバランスの悪さからか、跳躍の度にふらついてもいる。
「そうだねぇ、一番早くゴールするって意味じゃあ、勝利は難しいかな。……だけどネ」
視線が鋭くなった。反応したフォーミュラ・ワンは、海面でボディを摩擦。破片が散って数秒、跳躍のバランスが良くなった。その上、キズが意匠かと思えるほど美しい姿へ変貌を遂げている。
「どうだい? お嬢さん」
「へぇ、やるわね。カッコよく仕上げたじゃない」
イザベルは少し驚いたが、どこか呆れた様子。
ダンテはわかりやすく喜んだ。
「やった! じゃあこの方向で調整していくよ!」
「……もしかしてアナタ、誰かの反応が欲しくてそのままにしてたとか?」
「もちろん! 魅了する相手がいてこその芸術だよ」
「わからなくもないけど、そんなに大事なことかしら」
「大事に決まってる! 一番早くゴールするストーンじゃなくっても、一番【魅力的な】ストーンってのは譲れない!!」
迷いなく言い切るダンテに、イザベルは呆れを通り越して感服めいた笑みになった。
「そういうのも悪くないか。それじゃあ、お先に。どうせまだ調整するんでしょ?」
「もちろん! 見た目がカッコイイだけじゃ、スーパーストーンは名乗れないから。バッチリ調整して、最高瞬間速度も狙っちゃうYO!」
「はぁ、ずいぶん自信家だこと。……ラリーへのアドバイスありがと。フォーミュラ・ワンがどんなストーンになるのか、ゴールで楽しみにしているわ。バイバイ」
一位でのゴールを目指し、ラリー・ダカールが速度を上げる。イザベルは手を振って別れの挨拶をし、ダンテはウインクを返した。
「チャオ! マドモアゼル! ボンボヤージュ!!」
「ええ、アナタも。ボンボヤージュ」
追いかける彼女もまた、ゴールまであと少し。
――ドラゴントライアングル近海・2――
イザベルの位置より、いくらか進んだところ。三人中二人の選手が終わりなくバトルを続け、残りの一人は加わることなく静観している。
燕青とルーカスと、シブシソだ。
「だぁー、もうっ! しつっこい! いい加減負けを認めろ!」
「テメェが突っかかってきてんだろうが! 勝ち越してるのはオレ様だろ?!」
「……夜モ明ケタトイウノニ、マダ争ッテイタノカ」
争いは私怨であるが、勝負が長期化しているのには事情がある。
自身の通信端末の画面を手の甲で叩き、燕青が言った。
「そんなこと言ったって、進路がわからないから仕方ないヨ! ルーカスのGPS、どうして肝心なところで役立たないのカ!」
「知らねェよ! おいニック、聞こえてたら返事を……。クソッ、やっぱつながんねェ!」
前日、満漢全石が海水の壁を作った後のこと。ルーカス・シブシソは壁越えの余力がなく、燕青は壁を消す労力を惜しみ、三人とも壁の自然消滅を待った。しかしそこに、落とし穴があった。壁を作った際の進路がゴール直進方向ではなく、曲がっていたのだ。
夜間の目印一つない海。気づかずに曲がった進路を取り続けた三人は、夜中の間で大回りに一定範囲を回った。GPSは使えず、通信も安定せず不通だった。翌朝、陽が昇って進路の誤りに気がついた三人は、太陽から方角を予想、進路修正。したものの正確さに欠け、ゴールまでの距離はなかなか縮まらず……という経緯。燕青達の勝負は、そんな状況への鬱憤晴らしでもある。
唐突に、燕青が思いついた顔でシブシソを指差し。名案の勢いで尋ねた。
「そうだシブシソ! 野生の勘で進路がわかったりしないカ?!」
シブシソは顎の下を触りながら首を横に振る。
「海ハ経験ガ浅ク、正確ニはワカラン。ヒントがアレバ別ダガ……」
「ヒントって何カ! もうっ、どいつもこいつも使えないヤツばっかり──」
文句を言う燕青の口が、ぽっかり開いて止まる。前方の海が盛り上がり、やがて龍の形になったからだ。いつぞや大和錦が作り出した、カイリュウの出現。通信障害の原因。頭にはキラキラした多面体ストーンが、そばには見覚えある男のフロートがある。
三人の声が重なった。
「「「……アーデルベルト?!」」」
前進する三人と並走し進むカイリュウ。対応に困る動けない時間。
そんな中シブシソが、カイリュウへ向けていた視線の中で何かを発見。笑みを浮かべた。
「喜ベ二人トモ、ゴールの目星ガ、ツイタカモシレン」
「もしかしてアイツに関係あんのかァ?!」
「やはり龍は神秘的な存在ネ」
「イヤ、アレハ全ク関係ナイ。良ク目ヲ凝ラセ。ワカルハズダ」
視線の先。カイリュウの奥の空に、ビスマルクではない小さなキラキラがある。燕青とルーカスも気がつき、即座に意味を理解。
「なるほど、ガキんちょの進んだ方向ってことカ」
「痕跡ってことは……って、考えても仕方ねェか。だがよー、どこから流れてきたかなんてわかるのか?」
三人がいる海域は、未だ強い風が吹いている。半信半疑のルーカスに対し、シブシソはしっかり頷いた。
「ワカルトモ。海デアッテモ風ハ風。我々ガ風ヲ読ミ間違エルコトハナイ」
「へェ、そうかい。さすがだな」
誇りに満ちた表情を見て、ルーカスは納得。
するとシブシソが、わざとらしく考え込む顔をする。
「問題ガアルトシタラ、ワタシとギフトハ疲弊シ、【アレ】ノ相手ヲスル余力がナイ。ト、イウトコロダロウ」
燕青、ルーカスがニヤリ。
「取引か! 分かりやすくて大変よろしい! ルーカス、負担は半々ヨ!!」
「当たり前だ! 牛ヤロウ、これで道に迷ったら、BBQにしちまうぜ?」
フロンティアスピリッツと満漢全石が、行く手を阻むカイリュウ側に寄る。程なくして、カイリュウと二つのストーンはバトルを開始。二人の後ろでシブシソは、空を舞う金色を見つめた。限りなく薄い紙状の金属片を掌に、優しい微笑みが浮かぶ。
「軽やかで、意思の籠ッタ良イ技ダ。ワタル、大和錦」
──ゴール近海──
金の滑らかさがもたらす速度を活かし、大和錦が逃げ切りを図る。対するコールは、ボディを爆発させ追いかける。
数十分の距離のゴールを前に、持てる意思の全てをロトスは込めた。
「ゴールラインを踏み越える、一欠片だけ残せばいい! コール! 【石炭の黄金時代】!!!」
ワタルもまた声を張り上げ、ありったけの意思を込める。
「行こうっ! 大和錦ッ!! 【黄金の国】!!!」
海上を駆け抜ける、紅い焔と金色の閃光。爆発ごとの加速と、常の加速の勝負。先行しているのは大和錦。両ストーンは二メートルほどの距離を保った。
「……大和錦。これで、いいんだよね?」
跳躍のたび軌跡にキラキラを広がらせる大和錦を見て、ワタルはポツリ。
追いかけるロトスは、頬に汗を滑らせ言った。
「最後だ! 小僧の石と俺の石。どちらがゴールまで耐えうるか!」
強い日差しを放つ、夏の太陽。夜明けから始まったデッドヒートは巡航を一切挟まず続き、特設ゴール会場が目前となった頃には夕方。一万九千キロメートルに及んだ勝負が間もなく決する。
先行し続ける大和錦。数センチずつ距離を縮めるコール。どちらの前進にもつきまとう代償に、ロトスも気づいている。
「……【黄金の国】。その技は、俺と同じだ」
――特設ゴール会場・観客席――
人工河川を挟んで両サイドに作られた、何段も階段状に椅子の列が並ぶ屋根付き特設観客席。満員の招待席に、ポロシャツに七分丈ズボンの優しげな男性と、地味な婦人服にベージュ色つば広帽子を被ったふくよかな女性がいる。ワタルの父タカシと母ミキリだ。
驚いた調子でタカシが言う。
「大和錦が金だったなんて、驚きだね。かなりのお値打ちそうだ……」
肉まん片手の興味薄でミキリは返した。
「やたらめったら重たかったわけね。金の塊、モンスターゴールド。マサルさんのお父さんが『権利を主張しない』って念書をくれた理由がわかって、スッキリしたわ」
「僕は肝が冷えるよ。『大和錦誕生の地として観光資源に~~』って話、協力しないとね」
中継モニタでの観戦。レース展開には慌てず、二人とものんびりとしている。
タカシが気の毒そうにした。
「白黒で大きい大和錦を見慣れていたから、寂しいな」
相変わらずミキリは淡々と。
「水切り大会はそんなものよ。遠いゴールを目指すんだもの、ストーンが傷ついたり失ったりするくらいよくあるわ。ストーンの大事を取るならリタイヤも選択肢。ワタルと大和錦が、どうしたいかってとこじゃない?」
「そっかぁ。後悔しないといいなぁ」
しみじみ話すタカシ。
ミキリは鞄から小ぶりなポーチを、さらに中から扁平なストーンを取り出し、手の平や指の間、甲でくるくる転がす。
「どんな選択をするのかは、わからないけど……」
感慨深そうに、ミキリは言った。
「どうであれ、たくさん持ち帰ってくるんじゃないかしら。昔っから、なんでも拾ってきちゃう子だもの」
「そうだね。今から楽しみだ。……っと、そろそろかな」
モニタで、デッドヒートを繰り広げる大和錦とコールが眩しく輝いた。




