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怪盗は二度寝する  作者: チルヲ
2/20

shot 001

一月前と比べて、日が暮れるのが少し遅くなってきていた。


風の冷たさもだいぶゆるみ、やわらかな暖かさは、人々の心をも浮き足立たせはじめる。


夕方の街は、まっすぐ家に帰らない寄り道人で溢れていた。


その人混みの中を、あんな大きな荷物をかかえて、誰ともぶつかることなく彼は進んでいく。


川をさかのぼっていく魚のようだ。


人が多いのは、歩くには邪魔だけど、隠れみのにするには好都合だった。


彼は5メートルほど後ろを追うわたしには、まるで気づかないようだった。


不思議な感覚がした。


先を行く彼は、バッチリひらいたこの両目に確かに映っているのに、なんだかとりとめのない幻のように思えた。


夢の中で会った人物を追うという、非現実的な状況のせいだろうか。


突然、彼があるビルの角を曲がった。


視界から求める姿が消え、わたしは慌ててそのあとをついて、同じように角を曲がる。


にぎやかな通りから一変して、そこは狭く薄暗い路地で。


カラの段ボール箱がひとつ転がっている他には何もなく、先は突き当たりに別の建物の壁があり、そこから左右にまた路地が分かれていた。





彼の姿はどこにもなかった。


かき消えてしまったかのようだった。


わたしはしばらくあっけに取られた。


やはり幻影だったのかと落胆する気持ちが湧き、でもすぐに、いやそんなはずはない、彼は確かにいた、という奮起の思いが胸を満たす。


ぎゅっとこぶしを握りしめ、えいや!と天にかかげてみせた。


自分を信じられなくて、いったい誰を信じられるというのだ。


わたしは路地の突き当たりに向かって、走り出した。


流れる風にあおられて、制服のスカートから太ももがあらわになる。


誰も見ていないんだから、かまいやしない。


彼も、きっとこんなふうにダッシュでここを駆け抜けたのかもしれない。


小柄だったし、身のこなしは俊敏そうだった。


つまり、わたしの尾行はバレていたというわけだ。


ゴールの壁に手をつき、息を整えながら、左右を確認する。


どちらも似たり寄ったりな細い路地。


でも、その左側のほうにだけ異変があった。


天然なのかパーマなのか、頭の2倍はありそうなアフロヘアーの大男が、地面に寝そべって高いびきをかいていた。





冷静に考えなくとも、それはおかしな光景だと思った。


夜にはまだ早い時間に、まぁそれはいいとして、どデカいアフロヘアーをした男が、まぁそれも個人の趣味だから大目にみるとして、ベッドでもない硬いアスファルトの上にじかに寝転んでいる様は、まったく奇妙としか言いようがなかった。


しかも男は、手に500mlの牛乳の紙パックを握っていた。


いったい、いつからここにこうしているのか。


酔っ払って寝てしまったのか、牛乳は酔いざましのつもりだったのだろうか、それとも単なる路上睡眠愛好家だろうか。


何もわからないけれど、この大男を飛び越えて先に進むのは、あの小柄な少年には難しいだろう。


だったら、何も障害物のない右側に向かった可能性は高い。


と、狙う方角を定めたわたしは足をそちらに向けかけて。


立ち止まった。


振り返って、大口を開けて端からキラキラとヨダレを垂らす男を見る。


本当にまったく意識がないのだろうか、ここを走ってやって来た誰かの気配も感じなかったのだろうか。


「……あの、すいませんが」


腰をかがめ、右手でもって男の体を揺すろうとしたわたしの側頭部を。


硬い、黒々とした物体の先端が突き刺してきた。






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