婚約破棄をする前に
はじめましての方ははじめまして、はじめましてじゃない方はまた見てくださってありがとうございます、夜雨です。
婚約破棄もの第二弾を調子にのって書いてみました。
高等部の卒業式典の数日前。
学園の中に設置されたテラスにて、お二方は対峙していらっしゃった。
かたや、この国の直径王族で王位継承権第二位であらせられる第二王子殿下。俺が守るべき護衛対象である。
かたや、王族の次に権力を持つと囁かれる公爵家のご令嬢。俺が心の中でつけたあだ名は悪役令嬢。
お二方は婚約なされているが、最近は不穏な雰囲気が漂っていた。不穏なのはこのお二方にとどまらないが……。
一年前ならともかく、お二方が二人きりでお会いになるのは現在の状況的にほぼありえない。それが、殿下が何故か令嬢に聞きたいことがあると仰りこの場を手配なされた。
一体今から何が始まるのか。近衛騎士として同席している俺は表情には出さないが内心ドキドキである。
面倒なことは勘弁してくれ。頼むから。マジで。
殿下が真剣な顔で口を開く。
「単刀直入に言う。式典でお前との婚約を破棄する予定だ」
そして爆弾を落とした。
いきなり何を言っているんだろうか、このアホ王子。
既に俺は今すぐこの茶会をやめさせたくてたまらなくなったが、殿下に逆らえば不敬罪もありうる。
俺も命が惜しい。まだ二十年も生きていないんだ、俺はおじいちゃんになるまで死なないと決めている。
いつか可愛い嫁さんもらって、老いたら嫁さんと一緒にのんびりスローライフを送るのが俺の夢だ。
そのためにはここで俺の人生を終了させる訳にはいかない。
ご令嬢、大丈夫か?曲がりなりにもここまで自分の時間をほとんど犠牲にしてまで色々と教育を受けてきたんだろうに。
突然こんなことを言われて辛くないか?
まだ成人もしてない女の子には酷だろう。
黙ったまま令嬢を気づかれないように一瞥する。
令嬢には驚きはない。予想済みと言わんばかりだ。あ、嫌な予感がしてきた。
続けて令嬢がしたり顔で言う。
「わたくしを断罪する気ですの?」
はあ?断罪?何それどういうこと。
令嬢が何か罪を犯したと?……やべえ、一応心当たりがある。
いやでもあれはただの噂だしなあ。
まさか、流石にアホでも噂を鵜呑みにするなんてこと、あるはずが……。
「罪を認めるのか」
鵜呑みにしてやがるコイツ。
目を細めて鋭く令嬢を睨む殿下。
その姿は殿下の整った顔立ちや煌めく金髪などと相まって流石王子と思うくらいには格好いいのだが、いかんせん内容がアウトだ。
ちょっと調べれば事実無根だってわかるだろ、おい。それをするための権力も方法もあるのに確かめてないのかよ。
置物のように無表情で固まりながらも心の中では突っ込んでしまう。それくらいちょっと待て、と言いたくなる会話である。
だが俺に構わず彼らの会話は止まらない。
「認めた訳ではありませんわ。大体、わたくしは何もしていませんもの」
「リリーナを虐めただろう!?」
「虐めておりません。証拠もなくわたくしをお疑いになるなんて……酷い方」
「証拠はある!だが、…………いや今日はお前の罪を弾劾しに来たのではない。それよりも、私は聞きたいことがあるのだ」
殿下の真剣な顔再び。
なんだ、今度は何の爆弾を投下するんだ。
っていうかリリーナって、あの子か?
……最近学園で有名な桃色の髪と目の平民の少女であるリリーナ?
この前魔力が強すぎてうまく魔術を使えずに暴発させてしまった、あの?
そういえば、高貴な血筋に連なる男子生徒が多数リリーナにつきまとっていると聞いたが。
もしかしてその高貴な血筋に連なる男子生徒の中に殿下も入ってるのか?
婚約者がいる身で他の女の子に靡くなよ……。卒業後に妾にするならいいが婚約破棄って。それは違うだろ。
それに、リリーナの虐めは解決してなかったか?
黒幕がいたってことか?いやないな。
「その、お前は……隣国の皇太子とかに愛されていないよな?」
えっ、こいつ何言ってんの?
俺の混乱をよそに、殿下は続けて言葉を紡ぐ。
「あるいは、魔王とかそんな感じのやばそうなやつに溺愛されてるとか」
魔王とかそんなもんこの世界にはいねーよ。
「あとは……私を陛下に言って廃嫡にさせるための準備をしてるとか」
廃嫡になるようなことしてる自覚はあるんだな。
突然の殿下の頭おかしい発言だが、令嬢には予想の範囲内のことらしい。
微笑みを浮かべて勝ち誇っている。
令嬢もあんまり安心できないっていうか、普通にまだ嫌な予感がする。
「やはり、あなたは転生者ですね」
おう、お前も何言ってるんだ。
令嬢も頭がおかしくなったらしい。
悪い風邪でも流行ってるんだろうか。
俺は気をつけてうがい手洗いをしなければ。近衛騎士は体が資本だしな。
俺は軽く現実逃避をし始めたが、殿下ははっと目を見開く。
「お、お前もかシュネリア!」
シュネリアは令嬢のファーストネームだ。
殿下、お前もかブルータス的な感じで言わないでください。
笑いそうだから。出るのはきっと乾いた笑いだろうが。
「そうですわ殿下。わたくしも転生者です」
「に、日本人か!?」
「ええ。殿下も日本人のようですわね。それに、ネット小説がお好きなのかしら?」
「ああ……だからざまあされたらどうしようと思ってな。構図が悪役令嬢ものに似てるし」
「ふふ、正解ですわ殿下」
「正解?」
「この世界は、乙女ゲームの世界ですもの。そしてわたくし、悪役令嬢シュネリアが転生者。これは確実に悪役令嬢ものでしょう!」
だめだこいつ。早くなんとかしないと。
完全に現実と妄想の区別がついてない。
熱っぽい目で楽しそうに告げた令嬢は慄く殿下に構わず自らの描く未来予想図を語る。
その様はまさに悪役の名が相応しい。
「ざまあは勿論する予定でしたわ。そのためにわたくしは今まで生きてきたんですもの。
でも殿下は慎重なお方ですから、こうしてわたくしに事前にお話くださるでしょうと思っていました。そうしたら、助けて差し上げようとも。
良かったですわね、殿下。首一枚繋がって」
微笑みは恍惚に似て。
赤い紅が引かれた唇が吊りあがる。
恐ろしさと妖艶さを両立させて令嬢は笑む。
俺はドン引きである。
なんかもう、絶句するしかない。黙ろうとして黙ってるんじゃなくて、ただ言葉が出なかった。
マジで俺は今何を見せられているんだ。なんだこの状況。
「わたくしはいじめてもいないのにいじめられたことにされている。これはゲームの強制力でしょうか、それとも電波ヒロインの自作自演?まあどちらでもよろしいですわ、わたくしは正しいですもの。
没落回避のために攻略対象のトラウマ回避をやってみようかと思いましたけれど、正直あのお方以外に興味はありませんからやめましたわ。
だって皆さんに好かれてしまったら困るもの」
ナルシストの気もあり、か……。
好かれる自信満々なんだな。トラウマ回避って言ったって、助けた後に好かれるかどうかは別だろう。攻略対象とやらはそんなちょろいのばっかりか。
あ、殿下も攻略対象なのか。そりゃちょろいわ。
ちょろすぎて涙が出るくらい殿下はちょろい。わかりやすく恋愛ど素人だ。
因みに涙が出るのは俺だ。
だって殿下はハニートラップに絶対に引っかりやがる。その度に俺がどうにかしてその女を遠ざけているが、いつもとんでもなく面倒臭い。
ハニートラップ仕掛けてくるのなんて一筋縄じゃいかない他国の密偵ばっかだからな。
ゲームの強制力って、ここは現実なんだが。
誰が強制してくるんだよ、神様か?そんな存在この世界にはいません。宗教が謳ってるだけだ。その宗教も数多あってどれも言ってる神様が違う。
ヒロインはリリーナのことだろう。リリーナのことを知りもしないで電波とはな。
電波だったら逆にもっとうまくやるさ。うまくできてないから、現状こんなバッドエンドに突き進むだけみたいな感じなんだろうが。
それでも足掻いてるけど、結構きつい。
殿下とリリーナが俺を多忙にさせる主な原因である。二人とも心の底から反省してほしい。
俺にも休暇をください。
艶めかしい令嬢に殿下は頬を赤らめている。
そういうところが本当に嫌だ。ちょろすぎんだろ、面食いか。
思えばリリーナも一応美少女だ。そういう目で見たことなかったが、客観的に見たら美少女ではある。
「じゃ、じゃあ私は助けてもらえるのか?」
「勿論ですわ、殿下。殿下のことはそれなりに気に入っておりますから。それに殿下がヒロインに恋心を抱いたのは強制力故でしょう」
だってあなたは昔からわたくしのことが好きでしたものね、と令嬢は言う。
ナルシスト極まってるなあ……。
俺から意見を言わせてもらうと、殿下は令嬢の顔と体が好きなだけだと思う。
だからリリーナに恋したのも強制力とやらの所為ではない。
初対面の時、殿下は鼻の下伸ばしてたからな。確実に顔と体目当てだ。あとちょっと優しくて、貴族令嬢と違う態度が珍しかったからそれが恋になっただけだ。
要するに殿下がちょろすぎるのが悪い。
あと殿下を捕まえて置かなかった令嬢も悪い。つーか聞き流してたけど「あのお方以外に興味はない」とかさっき言ってたが、それ姦通罪にかかる可能性あるからな。うちの国、絶対王政なんで。しかも男尊女卑的傾向あり。
どっちも婚約者がいる身の上で、しかも王侯貴族のくせに恋愛に自由すぎる。自重しろよお前ら。
それが貴族の高貴なる義務ってやつだろう。
もうこいつらに高貴とか全く思えないけどな。
自分が冷たい目をしている自信がある。近衛騎士として表情を隠す術を習い、それを磨いてきたというのになんてザマだ。だが俺よりもこのアホ二人の方が駄目だ。
二人は結局、ヒロインを断罪すると言う形に纏まった。
意味わからん。だからリリーナは何もやってねーよ。
仕事を終えた俺は、今日の出来事に頭を痛めながら待ち合わせ場所に急いだ。
「あ、にーちゃん!」
駆け寄ってきた少女の目と髪は桃色。にぱっと笑うと可愛いと思うのは身内の贔屓目じゃないだろう。
俺はそいつに疲れ切った気持ちで返す。
「リリーナ、大変だ」
「何が?」
きょとん、と首を傾げた前世の妹に俺はさらに頭痛がひどくなった気がした。
リリーナこと、莉里奈は俺の妹だ。前世の。
そうつまりは、俺も莉里奈も転生者である。
転生者の定義を前世の記憶を持つというならば、だが。
そして俺たちはこの世界を乙女ゲームだとは思っていなかったし、莉里奈にも攻略しようなんて気持ちは全くない。
ただ周りが勝手に莉里奈を好きになっただけで、莉里奈も迷惑している。きちんと告白は断ったし、贈り物も断ったし、マナーも学んでいるのでもう殆ど貴族と並べても遜色がない出来だ。
自慢の妹だが、少々真っ直ぐすぎるところがたまに傷だ。
前に起こった魔力暴走はつい逸った所為だし、その後には自分を虐めてくる貴族令嬢に決闘を申し込み、拳でぶちのめしている。
ちょっとばかり血気盛んなのだ。そこは前世から変わらない。
だから莉里奈の虐めは自作自演ではないし、今の状況はゲームの強制力でもない。
ただ攻略対象がちょろくてしつこかったのと、莉里奈が頑張り屋さんすぎただけだ。
莉里奈を断罪するなんてふざけるな、としか言いようがない。お前らこそざまあされろ。
だがあの二人はこの国屈指の権力持ちだ。その二人が言ったことは黒でも白となる。
令嬢の様子からしても、証拠を捏造するくらいはやってそうだ。
「逃げよう、莉里奈」
「駄目だよにーちゃん、あたしは将来この国に奉仕しなきゃいけない」
それは強大すぎる魔力を持ったが故の弊害。彼女は国に管理されなければいけない。
そういう枷がついてしまっている。
「大丈夫!あたしを信じて、にーちゃん。もうにーちゃんに守られるだけじゃないから」
ピースサインを見せて、莉里奈はふふんと鼻を鳴らした。
心配だが、俺では逃げる以外の道が思いつかない。
莉里奈が逃げないというのなら運命を共にするだけだ。俺は兄なのだから。
その後、どうなったか。
……こういう話では、勘違い電波ヒロインはざまあされるという。
まあ、うちの場合はその勘違い電波ヒロインが元々は悪役令嬢と呼ばれていたが。
正義は勝つ!と莉里奈は……リリーナは、笑っていた。
その笑顔は可愛くてとても癒されたが、その後から態度が変わり始めたのは、気のせいか?
俺のことをにーちゃんと呼ばなくなったし。
寂しいとか、そういうことは言っちゃいけないんだろうな。
補足として、前世の主人公と莉里奈は血の繋がらない兄妹で、前世の主人公は兄として莉里奈を守らなければと強く思っており、莉里奈を守って死亡しました。
今世で再会してもその想いは変わらず莉里奈が処刑されるならば自分も死ぬと思っているくらいには過保護シスコンです。
莉里奈はせっかく兄妹じゃなくなったので、そろそろちゃんと女の子としてみて欲しいようです。
それが通じるかどうかは主人公次第。
まあ主人公の夢は叶うでしょう。
楽しんで頂けたら幸いです。
あとで活動報告を書いてグダグダ語るかもしれません(八割方確定)。よかったらそっちものぞいてみてください。