1.始まり
ロボットバトルがやりたくなった。
今回も裏でダイスを振って主人公たちの能力を決めています。
詳細は、活動報告にて。
「はあ……」
今にも雨が降り出しそうな曇天の空模様。
加えてどこまでも広がる荒廃した大地。
これが本当の意味での何も無い荒野なら、もう少しすっきりした光景となるのだろうか? だが、あいにくと周囲に目を凝らせばまるで石碑のように崩壊したビルがぽつぽつと並び立っている。
まるで墓場のようだと、架空世界であるにも関わらず鬱屈としたその光景に、天野・蜜樹は盛大にため息を吐いた。
「折角の初陣がこんな悪条件とか……わたしってば呪われてますかー?」
そんな悪態を吐きながら蜜樹は再度ため息を吐きつつ、時間潰しにと手元のデバイスを操作して自身の状態を外部カメラで確認する。
第三者の視点から蜜樹が見るのは、一片の光すら差し込まない地に二機の鋼が鎮座している姿。
その内の一機、灰色を基調とした鋼鉄を纏った人型だ。
それは現実世界より更に未来の架空世界を舞台とするVRMMO≪ブレイク・オブ・オブリビオン(B.O.O)≫において≪戦術殻≫と総称される兵器。
蜜樹は二足歩行の肉食獣を思わせる力強いフォルムとスマートさを感じさせるその鋼――――自身の搭乗する機体が嫌いである。
男子の感性ならば格好良いと呼べるのかもしれないが、獅子とも虎とも呼べないその凶悪な面構えは、まだ十二歳の少女としてはとても受け入れられない。
ましてや、いかにも悪役やってますと主張するようなこの機体が、自分の思想・思考を精査して生まれたものだと言うのだから尚の事。
「まったく……どこのラスボスだってんですかあ?」
「――――まぁだ拗ねてんの蜜樹?」
「むう……」
ぶつぶつ愚痴る彼女に対して茶化すかのような声で通信が入る。
通信元は自身のすぐ隣。
緋色を基調とした戦術殻からだ。視点を自機から緋色へと移す。
それは蜜樹の鋼とは真逆だった。
女性の理想形を象徴するかのようなスレンダーな機体。
初心者である蜜樹には分からなかったが、その装甲は極限まで薄く重要部分にしか存在していない。その分、圧倒的な運動性を発揮できるように調整されているのだろう。
一切の無駄を省き、目的とする能力だけを追求したからこそ会得した、まるで刀剣のような機能美。
陽光。戦乙女。
それが蜜樹の実姉である天野・柑奈の戦術殻。
「――――やっぱ綺麗だなあ」
蜜樹が自分の鋼を嫌うもう一つの理由。
それは、自分の思い描く理想形が身近に既に存在しているからである。
「へへ、ありがと――――でもさ、アタシは蜜樹の機体も悪くないと思うよ?」
「それは持てる者の傲慢というものです」
「いやいや、アタシは結構好きだけどねー」
はいはいと軽く流すが、柑奈の言葉は本音だろう。
他人を誤魔化すのが苦手……というより出来ない、そんな姉である。
だから傲慢云々はただのやっかみというものだ。
姉のそんな部分が蜜樹には眩しくて、だからこそ――――それに嫉妬している自分が嫌いだ。
(そんなだから、私の機体はこんななんですかねー)
柑奈には気付かれない程度に自己嫌悪し、同時に警告音が操縦席に鳴り響く。
思考が下落気味だった蜜樹はびくりと身体を震わせるが、すぐさま状況を把握する。
「て、敵ですか!?」
「ああ、奴さんら、ようやくお出ましみたいだねえ」
先程まで自分たち以外には無人であった荒野に、次々と反応が現れ始めている。
十、二十……鼠算式に増えるその反応は、わずか十秒足らずの間にモニターを埋め尽くし、その規模は三百を越そうとしていた。
「あっはは! いいねいいねえ、千客万来って奴かい!」
「……いやいや、ちょっとこの数は――――」
楽しげに笑う姉とは裏腹に、蜜樹はその数に顔をひきつらせる。
東西南北、加えて上空。
もし外部から観察していたなら、姉妹二人を包囲するようにドーム状に敵が出現しているのが確認出来ただろう。
反応を計測してからちょうど一分。その時点での敵数はおよそ――――
「おおざっぱ、概算で一万ってところだね」
「――――」
一万対二。それでも、まだまだ増え続けている。
蜜樹は絶句する。その圧倒的な戦力差と、それを楽しげに語る姉の気楽さに。
そして気付く。幾らなんでも、これはおかしいという事に。
「お姉ちゃん? このミッションって……」
「え? 勿論、最高難易度のチーム戦に決まってるじゃない」
再度、蜜樹は絶句する。
後に攻略掲示板で確認したが、このB.O.Oにおける最高難易度は上級者が万全の状態で挑んでようやく攻略できるレベルであり、チーム戦は通常予備人員を含めた十機編成がお約束である。
だが、その情報を知っていようといまいと、蜜樹の心中はこの一言に集約された事だろう――――この姉は何を言っているのだろうかと。
「あのね、お姉ちゃん頑張って考えたんだけどね、蜜樹には早く強くなってほしいけど、機体を強化するにもマネーは必要だし、経験値も欲しいし、戦場の醍醐味も味わってほしいなって」
「……ほう」
なら、どうすれば良いか。
柑奈が出した結論は一つ。
「最高難易度のミッションをやれば、一度に全部解決出来るよね? 稼ぎ放題だよやったね!!」
「――――」
ああ、この姉に悪気は一切無いのだろう。
柑奈は心底から、妹にこの世界の楽しみを知ってもらいたいのだと、そう思っているのだ。
だとしても、だからこそ蜜樹は叫ばずにはいられなかった。
「こ、このバカ―――――ッ!!!!」
「あっはっはっは!!!」
その後、天野・蜜樹はこの地獄のような戦場で、憧憬とトラウマを同時に植え付けられ、B.O.Oから距離を置くことになる。
これは彼女が中学に上がる一年前の話であり、姉である柑奈が東北地区チャンピオンとなる僅か三ヶ月前の話である。