shot 005
「わたし、今の女子高に入る前の記憶がぜんぜんないんです。気がついたら、お手伝いさんとの二人暮らしで。両親は事故で亡くなったらしいですけど、詳しいことはわかりません」
「教えてもらえないのか」
同情を押し殺したような声で、アフロ男は尋ねてきた。
「わたしが訊かないんです。ていうか、興味がないんです。覚えてないんですから、もとからいないと同じなんですよ」
写真を見ても実感の湧かない相手に、悲しみや郷愁などいだくわけがない。
死んだ理由や経緯など、なおさら興味があるわけない。
「いったいどうしてこんな状態になったのか、それはちょっと知りたいとは思います。でも、別にいいやとも思ってるんです。今の生活にとくに不便も不満もないですから」
冗談かと疑われるくらいカラカラと明るく打ち明けたことが、結果的によかったのだろう、3人とも茶々を入れることなく、真剣に耳を傾けてくれた。
もしかしたら、口を挟もうにもその言葉が思いつかなかったのかもしれない。
やることは多少乱暴だが、内面は優しくて気をつかう人たちなんじゃないだろうか、とふと思う。
路地裏のライダーの時にしろ、さっきのベンツに対してだって、荒っぽい手段は使っても、致命傷を負わせるほどのことはしていない。
そう思い当たると、胸の中がスーッと爽快な風で満たされた。
「なるほど。キミの不幸な生い立ちはわかった」
不幸じゃないですってば、とわたしは口をへの字にした。
「で?キミは『客』なのか?それとも誰かの代理なのか?」
そう言って詰め寄るアフロ男の太く直毛の眉毛を見て、やはりこの大きな髪型は天然ではないらしい、とどうでもいいことを確信する。
「『客』ってことは、やっぱりあのセリフは本当なんですか?欲しいものを何でも与えてくれるんですか?あなたたちはそうやって報酬を手に入れてるってことですか?」
負けじと唾液を飛ばしまくりながら責め寄ってみると、アフロ男はゲンナリとした顔をしたあとで、手のひらで顔面をぬぐった。
そしてわたしの側頭部には、またもや銃口の重く硬い感触が押し当てられた。
「調子にのるな。こっちが訊いてる。どこでメールを見た」
クールと言えば聞こえがいいけど、アキはどちらかと言うと冷徹という言葉がピッタリで、この人だけは本当にこの頭を撃ち抜きかねないと思ったわたしは、自然と両手があがっていた。
「……メールなんか知りません」
「嘘をついてもいいことはない」
「本当です。わたしがあなたに会ったのは夢の中なんです。さっきのセリフもあなたが夢の中で言ったのを覚えてただけです」
口にしてみるとなんとも嘘臭いセリフに、今度こそ絶体絶命と目をつむる。
「いいだろう」
そこで、アフロ男が快活な声を上げた。
「信じてやる」
わたしはハッと目を開ける。
巨大な頭をワサワサと揺らしながら、アキに向かって「銃を下ろしてやれ」とうながし、彼が表情もなく言われた通りにすると、それからわたしの目をのぞき込んだ。
「どうやらキミには欲しいものがあるようだな。オレたちみたいな怪しい集団にすがってでも欲しいものが」
視界が冴える。
それは、映画館で同じシーンで笑う同志を見つけた時のような感覚だった。
「いいだろう、それを与えてやろうじゃないか」
「本当ですか!?」
嬉しさのあまり、思わず男の厚みのある両肩をつかんでしまう。
「本当だとも。ただ、オレたちへの対価、つまり報酬は高いぞ。それをキミは支払えるのか?」
「そ、それは」
真っ先に脳裏に浮かんだのは、我が家のフロイラインの顔。
昆虫の触角のようにピンと張った眉と目が、頭の中でわたしをにらんでいた。
学費や日々の生活費については、少しも心配はない。
じゅうぶんな保険金を両親がのこしてくれたとかで、わたしが成人するまでの一切の費用はそこからまかなわれることになっている。
ただ、それを管理しているのがお手伝いさんで。
実直な彼女は無駄を嫌い、わたしのお小遣いの使い道にまで目を光らせている始末。
こんな、正体不明の荒くれ者からまさしく夢を買うようなことに、大金を出してくれるはずがない。
「あの……」
わたしはそろそろと男から手を放し、その指を胸の前で組んだり放したりした。
「学校が長期バケーションに入ったら、アルバイトするんで……それまで待ってもらってもいいですか?」
「別にかまわないが、利息はつくぞ。3日で10%だな」
「ええ!?それってわたし、生きてる間に払い終わります!?」
フフン、と横でアキが鼻を鳴らした。
思えば、それが出会ってからはじめて見る、彼の笑った顔だった。
アフロ男はニンマリとして言った。
「じゃあ、こうしよう。今回の仕事に一役買ってもらう。それで、キミからもらう金はチャラだ。自分の欲しいもののためだ。頑張って働いてくれ」