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霧のエンブリオ  作者: 氷室夕己
第2章 精霊士のお仕事
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第一共同井戸

 “近いうちに工業地帯の井戸が壊れる”という予言を見たシクータは、アップル工業地帯の組合に声をかけて、井戸を一斉点検させた。

 工業地帯で使われる水は、飲み水を除くと殆どが井戸水である。

 井戸の数はそれなりに多く、大きさも様々だ。

 予言では具体的にどの井戸が何時壊れるのかまでは見ることができなかったが、シクータの長年の感覚から的を絞り込んだ。

 井戸はよく使われるもの、そして壊れるのは一ヶ月以内だと見ている。

 予言で予測というのは何とも馬鹿らしいが、これは何時もの事だ。


 経験上、下らない未来ほど見つけるのは難しいものだ。でも、見つけてしまえば時間に余裕がある場合が多い。この場合、対応や対策は容易だ。

 逆に重大重要な未来ほど見えやすいが、タイムリミットが短い場合が多い。見つけたとしても既に手遅れだったり、あるいは対処のしようがない場合が多く、外から救援を求めるオチになる。

 何十年か前の伝染病や数年前の大嵐がそれだった。

 その時もそうだったが、嫌な予言は見つけている最中に何となく「あ、コレはヤバイ奴かも」と感じる。


 今回の予言を掴んだ時、最初は無視しようかと思ったが、“近いうち”という時間、そして今までの感覚から、嫌な予感がした。

 結局、解くのが難しい予言のお決まりである“どうでもいい予言”だった。しかし嫌な予感は無視できない。

 多分、井戸は井戸でも重要な井戸が壊れるのだろう。

 そうなると少なからずエンブリオの暮らしに影響が出る。


 この予言を導くためにシクータは、膨大な量のマジックアイテムを使用した。

 月光や日光の魔力を利用するために儀式の時間帯にも気を配り、シクータ自身の魔力も大量に使った。

 普通の人間がこんなアホみたいな魔力の使い方をしたら即、あの世行きだ。

 こんな芸当ができるのは大魔法使いアリマ・アロマが意味不明な禁術を私達、三賢者にかけたせいである。

 おかげで私は何時まで経っても老化しない……はっきり言って半世紀くらいで死ぬ一般住民が羨ましいと思ってしまう。

 一応、死のうと思えば死ねる。三賢者は不老だが不死ではないのだ。

 でも、そういう訳に行かないのが今の“三賢者”という立場だ。

 三賢者がいないとエンブリオは成り立たない……これはもう呪いだ。


「あら、工業地帯に入ったわね」


「確か今日はお休みなんですよね?」


 後ろから精霊士達の声が聞こえてくる。それで過去から現実に引き戻された。

 こんな感傷的な気持ちになったのは久しぶりだ。

 工業地帯に私とミストの二人で行くのであれば、私は普段通りの振る舞いをしていただろう。

 だが、先輩精霊士のセピアが行く事になったので、予定も気分も変更だ。

 元々は“私とミストの二人”で仕事する予定を“ミストとセピアの二人”にする事にした。

 私は身なりはお子様でも一応は大人だ。

 ここはセピアに席を譲ることにする。

 セピアもミストも、その方が楽しいだろう……というか、もう楽しんでいるようだ。

 二人の会話だけで楽しんでいるのが分かる。

 話の内容なんてどうでもいい。意味は要らない、二人の会話の響きが私を楽しませてくれる。


「ミストさん、そろそろ到着です」


「はい、道中ありがとうございました」


 運転手の声、そして続いてあの奇妙な声、もう到着とは時間が経つのは早いものだ。


「悪い、車を停めたままにしてくれないか? 今回の仕事は井戸の修理なんだが……どの井戸が修理対象なのか、詳細には分からんのよ」


 運転手に念のため伝ええておいた。途中で車がなくなると困るからだが、かき入れ時の市場の日に車を独占はこちらも心が痛む。


「構いませんよ。どうせ今日は一日付き合うつもりでした。お迎えの車は必要ですよね?」


 キィキィと音を鳴らして緩まるは車の速度、やがてある施設の前で停車した。

 奇妙な建物で巨大なカプセル状の物がボンと置いてある感じだ。

 結構大きく、家に例えれば二階建て程度の大きさがある。

 奇っ怪な事に、この建物から直径1m程のパイプがニョキニョキと生えており、アッチにコッチにと伸びている。

 パイプが向かう先は周辺の小規模工場だ。

 この周囲にはアップル工業地帯の中でも比較的小規模な工場が立ち並ぶ。


「セピア、トランクから車椅子を出すからお前は……」


 と、私が言い始めるのと同時にセピアは車のドアを自分で開けた。

 手には例のカプセルが握られている。私はもう手遅れだと悟った。


「あれ、セピアさん! あの魔法は使いすぎると疲れるとか、数分前に言っていませんでしたっけ?」


 ミストまで分かりやすいリアクションだ。あのミスト……あのがミストだ。

 ミストが分かりやすいリアクションを取っているほど、セピアの行動は常識の範囲外なのだ。

 私はエンブリオの預言者だ。予言には魔法やら儀式やらが必要なのだが、この未来はその必要なんかない。

 こうなるとセピアが、どんな行動するかこの場にいる全ての人間が察していた。

 セピアは例の身体強化魔法で車から降りて“立ち上がる”。

 やや小走りで車の後方に向かうと、トランクルームを開けようとする。

 しかし、車のトランクがどんな仕組みなのか、よく分からず何やら唸っていた。

 間抜けな光景だが、自分で車椅子を出す気なのは明らかだ。


 私はこの時点で、もう諦めに達しており、大きなため息を付くしかなかった。

 でも、ミストは違った。

 ミストはセピアが車を降りた事を確認すると、慌ててシートベルトを外そうとした……が、中々外れない。

 ミストは外出身で、車のシートベルトがボタン一つで外れる事をよく知っているはずだが、かなり慌てていたようだ。

 そういやセピアは何で直ぐにシートベルトを外すことが出来たのかと考えた。

 でも今までに何回も車に乗っているので、外し方くらいは知っているのだろうか……もしかすると停車の前から外していたのかもしれない。

 セピアが車のドアを開けて遅れる事15秒、やっとの思いでミストはシートベルトを外すことに成功し、セピアの元に駆け寄ったが、時は既に遅しでセピアはもう車椅子に乗っていた。

 トランクを開け、車椅子を引っ張り出し、折りたたまれた車椅子を開いて乗り込む……実に手早い行動だ。

 身体強化魔法使っているが、それでも実に早い行動、これが良い事だったら拍手を送ってやりたい。

 まぁ、悪いことだから私は拍手を一つも送らないがね。


「あの、大丈夫ですか?」


「この程度で後輩の手を貸したくないしね」


 そんな会話が聞こえる中、私は車を降りて精霊士の元に駆け寄った。

 セピアを見る。率直な感想、一言で「強がるなよ」と言いたい。10mくらいの距離を全力疾走した程度には、疲れているように見える。


(早死する気かよ……)


 本人には聞こえない程度の声量だったが、セピアに言ってやった。

 確かにミストが来たことによって、セピアの精霊士としての役目は薄れたかもしれないが、それでもセピアは精霊士だ。

 不要に魔力を使われるのは行政側の私としては困る。

 魔力は休息を取れば回復するとはいえ、何十年という長い目で見れば徐々に劣化するのだ。

 魔力は生命力、だから魔法を使うエンブリオの住民は外の人間に比べて早く寿命を迎える。


「セピア、少しは後輩を頼ってやれよ。それも先輩の仕事だ」


 今度は本人に聞こえるように言った。

 もちろん本人には聞こえている。

 セピアは私の方を向いたが反省の色は見られない。

 呆れている私、それを尻目にミストはただ立っているだけだった。

 ミストの容姿のせいか固まっていると、そこに建てられた仏像か何かと勘違いしてしまいそうだ。

 セピアもセピアだが、ミストもミストだ。

 ミストは本当に分からない。さっき車に乗っている時はワイワイしていたのに、今はこの仏像モードだ。

 子供なのか大人なのか分からない……。ちょっとはキャラクターを定めてもらいたい。


「私だって可愛い後輩を頼る時はあるわよ。それも、この後直ぐよ」


 そう言ってセピアは例の第一共同井戸に目をやった。

 なるほど、精霊士としての仕事か……。

 確かにコレに関しては後輩に頼らざる負えない作業だ。

 セピアは精霊士だが、精霊術を使えない。ミストが点検、修理をしなければならない。


「さっさと向かうぞ、仕事は早く済ませるに越したことはない」


 私が移動すれば、ミストとセピアも続いて移動する。

 ここに残るのは車と運転手だけだ。

 向かう場所は第一共同井戸の屋内、井戸の本体は建物の中にある。

 後ろを見るとセピアの車椅子をミストが押していた。

 もしかすると、セピアが言っていた「後輩に頼る時は直ぐに来る」って、井戸を治すことではなく、車椅子を押すことだったのだろうか?

 ここは農道とは違って舗装されている。だから自分で進めるだろうに……ミストに押して貰いたいだけか?


「ところで、工業地帯に井戸は沢山あると、車の中でセピアさんに聞きました。ここで合っているんですか?」


 入り口前で来てミストが訪ねてきた。

 確かに私の“近いうちに工業地帯の井戸が壊れる”という予言は、何処の井戸が壊れるかまでは教えてくれなかった。

 当然の疑問だろう。


「安心しろ、この数日で井戸は全部点検させた。といってもエンブリオの機械野郎がやる点検なんか当てにならんがな。だからこつち行政は使用頻度と設置日の記録を調査をして予測をつけた。それがここ、第一共同井戸だ。ここの責任者からの裏も取れている」


 第一共同井戸の扉は住宅に比べればうんと大きい物だ。機械などを入れるために大きくなっている。

 その扉の前に立ってノックを数回、金属製の扉のためか音の響きが強かった。

 ぐわんぐわん……、建物全体が揺れてるのではないかと思ってしまうほどの音だ。

 力加減を間違えたか? まぁ、この音なら中の人は確実に気づくだろう。


「責任者の裏って何ですか?」


 ちょっとだけミストの声が震えているように感じているのは多分、私のノック音と共鳴したせいだろう。そういう事にしておく……うん。


「ここ一週間で井戸の稼動音が変になったそうだ。ここの井戸は電動式の機械式だからな……他の井戸に比べれば構造が複雑だし、それに壊れやすい」


「電動式って、エンブリオにも発電所があるんですね。まだまだボクの知らない事が……」


そうか、発電所も電気も、使われているのは工業地帯だけだ。

街の灯りは魔法を使っている。ミストは驚いているようだが、それは私も同じだ。

エンブリオ島でも電気は使う……島民からしたら常識だが、外からの目はこうも面白いとは……。


「毎回思うのだけど。予言してから点検するよりも、定期的に点検した方が良いんじゃないの?」


 セピアの横槍、彼女は耳を軽く塞いでいた。やっぱりノックの音、強くしすぎたようだ。次は手加減しよう……多分できないと思うが、胸の中には閉まっておこう。


「一応、定期点検はしているようだ。でも、さっき言っただろ? エンブリオの機械野郎の点検は当てにならんと」


 と、そこで扉が空いた。外から空いたのではなく、中から空いた。

 開けたのは第一共同井戸の責任者で、私も何度か会ったことがある。


「お待ちしていました。井戸の点検ですよね?中にどうぞ」


 今の私の話……もしかして聞いていたのだろうか? 思いっきり悪口を言ってしまっていたのだが……。

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