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霧のエンブリオ  作者: 氷室夕己
第2章 精霊士のお仕事
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後輩精霊士からの質問

 ミストがエンブリオ島にやってきて数日経った。

 私、セピア・アルカは後輩という存在に慣れ始めたが、まだ不慣れなところはある。

 それでも先輩として頑張って振る舞いたい。多少の無理をしてもだ。

 名目上は精霊士だった私は格好だけでもフェザーズハウスに通っていた。

 勿論、仕事はない。

 フェザーズハウス自体が「何となく精霊士が集まった」ものなのでフェザーズハウスに通う義務もない。

 それでも私はフェザーズハウスに通った。

 車椅子の私が家に居ると家族に気を使わせてしまう。それが申し訳なく思ってしまうからだ。

 家族を嫌っているわけでないが、家族なんだから気遣いはいらない。

 だから仕事も無く、誰かが居るわけでもないフェザーズハウスに通った。

 天気の悪い日や、図書館や買い物に行く日は来なかったり、来たとしても午後になることが多いが、なるべく行くようにはした。

 

 孤独だったわけではない。

 三賢者の誰かが息抜きに来ることもあるし、例の新聞記者が茶葉と菓子を掻っ攫う為に来る時もある。

 私自身、フェザーズハウスを留守にして出かける時もある。

 だから孤独を望んでいたわけでも、孤独だった訳でもない。


 孤独では無かったはずなのだが……後輩であるミストが来てみると騒がしくなるものだった。

 数日前までの一人の日々が孤独だったことを、今になって知るのである。

 ミストはフェザーズハウスの二階に住んでいるので、私がフェザーズハウスを訪れる時は大抵、ミストが出迎えてくれる。

 扉の鍵を開ける機会はなくなった。


 魔法の使えないミストは魔法仕掛けの鍵を開けることが出来ないが、精霊術で施錠、解錠をする事は出来る。

 魔法よりも精霊術の方が都合の良いミストは、無許可で扉を精霊術仕様に変更した。

 もとよりフェザーズハウスは公的な施設ではないし、今となってはミストの住居なので勝手な仕様変更に文句を言う人は誰も居ないが大胆な行動である。

 魔法仕掛けの扉は、魔力の波長を予め指定しておくことで開けられる人間を指定できるのだが、魔法よりも汎用性に劣る精霊術では無理だ。

 そのため、フェザーズハウスは現在、魔法では突破できない扉になっている。

 少なくとも私では突破できない。三賢者なら力業でなんとかなるかもしれないが……。


 鍵かかかっているとはいえ、島に不慣れな上に、財布を持っていないミストが一人で出歩くことはまず無かった。

 何らかの食料や物資が無くなったとしても、ミストは私の到着を待つ。私がフェザーズハウスに顔を出したら一緒に買い物に行く……その流れだった。

 外来人というだけで注目の的なのに、精霊士という特殊体質……さらに容姿も人の視線を集めるものなので、パレードの一団を見るような視線を強く感じる。

 私自身、精霊士だったので周囲の眼差しを受ける時は多かったが……ミストが絡むと一層と濃くなる。慣れるまで時間がかかるだろう。


 そんなミストだが、昨日になって大きく暮らしが変わったところがある。

 昨日、クローブがミストに今月分の小遣いをやった。

 正確には小遣いでは無く、精霊士としての給料……そしてエンブリオ島民に付与される生活費が加わったものだが、まだ仕事を一件もこなしていないミストは「お小遣い」と呼ぶことにした。

 買い物程度なら魔法を必要としない。それに、大まかだがオレンジストリート近郊の地理も覚えたので迷子の心配も無い。

 これからは私がフェザーズハウスに訪れてもミストが不在……そんな状況もあり得る。


「なので、精霊術でセピアさん用の鍵を作りました。コレをドアノブに近づければ鍵は開きます。閉める時も同様です」


 フェザーズハウスに着くなりミストは紅茶と共に鍵を渡した。


「近づけるだけで開くなんて便利ね……」


 眠そうなミストを見ると、コレを作るには苦労した様子だった。苦労したとはいえコレを作るには高度な精霊術が必要だ。数日で作ってしまうとは驚きである。


「金精霊を仕込んでいます。金精霊が弱い時は反応が鈍いかもしれませんが……」


 最後に後々改良するかもしないと付け加えた。

 鍵と言って渡されたそれは金属の輪っかから棒状の突起が伸びているオーソドックスな見た目をしていた。

 近づくだけで開くような特殊仕様とは思えない普通の見た目だ。

 ミストは少し変なファッションをするが、鍵の見た目はさほど変では無い。

 私自身がミストのファッションに慣れてきた部分もあるが、やはり本日のミストも少し変なファッションだった。

 薄いピンクを基調にした服は、ミスト用に特注したのではないかと思うくらいにウエストを限界まで引き締めて作られており、ミストの女性特有シルエットを強調していた。生地の端には漏れなくフリルが敷き詰められ、何だか騒がしい。

 薄紫のプリーツスカートには小さなリボンが規則正しくも大量に付けられている。スカートの丈は少し短めだった。

 不必要なまでに丈の長いソックスはニーハイソックスと呼ぶらしい。

 これまで、ミストの服には”少し変”という共通点があるが、同じ服を着ている所は無い。もしかすると着かたを工夫することで同じように見せないようにしているのかもしれないが、あまりにもバリエーションが多い。

 来当時、ミストは大きめとはいえキャリーバッグ一つで来島したが、とてもソレに収まるようなものでは無い大量の服を持っている……気がする。


 そんな服装のミストが割と普通の見た目をしている鍵を作ったのが意外だった。まぁ、物理的な鍵自体がエンブリオ島では見かけないので鍵に関する普通の見た目がよく分からないのだが……。

 しかし、合鍵を貰っておくことに越したことは無い。大抵はフェザーズハウスに出向く私なら使う機会も多いだろう。


「うん、ありがたく頂くわ」


 先日貰った紅葉形のアクセサリーを鍵にくくりつけて無くさないようにした。

 無くしたら新しい物を作ってくれるだろうが、作るのに苦労している様子だったし、後輩の手を煩わせたくない。


「それにしても鍵を作るって……こんな繊細な精霊術がよく出来るわね」


 鍵をマジマジと見る。普通の金属棒に見えるが、鍵と言うからには精密なのだろう。


「そういえば、セピアさんって昔はどんな精霊士だったのですか? 一年くらい前まで精霊術を使っていたと聞きましたが……」


 なるほど~、そうきたか。

 そう思いつつも、質問の内容自体は対して驚きはしなかった。

 私が元精霊士であることはミストも知っている事だが、ミストはそれを見たことはない。そうなると何時かは必ず訪ねてくる質問だ。

 まぁ、精霊士としての評価を自分自身で行うというのは……ちょっぴり恥ずかしい。

 だから自分自身の意見ではなく、他人から言われた言葉を引用することにした。


「昔、精霊士だったお爺ちゃんとお婆ちゃんには”万能”って言われたわね」


 木、火、土、金、水……五種類ある精霊を私は全て使えた。

 万能……自分で言うのも何だが、その通りだ。

 本来は木精霊に好かれる人間で、最も扱えるのも木精霊……だけど他の精霊も物質化できるくらいには扱える。

 精霊士として万能だったからこそ、高齢化に伴う精霊士不足を今まで補えた。

 逆にそのせいで周りは精霊士不足を深刻な問題として考えていなかった。


「精霊全部使えるなんて凄いですよね。ボクなんて金以外の精霊は動かすくらいが精一杯で物には出来ませんよ」


 ミストはこう言うが、動かすだけでも凄いと思う。

 先代の精霊士の中には専門以外は見えない上に使えない人もいた。


「私も専門は木精霊だったから……他の精霊は細かい事は出来なかったけど」


「それでもすごいですよ、先輩として尊敬するし憧れます」


 あぁ、なんて嬉しいことを言ってくれるのだろうか後輩ちゃんは!

 先輩として憧れるなんて後輩から言われたら先輩としては、たまったものじゃないよ!

 思う、正直に思う。

 こんなに可愛らしくてこんなに先輩を尊敬してくる後輩を持てて本当の本当に幸せだと……そして欲張りを言えば、ミストに手とり足とり精霊術を教えたかった。

 でも、ミストに精霊術を教える必要は無かったのかもしれない。

 ミストは既に精霊術を十分に扱えたからだ。

 ちょっぴり……いや、かなり残念。


「精霊士の皆からは私に集まる精霊を見てこう言ったわ……”お花畑の緑色”ってね。木の精霊が一番集まっているけど、他の色も集まっている。そんな感じの色」


 しかし、今はそうではない。私は精霊に嫌われてしまった。

 ミスト曰く、自分の周りだけ穴があいたように精霊が居ないのだそうだ。

 精霊士であろうと、精霊士でなかろうと、生命には精霊が付きまとっている。

 それなのに自分の周りだけ精霊がいない……これが今の状況。

 精霊士ではないという状況だ。


「セピアさん、今のセピアさんには精霊が付いていません。でも多分、多分ですけど一時的なものです。だから多分……、そのうち精霊は戻ってきます」


 ミストは”多分”という単語を何回使っただろうか?

 少し、いや……かなり不安だが、現在の精霊士であるミストが言うのだから信憑性がある。

 実際、精霊はちょっとヤキモチ焼きだ。

 私が精霊に対して五股もかけていたので妬いたのだろう……もしそうならば時間が解決してくれるかも知れない。

 だからミストの時間が経てば戻ってくるという話は信じられた。

 少なくともシクータの予言よりかはマシだ。


 ドンッドンッ!


 フェザーズハウスの扉から音が聞こえた。

 勿論この音はノックの音だ。

 このやたらと激しく、力強く、無駄に力を浪費しそうなノックをするのは、自分の知る限り彼女しかいない……ちょうど今、頭の中に思い浮かんでいた人物だ。


「うっす、精霊士さんは居ますかぁ」


 この気だるい口調は間違いない。中に入ってきた彼女は、いつもどおりのボサボサで、手入れの行き届いていない赤髪を手でクシャクシャ掻きながら入ってきた。

 散髪に行く寸前なのだろうか、髪は腰まで届くほどに長い。服装もいつもどおりヨレヨレで「服は体温を守るためだけにある」と言いたげだった。

 是非とも彼女には毎日過剰な程にオシャレをしているミストを見習ってもらいたい。


「シクータ、久しぶりね。半月ぶりかしら?」


 彼女の名前はシクータ……こう見えて三賢者の一人でエンブリオ島の予言者だ。

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