第九投:黒いダイヤ(2)
アーデルベルトは肩を落とし、フロートまで飛んできた破片の一つを拾った。
「防御もままならずアレを受けては、ビスマルクとて耐えられん。偉そうに説教したのだ、せめて少年のストーンだけでも無事だと良いが……」
黒焦げの破片となったストーンを哀れに思い、表面を撫でる。
「ああ、我々の技術の結晶、ビスマルクよ。……ん?」
おかしい。指の腹に黒い汚れを移しても、破片が透明にならない。そもそも感触から違う。つまりこの破片はビスマルクではない。
違和感は他にもあった。
「止まらない……? ……まさか──」
フロートが停止しない。
結論にたどり着き、アーデルベルトは周囲を見回した。
「──ビスマルク!」
空から落下してくる多面体ストーンはまぎれもなく、防御形態のビスマルク。表面にキズがありつつも健在で、海面に戻るなり、ほぼ平常の跳躍に戻っている。
「どういうことだ、何があった?!」
事態把握のため、コールの半径数メートルを覆う黒煙を注視。二つのストーンのシルエットを見つけた。やがて黒煙が収まり、はっきりと姿が見えてくる。
ロトスの邪悪な笑い声が聞こえた。
「ハッハッハ、まさか大男を庇うとはな!? 自暴自棄にでもなったか?」
見下ろすは、ボロボロに破損した白黒縞ストーン、大和錦。爆発攻撃の寸前、ワタルは大和錦を操作。ビスマルクを空に跳ね上げ守っていた。代償として回避はできず、攻撃をその身に受けることに。小型サッカーボールサイズのボディは痛々しく欠け、数センチの深さで抉れたり亀裂を作ったりしている。並みのストーンであれば致命傷。大型ストーンでなければとっくに停止していただろう。
足下を跳ねる傷ついた相棒を見つめ、ワタルは呟いた。
「……ごめん、大和錦。もう少しだけ跳ねていて」
進んでいるのが不思議な状態の大和錦に指示ではなくお願いをして、視線をロトスへと向ける。
「アンタのこと、教えてよ。どんな人で、何に怒ってるのか」
「は? オレのこと、だと? なぜだ?」
「知りたいから。どう思えばいいのか」
突然の問い。意図が理解できずロトスは眉を寄せたが、ワタルの引く気の無さを感じ取り、仕方なしに応じた。
「……良いだろう。消えなかった褒美だ。お望み通り話をしてやる。俺の名はバハマ・ロトス。マギルダストという島から来た」
もちろん、純粋な善意ではない。消耗した意思を回復する時間稼ぎ、という打算がある。しかしロトスは、話そのものは偽らなかった。
「マギルダスト島って、どんなとこ?」
「つまらない島だ。人も文化も自然も、何もかも失い、ただ滅びを待つだけのな」
「そうなんだ。ロトス、さんはさ、どうしてオレやみんなに怒っているの?」
「……。……お前達が先進国だからだ」
やや考える間を置いての返事。
ワタルは少し難しそうにした。
「先進国……って、裕福になった国のことだよね? なんでそれで、怒るの?」
「そういうところだ! 踏みつけた者を忘れ、何も知らぬ顔をする!」
「踏みつけ?? 知らぬ顔??」
「お前達は多くの人と暮らしを犠牲にしてきたんだよ! 俺の故郷のように!!」
溢れだす怒り。ロトスは語る。
彼が先進国を憎み、グローリーアイランドを求める理由を。
「俺の故郷、マギルダスト島は昔、穏やかな場所だった。これという産業はなくとも自然の恵みが豊かで、農耕・牧畜・漁労に勤しむ暮らしは地味ながら幸せだった。……だったと聞いている」
伝聞調なのはロトスの知る景色ではなく、文献由来の知識だから。島が自然豊かだったのは、かなり昔のことである。
「ある時、島に先進国の商人が来訪した。観光目的だったそうだが、ソイツは職業柄か島を調べ、とある資源を見つけた。……そこからだ、島がおかしくなっていったのは」
足下で跳ねるコールを、ロトスは睨み付ける。
「見つかった資源がコイツ……石炭だ。商人は言った。島に大量に埋蔵されているコイツを掘って売れば、島中の民が豊かに暮らせると。石炭は当時、先進国連中が【黒いダイヤ】と呼び、重宝していたらしくてな」
降り続く雨が、ロトスの顔を濡らす。
荒れた海は表情を変え、所々に渦潮を作った。
「商人の言う通り、石炭を大量に掘り始めてから、島は豊かになった。石炭と引き換えに手に入れた工業製品や、採掘に伴い整備したインフラ・娯楽施設等で、生活は急速に近代化。資源収入により国家としての財政資金も潤沢で、税負担少なく教育や医療など公共サービスも無料。島民は『石炭を掘っていれば幸せになれる』と口々に言い、歓喜に湧いていたそうだ」
明るい話とは対照的に暗いロトスの表情を見て、ワタルは恐る恐る尋ねた。
「……それで、どうなったの?」
「終わりは一瞬だったさ。先進国の資源の主役が変わり、石炭が思うように売れなくなった。他に何もない島だ。すぐに誰も、見向きもしなくなったよ。島民の中には状況を変えようともがく者もいたが、無駄だった。……いや、無駄程度で済めばどれだけよかったか」
哀しみから怒りへ。ロトスが拳を握る。
「贅沢の先に待っていたのは、豊かさに浮かれ石炭を掘る以外の生き方と幸せを忘れた愚かな民と、資源のため切り崩され自然を失った哀れな島だけ。やがて暮らしに困った民は次々に島を離れ、脱出すらできない弱い人々と惨めな暮らしが残された。俺はその惨めな弱者の末裔だ」
「……。……あれ? でも、ロトスさんが言っていたのって――」
「――待て、ロトス!」
ワタルの言葉を遮り、アーデルベルトが話に割り込んでくる。
「それで他人を憎むのは逆恨みだ! 確かに、資源を輸出していた島にとって先進諸国のエネルギー転換は不幸だっただろう。しかし資源が売れるうちから、別の産業や技術を育てていれば――」
「――小僧に命拾いさせてもらった分際で、まだくるか!!」
ロトスはアーデルベルトを睨みつけ、怒りのままに叫ぶ。
「あぁそうだ! 島民があらかじめ備えていればよかった話! だが、最初にお前達さえ来なければ、お前達がいなければ、こんなことにはなっていない! 逆恨みでもなんとでも言うがいい!!」
コールがビスマルクと並走。狙いを定める。
その間に、大和錦が進み出た。
「二人とも、待って! オレとの話がまだ終わってない!! アーデルベルトさんは話がややこしくなるから黙ってて!!」
かなりの剣幕でワタルに注意され、気圧されるアーデルベルト。
「えっ……。あ、あぁ。わかった、少年……」
「オレの名前はワタル!」
「す、すまん、ワタル」
肩を落とすアーデルベルトと共に、ビスマルクが後退。
ワタルは改めて、ロトスに尋ねる。
「質問の続き、いいよね?」
「答えるとは約束しない」
ロトスは目を閉じ、冷ややかな態度。
構わずにワタルは続けた。
「ロトスさんが言っていた『悔しくて、悲しくて、やりきれない』ことって、島のこと?」
「……何が言いたい?」
一瞬目を見開くロトス。思わぬ問いかけだった。
「他にもあるんじゃないかって。島の話、悔しさや悲しさは伝わったけど、オレにはなんか、他人事って感じがした。だから、怒りの原因は違うんじゃないかって思うんだ」
「もしそうだとしたら、何だと思う?」
声を荒げず、静かな問い。
互いに目線を外さない。
「ええと……。自分がそうだってだけだけど……。オレが怒ったのは、ダイヤモンドダストが壊されて、もう元には戻らないから。取り返しのつかないことが起こって、どうしたら良いかわからなくなった」
「……」
「きっとこういうのが、やりきれない気持ちなのかもって。同じって言うなら、ロトスさんにもそういうことがあったんじゃないかと……。あ、でも、島の自然だって取り返しはつかないから、ちが──」
話に自信がなくなり慌てるワタルに、ロトスは言葉を被せた。
「──違っていない。島のことに悔しさや悲しさがあるが、それだけ。自然環境も出て行った島民も金さえあれば、ある程度取り戻す手段はある。ここに俺がいるのはそのためだ」
続きを口にする表情は、とても険しい。
「だが、取り戻せないものもある。命と健康だ。石炭の代わりを探し悪あがきで無茶な採掘を行ったせいで、島中に鉱毒が広がった。島に残された弱者達は知らぬ間に、生活用水や農作物に混ざった鉱毒が原因の公害病に侵され、多くが犠牲になった。……いや、なっている。今も」
ロトスが身につけていたローブを腕まくりする。
「!」
「右腕は骨折している。投石した時に折れたよ」
ワタルは驚愕した。くすんだ色の腕の一部が痛々しいほどに、酷く腫れていた。
「……チッ、もたなかったか」
ほんの一瞬、ロトスは苦しげに脚を見た。懐から注射器を取り出し、太ももに打つ。
「どうしたの?!」
「骨が折れたから痛み止めを打った。骨が脆く折れやすい、そういう病らしい。今となってはマトモな箇所の方が珍しいだろうよ」
淡々と言い、腕まくりを戻すロトス。
「そんな……」
「先進国がきっかけで生まれる前より健康が蝕まれ、弱い者の死を何度も見送ることになった。これが俺の、お前達を憎む理由だ。逆恨みでもなんとでも言え」
「オレは……」
かける言葉を見つけられないワタルに、ロトスは声を荒げる。
「報復の正当性がどうであれ、俺はお前達が憎い! 豊かさを見せつけられ悔しい! 利用され荒廃した島が悲しい! そして、島を逃れられず病の犠牲になっていく者達のいる現状が、やりきれない!! だから俺はお前らを踏みにじり、グローリーアイランドを手にする! その力で島を、穏やかな場所に戻してみせる!!!」
「ロトスさん……」
事情を聞いたワタルはわからなくなった。酷いことをして許せない、そう思っているのに、ロトスが暴れるのを仕方がないとも思ってしまう。勝たなければならない理由があるロトスや、シブシソのような選手と比べて、自分が勝負する理由がわからなくなった。
そうしているうちに、ルーカスやシブシソ、燕青が追いついてくる。レースも大詰め、ゴールの中国福建省までの距離は三千キロメートルほど。三日もあれば勝負は決する。
旅の終わりが近づいていた。
~~
「小僧、お前はどうするつもりだ」
弱った大和錦を見て、ロトスは聞いた。
「どうするって?」
「リタイヤするのか、という意味だ。そのストーン、限界が近いのだろう? もし俺に従い大人しくすると約束するなら、見逃してやってもいいぞ」
まさかの提案。
ワタルは腕を組み考える。
「……ううん、リタイヤしない。なんでか大和錦は、まだ諦めてないみたいだから」
破片を散らしふらつきながらも、大和錦は跳ねている。よく見れば、ふらつきは一定パターン。不安定の中でバランスを取り、前進を続けていた。
「ならば従うか」
「そっちも違う。最後まで勝負していたいんだ」
「……。ならば俺の邪魔をしないことだ。次は完全に粉砕する」
嘲る態度は取らず、ロトスは前を見た。すぐには大和錦を攻撃せず、逃げる機会すら与えているように見える。
ワタルはもっと考え、最後の波乱を巻き起こす言葉を伝えた。
「……いや、邪魔しないってのも約束できない!」
「そうか! で、あれば容赦はしない! ここで破壊してやろう!!」
即座に体当たりするコール。
大和錦は一度大き目の跳躍をし、なんとか回避。ワタルは眉を寄せて言う。
「そうなるよね……。でも、どうしたら……。世界一の水切り選手になりたいから負けたくない! けど……」
レースを通じて知った、他の選手の事情。特にロトスやシブシソは個人を超えた目標のため、優勝を目指して命を懸けている。ワタルにはそこまでの事情がなく、勝負への気持ちが固まらない。
「オレが勝っちゃったら、ロトスさんやシブシソさんは……」
「ほう? 小僧は俺に勝ちを拾わせてやるとでもいうのか? 馬鹿にするな! 今すぐ粉々にしてやる!! コール!!!」
ロトスは怒った。黒煙纏うコールが蒸気機関を全開に、高速で大和錦に迫る。
「馬鹿になんかしてないよ! 大和錦ッ、避けてっ!」
慌てて命じる回避。ボロボロの大和錦は反応が遅く、間に合いそうにない。
ワタルは目を瞑った。
「(これで、いいのかな。マリーナさんとの約束は破っちゃうけど、オレには次があるし。……あぁ、でも。大和錦が壊れちゃうのは、ヤだな──)」
絶望的な状況。
考えがぐるぐる巡る頭に、どっしりと低く、響くほど強く、それでいて優しい言葉を伝える声が聞こえた。
「──随分難シク考エテいるナ、ワタルよ」
一つのストーンが、コールと大和錦の間に入る。ギフトだ。突進を受け止め、掘削攻撃をボディで受けたギフトが、火花を散らす。
コールを一度下がらせ、ロトスはシブシソに尋ねた。
「お前の答えを聞いていなかったな」
「ソウ言エばソウダッタ。ソノ答えダガ……」
考える素振りをしつつ、シブシソはワタルのすぐ隣までフロートを寄せ、手を伸ばして頭を撫でる。
「ワタルよ、オマエのレースはオマエのモノダ。ドンナ思イデ勝負シテモ良イ。最初にワタシノ考エを無視シテおいテ、今更他人ノ事情ヲ気ニスルとハナ」
「う……、あの時はゴメン。でも、オレは苦しんでないし、勝負だってどうやって決着をつけたらいいか……」
「悩ムカ。ナラバ」
シブシソはロトスに向き直り、問いに答えた。
「ロトスよ、ワタシと勝負シナイカ?」
「勝負だと? 俺に従わないと言うことか。残念だ。苦しい立場の者同士、協力し合えると思っていたが」
失望した表情のロトス。
ワタルは慌てた。
「シブシソさん、どうして! 負けるわけにはいかないんでしょ!?」
「まァナンダ、ワタルよ。【勝負】ヲシタクナッタ。コレハ、命ノ取リ合イジャナイカラナ。……ソレト──」
シブシソが小声でワタルにだけ通信を送る。
「──今ノウチニ、体勢ヲ立テ直ストイイ」
コールと並走するギフトが距離を詰めた。天面を向け、回転攻撃をしかける。
「ギフトッ! 【ナイルの死の回転】!!」
「削り取ってしまえ、コール! 【バケット・ホイール・エクスカベーター】!!」
ギフトの角が、コール側面のトゲと接触。
周囲に破片が飛び散った。
「グヌヌ、コノ辺リが限界カ」
角のうち一本を砕かれ、ギフトが距離を取る。
「逃がすか! 焼き払ってやる!!」
「ソレハ困ル。逃げロ、【スプリングボック・ダンス】!!」
迫るコールを、ギフトは軽快な動きと跳躍で回避。
あっという間に側方遠くまで逃げ切った。
「オーイ! ワタルよー!!」
シブシソが手を振る。
「肝心なコトヲ、忘レテいるんじゃナイカー?」
「なにそれ、どういう意味――」
「――どうもこうもねェよ、ワタル!」
ワタルの視線を遮り、現れるルーカス。
「ルーカスさん!?」
「随分慌ててんな! ちっと落ち着いて考えてみろって」
ルーカスは軽い調子で、両掌を上に向け肩をすくめるジェスチャー。
「コイツはグレートジャーニーだ。遠路を進み、ゴールの順番を競い合う勝負だろ? 目的を忘れんな。相手を倒すのは必要があるからやるだけさ!!」
「……!」
「まぁ、でも……」
表情が変わり、ルーカスが挑発的に顎を上げる。
「あの野郎はいけ好かねぇから、ぎゃふんと言わせてやるけどなァ! オレ様達のフロンティアスピリッツをボロボロにしやがった落とし前、きっちりつけてもらうぜェ!!」
コールの後方から、フロンティアスピリッツが水弾を撃ち込む。
言ったそばからの真逆の行動に、ワタルは大困惑。
「えぇ!? こういう荒っぽいやり方は良くないんじゃ……」
「知らねェ! これはオレ様の水切りだ!! お前はお前の水切りをすりゃあいい!!」
撃ち出された水弾がコールのトゲを削る。
ロトスはダメージを抑えるため、コールの左右へのフットワークを早めた。
「超大国が……! 強大な力で世界を振り回した責任、取ってもらう!」
黒煙を吐きながら、コールは高速移動。横からフロンティアスピリッツへと迫る。
対するルーカスは、全力で水弾を連射。
「ニック! ミネウチってのをすれば、ぶっ壊れないんだろ? ミネってどこだ?!」
「〈ルーカス、ウツって言うけどそれ、銃の話じゃないからね……?〉」
「ワッツ!? そりゃ初耳だ!」
両ストーンの距離がある程度詰まった途端、ルーカスは射撃を止めさせ、フロンティアスピリッツをさっさと退避させた。
「危ねェ危ねェ、この辺りが限界距離か! ハハ、ちょっとやばかったなァ、ニック!」
「〈もう、笑い事じゃないよ……〉」
先のシブシソと同様に、接近を避ける立ち回り。ここまでで得たデータで、コールの機動力・攻撃範囲を予測、ルーカスは的確に距離を管理した。
コールにとって、都合の悪い展開。しかしロトスは笑みを浮かべている。
「削られるのを恐れ、離れる作戦に出たか。なるほど確かに、我がコールの爆発的突進も、それだけ警戒されれば効果は薄い」
接触・突進による掘削攻撃と炭塵爆破攻撃はともに、接近しないと使えない。なのにロトスは周囲に鋭い眼光を飛ばしている。まるで、手段があるかのように。
……と、その目に一つのストーンが映った。集団外から追いついた、真っ赤なボディが目を惹く流麗な高速ストーンが。
「やっと追いついたYO! 海が凍って冬仕様にしたのに、また元に戻っちゃってさー!」
後方から圧倒的なスピードで接近するのは、しばらく前に氷上でスリップし姿を消していた、イタリア代表ダンテのフォーミュラ・ワン。今日のダンテの服装はワインレッドのシャツに緑色スーツ。明るい茶色の革靴は、相変わらず先端が尖っている。
誰もが目を奪われる(?)伊達男とストーンの到来。ロトスはコールを操作し、フォーミュラ・ワンの進路を塞いだ。
「前を取られては厄介だ。お前はここで潰す」
「道を塞ぐ気だね、ローブのお兄さん! だけどその手は食わないよ! フォーミュラ・ワンの機動力を舐めないでよね!!!」
ダンテは陽気に笑ってストーンを操作。凄まじい機動力を見せつけた。コールが置いて行かれるほど速い、左右へのステップ。前が開いた途端に前進する瞬間的な加速。さらに何より驚異的なのは、上がった速度を瞬時に消すブレーキ性能。
ロトスが歯噛みする。
「チッ、ここまでやるとは……!」
ステップについていけなかったコールは追い抜かれまいと、並びかかった際に爆発的移動を発動。小規模な爆発の反動で横方向に体当たりした。
対するフォーミュラ・ワンは、その瞬間にブレーキ。急減速であっさり回避する。体当たりを完全に読み切り、着水タイミングを並走時に合わせたダンテと、たった一度の着水で速度を落とせるフォーミュラ・ワンにしかできない、超高度なテクニック技である。
「これが僕たちの誇り! 最も美しい走り!! 一番にチェッカーフラッグを受けるのは、僕たちさ!!!」
ダンテは誇らしげにし、フォーミュラ・ワンは(無意味に)水飛沫を立てた。
追い抜かれたロトスだが、意外にも怒りだすことはしない。
「ふざけたヤツらだ。だが見せしめにはちょうどいい。ご自慢のストーン、砕いてやろう!」
フォーミュラ・ワンを追いかけ、コールが黒煙を吐いて爆発的前進。二、三メートルないくらいの距離を維持した。
自身のストーンに迫る最高速度に、ダンテが喜ぶ。
「おおっ、スピード勝負だね! ファイナルラップらしいデッドヒート、しようじゃない!」
「ハッ! そんな訳ないだろう。お前と同じ土俵になぞ立つものか!」
小刻みに位置を変えるコール。
フォーミュラ・ワンも左右移動を繰り返した。
「突進しようったって無駄だYO! いくらでも逃げられ──」
最高の機動力を持ったストーン。正確に操作する選手。どちらも完璧に機能している。コールの爆発的突進をいつ発動されても良いよう、跳躍タイミングも距離も管理されていた。
「――やれ、コール。【スコルピオ・バリスタ】!!!」
ただ、相手には秘策があった。上位選手と何度もしのぎを削り、ピンチに陥りながらも隠し通した、切り札が。
~~
「わぁーお……。まさか飛び道具があるとは……、やられちゃったよ」
嘆くダンテの足元で、黒煙を上げるフォーミュラ・ワン。滑らかさがウリのボディには、黒いトゲが数本突き刺さっている。
ロトスとコールの切り札、【スコルピオ・バリスタ】。ストーン側面の突起を爆発によって射出する遠距離攻撃技。フォーミュラ・ワンは突進に備え、コール接近時に着水タイミングを合わせていた。しかし逆を言えばそれは、突進範囲外に跳躍を行うことを意味する。ロトスはフォーミュラ・ワンが空中にいる(動けない)タイミングを狙いコールを操作、撃ち抜いたのだ。
「沈まずに耐えるとは。走りだけかと思ったが、存外タフな作りらしい」
少し認めた顔でロトスは、更なる追撃のためコールを接近させる。
「おっと、もう勘弁してもらうよ。壊れちゃったら、悲しいし」
フォーミュラ・ワンはコールをかわして、急激に速度を落とし後退した。
「あっ、そうだ! ローブのお兄さーん」
波間に消えながら、ダンテは手を振る。
「長持ちさせるには大事に扱わないと。お兄さんもストーンも、あまり無茶はダメだYO!! アリヴェデールチ!!!」
そう言い残して、ダンテは先頭集団から離れた。
ロトスの視線がコールへ向く。連続戦闘でかなりの量のトゲを失い、モヤと黒色で隠れているだけで、ボディには小さなヒビも入っている。
「ゴールの瞬間まで持てば良いさ。……それよりも」
小さく呟き、後方の燕青を睨みつける。
「お前は何をしていたのだ? 小皇帝」
近くも遠くもない位置にいる燕青は、問いに白々しい態度で答えた。
「さっきのストーンは素早かったからナ! 朕の力が及ばず止めることができなかった。ブーハオイースー(ごめんなさいの意)」
「……」
ロトスは何も言わない。
燕青は不気味に思い、慌てて喋った。
「朕はロトス……様、の味方! やることはやるから、満漢全石に近づくんじゃない! 【グローリーアイランド】の融通も忘れるんじゃないよ!!」
「お前が約束を守れば、な」
短く言って一瞥。
辺りを見回し、明らかな異常海洋現象に気づいたロトスは高笑いする。
「クッハッハ、どうやら天は俺に味方しているらしい!!!」
先頭集団の左右に、いくつもの渦潮が発生。落ちてしまえば脱出には多大な苦労を要するもので、各ストーンは左右に広がることができず、密集を余儀なくされた。
「なんだァコイツは……!? 尋常な自然現象じゃねェぜ!?」
「ウム、ナニカ精霊に近イ空気ヲ感ジル」
不自然な状況にルーカスは困惑し、シブシソは感覚を澄ます。
後方にいた燕青は急にハッとして、大声を出した。
「やっぱりずっとおかしいと思っていタ! 恐らくここは【ドラゴン・トライアングル】! ガキんちょが暴れ過ぎたから、魔が目覚めてしまったヨ!!」
「なんだそりゃ? わかるように説明しやがれ!」
ルーカスが噛みつく。
燕青は得意げに語った。
「ドラゴン・トライアングルは東洋版【魔の海域】! 朕達はそこを通り過ぎた。通信障害はそのせいネ。嵐はともかく渦潮なんて、そうじゃないと説明がつかない!」
ドラゴントライアングルとは、多数の船や飛行機、人が行方不明になったと噂される、日本近海の一定範囲をさす。燕青の言の通り地点としてはすでに通過しているが、どうやらそこでバトルを繰り返したために、良くない何かを引きつけてしまっていた。
説明を聞いても、ルーカスの反応は興味薄。
「魔ねぇ……。全っ然、わっかんねェな」
「〈……ルーカス……そういうの疎い……〉」
イヤホンから聞こえるニックの声はノイズ混じり。
呆れ顔で燕青が溜息を吐く。
「はぁ、こんなに海域の魔物が怒っているのにわからないなんて、ルーカスは無粋で鈍感ネ。ほら、その証拠に──」
振り向いて、指差し。
他の選手の視線も後方に集まった。
「――朕達のストーンを沈めるため、ここまで追いかけてきたみたいネ。……えっ?」
「はァ?」
「ムム」
あっけにとられる燕青・ルーカス。顔をしかめるシブシソ。目に映っているのは、しばらく前に見た巨大な海水の塊【カイリュウ】。首を高くして迫ってきている。左右の渦潮と、後方から迫るカイリュウ。先頭集団は後退すらも不可能になった。
包囲と追手。降って湧いたチャンスに、ロトスはコールへ意思を込める。
「これは都合が良い。一網打尽といくか!!!」
集団先頭でコールが黒煙を吐き出した。一番に反応したのはルーカスで、突進には距離があること、自身が射撃系の技を多用することから、ロトスが先のトゲ射出攻撃を構えていると察知する。
「チィッ、この距離でアレを撃たれたら……!」
射出を妨害すべく、フロンティアスピリッツが水弾発射。
その到達よりも、コールの攻撃動作は素早い。
「串刺しにならぬよう避けるがいい。それ、踊ってみせろ! 【スコルピオ・バリスタ】!!」
コールから後方に多数のトゲが放たれる。トゲは満漢全石以外のストーン(フロンティアスピリッツ・ギフト・大和錦・ビスマルク)へ飛んだ。
「撃ち落としてやらァ! 【ウォーター・マグナム】!」
「避ケヨ、ギフト! 【スプリングボック・ダンス】!」
フロンティアスピリッツは水弾で迎撃、ギフトは身軽な跳躍で回避を試みる。両ストーンとも完全対処とはいかず、トゲがストーンを掠めた。
一方、大和錦は……。
「避けるなんて……、受けられる場所は……!」
ワタルは回避不能と判断。当たっても耐えられるボディ厚がある場所を探し、受け止める選択をする。結果、トゲが刺さり再び崩壊のリスクを負ったものの、大和錦は割れずに耐えた。ロトスの注意がシブシソ達に向いている間にストーンの状態を調べていたことが、功を奏したと言える。
身を削る攻撃ながら、誰のストーンも沈んでいない。……が、ロトスは不気味に笑った。
「思ったより耐える。さすが、ここまで生き残ったストーンだ。だが、もう少し周囲に注意すべきだったな」
「ロトスさまー? アイツらまだ沈んでないアルヨー。朕が助けてやっても――」
軽口を言う燕青。
ロトスの視線が、『後ろを見ろ』とばかりに後方に動く。
「──小皇帝、貴様もだよ」
皆が振り向く頃には、【跳ね返った】トゲは大和錦、ギフト、フロンティアスピリッツ、満漢全石を貫いていた。
「どうして……、同盟国である朕を……」
「知らんな。偶然だろう。運が悪かったな」
ショックで両膝をフロートにつく燕青を、ロトスは一瞥もしない。
予想外の攻撃に、ワタルは周囲をきょろきょろ。
「いったい、どこから……!?」
「後ろに一匹下がっていただろ? 随分とお堅いストーンが。さすがは【絶対防御】! 自慢の頑強さで我が身だけは守れたようだな!!」
コールが撃ち出したトゲは、集団最後尾のビスマルクに命中。ビスマルクはボディが黒く煤ける程度とノーダメージだったが、跳ね返されたトゲは大和錦達を襲った。
「……」
何も言えずに黙るアーデルベルト。
ここぞとばかりにロトスが嘲笑う。
「憎しみの連鎖、だったか? フハハハ、悪くない! 【チェイン・バリスタ】とでも名づけよう。それと……」
ただ嘲るためだけに、ロトスは見ていたのではない。追い打ちでビスマルクへと撃ち出された一本のトゲ。それが起こす火花を待っていた。
「これはオマケだ。脱出できるよう祈るがいい」
「っ! ビスマルク、粉を落とせ!」
「遅い!」
跳躍のタイミングにより、空中でトゲを受けるビスマルク。接触で起こった赤く小さな火花は、ボディに付着していた炭塵を発火させ、爆破。ダメージは受けずとも、ビスマルクは衝撃で側方に飛ばされ渦へ。更に追い打ちをかけ、カイリュウがビスマルクを攻撃。食らいつき、渦の中心へと引きずり込む。アーデルベルトのフロートが渦の上で止まった。
~~
「シット! ビスマルクを使って攻撃を弾きやがった……!」
「脱落シタカ。……ワタシはセメテ完走シ、賞金ダケデモ……!」
ビスマルクの脱落は先頭集団全体に衝撃を与えたが、気に掛ける余裕はない。どの選手のストーンもトゲに貫かれ、重いダメージを負っている。
最初にロトスは、燕青へと冷たい眼差しを向けた。
「さて。同盟国とのたまっていたが、お前は俺に従う身。次はない。利を得たいなら誠意を見せろ」
「……わかった」
燕青はフロートにしゃがみ込んだまま答える。トゲの刺さった満漢全石を気にして酷く落ち込み、反論もしない。
「では、残りを確実に始末しておくか」
次にロトスは、ギフトとフロンティアスピリッツを見た。今の両ストーンに、コールの攻撃を防ぐ手立てはない。シブシソやルーカスもさすがに限界を感じたのか、苦々しい顔をするばかり。
「沈めろ、コール」
トドメの一撃が、コールに命じられた。




