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霧のエンブリオ  作者: 氷室夕己
第1章 ミスト来島
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(EX)魔法の城

 魔法の島の中心には城が建っている。

 正確には城では無いが、その見た目により島民からは”城”と呼ばれている。


 エンブリオ島にある唯一の玄関口、ネイブル駅。ここから西に延びるオレンジストリートを終端まで進むとパレット広場が広がる。このパレット広場には図書館や病院など、島の中枢とも言える建物が揃っている。その中で役場や政治などの機能を担うのが城だ。


 城のような見た目は増改築の末になったもので、元は監視塔……だから塔のような建物だった。

 今では左右非対称、色や雰囲気の統一もされていない……そんな不格好で変わった建物になっている。


 城の一階部分は役場として使われている。住民達が諸々の手続きを行うためにやってくる。一階から上は議会場や資料室、三人居る賢者の住居スペースもある。ここは一般人立ち入り禁止だ。城には地下もあるが、こちらも一般の人は立ち入る事が出来ない。


 今日は城に人が良く来る日だ。

 今日は電車が来た翌々日、次の列車の注文を受け付けが始まる日だ。

 流石にエンブリオ島だけでは自給自足は出来ないので輸入品に頼っている。城などの公的機関から注文品は勿論、中には島民からの注文品も含まれる。


 人や物資の過剰な行き来を避けるため、列車はなるべく本数を減らして運行している。

 具体的には皆からの注文品が列車の積載量ギリギリになると運行する。

 だから列車は不定期運行、なので注文したところでお届けが何時になるかは直前まで分からない。

 すぐに注文品が来るわけでは無いので、注文を急ぐ必要は何処にも無いのだが、島民は「少しでも早いほうが良いと」思っているのだろう。

 受付開始当日は城に人が多く来る……城としてはかき入れ時だ。




 そう……今日は人が多い。

 人が多いから私は二階から一階に降りる階段で立ち往生していた。


「人が多く居る中で帰りたくないですね……」


 人が多すぎて前に進めないわけでは無い。そんなに人が集まるほど城は忙しいわけでは無い。

 ただ……私はいろいろな人に顔が割れてしまっているので出にくいのだ。


「あっ、ルーフベルトさん。こんなところで何をしているんですか?」


 ほら、こうなってしまう。

 声をかけてきたのは城の職員だ。彼の名前は覚えていないが、顔は覚えている。たしか……事務職員だ。城には基本、事務職しかいないから事務職員で間違いない。


「十人議会の他の九人はもう帰ったみたいですね。残りはルーフベルトさんだけです。何か用事があって残っているのですか?」


 用事があるわけじゃ無い。

 用事が無いから時間を持て余し、どうにか潰そうとしているわけだ。

 十人議会の代表……目立ってしまう立場の私が、この人混みの中を通ると、私は何回「こんにちは」の挨拶をしなければならないのか……これが面倒なので立ち往生しているのだ。


「あぁ、分かりました。外から来た精霊士の件ですね?」


 外から来た精霊士? そういえば三賢者が最近、やけに騒がしかった。

 さらに記憶を遡れば、精霊士が居なくなったから島の外で人材を探し、招こうという話があったような気がする。


「精霊士さんは昨日の列車で来たみたいですね。落ち着いたら住民手続きをしに来るとクローブさんから聞いていますが……少なくとも私はまだ会っていませんね」


「精霊士なら一人居たような気がしますが……何故、外から連れてくる必要があるのですか? 島の基本理念に背くと思いますが……」


 魔法文化を守るために異文化の侵入を阻止する。これが魔法文化保護島の基本理念の一つだ。それから大きくそれるような行為を三賢者や島の外が行うとは思えない。


「早くもボケてきちゃいましたか? 木精霊士が精霊術を使えなくなったって大騒ぎしていたじゃ無いですか。それから精霊士が見つかったから来島するようにって……十人議会でも議論したのでは?」


「……そ、そうでした。ボケている訳じゃ無いです。冗談……これはただの冗談です」


「冗談はもっと上手く言いましょうよ。来島初日はバタバタしていたでしょうし、昨日も来なかったという事は、精霊士は今日来ると言う事です。まぁ、別にいつ来ても構わないですし、こっちとしては事務作業が落ち着く明日にして欲しいところですが……多分、今日来るでしょうね」


「…………」


「ルーフベルトさんは精霊士の出迎えのために待っていたんですよね? エンブリオ島のトップたる人なんですしねぇ……偉い人は色々大変ですね。挨拶の連続で……」


 違う……そもそも私は挨拶ゴトが苦手だから避けたいと思っている。

 しかし……ここは話を合わせていた方が都合が良いかもしれない。私は頷く事で答えた。

 精霊士の出迎え……人々から挨拶の波を避けるために、私はここで立ち止まっていたのだが、新しく来る精霊士……ビッグな人と挨拶する羽目になりそうだ。

 このまま大人しく早く帰った方が良かったのかもしれない。


「あれ……あの娘じゃないですか? 見た事無い女の子です。きっと噂の精霊士ですよ」


 役員が勝手に噂の中心にしていた精霊士とやらが来たようだ。

 精霊士との挨拶は避けられそうにない。


 職員が指さす方向に車椅子に乗る木精霊士がいた。流石に木精霊士は何度も合っているから一目見ればわかる。

 そんな木精霊士が座る車椅子を押している少女がいた。外から来たという精霊士は彼女の事だろう。

 背の低さから考えて十歳前後といったところ、その割に落ち着いている。

 服装は紺色の落ち着いたブレザーと裏地にレースがあるスカート、少し異質な服装だった。

 髪は紺色に見えた。城にある照明が髪の存在感を増殖させている。

 ……何というか、変わった少女だった。


 二人は私たちと反対方向に進んだ。別の職員が応対に当たっている。住民手続きは彼女がやってくれるそうだ。

 このまま行くと、挨拶無しでこの場を凌げそうだ。


「挨拶するんじゃ無かったのですか?」


「…………あぁ」


 やっぱり、避けられないのか……この運命には……。

 挨拶一つで終わる。実に簡単な仕事だ。

 簡単だからこそ、次から次へと挨拶の波が来る……来る波は一つでも減らしたい。私は一人の時間が欲しい。

 しかし、事務職員にここまで持ち上げられてしまうと……波にぶつかるしかないようだ。


「そうですね。簡単ですが挨拶しましょう」


 少し手間の手間だ……そう覚悟を決めて、私は二人の精霊士の元に近づく。

 丁度、向こう側も書類手続きが終わったようだ。

 どういった書類なのかは知らないが事務員達が処理してくれるだろう。私が目に通す必要は無い。目を通す必要があったとしても覚えておく必要など無いし、サインをしろと言えばサインをすれば良いだけの話だ。


「あら、ルーフベルトさんだわ」


 木精霊士の方から声をかけてきた。


「エンブリオ島のトップ直々にご挨拶とは……ご丁寧に」


「この人が島の代表なんですか?」


 どうも新米精霊士は三賢者の誰かが島の代表と思っていたらしい。

 これには同感だ。私だって島の代表は三賢者であるべきだと常々思っている。彼らは三百年以上生きており、その力や知識は一般の人たちを軽く凌駕している。三人とも方向性は違うがカリスマ性もある。

 リーダーにはうってつけなのだが、三賢者全員が代表をやりたがらない。

理由は多数あるらしく、「時に外に出向く事もあるようなポジションに老化しない我々が着くと外交面で混乱しかねない」だとか、「年長者は政治から引き下がるべき」だとか、「我々の仕事は超魔力の行使であり、人の先導ではない」だとか……そんなところ。

 

 エンブリオ島では選挙にて選ばれた十人が行政を取り仕切る。

 住人の内の十人が議会を開くから”十人議会”……何とも洒落が効いている。

 議員の任期は四年、二年に一度、議員の半数が選挙によって入れ替わる。この選挙の後に代表選挙が行われ、十人の内の一人が”十人議会代表”……つまりエンブリオ島のトップとなる。

 現在の代表者は何故か私……しかも二年任期のはずの代表を二期連続でやる羽目になってしまった。

 

 私は本来、仕事は嫌いな方だ。仕事せずに暮らしたいと思っている。

 ところが教室時代に「掃除当番をしなくて良いから」という理由で学級委員長になったところ、卒業後に工業地帯の運営に招かれてしまった。そこでは適当に働いていたはずなのだが、周囲から推し進められ十人議会に立候補する填めになり、気がついたら議長の椅子に座っていた。

 未だにこの仕事に慣れていないが、政治には参加しないとはいえ、相談くらいなら三賢者は乗ってくれる。

 だから私は毎日、彼らに助言を求めている。


「ライム・ルーフベルトと申します。一応、この島の代表です」


 適当に挨拶した。島の代表者なので時に外の人間と会う時がある。その時は上記の挨拶をすれば大抵、上手く話が進むので私は愛用している。


「ボクは日比谷ミスト、精霊士として島の外から来ました。エンブリオ島の代表、ご挨拶ありがとうございます」


 小さい見た目の割にしっかりした挨拶だった。


「…………」

「…………」


 そのままで居れば大人しくて可愛らしい少女だと思ったのだが、妙な視線をこちらに向けてくる。その目は子供が親を見るような目には見えない。


「何か?」


 聞いてみるが答えない。

 先輩精霊士も不思議そうに小さな精霊士を見つめてきた。


「何でもありませんよ。ただ、ルーフベルトさんだけがボクを”割と普通”に見ているような気がしましたので……。代表ともなると大変ですね”何も知らないボク”にまで挨拶をしなければならないとは」


 まさか……私が外から来た新米精霊士について”何も知らない”事を見破っているのだろうか?

 それとも……エンブリオ島について”何も知らない”自分に挨拶をした事を感謝しているのだろうか?

 異様だ。大きな瞳に小さな体、一見すると子供に見える。

 日比谷ミスト……この少女を子供扱いするのは危険なのかもしれない。

 正直、彼女の瞳は何処まで見通すのか……。


(私が一番苦手なタイプだな……)


 その後、簡単な会話だけをして精霊士二人とは別れた。そのままフェザーズハウスのある東へと向かう。

 私も自宅に帰るべく、城から出て南に向かった。

 今までの精霊士もそうだったが、精霊士は他人とは違うところを見る。言動も他者とは違うところがある。心を見透かされるのは……恐怖でしか無い。

 この精霊士も同様、見た目に反して侮れない。見た目以上に内面は大人だ。


「子供とみると痛い目に遭うタイプですね……あれは」

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