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霧のエンブリオ  作者: 氷室夕己
第1章 ミスト来島
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新米精霊士への取材

 新聞社、世の中というものを具現化する魔法のような存在、エンブリオにも週間ではあるが新聞を書いて刷って売る人が居た。


 彼の名はタイム・チャーゴ、島にいくつかある新聞社の一つ、”コウヨウ新聞”の記者である。

 頭にかぶるのは少しだけサイズの大きい革製の帽子、茶髪の髪の毛はトゲトゲしている。服装は夏場なのに寒がりなのか長袖だった。

 歳は一般的に見れば社会に出たてといったところだが、エンブリオ基準では立派な大人である。


 人口が千人ほどのエンブリオ島では、全ての人間がエンブリオで生まれ、育ち、そして死んでいく。

 島の外が魔法では無く、科学や工業技術で暮らしているのは知っているが、具体的にどのような暮らしをしているのかは新聞記者であるタイムも良く知らない。

 島の外の憧れた事は一度も無いが、興味はある。

 そんなタイムはある日、外から人が移住してくるという情報を掴んだ。このニュースを最初に発信したのは彼である。


 島の外から人が入ってくるのは初めて……これは三賢者からの裏付けも取れている。

 移住者は精霊士、女性、木精霊士であるセピアよりは年下……以上だ。

 エンブリオ島は人や情報を入れず、出さずが基本なので情報が限られている。

 いつ来るのかは不明だった。フェザーズハウスがリフォームされたのに半年近く音沙汰が無かった。

 自体が動き出したのは数日前、城や保安局が慌ただしい様子だった。

 更にセピアが意味深な発言をしていたので来島は近いだろうと思っていたが、どうやら昨日の列車で来島したらしい。

 別の記者がネイブル駅で”見た事無い少女がクローブと共にいた”所を目撃した。

 ホットな話題は直ぐに食いつきたいタチだが、残念な事にコウヨウ新聞は週間なのである。

 いくら早く取材したところで記事になる日は繰り上がらない。

 なので慌てずに取材は来島の翌日にした。


「一週間ぶりかな? 少し久しぶりだ」


 フェザーズハウス、精霊士の溜まり場である。

 今の時間だったらセピアも来ているだろうし、話はスムーズに運ぶだろう。


「あぁ、タイムじゃない。久しぶりねぇ」


 いくつかあるティーテーブルの内、一番手前に車椅子に乗ったセピアの姿があった。

 そしてその奥、やたら眩しく見えると思ったが、その光の正体は何と人だった。

 服装は紺のノースリーブ……そして二段フリルのスカートだ。首元にはやたらデカイ円盤状の装飾をつけたネックレスを付けている。

 エンブリオだったら間違いなく浮く服装だ。外ではこのファッションが流行っているのだろうか?

 服装も服装だが、身なりも身なりだ。

 顔は丸く、目は大きく、髪は光に過剰に反射し、そして……そして異様なまでに背が小さかった。

 車椅子に座るセピアと比べてみてもやっぱり小さい。


「ミスト、彼はタイム。タイム、えぇ~とぉ。……えっと」


「タイム・チャーゴ、記者だ」


 まさかセピアの奴、俺のフルネームを覚えていなかったのか?

 彼女とは俺が記者になった頃からの付き合いだ(但し、取材対象として)。 それなのに、それなのに彼女は俺のフルネームを覚えていなかった……ファーストネームを覚えていた事だけは褒めてやろう。


「ゴメンゴメン、久しぶりに会ったものだから忘れていたわ」


 合っていなかったとしても一週間程度だ。フルネームを忘れていたのは、決して時間のせいではないような気がする。

 忘れたとかそういうのじゃなくて最初から覚えていなかっただけだと思う、絶対に覚えていない。


「あなたが来た理由はミストでしょ? 彼女がそうだわ」


「は、初めまして日比谷ミストです」


 白い指に折れるんじゃないかと心配になるくらいの腕がしゅるしゅると伸びていく。

 俺は記者という仕事柄、様々な人に会ったし握手も交わしてきた。だけど……ここまで握手に緊張したのは初めてかも知れない。

 手は少しだけ冷たかった。


 どこかで時計の針が進む音が聞こえた。その音で妙に俺はタイミングが掴めたのかインタビューを開始した。


「早速だがミスト。外からきた精霊士として幾つか質問がある。ズバリ外ではどんな暮らしを……」


「あ~、ちょっとタイム……ソコはNGよ」


 ミストの代わりにセピアがNGを出した。

 エンブリオの人間にとって、島の外は完全に未知の領域である。

 外から来た人間に聞きたいことと言えば、勿論外の暮らしだ。

 だがその質問は遮られた……これは予想の範囲だ。実際セピアも一年ほど前に外に行ったが、帰ってきたあと、俺のどんな質問にも答えることはなかった。


 暫しの空白の時間、ここで時計の針の音が聞こえた。それでまた時が動き出す。


「だよなぁ……だがソコは予想済みだ。じゃあ逆に聞いてみよう、エンブリオについてミストはどれくらい知っている?」


 この質問にミストは首を斜め下に動かした。実に微妙で曖昧な返答だ。

 ミストは昨日エンブリオに到着したばかり、エンブリオで外の情報が得られないのと同様、外でエンブリオの情報を得るのは難しい……だからミストがエンブリオに対して、無知であるのは当たり前だ。


「エンブリオ島は魔法の島だ。これくらいはミストでも分かっていると思う」


 一瞬だけミストの顔が動いた。多分だけど縦方向だ。


「魔法というのは簡単に言えば“命の力”を別の力に変える技術のことだ。エンブリオの住民は魔法を使って明かりをつけたり、風を操ったりして暮らしている」


 魔法は古くは世界中で広く使われていた技術だ。しかし、今ではエンブリオを除いて衰退している。

 俺のようなエンブリオの住民にとって魔法はなくてはならない存在、だけどエンブリオの外の人からすれば寧ろ邪魔な技術だ。


「命の力というのは動植物、土、水とか様々だが、魔法を使うには必ず、自分自身の命も使う。それが魔法を衰退させた要因だ。科学や工業が発達するにつれ、魔法は自らの命を削ってまで使う物ではなくなったのだ」


 ミストは黙って俺の言葉を聞いていた。

 自慢ではないが俺は新聞記者なので、人に説明することには慣れている。

 ミストは相変わらず表情を大幅に変えることはしなかったので、どれほど理解しているのか測ることは難しかったが……


「流石タイム、私より説明がうま~い」


 ミストの代わりにセピアが拍手喝采であった。

 セピアよ……お前が俺を褒めることに対して俺は別に悪い気はしない。寧ろいい気分になるくらいだ。

 だが、ミストの先輩はセピアだ。私では無い。

 本来はセピアがミストに教えなければいけないのではないだろうか?

 魔法の事はともかく、精霊術となると俺は教えることができない。

 出来るとすれば……


「精霊術は別だ。精霊は自然のエネルギー……精霊術はそのエネルギーを別の物に変える技術、これには命の力を使う必要はないらしい……セピア、それで良いんだよな?」


 ここで俺はセピアのほうを見て瞬きをパチクリ、セピアはうんうんと頷いていた。どうやら説明は合っているようなので一安心だ。


「話によると精霊って普通の人は見えないんですよね? だからボクが連れてこられた……」


 久しぶりのミストによる発言、妙な声で妙に響く。

 そしてミストの声を山彦のように時計の音が重なった。


「そうよ。精霊は見えないから使えない。精霊術は才能に左右されるのよ。才能にも差があって、精霊が見えても使えなかった精霊士紛いの人も過去に居たらしいわ。精霊術は魔法に比べれば凡庸性に欠けるけど、ノーリスクで大きな力を使えるからエンブリオでは重宝するのよ」


 ノーリスクで大きな力が使えるが、使える人間が限られるのが精霊術。厳密には精霊術と魔法は違うが、外では魔法の一種として保護対象となっている。

 今までは辛うじて足りていた精霊士だったが、今はセピアのみ。

 そのセピアも使えなくなった今、精霊術の文化を保護するためには外から連れてくる必要があった。

 よくもまぁ、情報の限られる外で精霊が見える人を見つけたものである。


「ボクはアレ、モヤモヤとか、自然のオーラだとか思っていましたが……」


「ここでは精霊ね。魔法とは違って、こっちは魔力を使わない」


「魔法を使い続けると寿命を縮める。長生きしたければなるべく精霊術を使え。魔法を使うべき所でも、精霊術で代用出来るところがあるはずだ」


「ボクに短命願望はありません。魔法の島に来ておいて少し勿体なく思いますが精霊術に頼りますよ」


 ちなみに精霊術でどんなことができるのかは俺にはよくわからない。セピアならその辺も分かるだろうが……、


「まぁ、ミストなら大丈夫でしょう。魔法が無くても精霊術だけで暮らせると思う。」


「精霊術だけで暮らす? そんな精霊士、今まで居たか?」


「居ないと思う。私も、私の知る精霊士も……可能な限り精霊術を使っていたけど、実際は殆ど魔法で暮らしていたわ」


「じゃあ無理だろ」


 魔法は自分の力だが、精霊術は自然の力だ。魔法を控えれば長生きできるとは言うもの、現実はそんなに甘くない。


「大丈夫よ。ミストならね」


 セピアが自分のことでもないのにやたら自信満々だった。


「どこからその自信が出てくる?」


「今朝のこと……ミストは私が鍵をかけた扉を精霊術であけちゃったんだから」


「え、それってマジ?」


 精霊術で鍵を開ける?

 口をポカリと開け、なんでそんな事がと考えていると、ミストが「あ、はいコレで」と金色の金属棒を取り出した。

 これは……物理的な鍵だ。

 エンブリオでも希に使われることがある。

 この鍵を使う扉や箱には鍵を差し込むための穴が空いてあるわけだが、フェザーズハウスの扉は魔法前提なので鍵穴など無い。どうやって鍵穴のない扉に鍵を差し込んだのだろうか?


「精霊で物を作る……当然、独学だよな」


「物に出来たのは偶然でした。見たり、動かしたりは物心ついた時からでしたが……」


 それから独学でコツコツと精霊をいじくりながら精霊で物を作る方法を覚えていったのだという。


「私は周りに精霊士が居たから……仕事中のお爺ちゃんやお婆ちゃんの周囲の精霊見て物体として纏める方法を覚えていった感じかな? 学んでいるという自覚は無かったけどね」


 つまり、セピアは見て精霊術を覚えた。

 完全独学のミストとは勝手が違う。


 カチリ……


 また時計の音だ。先程から時計の針の音が定期的に聞こえてくる。

 この部屋にも壁かけの振り子時計があるが、針の音が聞こえるほど近い位置にあるわけではない。

 そうなると時計はそれなりに近い位置にあるわけだが……


「まさか……」


 私が注目したのはミストの首元、何やら円盤状の物体がついたネックレスだ。

 よく見るとこのネックレスはキンキラなだけで、特に模様や装飾はない。だが……


 カチリ……


 間違いない、時計の音はこのネックレスから聞こえてくる。


「……そのネックレスは?」


「これですか? あ、ひっくり返っちゃってる」


 ミストがカードをめくるように、その物体をひっくり返すと、それは正体を表した。

 これはネックレスではなく、首から下げるタイプの懐中時計だ。

 文字盤の裏にシルエットになった兎が描かれている。外から持ってきた機械仕掛けのものだろうか?


「コレ外から持ってきたのか?」


「そうですね。昔、精霊術で作りました。」


 自作した? しかも精霊術でだと!?

 懐中時計はしっかりと時を刻んでおり、掛時計の時間と比べてみると表示している時間も正確だ。


「セピア……コレどう思う?」


 セピアは右肘を頬に当てて少しだけ考える。


「少なくともダスタおじちゃん以上の逸材ね。ミストは精霊を操る力が強いというよりも……精霊の使い方が恐ろしく器用なのよ」


 ダスタとは先代の金精霊士である。確か二年くらい前に老衰で亡くなった。魔法をあまり使わない精霊士だったせいか、エンブリオとしては大往生だった。

 セピアが知る金精霊士はダスタさんのみ。私も会った事のある金精霊士はダスタさんだけ。だからミストと比較できる金精霊士もダスタさんのみとなってしまう。

 彼は優れた精霊士だっが金精霊に特化していた。力が強く、大きな物でも一瞬で作り出せたが金精霊に特化しており、他の精霊を見る事は出来なかった。時計を作るような繊細さも持ち合わせていない。

 ミストは繊細さに重みを置いたタイプなのだろう。


「他に何かできる?」


 セピアがワクワクと不自由な体を揺らしながらミストに尋ねる。

 精霊術は確かに珍しいが……その精霊術を一年前までセピアは使っていた。 使えない今となるとセピアにとっても精霊術は憧れなのだろう。


「うぅ、人前で精霊を動かすことはしても、物を作ることはしなかったので、ちょっと恥ずかしいですね……」


 そういってミストは右手を握る。

 数秒後に、その右手から何やら赤く光る何かが飛び出してきた。

 綺麗に放物線を描いて自発的に投げ出された何かは車椅子に座っているセピアの膝にポトリと落ちた。セピアがそれを拾い上げると……


「わぁお」


 小さな歓声を上げた。

 赤い何やらとは金属製のアクセサリーだった。

 モミジの葉の形をしたそのアクセサリー……色だけでなく葉脈まで恐ろしく精巧に作られている。

 そして作られているのはアクセサリーだけではないのだ。

 そのモミジ型アクセサリーには2~3センチのチェーンが付いており、先端にはピンが付いていた。

 ミストはコレをほんの一瞬で作り上げてしまった。


「まさかコレ、あの一瞬で?」


 元精霊士が度肝を抜かれていた。そして記者として俺も思う……この外から来た精霊士は只者じゃないって事だ。


「この程度しか出来ません。精霊を物にしているところを見られると騒動が起きそうなのでコソコソと使っていたんです」


 だから小さい物が限界なのだそうだ。小さいとは言え、一瞬で精巧なアクセサリーを作り出し、時間をかければ時計のような精密機械も作る事が出来る。それがミストの精霊術だ。

 エンブリオ島で精霊術を隠れて使う必要は無い。

 文化保護や寿命を考えると寧ろ多用して欲しいくらいだ。

 精霊術を使う機会が増えれば技術も高まっていくかもしれない。小さい物だけで無く、大きな物も作れるだろう。


「新しい精霊士が来たから、精霊士向きの仕事も来るだろう。楽しみになってきた」


 暫く記事のネタに困る事はなさそうだ。


「ねぇ、ミスト……」


 ふと、セピアがミストに声をかけた。


「このアクセサリー貰っていいかしら?」


「いいですよ。いくらでも作れますし」


 早速、セピアはモミジ型のアクセサリーを左胸にくっつけた。

 セピア……それを気に入ったな?

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