shot 002
「何者だ。何の用だ」
声の聴こえた方向に、黒目だけを動かす。
100センチ以上はあろうかという長い筒状の物体の向こうに、こちらを見据える先程の少年の鋭い目があった。
少年だとばかり思っていたけれど、よくよく見ると、目尻や口元には年齢を感じさせるシワが刻み込まれていて、同年代と呼んでしまうには抵抗がある風貌をしていた。
「……これ、本物ですか?」
銃口を差す指と声が震える。
「ドラグノフSVD」
と、青年は聞いたこともない単語を発した。
黒ずくめの彼と彼が持つ黒い銃と、はるか後ろの入り口からのぞく明るい雑踏とのコントラストが、バカバカしいほどかけ離れて見えた。
「返答次第ではこのまま撃つ。この距離でくらったら、一瞬でキミの頭は跡形もなくなるよ」
「ま、待ってください」
彼のほうに手のひらを向け、わたしは大急ぎで言い訳を考えはじめる。
いや、言い訳なんかいらない、どんな事態であろうと真実はひとつしかない、本当のことを正直に話すべきだ。
「……わたし、あなたと会ったことがあるんです」
新手の逆ナンパのようなフレーズにも聴こえたかもしれないが、ライフルを突きつけられてそんな余裕のある一般人もそうそういないだろうから、信憑性はあると思ってもらえたんじゃないだろうか。
実際、彼は銃の先端をずらした。
「顔をよく見せて」
わたしは手の腹を見せたまま、おそるおそる彼のほうを向いた。
宇宙怪獣の目玉から飛び出たビームのような光の帯が、彼の後頭部をカッと照らし、そこから飛んできたつぶてがわたしの頬をかすめていったのは、まばたきをする間もない一瞬のことだった。
すばやく自前の銃を肩に背負った彼の後ろから、高音のエキゾースト音を響かせ1台のバイクが突進してくる。
ライダーの宙に浮いた右手が持っている物も、今までの生活の中でお目にかかったことのない代物だった。
突然頭の中のスイッチが切れたように何も考えられなくなったわたしのかたわらに、彼が小さくジャンプしてしゃがみこむ。
「起きろ。追手だ」
大男の耳元でそうささやくのと、わたしの脇腹に腕を差し込むのとがほとんど同時だった。
熟睡していたはずの男はのそりと起き上がり、緊張感のない声で「寝覚めがわりーな」とつぶやくと、わたしの顔を見てにわかに目を丸くした。
ひきつった笑顔で「おはようございます」と言ってみる。
男はデカい図体をしているのに、意外にも敏捷な動きを見せた。
持っていた紙パックを豪腕投手さながらに振りかぶって投げ、うなりを上げて飛んでいったそれは、見事にライダーの顔面にぶち当たった。
フルフェイスをかぶってはいたものの、その衝撃と、白い液体に視界をさえぎられたせいで、フラフラとバランスを崩す。
ガッツポーズをした大男と、わたしをかかえたライフルの彼が、そそくさと逃げ出したあとで、まさにそこの壁にバイクが鼻先から突っ込んだ。
「なんで追われるようなヘマをする」
横に並んで走る大男が、こちらを見下ろしながら不平を漏らした。
「何事にもアクシデントはつきものだ。100%の完璧なんてない」
帽子とわたしを押さえて走りながら、クールな声で美青年が応える。
「心に動揺があったからそんなことになる。どっしりとかまえろ。1日は36時間だと思って余裕を持って行動しろ」
「オレは動揺なんてしない」
ジロリと彼が斜め上をにらんだところで、路地が終わり、別の通りに出た。
タイミングを見計らったように、目の前に黒い大型のワゴン車が横っ面を見せて停まり、勢いよくスライドドアが開く。
3人で転がり込むように乗車する。
冷静になるより先に、どうしてこんなことになったのかと考える。