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霧のエンブリオ  作者: 氷室夕己
第1章 ミスト来島
3/110

五年前の少女

 午前九時、腕時計の針はちょうどその時間だった。

 そろそろ待ち合わせの時刻だ。

 

 ここはシキコウと呼ばれる港町。

 港町と言っても、港町だったのは何百年も昔の話だ。今は小さな漁港がひとつあるだけである。

 港は釣り客の他にも観光用の船も出航するが、それでも大きい港とは言えない。

 港は小さいが、この街には代わりに一つの駅があった。こちらは港よりもずっと大きな施設である。


 魔法の島エンブリオ……霧に包まれた神秘の島はこの街、この駅から行く事が出来る。

 エンブリオ島に入る事は出来ないが、シキコウからでも球体上の霧を見る事は出来る。

 その霧の塊を見るために観光客は季節を問わずに訪れる。


 そんな街の駅前で私は一人の少女と待ち合わせをしていた。


「むう、そろそろ来ているはずだが」


 広場にある噴水の前で待っていたが、目当ての人の姿は見えなかった。

 この広場はそれなりに広く(だから広場だ)、待ち合わせスポットとしても定着している。

 待ち合わせの為に待っている人や、極僅かだが駅に向かう人、遠目からエンブリオ島を見ようとする人、多くの人がこの広場を利用する。

 待ち合わせ場所に使われるはずの広場も、これでは待ち合わせには不向きだ。

 文明の利器であるはずの携帯電話……今ではスマートフォンか? それを持っていれば待ち合わせも楽なのだろうが、私が持っていても相手が持っていない。


「手がかりはこの写真だけか」


 待ち人の名前は日々谷ミスト。

 この写真は以前、彼女の父親から頂いたものだ。

 私の取引先の人である日々谷茂さんが、奇跡的に家族旅行した時の写真。

 しかし、この写真は五年前に撮影されたものだ。

 子供の成長は早い、この写真では見つけ出せないかもしれない。

 不安要素の多い待ち合わせであったが、私は寧ろワクワクしていた。


 もう一度写真を見る。写真には家族四人が映っている。

 今より少しだけ若い茂さんの前にその少女、日々谷ミストは写っていた。


 その少女はとても美しかった。

 初めてこの写真を見た時、私は思わず目を見開いて立ち尽くしてしまったほどだった。

 そして無理を言って茂さんに焼き増ししてもらったのだ。

 その後、私は五年間も妻と娘に見られないように自室の引き出しに入れては、たまに取り出してコソコソ見ていた。

 だから今日、その本人に会える……その事実を考えると楽しみで仕方ない。


「この辺りには居ないか……銅像の方か?」


 広場にある待ち合わせ場所は噴水の他にもある。

 古い英雄の銅像、その周囲にも待ち合わせに訪れる人がいる。

 こんなことになるのなら、もっと待ち合わせ場所を詳細に決めておくべきだったと反省しながら銅像の方に向い足を動かした。


 歩きながら例の写真を見る。

 昔から頭だけは良いと言われた私であったが、私は二宮金次郎ではない。そんな行為は危ないっちゃ危ないのだが、写真に写るぬいぐるみのような少女に会えるという胸の高まりは止まらない。

 写真を見ているのは、これから会う人を探すためだ。

 その理由を付けつつ写真を見続けるが、結局は言い訳に過ぎない。


「居ない」


 銅像の正面までやってきたが少女は居ない。

 少し不安になった。慣れない街で道に迷ったのだろう?

 銅像の周囲を一周しても彼女らしき人間を見つけることができない。

 手がかりの写真は五年前のものとはいえ、あの見た目だ。きっと周囲と一線を介する十五歳になっているだろう。

 首振り人形のように首を振りながら銅像をもう一周する。

 再び銅像の真正面に来た時、人ごみの中から漏れ出す光を感じたような気がした。

 どこか異質……いや、神々しい気配だ。

 行きかう人々すべてがその気配に顔を向けている。

 まさかと感じ、その気配に近づく……その先の光景に言葉を失った。

 この世の美が、この広場のベンチに座っている……そう感じた。


 その少女は白に薄い花柄のワンピースと、青いリボンのついた帽子を身につけており、首元には金色のロケットのようなものを下げていた。

 彼女の傍らには複数のシール(デルフォメされた動物が多い)で飾られたスーツケースを置いており、少しだけ短めのフリル付きスカートから生える足はきっちり揃え、そして同じようにフリルの付いた袖口から小さな手を膝の上に乗せていた。

 顔立ちは言うまでもない、細かく作ったぬいぐるみのようだ。

 生きているので肌にはちゃんと血色がある。瞬きをしたり、カクンと別の方向に顔を向けたりもする。

 その仕草で、私はようやく彼女が人間だと理解できる。

 それくらい彼女は繊細で可愛らしいものだった。


 手元の写真をもう一度見る。

 あの時より体つきは女性らしくなっているが、写真との面影がある。間違いない、あの五年前の少女だ。

 写真でしか見たことがないのに、まるで五年振りにあったかのようにその少女の元まで足を運んでいく。

 ゆっくり歩いているつもりだったのだが、途中で妙にスキップ気味になっていた。慌てて歩調を"いつも通り"に矯正した。


「日々谷ミストちゃんだね」


 彼女の傍まで近づいて声を掛けると、その少女はクイとこちらを見た。

 怯える様子など何処にも感じられず、かといって私に興味があるようにも見えなかった。

 少女は少し頬をあげ、そして唇をほんの少しだけ引き締めている。

 ここの広場は小洒落ている。だからか、綺麗に手入れされた植木の前のベンチに腰掛けている彼女は、そのまま絵にして飾りたかった。

 だから……私はそっとスマートフォンを取り出してシャッターを切る。

 流石に驚くかと思ったが、意外にも彼女は全く動じなかった。


「…………」


 無言、もしかして怒っているのかと思ったので即席の言い訳をつくる。


「いやいやごめん。君のお父さんに写真を撮ってくるように言われたからさぁ。始めまして……私は蔓谷浩二」


 ちなみに写真は茂さんに頼まれたものだが、九割九分自分用である。

 こっそりコピーして、さらにバックアップを何個かとって複数の端末に入れておこう。


「あぁ、貴方が……始めまして蔓谷さん。ボクが日々谷ミストです。父から話は聞いております」


 少女は立ち上がり、美しい右手を私へ差し出してきた。

 立ち上がって初めてわかる事、彼女は予想以上に小さかった。

 五年前から身長が全然変わっていないのかと思うほどだ。

 しかし肩は丸く、ワンピースはドレスのように装飾が多いのせいかもしれないが、ウエストは引き締まっているようにも見える。

 彼女は本当に十五なのだろうか?

 それより下にも見えるし、逆に上にも感じられる。


「悪いが列車の時間がある。早速だがエンブリオ島に向かおう」


 エンブリオは常に濃霧に包まれている島だ。

 濃霧の影響で島の陰すら見る事は出来ず、ここからは海に白い半球体が浮かんでいるように見える。

 条件が揃えば綺麗な虹を拝めたり、微かだが霧の上部から島の陰が望める時もある。シキコウを訪れる写真家達はそれらを狙っている。


 何らかの手段で霧を突破しようとしても無駄な事だ。

 霧の中は磁気の乱れが酷く、飛行機や船が中に入ったら遭難確実だ。磁気嵐の影響でモーターも止まるだろう。

 手漕ぎのボートで行くなんて命が幾つあっても足りない。羅針盤は役に立たないし、視界ゼロの状態で島にたどり着けるわけが無い。


 そんなエンブリオ島に行く唯一の手段が鉄道である。

 この港町から延々と伸びるレンガ造りの橋を少し古臭いディーゼル車が走る。

 線路の上なら迷う事はない。当然だが橋は厳重に管理されているので一般人が徒歩で渡る事は出来ない。

 濃霧の影響で橋桁すらロクに見えない。橋伝いに船で行くのも不可能だろう。


 この列車は基本的に貨物用だ。エンブリオ島に運ぶための物資がこの線路上を走る。

 エンブリオに渡る人間は極僅か、私のような貿易関連の仕事人が一人か二人だけ、手続きの為に乗り込む。

 今回も乗客は少ないだろう。私と彼女の他に一人居るか居ないかといったところだ。

 エンブリオに渡る主役である物資の方は、そろそろチェックが終わり、全ての積み込みが終わっている頃合いだ。

 乗客がいないからと言って電車の発車を遅らせる事はしたくない。

 少女と広場のツーショットが名残惜しいが駅の方に急ぐ事にした。


 待ち合わせ場所が駅前の広場だったので、そこから駅の入口まで五分とかからない。

 駅を利用する人は少ないが、駅から海に向けて延びる橋と球状の霧を見るための観光客は多い。

 こんな人口密度高めの場所では少しだけ歩くのに苦労するが、それでも駅の入り口までは徒歩五分圏内だ。


 しかし、駅の入り口からホームまで移動するのに一時間も要した。

 何故なのかというと手厳しい手荷物検査のためである。

 スマートフォンやメモ帳、写真の類いはエンブリオに持ち込めない。エンブリオは魔法文化保護区、異文化を持ち込むことは厳しく制限されている。

 私はあらかじめ殆どの荷物を駅のロッカーに預けていたが、それでも一つ一つの荷物をチェックされる。

 ミストはエンブリオに移り住む人間なので荷物も多く、相当な時間がかかった。

 彼女の荷物は少し興味がある。しかし、流石に手荷物検査場にまで乗り込んで、あのスーツケースの中身を覗き込むほど悪趣味ではない。

 検査後、係の女性が言うには予想以上に彼女の荷物は多く、かなりの時間がかかってしまったとの事だった。

 女性はその事に対して特別イライラする訳でもなく、寧ろ頬を緩めて幸せそうな顔をしていた。

 話によると没収されたものは無いらしい。


 ホームには出発準備の整った貨物列車が待機中だった。

 列車は電線を必要としないディーゼル車。何種類かあるが今回は赤い車両だった。不思議な事に、これらのディーゼル車だけは霧の中でも平然と動く事が出来る。

 牽引車のすぐ後ろに客車が一両だけ用意されている。

 今回は藍色の客車、当然だが私たちが乗り込むのはこれになる。

 客車の後ろは全て貨物用、色とりどりのコンテナが並んでいた。


「乗り込んだら、すぐに出発だ」


「早いのですね」


 この列車唯一の客車は貸切状態だった。

 赤いソファーは向かい合うように設置されているが、それら全てが空っぽ。

 外交官の話によると今回は他に乗る人間は居ないとの事だった。

 これは珍しいことではなく、どちらかと言えば誰かと相乗りする方が珍しい。

 私と彼女は一番前の左側の席に向かい合うように座る。

 私の隣は空席、そこに飲み物など最低限の物だけを詰めた小さな鞄を置いた。

 彼女は自分のスーツケースを座席の上にある荷物置きに乗せようとするが、極端に小柄な彼女が乗せられるわけが無い。

 彼女に代わって私が荷物置きに乗せた。彼女は小さく「ありがとうございます」と礼を言った。

 その数秒後に同時に車内で揺れを感じた。同時に窓から覗く景色が動き出す。ディーゼル車特有の高い音が聞こえた。

 定刻よりも出発は三十分ほど遅かった。

 ミストの手荷物検査の遅れの影響だ。

 相乗りの人が居たら軽く睨まれていたかもしれない。

 

「広場から見ていたとは思うけど、そこよりは島がよく見えるぞ。まぁ、霧の塊にしか見えないがね」


 遠目から見ればエンブリオは霧の塊だ。

 真っ白なバレーボールが海に浮かんでいるように見える。

 私はエンブリオに用事がある時、いつもあの球体を見ている。

 やがて列車は霧の球体に突っ込んでいく。

 その様子を私は窓の外から眺める。その瞬間を楽しみにしている。

 向かいに座っているミストもそうなのだろうと思っていたが、当の本人は窓の外には興味がない様子だった。

 広場のベンチに座っていた時もそうだったが、キョロキョロと辺りを見回している。

 窓の外では無く、列車内に興味があるようだった。

 それも目玉だけとかだけでなく首ごと動かしているのだ。目線は首の動きと同期していたり、違ったりすることもある。

 車両の一番奥を見ていたり、屋根を見ていたりしている。時折、窓を見るが景色を見ているようには見えない。すぐに別の角度に顔を動かす。しばらくそんな事が続けていると、今度は石像のように動きを止めた。

 顔も目線も、私を見ているようだが……本当に私を見ているのか分からない。

 一体どうしたのかと思ったら、彼女はまたちょこちょこと首を動かし始めた。

 理解不能な挙動だった。


 発車して小一時間。

 ここで私は列車に乗ってからというもの、彼女と会話をしていないことに気がついた。

 このネイブル線でエンブリオまで二時間弱かかる。まだまだ到着は先だ。

 列車は濃霧の中を走るので徐行運転を余儀なくされる。その影響で、距離の割には到着まで時間がかかる。

 このまま彼女を眺めているのも面白いが、折角なので話しかけてみたい。

 そう思うのは当然だ。


 何を話そうか、それを考えていると窓の景色が霞んできた。

 楽しみの瞬間が近づいてきている。


「そろそろ霧の中に入るぞ」


「はい」


 数分の間に密度を高めた霧がついに限界を超えた。

 遠目からは球にしか見えなかった霧、その中に列車が突っ込んだのだ。

 霧は球体ではなく、もはや単なる天気となっている。

 ここから先は一寸先すら見えないほどの深い霧だ。


「霧の中に入ったな……」

「はい」


 さっきから何を話しかけても「はい」の返事しかない。

 そもそも私から話しかける内容は、お世辞にも濃い内容ではない。

 他人の娘であるミストが機械的な返事になってしまうのも仕方ない。


「ここからだと到着は後一時間くらいか……」


 腕時計を見て独り言。

 目的地までちょうど半分くらいであるが、流石にこの単調すぎる会話を続けたいわけじゃない。

 彼女に会えるのはこれが最後だろう。

 ならば会話内容は充実で終わらせたい。

 だが、内容を考えるのに苦労する。

 身の内話をしようにも、私は彼女の事を少し知りすぎてしまっている。

 彼女と会うのはこれが初めてだが、個人的に彼女に興味を持っていた私は茂さんからいくつか話を聞いていた……聞いてしまっていた。

 下手すりゃ彼女のクラスメイト以上に踏み込んだ内容を知ってしまっているだろう。


「学校、やめたんだよね」


 首を縦に振る事で肯定する。

 言葉は無いかと思ったが、以外にもまともな返事が返ってきた。


「あの学校、元々は制服目当てです。あそこの制服のスカート、裾にレースが付いていたから……」


 今……いや、今まで彼女が通っていた学校は、親に反発してまで通い始めた学校である。

 目の前の大人しそう少女がそんな行動をするとは考えにくいが、茂さんから聞いた事実だ。

 彼女は"制服目当て"と言っていたが、彼女の目線がこの時だけ私の目を見ていたのが少し気になった。


「お父さんを恨まないでくれ。不用意に君の事を漏らした私の落ち度だ」


「わかってます」


 愛着あっただろう通っていた学校をやめさせられたこと、これは茂さんの勝手ではなく私の勝手だ。

 不用意にミストの"見える能力"を島の外交官に話したのが間違いだったかもしれない。

 話した事によって私は彼女に会う事が出来たが、彼女の失う物は大きかっただろう。


 彼女をレベルに合わないこう昊てん天学院に入れた事、これは茂さんも摘子さんも忙しくて子供に構っていられない……それだけではない。

 両親、兄の期待を込めて最高の教育を受けさせる……そう茂さんは大昔に言っていた。

 最も今は後悔しているようであった。最近は特に……。

 しかし親の心子知らずか、彼女は両親のことは心の片隅に封印してしまっている。

 封印が解ける事はもう無いだろう。

 封印が解けたとしても彼女が両親と再会する事はないだろう。


 エンブリオ島が"霧のワンダーランド"と呼ばれる所以である霧の中を列車が走り続ける。

 もう数時間は霧の中を運行している。

 ここ暫く、窓は曇りガラスよりも更にひどい曇りっぷりが続いていた。

 窓には水滴がブツブツとしがみついており、列車の強風の中なんとか堪えようと頑張っているが、その努力も虚しく強風に飛ばされている。


 そんな濃霧が少しだけ晴れてきた。

 薄くなった霧の向こう側からエンブリオ島の影が浮き出てきた。

 ちょび髭を生やしたおじさんが居そうな島影だが、影が大きすぎて窓からその全貌を見ることはできない。

 島はひょうたんの形をしているかもしれない。虎のような形をしているかもしれない。

 どちらにせよ巨大な陰を間近から見ると全体像は分からない。

 もう少し霧が晴れれば、この島にどんな建物があるのか? どんな暮らしがあるのか? どんな人が住んでいるのか? それらが分かるのだが……その期待は虚しく、景色は真っ白から真っ黒になる。

 列車はレンガ造りのトンネルに頭から突っ込んだ。


「そろそろだ。あと十数分でエンブリオにあるネイブル駅に到着だ」


 トンネルというものは本来、人や物を効率よく運行したり、或いは食べ物などを長期間貯蔵するために作られる。

 作られる場所は山や海底、地中が主だ。

 しかし、ここは海上に架かる橋だからトンネルなど必要ない。


 このトンネルは一般的なトンネルとは違う用途で存在している。

 トンネルによってエンブリオ島の情報を"効率よく隠蔽"することができる。

 それによって"効率よく魔法暮らしができる"ようになっている。

 我々一般人にとっては見せられない世界であることを”効率よく伝えている”。

 簡単にはエンブリオ島の内部は見せられないのだ。残念極まりない。

 トンネルに入るたびに「残念だ」と毎回思う。

 「中を見てみたい」とも思う。

 

 暗黒内の列車は金属の擦れるブレーキ音を響かせながら減速をはじめる。

 それを聞いた私は身支度を始めた。

 自分の小さな荷物を体の近くまで寄せ、いつでも手に取れるようにした。

 その後、彼女の荷物が座席の上に乗っている事に気がつき、私は立ち上がって彼女の大きなスーツケースを床まで下ろした。


「そろそろ到着だ。ミスト、降りる準備をしてくれ」


 ミストは小さく頷いただけで、それ以上動くことはなかった。

 彼女の荷物は私が下ろしてしまったので身構える以外に彼女の準備は必要ない。

 でも私にとっては都合がいい。彼女がちょこんと客車のソファーに座っている"いい絵"をもう少しだけ堪能できるからだ。

 欲を言えば何らかの可愛い声が欲しかったが、これは本当に欲張りなものだ。


 そして真っ暗な景色は少しずつレンガ模様にかわる。

 明かりが見えてきた証拠だ。

 その数秒後に駅のホームがなだれ込んできた。

 ホームの作りは古臭い西洋の地下鉄駅といったところだ。

 ブレーキの音がだんだんと低くなっていき、そして聞こえなくなった。

 最後に少しの揺れを感じてネイブル駅に到着である。

 私はエンブリオ島に何度も足を運んでいるが、ホームから先に行った事は無い。

 ワンダーランドにいる気は全く生まれてこない。

 ルールとはいえ、これには毎度、悔しく思う。


 小さな荷物を持った私が先導し、後ろに大きなスーツケースを転がす彼女が続く。

 小さな段差を降りると、大きなホームがそこにはあった。

 既に島の税関や外交官達がコンテナ内をチェックを始めている。


「ホームの端に税関達が居る事務所のような部屋がある。誰でも良いがサニーという人なら確実だろう」

「分かりました。そっちに行ってみます」


 ここで彼女とはお別れだ……恐らく、永遠に。


「道中、ありがとうございました」

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