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水切りワタル!!!  作者: 小鷹 纏
11/17

第十投:黄金時代

「沈めろ、コール。【スコルピオ――」

「――やっぱり、こういうやり方はダメだと思うよ!!!」

 ロトスの攻撃指示に、ワタルが口を挟んだ。

 後方から大和錦を走らせ、コールへと接近させる。

「そんな状態で何ができる? 戦えばそれが砕けることくらいわかるだろうに!」

 大和錦はコールのトゲが二本も突き刺さり、全面に亀裂を走らせていた。亀裂には一周しているものもあり、強い衝撃が加わればどうなるかは容易く想像がつく。

「わかってる! バトルはしたら大和錦が砕けちゃうから、しない!」

「わかっているなら、無力なクセに声をあげるな! 不愉快だ!!」

 大和錦が大きく跳躍、上下逆さに飛び込んだ。

 コールは避けず、受け止め返り討ちにする構え。

「砕けてしまえ!【バケットホイール・エクスカベーター】!!」

「今だ大和錦っ【忍法変わり身】!!」

 接触した瞬間、大和錦はボディを削りすり抜け。コールの少し前に着水する。

 一気に加速し、コールの三メートルほど前まで抜け出した。

「逃げるつもりか!」

「そうだよ! というか、オレの名前はワタル! 小僧じゃない!!」

「覚える気はない! 次の機会などないからな!」

 追いかけるコールに構わず、ワタルは大和錦をどんどん進めた。コールも速度を上げたため差は開かないが、なんとかリードを守っている。

「オレは、世界一の水切り選手になりたい! そのために一番でゴールする! ……悪いけど、それで決着ってことにさせてもらうよ!!」

「させるか──チッ!」

 追いかけるコールのすぐ横を、水弾がかすめた。

 フロンティアスピリッツの技だ。

「調子出てきたじゃねェか! ワタル!!」

「ルーカスさん?! オレに手を貸さなくたって――」

「――手助けなんかしてねェよ! 進むのに邪魔な石っころがあるから撃っただけだ!」

 斜め後方のフロンティアスピリッツはボロボロで、水弾に威力はない。

 無視してコールが前進を続けると、水弾の隙間をぬって、ギフトが接近してくる。

「カウボーイよ、セメテもウ少シ狙イヲ定メタラドウダ?」

 天面をコールへ向け、体当たり。

 ワタルはギフトを心配した。

「さっき折られたのに、一本じゃ無茶だよ!」

「案ズルナ。一本ダカラコソ、宿るチカラもアる。くらえっ【草原の重戦車砲サバンナ・ライノ・キャノン】!」

 角が一本になろうと、ギフトの力強さは衰えていない。シブシソから伝わる意思がオーラとなって宿り、ストーン背後に巨大な体躯のサイを浮かび上がらせる。

 動物園では見られない本場の迫力。ワタルは大いに喜んだ。

「サイだ! すっっっっごい迫力!!!」

「ソウダロウ? 実物はモットスゴイ。イツカ見に来ルと良イ。ソノ時ハ案内シヨウ」

「うんっ! 絶対行く!!」

 多数のトゲvs一本角。数度の打ち合いの末、シブシソはギフトを下がらせた。ボディに刺さるトゲを起点に、亀裂が広がりかけたからだ。

「無理ハ禁物カ……」

「シブシソさん、大丈夫?!」

「平気ダ。故郷の土ヲ付けテ休メレバ、ソノウチ元に戻ル」

「ギフトも再生するのぉ?!」

「精霊のチカラが宿ル石ダカラナ。……厳密ニ言エば、故郷ノ土ハ粘土質で──」

 楽しげに話すワタルとシブシソ。

 ロトスが声を荒げた。


「──覇権争いだというのに、何を楽しそうに! コールよ! コイツらの攻撃は只の時間稼ぎ、無視しろ! 【石炭の黄金時代ザ・ゴールデン・エラ・オブ・コール】!!」


 黒い意思をその身に受け、コールは蒸気機関車のごとく大量の黒煙を天面から噴出。これまでにないほど回転速度高めた。伴って速度が上がり、大和錦が一瞬作ったリードを少しずつ縮めていく。ワタルは焦った。

「……ダメだ、レースでも追いつかれる……! 追いつかれたら……!!」

 見つめるのはコールではなく、大和錦。亀裂はもはや網目模様。跳躍する度にミシミシ音を立て、白黒のボディがパラパラと欠ける。コールを引き離そうとする、決死の前進。

「どうしてなんだ、大和錦。どうしてお前は……」

 わからなかった。自分の思いはわかっても、そのために身を削る大和錦が何を思っているのかわからない。

 理由のわからない前進の意思に、ワタルは語りかける。

「……ねぇ、大和錦。母ちゃんが昔、『ストーンを最高に輝かせることができる者が、世界一の水切り選手になれる』って言ってたの、覚えてる? アレ、本当だったね! 優勝を争うどのストーンも選手と息がぴったりで、きらっきらに輝いてた!」

 レースを振り返りながら、楽しく、笑顔で。

「シブシソさんとギフトは自然の力を持っていて、動物みたいな迫力ある動き! イザベルさんとラリー・ダカールはねばり強くて、研究熱心! 燕青さんと満漢全石はとにかく不思議な力! ルーカスさんとフロンティアスピリッツは見た目よりずっとこだわり派で、何度もトライして調整したんだって感じがする!」

 ワタルには上位選手全員のストーンは輝いて見え、どの選手も世界一の水切り選手に相応しく見えた。

「マリーナさんとダイヤモンドダストは、思いがつまってた。また楽しく水切りできるといいなぁ……。他にも、たくさん輝いた選手とストーンがいるんだろうね。たまたま見かけなかったり、大会に出てなかったりするだけで!」

 大和錦とコールの距離が縮まる。

 追いつかれるのは時間の問題。

「だから、だからさ。もう大丈夫だよ。だって……」

 傷ついた大和錦を労う言葉。リタイアを提案する意味の言葉でもある。バトルは不可能、レース勝負でも敗北は目前。大和錦の安全を考えるなら、他に選択肢はない。

「オレ、お前に引っ張ってもらってばっかりで、ぜんぜん輝かせてあげられてない! なのにこれ以上勝負を続けたら、永遠にその機会を失っちゃう!!」

 しかし大和錦は跳躍を続けた。もう意思を込めていないにも関わらず。

 後ろのコールとの距離はほとんどなくなった。語気を強める。これで止まらなければ、無理やり掴んででも止めるしか。

「どうして! オレと違って砕けちゃったら、二度と水切りできないんだよ?! まだオレはお前と水切りしたいんだ。だから──」

 焦るワタルに声が飛ぶ。ルーカスだった。

「──まだむにゃむにゃ言ってんのか! ワタル!!」

 フロンティアスピリッツが水弾を発射。コールに命中し、わずかに後退させる。

 ルーカスは続けた。

「ヘタレたヤロウじゃここまで来れねェよ! 意思を込めたお前がいたから、応えたストーンがいたから、ここに立ってんだ!! 輝けてんだよ、お前達は!!!」

 水弾はコールだけを狙っているのではない。大和錦にも飛んできている。大和錦は回避したり、直撃で欠片が剥がれてもコールに飛ぶよう位置調整したりして、しぶとく前進した。けれどワタルは前進よりも、ダメージを気にする。

「そうだとしても、ここで大和錦が壊れたら……」

「壊れなかったら、またこんな勝負ができるってのか? 世界一をかけた大舞台で、強い奴らに囲まれて、必死で食らいついて行くような、こんな良い勝負が!」

「それは……」

「色々ナコトヲ吸収シタヨウダナ、ワタル」

 シブシソが話に加わった。ギフトがコールに突進を狙える距離まで近づき、波間からプレッシャーを放つ。これではコールも迂闊に動けない。

「オマエはマダ若ク、未熟。身ニツケルベキコトハ沢山アル。モット上手くストーンを扱エテイレバ、大和錦ノダメージを抑エラレタかもシレナイ」

「そうだよね……。だから今回は諦めて、もっと上手くなってから──」

「──ダガ」

 ワタルを見つめ、シブシソは優しく微笑んだ。

「今コノ瞬間の、【意思】に耳ヲ傾ケルト良イ。失敗しタトしテモ、ソレデ不幸にナルトハ限ラナイ。命懸ケデアレバ失ワレルモノもアルガ、ドンナ命もイツカハ大地ヘ還リ、巡ル。気負イ過ギズ、軽ヤカナ気持チデナ」

 ギフトはコールに突進したが、紙一重のタイミングで回避された。シブシソは一旦距離を取り、次のチャンスを伺う。

 貰った言葉を胸に、ワタルは大和錦にしっかりと視線を向けた。

「今この瞬間の、意思……。世界一をかけた舞台で、オレと、大和錦は……!」


 きらきら輝いて見えた。亀裂だらけで破片を散らしているのに、なぜだか。

 明るく眩しく、暖かい光を放っているようにすら感じる。


「……そっか。りょーかいっ! もうゴールはすぐそこだもんね!! 行こう大和錦っ、精一杯のところまで!!!」

 ここまでで一番の意思が込もり、大和錦は大きく跳躍。

 ワタルは嬉しく思いつつも苦笑いした。

「ねぇ大和錦、張り切るのはいいけど……。こっからは、ケッコーしんどいよ?」

 着水した大和錦がバランスを崩し、大きな水飛沫を上げる。すぐに体勢を立て直したが、明らかに進みづらそうだ。

 後方でシブシソが大和錦を指差し。ルーカスに言う。

「カウボーイ。先達トシテ、背中ヲ押シテヤルトイイ」

 ルーカスは僅かな間で意味を理解。目つきを鋭くした。

「……! そういうことか! なんだよワタルのやつ、隠しダマあるじゃねェか!」

「気ヅイテナイガナ。シカし随分ト難関射撃ダ。デキルカ?」

 わかりやすい焚きつけへの返答は、ニヤリと自信満々の笑み。

「ハッ、オレ様を誰だと思ってる。難しくもなんともねェ。いっちょ魅せてやらァ! ……おらっ、ワタル!! これで転ばなかったらいいことあるかもな!!!」

「えっ? なに?? 何の話!?」

 忙しく位置を調整するフロンティアスピリッツ。うろたえるワタルを無視して、ルーカスは手でピストルの形を作り、カメラドローンにアピールした。

「最高の選手・ストーン・サポートが贈る曲芸射撃! 見逃すんじゃねェぜ?!」

 アピールする間に、腕の通信端末に表示された計測データをチラ見。フロートのセンサーで測った大和錦のスピードや跳躍パターンなどである。

「おいニック、聞こえてたら返事しろ! どこにぶちかますのがいいと思う?!」

「〈……データ送っ……。……なら、一発で……。ミス……ルーカスのせい……〉」

「おっ、来た来た! これなら余裕よォ! 目ェつぶっても撃ち抜けるぜェ!!」

 端末画面が切り替わり、大和錦をスキャンした映像に。中心付近の大きな亀裂の一点が赤くマーキングされていた。フロンティアスピリッツが水面を滑って進み、水弾に使用する海水を取り込む。

 手助けの気配をロトスが察し、怒りを露わにした。

「なぜ小僧を助ける!! 俺達の島には、そうしなかったくせに!!!」

 ルーカスはハットを目深に小さく頭を下げ、静かな口調で答えた。

「今のオレ様に出来る事があって、しなきゃいけねェ状況に鉢合わせたからだ。……すまねぇな。何も知らなかったのは悪いと思ってるよ。だがこれは、お前にだって意味のあることさ」

「謝罪など何の意味も――」

「――ルーカス達は朕がとめるヨ! 満漢全石! 【万里の長城】!!」

 突然、ここまで沈黙していた燕青が満漢全石を走らせる。

 コールとフロンティアスピリッツ(&ギフト)の間を遮り、【万里の長城】を発動。進路を阻み前進する、巨大な海壁を作り出した。

「さすがのルーカスもこの壁じゃ無理! 後は頼んだヨ!」

「フン、少しは役に立ったか」

 海壁の上の燕青に背を向けたまま言い、ロトスはワタルを追走。

 ルーカスは射線を隔てる海壁をまっすぐ見て、ポツリと言った。

「燕青、オレ様の話を聞いてなかったのか?」

「ハッ! やれるもんならやってみるがいい!」

「計測にミスはねェ、狙いも定めた。あとは寸分違わず撃ち込みゃいいだけの話だ!」

 挑発に心乱されず、指で作ったピストルの銃口を海壁へ向けるルーカス。狙いは先の大和錦。目を瞑って一つ二つと足でタイミングを計り、その間にフロンティアスピリッツが回転速度を速める。

 青い瞳がカッと見開いた。

「今だ、ぶち抜けッ、【ウォーターマグナムFMJ】!!!」

 勢いよく放たれた水弾が海壁を貫いた。射撃の成否を確認する前に、海壁は弾痕を修復。結果はわからない。

 ルーカスの額に汗が滲む。

「……やったか?」

「安心シロ、カウボーイ。良イ音ガ聞こエタゾ」

 耳の後ろに掌を当てるシブシソが口角を上げた。

「……ふぅ。ま、これくらいオレ様にかかれば――」

「――落ち目なルーカスにしては良くやった。傷つけずにアレを解くには、あの一点しかなかったヨ。あとは、あのガキんちょが殻を破れるかどうかネ」

 海壁の頂点から燕青と満漢全石が降りてくる。

 澄ました顔を見て、ルーカスは呆れた。

「なんだ燕青、狙いわかってたのかよ。つーかお前、ロトスについてんじゃねェのか? なに裏切ってんだ? こっち側に降りてきてんのも意味わかんねェし」

「朕は言ったことを守ったし、裏切ってないヨ。従ってもないけど。降りてきたのはその……あー、えー、まさか落ち目のルーカスが当てるとは思わなかったナー」

「あァ!? テメェまたオレ様をバカにしやがったな! 一度勝ったくらいで調子に乗ってんじゃねェぞ!! 今ここで海に沈めてやらァ!!」

 ごにょごにょ言った後で煽る燕青にルーカスが噛みつく。

 あっという間に口喧嘩の様相になった。

「直近の勝負で朕が勝ったんだから、朕が上に決まってる。ちょうど邪魔もいないし、朕が引導を渡してやるヨ!」

「渡されるのはテメェだ!」

 二人は口論を繰り返しながらバトルを始めた。海壁により最短コースを外れていることにも、おかまいなしで。

 蚊帳の外のシブシソは足を伸ばしてフロートに座り、休憩モード。

「ヤレヤレ、陽モ落チテキタというノに元気ナ奴ラダ。ワタシハ少シ休ム……」

 巡航に切り替え、海壁を眺めた。

「出会イに感謝スル。ワタルよ、実リ多イ旅ダッタナ」

 嵐だった天候はいつの間にか、穏やかさを取り戻している。雲間から真っ赤な夕日がのぞき、照らされた海が黄金色に煌めいた。

 長かったグレートジャーニーも残りわずか。翌日にも、勝敗は決する。


~~


「大和錦ッ! 大丈夫??!!」

 海壁を貫いた水弾が大和錦に直撃。ミシミシと音を立てた。一瞬よろめいた大和錦だったが、体勢を立てなおし、それまでと変わらない跳躍を続ける。ワタルはホッと胸を撫で下ろした。

 振り返ってもルーカス達は遠く、攻撃の理由を尋ねることはできない。

「後ろばかり見ていていいのか? 小僧」

「くっ!」

 コールの突進を、ギリギリで回避。

 ロトスはワタルに鋭い視線を向けている。

「どうしてお前は助けを……!」

 怒りを噛みしめ、大和錦をも睨んだ。夕日を反射して眩しい。目を細める。

 そこで気づいた。

「(っ! 小僧のストーンは、もしや……)……そうだ小僧、知っているか? お前の住む国が、ジャパンと呼ばれるようになった由来を」

「由来??? ゴメン、知らない!!」

 唐突な話。ワタルは困惑。

 構わずロトスは、落ちていく夕日を見つめて言う。

「ならば教えてやろう。……大昔にお前の住む国を【黄金の国・ジパング】と呼称し、本にして伝えた者がいた。それが由来だと言われている。東の果てに莫大な金を生む島があるという、伝説じみた内容でだ」

「へぇー……? そういえばじーちゃんもそんなの言って……って、なんだってそんな話を?」

「なぜって、お前のストーンは……」

 首を捻るワタルにロトスは何かを言いかけ、思い止まり話を続けた。

「いや、それよりもだ、小僧。今となっては面影もないが、お前の住む国は過去、伝聞の通り多くの【黄金】を産出する国だったらしいぞ」

「あ、しってる! 段々とれなくなったって! 今もあったら、金閣寺もたくさん建ってたのかなー」

「とれなくなったのは事実だが、それと今無いことは繋がらんだろう」

「へ?」

 ロトスに笑みが浮かぶ。

「ジパングは多くの黄金を産出し、蓄えていた。だが、黄金の国と語られる所以となった大量の黄金は、国外へと流出していったのだ」

 ワタルは話が(目的も)あまり理解できず、不思議な顔をするばかり。

「流出?? どういうこと???」

「騙され奪われたんだよ、黄金の価値を知る他の国にな。閉じた国であったジパングは黄金の世界的な価値を知らず、あり得ないほど低い交換割合で他国との交易に使用した。……お前達も他国の食い物にされたんだ。俺の故郷と同じように」

 あくまでもロトスの(限られた文献を元にした)考えだが、当時の先進国に騙されたという部分に、ロトスは自分の故郷を重ねていた。

「交易だから、お前の住む国も得る物はあった。黄金と引き換えに、一時的な豊かさや、最新の技術・道具がもたらされたのだろう。だが、黄金が枯渇すれば終わりだ」

 しばらく悩んで、ワタルは尋ねる。

「ロトスさんは……、怒ってくれてるの?」

「違う! 怒れと言っている!」

「騙した相手に?」

「いいや、全てにだ! 騙した者にも、騙された者にも!」

 陽が落ちた。

 夕日が海に広げた金色もなくなり、辺りは薄暗い。

「良い目にあったならまだしも、後の時代に生まれた者は苦しさの中を生きる他ない。ひと時でも夢を見る事ができた者が、被害者面で負債ばかりを残していったんだ。腹が立って当然だろうよ」

 ワタルは難しい顔をした。話を聞いたワタルの理解は、良い目にあえた人がずるい(?)という程度。ニュースや学校の授業、総理の話などから現在が不景気らしいと知識では知っているが、ロトスの悲痛さを実感するほどではない。

「オレには……わかんないよ」

「損をしたことくらいはわかるだろう?! 黄金が、大金が、小僧らに残されず使われたんだぞ!」

 語気を強めて迫るロトスに、ワタルは首を横に振った。

「そうだけど……。オレが黄金を持ってても、たぶん使ったと思うんだ。昔の人だって、なんもなしに使い切ろうってつもりじゃなかったのかも」

 そう言ってワタルは、足元の大和錦やコールに目をやった。

 ロトスは納得しない。

「そんなことはない! 富を使って豊かになりたかっただけだ!!」

「だから、その! 豊かになりたかったってのもあるんだろうけど……。……。……きっとみんな、前に進みたかったんだと思う」

「前に、進む……?」

 すっかり暗くなり、フロートの照明が点灯。選手とストーンを照らした。

「馬鹿な! 豊かになりたいという欲望に取り付かれ、進んだ先に何が待っていた?! 自然は失われ人は病み、多くの者が生き方を忘れてしまったんだぞ!!」

「それは悲しいことだけど!」

 照明の灯が無ければ、右も左もわからないくらいの真っ暗闇。

 ワタルは暗闇の先、通信端末が示すゴールの方角を見つめる。

「みんながみんな、悪いこととかズルいことを考えてたんじゃなくて。もっと良くなりたいとか、今までに無いものを見たいとか、そのくらいだったんだよ。それで色んな物を使っちゃった、それだけで……」

 ピシッ、と、ワタルの足元で音がする。

「そんな考え、俺は認めん! 良くしようと思った結果が、こんな……」

「……。……。……こんな? ロトスさん、どうしたの──」

 言葉の途中で、ロトスがフロートに膝をついた。

 額から脂汗を垂らしており、明らかに様子がおかしい。

「──ロトスさん?! どうしよう! えっと、そうだ! 保坂さんっ、聞こえるっ?! 保坂さん!! 保坂さん!!!」

 慌てて通信端末を操作。

 サポートチームの保坂を呼んだ。

「〈…………。…………。……ル君、ワタル君! 聞こえますか、こちら保坂です!〉」

「やった! 保坂さん、聞いて! ロトスさんが~~」

 何度かのトライで通信が繋がり、ただちにロトスの状態を報告。保坂の提案で通信端末越しに、サポートチーム随伴ドクターによる診察を行うことになった。持病とレースの疲労、多用した痛み止めの副作用など複合的な要因による不調で、応急処置の必要があるとの診断結果だった。


「〈~~以上がドクターの見解です〉」

「そんな……」

 保坂の説明を受け、ワタルの表情が曇る。

 ロトスは胸を抑えて苦しみに耐え、口を開いた。

「……どうした、小僧。俺はまだ、巡航に切り替わっていない。叩くなら今が、チャンスだ」

 コールの巡航への移行にはまだ数分かかる。まともな操作を行えない今、コールはほとんど無防備と言っていい。

 補足的に保坂が伝える。

「〈ロトス選手は本部サポートでの出場のため、医薬品運搬以外の医療処置は受けられません〉」

「ねぇ、保坂さん。お願いが──」

 言い終わる前に、複数のドローンが飛来。ロトスの周りを囲んで飛んだ。

「〈──わかっています。これより、医療ドローンによる応急処置を行います。それで良いですね?〉」

「うん! ありがとうっ、保坂さん!」

 保坂の対応を喜ぶワタル。

 ドローンに囲まれたロトスは事態が飲み込めていないのか、混乱した様子。

「なぜ俺に構う!? 俺は敵だぞ?!」

「ううん、ロトスさんは競争相手だよ。だから、治療を受けて欲しい」

「理解できん。俺が回復すれば、オマエは負けるかもしれないのに」

「それが競うってことなの! オレはここに、勝負しにきたんだよ!」

「勝負……」

 何か言いかけたが、それ以上言い返さず。ロトスは応急処置や不足していた物資の補給を大人しく受けた。


~~


「〈~~ロトス選手への処置、物資の補給が完了しました〉」

 保坂の報告。序盤のシブシソへの対応と同様に、ワタルはロトスが巡航状態で諸々の処置を受ける間、巡航状態で速度を合わせた。食後の休憩で変形フロートに預けていた体を起こし、投影モニタに映る保坂に聞く。

「どう? 元気になれそう?」

「〈一晩しっかり休めば、ゴールまで競技続行できるかもしれません〉」

「ロトスさん次第ってことね! 良かったぁ……」

 ワタルが胸を撫で下ろす。

「〈まぁ、我が国の基準ではドクターストップですけどね。持病は治りませんし、怪我もしていますから。善意でドクターも止めましたが、ロトス選手に断られてしまいました〉」

「それは……そうなるよねぇ」

「〈ところで、ワタル君〉」

 穏やかな表情から真剣な表情に変わり、保坂が通話の音声を、スピーカーからイヤホンに切り替えた。

「〈ロトス選手はゴールまで耐えられても、彼のストーン【コール】は、損耗具合や試合映像から推測するに、途中で【燃え尽きる】可能性があります〉」

「……そっか。同じなんだね。もしそうなら、応えたいな」

 返すワタルは、穏やかな夜の海の静けさで。

「〈応えるとは、もしや……〉」

「オレも、全力を出すよ」

「〈今の大和錦がそんなことをしたら──〉」

 口に出しかけた言葉を、保坂は飲み込んだ。

 覚悟を決めた選手に伝えるべきことは別にある。

「〈──いえ。ワタル君と大和錦が決めたのなら、口を挟むべきではないのでしょう。その代わり、私からアドバイスをしても良いですか?〉」

「もちろん!」

「〈通信が途切れている間の音声、フロートの録音から聞きました。ワタル君は大和錦ばかりが身を削ると、ずっと気にしていましたね?〉」

「うん。壊れるような競技だってわかってるのに、消えてなくなっちゃうと思うと悪い気がするし、さみしくて」

「〈ワタル君はストーンがお好きですもんね。確かにこの競技、人間がストーンを身勝手に使い消耗させている、という面は間違いなくあります。ですが私は、それだけじゃないと思うんです。人間も消耗するし、ストーンもまた、人間を使っているんじゃないかと〉」

「どういうこと?」

「〈このレースをしている間、ワタル君は他のことをできません。人生で一度しかない十二歳の夏休みを、友達との遊びや勉強ではなくレースに費やしています。言い換えれば、人生を、命を費やしていると言えるでしょう〉」

 ワタルは片手の掌を横に振った。

「そんな、命だなんて、大げさだよー」

「〈大げさじゃありません。命がいつまで続くのかは、わからないもの。病気や怪我、災害、戦争など……。水切りができなくなる出来事は、世の中にいくつも存在します。『次の機会』が必ず訪れるとは限らないんです〉」

「水切りができなく……」

 脳裏にマリーナの顔が浮かぶ。正確にはマリーナの弟、マルクのこと。大怪我で利き腕を失ったらしいマルクを思えば、保坂の説明は腑に落ちた。

「〈それから、ストーンのことを。ワタル君は、石の一生がどんなものか知っていますか?〉」

「う……、た、たぶん。岩が水とか風に削られて小さくなって石に、それがもっと小さくなって砂になって、終わり?」

 学校の授業や自分で調べたことをがんばって思い出し、答えるワタル。

 保坂はにこやかに返した。

「〈良いですね。じゃあ、岩はどうやって生まれますか? 終わりとはなんなのでしょう?〉」

「うーんと。岩は、砂が積もったり火山から出たマグマが固まってできてて、終わりは……海に行くこと?」

「〈素晴らしいです。でしたら、終わりと始まりが繋がっているのもわかりますね?〉」

「……え?」

 ポカンとするワタルに、保坂は資料を出して解説。地球を断面にした、火山、海、大陸・海中プレート、マントルなどが描かれた図を指差しする。

「〈わかりやすく火山で考えましょう。火山のマグマが固まってできた岩が削れて石になり、さらに削れて砂になります。砂は川の流れや風に乗って海まで到達し、海底に堆積。堆積物が載る海洋プレートは大陸プレートに沈み、地中深くへ。やがてマグマとなり、いつか火山から噴出。ものすごく乱暴に言えば、石の一生はこんな流れです〉」

「へぇー。……あっ、だから終わりと始まりがつながってるんだ!」

 手をポンと打つのを見て、保坂が頷く。

「〈そうです。石は生まれ、削れ、融け、また石となる。石にとって、砕けるのは自然なこと。そう思うと、人がついストーンを手に取り水に投じる水切りも、別の見方ができませんか? 時の流れに身を任せるばかりの石が人を誘い、投げさせ、身を削ってまで何かを求め歩んでいるような、そんな風に。……と、さすがに思考の飛躍が過ぎますね〉」

 苦笑いして、保坂は話を締めた。

「〈つまり私が伝えたいのは、この一生に一度の機会を、大和錦と存分に楽しんでください、というところでしょうか。すみません、水切り素人が偉そうに〉」

「偉そうとか全然思ってないよ! 保坂さんのおかげで元気出た! 明日が楽しみ!!」

 ニッコリ笑顔でワタルが言い、保坂も笑顔になった。

「〈私達サポートチームも、最後の大勝負、楽しみにしています。それでは、おやすみなさい〉」

「おやすみなさい! 保坂さん!」

 通信を切り、ワタルはフロートの内壁を解除。

 風防を弱めに設定し、風と海と、大和錦の跳ねる音に耳を傾ける。

「……ねぇ、大和錦。燃え尽きるほど全力で進んだら、どんな気分なんだろうね」

 大和錦が物を言うことはない。

 どんどん欠片を散らして、小気味良く跳ねるだけだ。


「~~よっし、明日に備えて寝――」

「――小僧。少しいいか?」

 睡眠のためフロートを操作しようとした時、ロトスがフロートの変形を解除、声をかけてきた。脚には骨折を固定するギプス、腕には点滴の管、声は疲労混じりだが落ち着いている。

「改まってどうしたの?」

「勝負のことだ」

 通信端末に通知音。届いたメッセージには、時刻が記載してある。

「小僧、俺はお前の考えを認めん。俺の考えをお前に、世界に、突きつけてやる」

「オレも全力を出すよ! 寝坊しないようにしなくちゃ!!」

 ワタルはすっきりとした顔、ロトスは鬼気迫る顔で、視線をぶつけあう。

 明日の勝負開始に時計を合わせ、両者はゴールの方角を眺めた。

「……治療や物資の支援には感謝している。だが……いや、だから明日は容赦しない」

「うん。楽しみにしてるね。……じゃあ、また明日」

「あぁ、またな」

 話はそこまでにして、二人はフロートを再度変形させた。ロトスは立ったまま、ワタルは体を横にして、窓から夜空を見上げる。


「(見ていてくれ。俺は必ず勝って、島をもとに戻すから……!)」

「(オレは進みたい。世界一の水切り選手になるために。大和錦もきっと……!)」


 一方のストーンは燃える意思を燻らせ最後の発火の時を待ち、もう一方のストーンは秘めた輝きを解き放つため殻を砕いた。

 海上の夜が更けていく。

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