shot 001
一月前と比べて、日が暮れるのが少し遅くなってきていた。
風の冷たさもだいぶゆるみ、やわらかな暖かさは、人々の心をも浮き足立たせはじめる。
夕方の街は、まっすぐ家に帰らない寄り道人で溢れていた。
その人混みの中を、あんな大きな荷物をかかえて、誰ともぶつかることなく彼は進んでいく。
川をさかのぼっていく魚のようだ。
人が多いのは、歩くには邪魔だけど、隠れみのにするには好都合だった。
彼は5メートルほど後ろを追うわたしには、まるで気づかないようだった。
不思議な感覚がした。
先を行く彼は、バッチリひらいたこの両目に確かに映っているのに、なんだかとりとめのない幻のように思えた。
夢の中で会った人物を追うという、非現実的な状況のせいだろうか。
突然、彼があるビルの角を曲がった。
視界から求める姿が消え、わたしは慌ててそのあとをついて、同じように角を曲がる。
にぎやかな通りから一変して、そこは狭く薄暗い路地で。
カラの段ボール箱がひとつ転がっている他には何もなく、先は突き当たりに別の建物の壁があり、そこから左右にまた路地が分かれていた。
彼の姿はどこにもなかった。
かき消えてしまったかのようだった。
わたしはしばらくあっけに取られた。
やはり幻影だったのかと落胆する気持ちが湧き、でもすぐに、いやそんなはずはない、彼は確かにいた、という奮起の思いが胸を満たす。
ぎゅっとこぶしを握りしめ、えいや!と天にかかげてみせた。
自分を信じられなくて、いったい誰を信じられるというのだ。
わたしは路地の突き当たりに向かって、走り出した。
流れる風にあおられて、制服のスカートから太ももがあらわになる。
誰も見ていないんだから、かまいやしない。
彼も、きっとこんなふうにダッシュでここを駆け抜けたのかもしれない。
小柄だったし、身のこなしは俊敏そうだった。
つまり、わたしの尾行はバレていたというわけだ。
ゴールの壁に手をつき、息を整えながら、左右を確認する。
どちらも似たり寄ったりな細い路地。
でも、その左側のほうにだけ異変があった。
天然なのかパーマなのか、頭の2倍はありそうなアフロヘアーの大男が、地面に寝そべって高いびきをかいていた。
冷静に考えなくとも、それはおかしな光景だと思った。
夜にはまだ早い時間に、まぁそれはいいとして、どデカいアフロヘアーをした男が、まぁそれも個人の趣味だから大目にみるとして、ベッドでもない硬いアスファルトの上にじかに寝転んでいる様は、まったく奇妙としか言いようがなかった。
しかも男は、手に500mlの牛乳の紙パックを握っていた。
いったい、いつからここにこうしているのか。
酔っ払って寝てしまったのか、牛乳は酔いざましのつもりだったのだろうか、それとも単なる路上睡眠愛好家だろうか。
何もわからないけれど、この大男を飛び越えて先に進むのは、あの小柄な少年には難しいだろう。
だったら、何も障害物のない右側に向かった可能性は高い。
と、狙う方角を定めたわたしは足をそちらに向けかけて。
立ち止まった。
振り返って、大口を開けて端からキラキラとヨダレを垂らす男を見る。
本当にまったく意識がないのだろうか、ここを走ってやって来た誰かの気配も感じなかったのだろうか。
「……あの、すいませんが」
腰をかがめ、右手でもって男の体を揺すろうとしたわたしの側頭部を。
硬い、黒々とした物体の先端が突き刺してきた。




