shot 007
「でもさ」とわたしは、少しずつ舌が慣れてきたカクテルの水面をピチャピチャと舐めながら、素朴な疑問を口にする。
「何も話さずにただ渡すだけなら、そもそもわたしが来る必要なんてあった? アッキーひとりいれば、事足りちゃうんじゃないの?」
「必要はある」
アキは声のトーンを少し落とした。
目鼻の位置が申し分なく整った美しい人間は、離れたダーツの的をただ眺めるだけでも絵になる。
「チーム名である『タバサ』は女性に付ける名だ。メールを見て、複数で活動はしてても、仕切ってるのは女だと思い込むヤツは多い」
「アッキーが出演してる動画のメールだね」
彼らの話から、わたしが見た夢が、彼らが『客』を探す際にランダムに発信するURL付きのEメールそのものであることを知った。
それを受け取って、興味を持った者はアクセスしてくる。
うさん臭さ極まりないと思うのだが、そういった誘いに乗ってくる酔狂な人間は意外と多いのだそう。
その動画の中で、アキは例のカラスのような黒装束で、あのセリフを発している。
どちらかと言うとあまり男性的な顔つきではなく、身長も高くない彼を、女性だと信じ込んでしまう人は、やっぱりたくさんいるのだろう。
そのメールの内容がなぜわたしの夢に現れたのか、まったく不思議である。
「ちょっと待って」
わたしはひとつの結論にたどり着く。
「もしかして、わたしがその『タバサ』を演じるってこと?」
「察しがいいな」
「む、無理があるよ。こんな小娘、すぐバレるに決まってんじゃん」
声を張りそうになってしまって、慌てて声をひそめ、体も伏せる。
「アッキーがやればいいじゃん。メールに出てるのも自分なんだから」
「近くで見たらさすがに男だってわかる」
「わかんないよ」
「バカかお前。よく見ろ」
そう言ってぐっと顔を寄せてきたから、不覚にも心臓が引っくり返りそうになってしまったのだけど、陶器のように白い肌の鼻の下がうっすらと青みがかっているのを発見してしまい、枯れた薔薇を見るような気分になる。
「じゃ、じゃあ、ほら、シィラさんは?」
「彼女は基本孤高だ。個人で動いてる。よけいな仕事を頼むと、そのぶん、また金がかかる。なるべくなら使いたくない」
「何それ」
脱力するわたしの目、アキの肩の向こうに、メガネをかけた見知らぬ男性が、道標を見つけたような強い意志の目で近づいてくるのが見えた。
「そのギターケース……『タバサ』ですね?」
男性は、このバーには不似合いなダブルのスーツを着込み、丸顔に黒髪を撫で付けたような髪型をしていて、どこかの大学の教授を彷彿とさせた。
「『バコパ』本人か?」
抑揚のない声でアキが問う。
男性は神妙にうなずいた。
「データを渡してください。お金は言われた通り、3つの口座に分散して入金しました」
「待て。確認を取る」
アキはそう言って、コートのポケットからケータイを取り出し、どこかと連絡を取りはじめた。
アフロ男か、トランシーバー男だろう。
アキ自体はまったくしゃべらず、ほんの数秒ほどの時間で、用件は済んだのだろう、ケータイをしまった。
その間、男性はしげしげとわたしを見つめていた。
実は彼らとはなんの縁もゆかりもない、ただの一優良市民だと見抜かれてしまうのではないかと、ハラハラした。
「いいだろう、データを渡す」
アキがわたしに顎で合図をしたその時、事態が動いた。