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霧のエンブリオ  作者: 氷室夕己
第19章 片翼
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反転

 シクータはその異変にすぐに気がついた。

 素人でも勘付くだろう。

 それほど火精霊士の動きは変わっていた。


 これの直前、火精霊士は一時的に倒れた。

 今は何ともない様子だが、動きが減ったように感じる。

 これは疲労や衰弱によるものではない。

 ミスト……何をやった?


 魔力の流れは変わらない。

 浜辺にはアリマ・アロマの血統を感じる魔力が蔓延っている。

 精霊と魔力は別物だが互いに反応はするので魔力の流れから精霊の流れを察することは理論上可能だが、流石に難しいし詳細にはわからない。

 結局、精霊に関しては精霊士が一番なのだ。


 ミストが何かやったのであれば、それは魔法ではなく精霊術だろう。

 初歩的な魔法を使えたところで十分以上に魔力を操る火精霊士には敵わないし魔法で立ち向かうべきではない。

 三賢者ですらミストにかけられた呪術に手を焼いているのだ。

 ただの少女が叶う魔法使いではない。


 火精霊士に一時的に土をつけ、そしてその後の動きを変えさせたのであればミストは精霊術であれば対抗できることになる。

 事実、火精霊士は立ち上がった後、魔法の使用が増えた。

 お陰でほんの僅かだが呪術に隙はできている。

 解除まではさせてくれない辺り相手は相当やり手であるが……。


『シクータさん、応答をお願いします』


 卓上の無線機から声が聞こえた。

 現在は全ての保安官に無線機の利用が許可されている。


「こちらシクータ、聞こえているぞ」


『先ほど2分程前ですが浜辺で鼻をつくほどの異臭がありました。報告のために調査をしていましたが原因不明のまま異臭は収まりました。念のため避難範囲を広げるべきでしょうか?』


「どんな匂いだ?」


『腐卵臭、そして腐った玉ネギのような異臭との事です。被害状況は不明』


 よほど臭いがきつかったのだろうか、保安官は少し鼻声であった。

 匂いを感じたのであればその元となる気体を吸い込んだことになる。


「体調に異変はないか?」


『今の所ないです』


 腐卵臭だけだったら私は警戒しただろう。

 しかし玉ネギのような匂いで私はある確信を持った。

 この異臭は火精霊士ではなくミストの仕業だ。

 ならば心配はいらない。


「問題ない、そのまま警戒にあたれ。もし匂いだけでなく体調に異変をきたす保安官が出た場合は速やかに退避するように」


『りょ、了解!』


 保安官は不安と不満気に無線を切った。


 この事を島の外にいる他の賢者にも伝えたいところだが、伝える手段がない。

 無線機はエンブリオ島でしか使えないからだ。

 この島を覆う霧の結界が電波を遮ってしまうからだ。


 この異臭はミストによるものであれば火精霊士が慎重になる理由もわかる。

 あいつか先ほど倒れたのはミストの毒ガスにやられたのだ。


 金属由来のガスは殆ど毒だ。

 ミストは生み出す金属の温度を操る事ができるので金属を気体にしてばら撒く事も可能だろう。

 つまりミストは化学兵器を使った……島の外で禁忌とされている三種の兵器の内の一つだ。


 いくら金属を操れるミストといえど生み出した化学兵器の制御は完全にはできないだろう。

 ばら撒いたガス全てを精霊に戻せるように、ほんの僅かな範囲と時間に限定して使ったはずだ。

 それでも不測の事態は起こり得る。

 だからミストは周囲の警告のために別のガスも放った。

 玉ネギのような匂いがそれだ。 


 島の外で調理や暖房などに使われるガスは本来無臭であるが、ガス漏れなどがわかりやすいように意図的に匂いが付けられている。

 保安官が感じたという匂いはこれだろう。


 一方、火精霊士に匂いを与えるのは相手に防護する余裕を与えてしまう。

 あの少女が倒れる原因となった毒ガスは無味無臭のものだろう。

 そしてその周囲には臭いのついた無毒なガスをばら撒いた。

 これは周囲に毒ガスを使っている事を知らせるのと同時に、有毒なガスを質量差で封じ込める。


「ミストの奴、あの見た目で手段は問わない性格なのは感じていたが化学兵器まで使うとは……」


 私は300年前、魔法狩りにやってきたゲスどもを殺しまくったが、その時ですらここまで無差別な殺しはしなかった。

 あの時代には大量殺戮に向いた魔法が多くなかったのもあるが、どちらにせよ無差別に攻撃してしまう魔法の使用は控えるだろう。

 しかしミストは安全に配慮したとはいえ使った。


「非常事態、安全に配慮したとはいえ、後でお仕置きが必要だな」


 こういう術を使うやつにロクな奴はいない。

 まだミストは幼いかは更生の余地はある。


 今は説教の事を考えている場合ではない。

 かなり荒っぽい方法ではあったが、あの火精霊士は毒ガスを食らったことは理解しているだろう。

 金属を容易に溶かし蒸発させる火の精霊術を使うことが減っているのが証拠だ。

 そしてその場から動かないようになった。

 なぜ動かないのか、その理由は簡単だ。


 あの少女は本気で人を殺す覚悟がない。


 この島に危害を加える覚悟があるのなら、毒ガスが使われた時点で市街地に移動するべきだ。

 浜辺の位置を性格に把握して上陸したのなら、この島のどこに市街地があるのかも知っているはずだ。

 市街地に向かい、無関係な人々を盾にすればミストは毒ガスを使うことが出来ない。

 それでも移動しない、そもそも最初から人気のない浜辺から出る気配はないのだ。


 無関係な人を巻き込むつもりはない。


 そんな精神の人がミストの毒ガスから無関係な人々を守るためにはなるべく動かずに戦闘する必要がある。


「島民を人質にとったな、ミスト」


 ミストは呪術によって人質になった。

 このお陰で私はは解呪に専念せざる得なくなり、動けなくなった。

 他の賢者は1人が不在、もう1人は島の外に報告と救援のために暫くは帰ってこない。


 狙われた日程、島への密航、ミストの人質……これらによってエンブリオ島の実力者である三賢者の動きは封じられた。


 しかし今、ミストのゲスな行動のお陰で奴の動きを封じる事ができた。

 無関係な人間を巻き込みたくない火精霊士は行動を大きく封じられる。

 ここから反撃と行こうじゃないか……


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