表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霧のエンブリオ  作者: 氷室夕己
第2章 精霊士のお仕事
12/110

パレット広場の流れ

 パレット広場……エンブリオの玄関口であるネイブル駅からオレンジストリートに入り、そのまま西に進むとたどり着く場所である。

 円形の広場は外側を一周するだけでも、それなりに時間がかかる程に広い。 一時間とはいかないが、数十分はかかるだろう。そのくらい広い。

 足元は茶色と赤のモザイク状……オレンジストリートと模様が少し異なるが大差ない。

 オレンジストリートは建物のデザインが殆ど統一されているが、パレット広場は逆で建物ごとの個性が強い。色も形もバラバラだ。


 パレット広場はエンブリオの中心である。

 位置的にはエンブリオ島中央よりも少し北西だが、行政的には中心だ。

 この広場はオレンジストリートに繋がっているのだが、それと同時に、もう一つのメインストリートであるホワイトストリートとも繋がっている。

 それだけではない。パレット広場は行政の中枢である“城”がある。

 その他にもカコ中央病院、アリマ研究所、ブランボール大図書館と“教室”……本当にエンブリオの中心だ。

 行政に医療、研究、記録、教育と全てが揃っている。


 そんな円形のパレット広場の中央……ここには、これまた円形の花壇がある。

 そしてその周りには幾つかのベンチ、これも円形に設置してあった。

 そのベンチの一つに茶髪の人間がいた。コウヨウ新聞の記者であるタイム・チャーゴである。


 記者という都合上、タイムはこのパレット広場には通り道としても、目的地としてもよく訪れる。

 今回は目的地だが、タイムは仕事中ではない。

 正確には仕事中だがサボリに……違う、サボりではない。

 コウヨウ新聞は週刊なので、記事一つ書いてしまえば残りは何をしてもいいのである。

 職場にいても妙な気を使ってしまうので、タイムは外に出ることにした。

 そして、この広場で適当に時間を潰しているのである。

 この広場の色彩豊かな花壇の中央には長方体の物体が鎮座している。

 太陽光に反射して黒く光るその物体……その光沢からして金属製の物質であることが伺える。

 完全無欠の正確さを誇る長方体は、この金属が自然の産物ではなく、人工的に作られたことを物語っている。

 だが、この金属製の長方体には文字も書かれていないし、模様も描かれていない。

 花壇の中央に置くのだから芸術性ある形にするとか、何かしら記してみるとか……そんな物をするものだが、コレには全くそれがないのだ。

 そしてこの金属の塊、とくに名前はついていない。

 だから皆、好き勝手に呼んでいる。“広場の黒いの”とか、“広場のオブジェ”とか……要はパレット広場にある“何か”である。


 名前のないオブジェだが、エンブリオの中心とも言うべきパレット広場の中央にあるのだから意味はちゃんとある。

 これは慰霊碑なのだ。魔女狩りの時代に処刑された人々の霊を慰めるためにここに存在している。

 エンブリオが魔法文化保護島になって五十年の節目に、大魔法使いアリマ・アロマと、三賢者が中心となって建てられた。

 制作には当時の精霊士が関わったという。何故、何も記されていないのか? 何故意味の無い形をしているのか? 誰に聞いても答えてくれない。

 ただ、この金属が慰霊碑であることは“教室”でも学ぶことなので皆知っている。


「ちと熱いな」


 今日の天気は雲が6割くらいだ。暑いはずである。

 エンブリオは年中、霧に覆われている。

 だから天気は曇りが基本であるが、それだと植物が育たないし、島民の気分も乗らないので、上空の霧を適度に薄めている。

 三賢者のフェネルさんが十人議会や他の三賢者と相談して霧を弄っているのだ。

 霧を弱くすれば晴れになるし、強くすれば雨になる。

 昼間は太陽の場所に対してピンポイントに霧を薄くすることで、日光をエンブリオ内に届けさせている。

 上空だけとはいえ、霧を薄くすれば外からエンブリオが見えてしまうのでは……と、思う人も居るだろうが安心していい。霧自体、そして霧以外にも色々と細工をしているらしく、その心配はないとの事だ。


「確か明後日くらいまで晴れが続くんじゃなかったっけ?」


 コウヨウ新聞の天気予報欄を思い出しながらポツリ。自分が書いたわけではないので記憶が若干怪しい。

 天気予報といっても天気を意図的に操作しているので、ほぼその通りになる。

 流石に天気を完全制御するのは難しいようだが、シクータの予言やクローブが持ってくる外からの情報を元に、長期的な調整している。

 だから酷い日照りや水害はまず起こらない。

 昔は大魔法使いアリマ・アロマの力も頼っていたらしいが、彼が亡き今は過去の話だ。

 精霊士の力も頼っていたが……セピアは今、精霊術を使うことはできない。


「あ、精霊士は新しくやって来たな……金精霊士だけど」


 金精霊士が天気をいじれるとは思えないが、確かに精霊士はやってきた。

 ミストのあの妙ちくりんな瞳と、その透明すぎる白い肌を思い出す。

 外からやって来たというのに独学……というか感覚であれだけの精霊術を取得してしまった。

 後輩に精霊術を教えたがっていたセピアとしては心底残念だろう。

 そう思うと心の中がケラケラ笑いだした。


 ここでミストに関する回想は終わるわけだが、何故か最後にミストの髪の輝きを思い出すのだった。

 腰くらいまで伸ばしたその髪は不思議なものだった。

 黒髪……のはずだ。少なくとも分類上は黒髪……だけど光に当たると、反射光の影響か別の色に見える。

 不思議でしょうがない。


「おや、噂をすればかな?」


 ミストだ。このパレット広場にミストがやって来た……ような気がする。

 まだ目視はしていないが、周りの人の流れでわかる。ミストだ。


 有名人というものは意識していなくとも、その場にいるだけで”居る”という流れが作られる。

 コレは魔法ではなく、その人がつくる魅力、あるいは恐れだ。

 パレット広場は公共施設が多く、そして周りからもアクセスしやすい位置にあるため、有名人はそこそこ見かける。

 俺の職業柄かもしれないが……このパレット広場に居座っていると何となく「ソレ的な人が来たのかな?」と感じるのだ。

 その中でもこの流れは特殊だ。この周りの人が何となく一定方向に振り向くという流れは、ミストが作り出す流れである。


「ホイ、正解っと」


 人ごみの中からミストの姿を確認した。オレンジストリートの方角だ。

 何となく皆がミストの周りを開けている。

 ミストは外から来た人間で、しかも精霊士だ。

 それなりに広いエンブリオでも閉鎖的な島なので噂は簡単に広まる。

 そもそも俺が新聞でミストを記事にした。


 ミストの周りを避けるのは別に邪険にしているわけでも、嫌っているわけではない。

 精霊士だからという理由にしては、セピアや既に亡くなった先代の精霊士のソレとは異なる。

 三賢者のような力がある者が作り出す流れとも違う。その他の有名人が作り出す流れでもない。

 ミストが流れを生み出しているのは分かるが……その流れが特殊中の特殊だ。

 特殊である故にミストが近くにいることがすぐに分かるのだが、特殊である故に理由が全くわからない。

 エンブリオに住む者としても、記者としてもだ。文章として書くならば“人々を魅了する流れ”とでも言いたいが、そんな単純な答えではないような気がする。

 文章に出来ないとは記者失格だ。

 ミストが不思議な流れをつくる、というのを分かっていながら結局、俺もミストのいる場所、ミストの歩く方向に目を向けてしまう。

 なんだろ~、コレ。


「おや、髪を切ったのか?」


 彼女の髪は特別だ。鏡のように光を反射するその髪は、ガラスのような夕日色に輝いている。

 ……先日よりもミストの髪が短くなっているような気がした。

 今日のミストは以前取材した時とは異なる髪型だ。

 以前は確か……スイマセン、あまり覚えていませんでした。


 ともかく今日のミストは少しだけ髪を切っていた。

 でも、元が長かったので、切ったとはいえ長いままだ。

 そんな髪を左右に分けて結んでいた。細めのピンクのリボンで髪を縛っている。髪の毛はふわりと、持ち上がりながら波打っている。風のせいだろうか、それとも意図的にそのような髪にしているのだろうか? 髪が短く見えたのは結んでいるせいなのか、それとも記憶が曖昧なだけなのだろうか?


 完全に記憶が曖昧だった。別に俺は忘れっぽい体質ではないし、寧ろ記憶力には自信がある。

 記憶に自信があるから記者をやっているのだ。

 しかし、どうもミストの事に関しては記憶がボヤかされる。

 固定された概念が通用しないせいだろうか?


「まるで異世界の住民だな」


 変な発言だ。エンブリオの人間の言葉ではない。

 この世界の大多数の人間は、エンブリオの方を異世界と思うだろう。

 だが、エンブリオから見ればこっちが現実、エンブリオの外が異世界なのだ。


 では、外の人間は皆、ミストのような人間なのだろうか……いや、それはないだろう。

 一度とはいえ、外に行った経験のあるセピアを見れば分かる。ミストは外の常識でも通用しないようだ。


 ミストは左手にバッグを下げていた。真っ白のもので装飾の少ないシンプルなものだ。

 ミストが極端に小柄なせいかバッグは大きめに見える。

 バックを持っているという事は買い物だろうか?

 しかし、ミストが買い物をしている姿は……ちょっと想像しにくい。

 ここに暮らしているのだから買い物はするはずだが、何故か想像しにくい。


 少し切った髪に服装を合わせたのか、服装もこの間とは少し違った。

 服装は袖の短いワンピース、スカートの丈は膝がぎりぎり隠れる程度だ。こちらも真っ白で柄物ではなく、装飾も最低限だ。

 スカート部分のフリルが大きく、そして二段重ねでかなり目立つ……おや、よく見るとワンピースの色は真っ白ではなく、パステルイエローに染まっていた。

 まぁ、白でも黄色でも、服装のシルエット自体が特徴的で目立つ事に変わりなない。

 服装的にもモデル的にも目立つ、目立っている。


 ちょっと不思議に思ったのは、髪を結んでいるリボンとバッグ以外には、アクセサリーは見当たらない事だ。

 その少ないアクセサリーも金属製ではない。精霊術で金属製のアクセサリーなら自作出来るはずなのだが、身につけていないとは意外だ。


 こちらから見る限り、ミストの歩くスピードはゆったりな方である。

 小柄だから歩幅が短いのだろう。

 ミストはオレンジストリートの方向からやって来た。そのまま歩き続けており、止まる気配は無い。

 どうやらパレット広場に目的地は無いようである。


 ミストは真正面を向いたまま歩く、ゆっくりとしたスピードだ。

 右足を出した後に左足を出す。

 これは当然のことだが、ミストは足を出すタイミング、角度、全て左右対称の繰り返しで全くブレない。

 時計と分度器を使いながら歩いていると言われても驚かないくらいに正確で均等な歩き方だった。

 但し、進むスピードは極端ではないが遅い。


 ミストは進む方向を見続けているので、当然だがこちらを振り向いてはくれない。

 人が多い場所なので俺に気づいていないだろう。そもそも俺のことを覚えているのか? 多分覚えているだろうが……何故か覚えていないような気がする。何故かそう感じてしまう。


 ミストが進むその先は、ホワイトストリートだった。脇目も振らずに白き道に足を運んでいる。


「ホワイトストリートか」


 オレンジストリートに並ぶエンブリオ島の二大メインストリートである。

 オレンジストリートがオレンジのレンガで統一されているように、ホワイトストリートも白で統一されている。

 但し、ホワイトストリートはレンガではない。白や灰色の石がモザイク状に敷かれた道に、白いペンキを塗った土壁の建物が並んでいる。

 歴史的にはオレンジストリートよりもホワイトストリートの方が新しいらしいが、それでも百数十年の歴史がある。


 それにしてもホワイトストリートにミストが来るのは少し意外というか、イメージに合わないというか……フェザーズハウスがオレンジストリートにあるせいか、想像やら発想やらが無かった。

 俺自身が職場も自宅もオレンジストリート近郊なので、取材以外でホワイトストリートに訪れることは少ない。それも影響しているのかもしれない。


 そもそも、オレンジストリートで買えるものは基本的にホワイトストリートでも手に入る。

 その逆もしかりだ。違うのは風景と住んでいる人、そしてそれに付随する空気感の違いである。


 だからオレンジストリートに住んでいるミストが、わざわざホワイトストリートに行く必要はない。

 まだ来島して間もないミストだ。セピアが一緒にいるわけでもないのに、一人でホワイトストリート来るのは想像しにくい。

 でも、不自然ではない。俺だって仕事でホワイトストリートに訪れることがあるし、仕事でなくても訪れることがある。

 ミストもエンブリオに住んでいるのだから、ホワイトストリートに用があっても別に不思議じゃない。


「追いかけるか?」


 俺も一応は記者だ。

 追いかけて記事のネタでも手に入れば万々歳である。

 それに個人的に彼女の行先が気になる。

 先日、記者仲間がセピアと一緒にミストが買い物をしている所を見た、という話は聞いたが、俺がミストを外で見かけたのはコレが初めてだ。

 そしてミストの先輩でミストを溺愛しているセピアが居ない……この状況、記者としても個人的にも気になる。

 三割位が記者としてで、残りの七割が個人的だ。


「ん~、まぁいっか」


 あれだけ気になっておきながらミストを追いかけることはしなかった。

 そしてミストは人ごみの中に消えていく、その先はホワイトストリートだ。

 白い服装に白い風景だとすぐに見失ってしまうだろう。


 当たり前だがミストが何故、ホワイトストリートに向かったのかは謎のまま終わった。

 ホワイトストリートにある特定の場所や人に用事があったのかもしれないが、用事など全くなく無意識で単純な散歩だったのかもしれない。

 まぁ、もし精霊士として動くなら噂くらい立つだろう。その時に本人に取材して記事にすればいい。

 それに何て言うか、彼女の俺生活は気になるが知りたい反面で、知りたくない気持ちもあるという、謎の現象が俺に巻き起こっていた。


 ワンシーンが終わった。

 ただ一人の人間が通り過ぎるだけという短い時間だ。

 特別なことは何一つとして起こっていない。


「帰るか」


 だが、ミストの姿が見えなくなった事が俺に何らかの区切りをつけた。

 パレット広場のベンチから立ち上がり少しだけ伸びをする。

 長時間座っていたので、体が固まってしまっている。腕や首を始めとした体の各所をグリグリ動かした。

 一応だが、今は仕事中の時間である。家に帰る気はしない。仕事中は仕事中だ。

 まだ記事を書き終えていない仲間の横で暇そうにしているのはちょっと申し訳ないが……しょうがない。

 俺はパレット広場を離れ、そして職場に向かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ