shot 006
2時間後、わたしは見知らぬ多国籍バーにいた。
ここに来る間に古着屋に寄り、制服からセーターとジーンズに着替えさせられ、頭には目深にニット帽をかぶせられた。
顔を隠し、実は未成年であるということを周りに悟られないがための変装のようなものなのだろうが、効果はどれほどあるのかわからない。
お酒を呑むところに行くのだったら、もっとラグジュアリーで大人っぽい格好のほうがいいんじゃないかと思っていたけれど。
実際にその場所に来てみると、ダーツやビリヤードができる環境であり、スタンディングの席も多く、お客はわたしと似たり寄ったりのラフな服装の人が大半だった。
でも、照明はやはりファミレスの明るさとは違っていた。
隅のテーブルに肘をつき、鮮やかなスミレ色のヴァイオレット・フィズにちょっとだけ舌をつけて引っ込めて、ため息をついたあとで、真向かいのアキに聞こえるようにぼやいた。
「なんでこんなことになったんだろ」
アキはあいかわらずの黒ずくめで、一貫して変わらない無表情のまま言う。
「貧乏だからだろ」
「お金はあるもん。ただ自由にならないだけで」
悔しさを込めたわたしの訴えを、しれっと聞き流し、バルチカを缶のまま呑む彼のかたわらには、黒いギターケース。
これも、ここへ来る道すがら、あの路地に戻って回収してきたものだ。
「でも、ちょっと楽しそうかも」
実を言うと、わたしは内心ワクワクしていた。
さっきのため息も本心には違いないけれど、仕事自体が嫌だと言うよりは、彼らの、主にアフロ男の強引さに面食らったと言ったほうが正しかった。
「物好き」
「なんで?アッキーだって、楽しいからこんなこと続けてるんでしょ?」
「あっきぃい?」
珍しく彼の声が裏返った。
目も白黒させている。
わたしは頬杖をついて、んふふー、と笑ってみせる。
「そのまま呼ぶよりカワイイじゃん。なんか親しい感じするしさ」
「親しくない」
彼はそっぽを向くと、ロシアの銘柄だというビールを一気に半分くらい喉に流し込んだ。
「ここで待ち合わせた人に、このUSBメモリーを渡せばいいんだよね?」
ジーンズの右ポケットに手を突っ込みながら、確認を取る意味でそう尋ねる。
その中には、店に入る直前にアキから渡された、小さなプラスチックの機器が入っていて、わずかな緊張が生んだ汗で湿った指先に触れた。
ワゴンの中でアフロ男から言われたことを思い出す。
「キミのやることはたいして難しくない。オレたちが奪ってきたUSBメモリー、それをある人に引き渡してもらうだけだ」
「なんかヤバいデータですか?」
奪ってきた、というところがいかにもアドベンチャーチックで、映画や漫画の世界に入り込んだみたいで、鼻息を荒くしながらわたしは訊いた。
「そんなことはキミには関係ない」
アフロ男はピシャリと言葉で切るような言い方をした。
一時的でも仲間に入れてくれるなら、そのくらい教えてくれてもいいじゃないか、と頬をふくらませる。
「キミは何もよけいなことはしなくていい。しゃべることもしなくていい。ただ、黙って手渡してくれればいいんだ」
「何か訊かれたら?」
「それはアキが答える」
「一緒に行ってくれるんだ?」
思わず目を輝かせた。
無愛想だろうと、対応が氷のように冷たかろうと、現場慣れをした誰かがついていてくれるのは安心感がある。
絶世の美青年を連れて歩ける、という優越感も否定しない。