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水切りワタル!!!  作者: 小鷹 纏
12/17

番外:バハマ・ロトス

 夜。暗い部屋。目を瞑り何も見えなくしても、感覚は消えてくれない。腹が内側に巻かれるような、耐え難い空腹。僅かな量の芋と野草の夕飯は、成長期の体には全くカロリーが足りていなかった。

 硬い床にボロ布一枚敷いただけの寝床で、少年ロトスは空腹を紛らわすため、一秒でも早く眠ろうとぎゅっと目を瞑る。寝返りを数回。どれだけ経っても寝つけず体を起こした。

「みず……」

 喉の渇きもあったが、空腹を紛らわすため何か腹に入れたかった。部屋を出ようとしてロトスは、対面で眠る幼い妹が、苦しい息遣いをしていると気づいた。

「また熱か。待ってろ。今、布を濡らしてくるから」

 妹は生まれつき体が弱く、頻繁に熱を出す。酷く熱持った妹の額に軽く手を触れてから、隣の部屋へ。寝ている母親を起こさないよう注意し、大きな瓶から浅いバケツに水を取る。

「(少ない。朝にないのはヤだな……)」

 バケツ一杯で、瓶に溜めていた水は空っぽ。その分を妹の世話に使い、ロトスは松明たいまつと大きなバケツを持って家の外に出た。夜でも近くの川に行くくらいは慣れたもの、特に苦戦もせず、当たり前に水汲みを終える。

 松明で照らす暗い帰り道。そこでロトスは珍しいものに目を引かれた。

「灯りだ」

 家の位置よりずっと標高の高いところで、小さなオレンジ色の灯が一つ光っている。恐らく山の中腹以上。民家があるとは聞いたことがなく、初めて見る光景に興味がわいた。

 そこでロトスは後日、母親の手伝いの合間をぬってその場所を訪ねることにした。


~~


「はぁ、はぁ……」

 マギルダスト島で一番高い山を、手ごろな木の枝を杖にして登る。妹ほどではないがロトスも体は強くないので、十数分で息が切れてしまった。

 かなり昔に作られた登山道は荒れ果てており、背の低い木や草が周りで茂って歩きづらい。歩きづらいのだが、人一人分くらいは山肌の土が見えていた。

「(人が通ってる? だとしたらあの光は灯り? ……あんな場所に?)」

 山は過去に行われた開発で荒廃。利用できる自然はほとんど無く、住むには不向き過ぎる。怪しく思いつつ、ロトスは歩き続けた。

「(ここだ。小屋はあるけど……)」

 山頂よりかは下の、やや開けた広場めいた場所に辿り着いた。木造の小屋が一つと、山に木枠で囲われた穴が一つ。何らかの坑道と関係する(していた)建物と予想する。

「あの、だれかいますか?」

 古い木製扉をノック。返事はない。ダメ元でノブを引いた。

「開いてる……」

 鍵がかかっておらず、好奇心で扉を開く。太陽の光が差し込み見えたのは、やや煩雑ながら人の手で管理されているらしき室内と、壁を埋める本棚。並ぶ本の背表紙には、母国語だけではなく多国語のものも多数ある。

 ロトスは思わず小屋に入り、母国語の本を手に取った。

「マギルダストの……、まぁいっか」

 タイトル文字の全ては読めなかったが、表紙絵で内容を想像する。精悍な若者が掌サイズのストーン片手に、巨大な蛇のバケモノと対峙。戦いか冒険か、そんなお話だろうと。予想はおおよそ正解で、この本はマギルダスト島の神話的伝承を元にしたファンタジー小説。発行当時でもありきたりだとして、さほど広まらなかった作品。

 それでも、水切り以外まともな娯楽に恵まれないロトスの目には眩しく映り、無許可で小屋に入っていることも忘れ読み耽った。わからない文字や表現も気にならなかった。

「……っ、まずい! 母さんに怒られる!」

 一時間以上経って我に返り、本を棚へ再収納。慌てて小屋を出た。本を盗まなかったのはいくらかの良心と、帰路で持ち主に出会った場合のリスクを考えた結果。ハラハラした気持ちで急ぎ足に下山したが、誰ともすれ違わなかった。

 その後ロトスは時々、小屋を訪ねるようになった。


~~


「~~あの、誰かいますか?」

 見知らぬ少年だった。去っていく背中が一目で、暮らしの貧しさを理解させた。衣服は古く、哀れに感じるほど痩身。なのに少年は、私の蔵書を盗まなかった。何回訪れても、決して。

 だから私は、少年が本を読むことを黙認した。図書館から買い取った書籍なのだから、本来の役割を考えれば正しいとさえ思った。

「~~ごめんなさいっ!」

 ある時、少年はそう言い、逃げるように去った。やられた、そう思い一階に上がれば案の定。数冊の本が無くなっていた。盗まれたのは、在りし日の自然豊かなマギルダスト島の写真や風景画を収めた史料的書籍に、草花や動物、野鳥の図鑑など。史料を失ったのはやや痛いが、図鑑は子ども向けの物。許容できる損失として取り返すことをしなかった。

 ただ、少し違和感があった。これまでに少年が読んでいたのは、読み跡から推測するに、ファンタジー小説やスポーツに関する書籍。史料や図鑑は好みから外れていた。もちろん、換金目的なら種類は関係なくなるが、であれば他を選んだ方が……と、そこまで考え、私財を盗まれたのに少年を擁護する自分に気がついた。

 その日以来、少年は現れなくなった。

「~~ありがとう、ございました」

 驚いた。盗まれてから一ヶ月くらい、だっただろうか。少年が再び訪ねてきたのだ。足音が離れてから本棚を確認すると、盗まれた(と思っていた)本は全て揃っていた。若干痛んでいたが、そんなことはどうでもいい。どうしてこれらの本を選んだのか。どうして持ち去ったのか。どうして返しに来たのか。疑問が尽きなかった。

 肩を落として少年が山道を下る。私は年甲斐もなく走り、その背中を追いかけた。


~~


「~~待ち、なさい。キミに話が、ある」

 白髪混じりで髭の長い老人が言う。走ってきたために息が切れ、肩が上下した。

 ロトスは突然の声かけに驚いたが、老人が小屋の持ち主だと直感で察知。深々と頭を下げる。

「ごめんなさい。今まで勝手に本を読んだり、持ち出したりして」

 老人は息を整え、首を横に振った。

「読んだのはいいんだ。知っていて咎めなかった。それより、どうしてあの本を持ち出し、返しに来たのか教えてほしい」

 問いから数秒の沈黙。ロトスが答える。

「……。……妹に、見せてあげたかったので」

「……そうか。体が、悪い子なんだな?」

 暗い眼差しと声色に、老人はこの島で多々起こる不幸を想像する。

「はい。ついこの前、安息の地へと旅立ちました」

「……。……せめて安らかな旅であることを、私も祈ろう」

 ロトスの妹は亡くなっていた。老人の小屋をしばらく訪れなかったのは、別れのショックと葬送のため。老人は島で使う弔い・慰めの言葉をかけ、ハッと気がついた。いくつかの本が必要だった理由に。

「キミの妹は、安心して出発できたか?」

「はい。向こうの世界がどんな場所か想像できて、怖がらなくなりました。『動物と友達になったり、花輪を作ったりして待ってる』って……。本の写真を見せるまでは『あっちではボクの代わりに畑仕事するんだ』って、苦しみの無い場所だって言ったのに、ちっともわかってなかったから……」

「……そうか、そうか」

 俯くロトスを、老人は抱きしめた。この島では善良なる死者の魂は、安息の地と呼ばれる世界へ行くという。そこには痛みも病もなく、自然豊かで飢えもせず、動物と仲良くなれるくらい争いもない。ロトスも妹も言い伝えとしては知っていたが、荒廃した島しか知らないために上手く想像できないでいた。

 そこでロトスは説明の方法を探し、老人の小屋で本を見つけ、持ち出した。死を不安がる妹に自然豊かな昔のマギルダスト島の写真を見せ、『大人もいるし美味しい果物も取れるから畑仕事しなくていい』とか『可愛い動物がいる』とか『きれいな花がたくさん咲いている』とか。優しい話を聞かせて不安を和らげた。

 ロトスが言う。

「ボク、不安なんです」

「どうしてだ? 向こうの世界を信じられたのなら──」

「──お墓のまわりも、島のどこにも、きれいな花は咲いてません。それで本当に、死んだらお花畑に囲まれるんですか?」

「……っ。安息の地はこことは違う場所だから、心配しなくていいよ」

「そう、ですか……」

 信じられないでいる目。老人は仕方がないと思った。死後の世界は現実離れした理想郷であるものとはいえ、現実とあまりにも繋がっていなければ、想像し難くもなる。

 強く負い目を感じ、老人はロトスに尋ねた。

「キミは、この島を元に戻したいと思うか?」

「……え? どういう意味ですか? 元に戻すって……」

「荒れた土地ではなく、大昔のような自然豊かな土地にしたいと思うか、ということだ」

「……! 元に戻したい! せめてお墓のまわりだけでも、緑でいっぱいに……!」

「なら、ついてきなさい」


 そうして老人は託した。小屋の地下室に招き、世代をまたいで貯めた資産の全てを、ロトスに譲ると約束した。すぐには現金化できない債券や株式で、老人やその親が、いつかの島の復興を目指して蓄えていたもの。

 老人の家系は、島が好況にわいていた頃から先行きを疑問視、蓄財して備えていた。石炭頼りの生活の危険性を説き、産業転換のため教育への注力を呼びかけてもいたこともある。しかし残念ながら当時の島民の支持を得られず、石炭の時代の終わりと共に島の生活は崩壊。島民の多くが島を去る中、老人の家系は細々と資産運用を続けてまで島に残った。


「これをお金にしたら、島を元通りにできるの?」

 ランプに照らされる、人一人分の生活用品・本棚・海外の新聞の束くらいしかない地下室。木製テーブルに集められた債券類を見て、ロトスが聞く。

「いいや、こんな程度ではまるで足りない。キミが生涯をかけ増やしても難しいだろう」

 あっさり言う老人。

「じゃあ、どうすればいいの?」

「私のように次世代へ託すか、勝負に出るかだ」

「勝負?」

「後で説明しよう。……だが、私としてはどちらでもいいし、なんなら好きに使ってくれてもいい。一族の使命と思いやってきたが、私で末代だし、無謀な計画に疲れてしまった」

 椅子に腰かけ、老人は溜息を吐いた。諦めの気持ちだった。子どもどころか身寄りもないのは、老人が達成困難な島の復興計画に、誰も巻き込みたくなかったため。ロトスに任せた(あるいは押し付けた)のは、一族の使命めいたものから解放されたかったため。この日から、老人とロトスの交流は始まった。

 老人はロトスに、文字の読み書きや計算、島外の情勢など多くを教育。先に勝負と表現した、【水切り世界大会:グレートジャーニー(及びグローリーアイランド)】についても教えた。

 ロトスは熱心に学び物覚えも良く、二人の師弟関係は老人が亡くなるまで続く。老人は時々、学びとは別に雑談として、資源ナシ・荒廃した状況から復興した、とある島国の話をすることを好んだ。あらゆる条件が異なるため比較しようもないが、とある島国の外面に『失敗しなかったマギルダスト島』を見ていたのだろう。

 教え・教わる時間は老人・ロトス双方にとって、過酷な暮らしに灯る小さな幸福だった。


 それから数十年後。ロトスは島の復興を諦めず、復興計画作成・必要資金の計算・血の滲む水切り特訓・グレートジャーニーの攻略等を進め、満を持して世界大会にエントリー。老人の残した資産をはたいて、大会サポートでの出場を果たした。

 大会サポートがいかに粗末であろうと、競技を行う十数日がボロボロの体に鞭を打つ日々であろうと。長年の島での生活や準備の苦しさと比べれば、ほんの一瞬の我慢。巡航フロートのドラム缶並みの狭所で目を瞑り、ロトスは朝を待った。

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