shot 012
わたしたちは、すぐそばの角を曲がってなだれ込むように座り込んだ。
再び出てくるのを牽制するように、角の入り口を銃弾のブラインドが横に走る。
そのボーダーの向こうに、すりガラスの窓が見えて、真っ黒な闇を映していた。
「当たったじゃんかぁ! 何が『まっすぐ前を見て走れば当たらない』!?」
「マグレだ、マグレ。そんなこともある」
背の高いアフロ男を見上げるようにして襟首につかみかかるわたしに、馬でもなだめるみたいに彼は大きな手のひらを上下させた。
「マグレだって、当たったら終わりなんですよ!」
「大丈夫だって。楽観しろ。こういう話がある。恋人の心変わりを薄々感づいている女性がいる。恋人は別れを匂わせる言葉を言うが、女性はそれをジョークにして笑い飛ばす。また会いたいから、気まずくならないように大事なことは冗談にしてしまう。泣ける話だろうが」
「言いたいことがわかんないよ!」
「待ってろ。じゃあ違う話を考える」
「どうでもいいけど、あっちがあれだけ撃ってきてるんだから、こっちも応戦しようよ。何のためにそんな派手なもんかついでるんですか」
「バカやろう、こんなもんぶっぱなしたら相手が死んじまうじゃないか。向こうはこっちにケガもさせられないでいるのに、フェアじゃないだろ」
「バカはどっちだー!」
銃撃はあいかわらずやまないが、なぜか追手に近づく気配は見られない。
わたしは、とうにマシンガンを下ろしたアフロ男の肩の向こうを見る。
そちら側にも、まるで深夜の病棟を思わせる薄暗い通路が伸びていた。
「ね、だったら、あっち逃げようよ。誰も来なそうだよ」
指をさしてみせると、一応はそっちを見たがすぐに却下された。
「ダメだ。あっちはさっきの部屋に戻っちまう」
「じゃあ、どうすんの。ここにいつまでもこうしてらんないじゃん」
わたしは座りながら地団駄を踏んだ。
「そうだなぁ」
ふわ~あ、とアフロ男が大きなあくびをしながら、ぐんと伸びをし、信じられないことを言い出した。
「眠くなったな」
「え、冗談でしょ?」
「少し寝るわ。状況に変化が見られたら起こしてくれ」
彼はすでに寝やすい体勢を模索しはじめていて、眠る気満々だ。
「はぁ?」
わたしは怒りたかったけれど、それよりも、こんなところでこんな状況で置き去りにされる心細さのほうが勝って、うまくできなかった。
そうこうしているうちに、アフロ男は壁にもたれていびきをかきはじめてしまった。
はじめて会った路地裏でのことを思い出す。
場数踏みすぎるのもどうなの? とわたしは路頭に迷う猫になった。
しかし、その時がやって来るのには、さほど時間を要しなかった。
風がなぎるように、乱発されていた銃の音がやんだ。
真夏の蝉たちが、何かの拍子に一斉に息をひそめるようでもあった。
それは、不気味さよりも、むしろ清々しさを感じさせるほど。
わたしは言われた通り、アフロ男を起こそうとその肩を揺する。
「なんか、静かになったけど」
ほんの短い間に本当に熟睡していたらしく、彼は眠そうな目をこすりこすり、引きはがすようにして背中を壁から離す。
そして、ニヤリと笑った。
「よし、来たな」
「え、来たって何が」
質問に答えるより早く、四つん這いになってアフロ男はそろりと角から顔を出す。
すぐにもその大きな頭を銃弾の針がつらぬいていくんじゃないかと不安に襲われたけれど、そうはならなかった。
「見てみろ。スナイパー王子のお出ましだ」
アフロ男は愉快そうに言う。
いったいどういうことなのかと、わたしも彼の肩口から顔をのぞかせた。
すると。
それは銃撃音にまぎれて聴こえなかったのか、それとも異常事態に精神がパンク状態で気づかなかったのか、あるいはそのどちらともか、長い廊下に連なったすりガラスの枚数の半分が割られており。
床には砕けたガラスが散乱し、そのガレキを一筋のまばゆいスポットライトが窓の外から照らしていた。
外の風景に目を凝らすと、わたしたちがいる建物を取り囲む白い塀の上から、アキがライフル片手にこちらに狙いを定めているのがわかった。
月明かりを背中に背負った彼は、ひるがえる黒いコートがラメを散りばめたマントのようにも見え、本当に王子様のようだった。
「アキぃ!」
許されるなら、今すぐにでも走り寄っていって抱きつきたい気分だった。
離れた場所にいるし、お互い建物の中と外だから物理的に不可能だし。
そんなことをしたら、まず間違いなく、わたしがいちばんに頭を撃ち抜かれるだろうけど。
本当に無事だったって事実を、この目から実感として取り入れることができて、わたしは心の底から安堵して、また涙が出そうになった。
「ほら、行くぞ。今なら追ってこない。アキが足止めしてるからな」
「で、でも、撃たれるかも」
アフロ男は愛用の銃を肩にかついで笑う。
「撃てるもんならとっくに撃ってる。弾切れだ。弾数があるうちにオレたちが降伏すると思ってたんだろうな。これだから素人はいかん」
廊下の後方を見ると、スーツ姿の男たちが苦虫を噛みつぶしたような顔でなす術もなく立ち尽くしていた。
その中には、あの鷹のような目をした男もいた。
何者なんだろう、と思った。
彼も、そしてあの先生も。
わたしを脳の研究の実験体にしようとした、らしい。
ということは、ここはそういった類いの研究施設なのだろうか。
『タバサ』はUSBメモリーから情報をかき集め、ここにたどり着くことができたと言っていた。
その中には、あの先生たちについての情報もあったという。
それは、わたしが訊いて教えてくれる程度のものなのだろうか。
「行こう」
デカい背中のアフロ男のあとをついて、わたしは駆け出した。




