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霧のエンブリオ  作者: 氷室夕己
第2章 精霊士のお仕事
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預言者来訪

 セピア・アルカ、精霊士である。正確には元精霊士だ。

 今日も“フェザーズハウス”に来ていた。

 もはや精霊士ではない彼女がフェザーズハウスに訪れる理由は新米精霊士である日々谷ミストの教育である。

 セピアの家はオレンジストリートの裏手にある。車椅子でも五分ほどの距離で、特に段差も勾配もない。

 ただ、歩道も車道もオレンジ色のレンガ造りなので揺れが激しいのだ。進みにくいわけではないが、車椅子の揺れは時折、セピアの体のどこかを「ちょっと痛いな」程度の被害を被る。


 セピアがフェザーズハウスにやってくる理由は、単純にミストに会いたいからでもある。

 彼女に会うことは最近のセピアの楽しみだ。

 ミストはセピアより二、三歳程年上、セピアの目線からすればミストは可愛い後輩であった。

 今まで“教室”に後輩はいても、精霊士の後輩は居なかったセピアだ。精霊士として待望なる後輩、それがミストなのである。


 セピア的には先輩は後輩に色々と教えるものだと思っていた。

 彼女は精霊術が使えなくなって約一年だが、ミストには記憶を頼りに精霊術を教えるつもりでいた。

 ところがミストは外でコソコソと精霊術を使っていたらしく、身に付けているアクセサリーの類は精霊術による自作品であった。

 ミストは外の人間であったが既に精霊術が使えた……それもかなり器用に使えた。

 ハッキリ言って自分よりも器用だと、セピアは凹んでしまった程にだ。

 ミストに精霊術を教える必要はない。


 そんなセピアであるが、まだ自分には役目があると思っていた。

 ミストがフェザーズハウスにやって来てから、まだ精霊士宛の仕事が来ていないのである。

 いくら精霊術に対する技術があったところで、それを使う機会がなければ意味がない。

 先輩としてセピアはミストの仕事ぶりを見守る役目があると感じていた。


 基本的に魔法で暮らすエンブリオ島で精霊術は必ずしも必要なものというわけではない。

 せいぜい「あれば便利だなぁ~」程度のものである。

 精霊術は魔力を必要とせずに大きな力を扱える……そんなメリットが有る一方、使える人間が少なく、魔法に比べれば凡庸性に欠けるというデメリットがある。

 精霊術は魔力を使わないので厳密には魔法ではないが、外からは”魔法の一種”と認識されており、魔法文化保護の対象となっている。

 エンブリオ島は魔法文化保護島であり、魔法を使うことを前提にしている。

 精霊術をわざわざ使うのは非効率的な社会だ。

 しかし精霊術が”魔法の一種”となっている以上、精霊術も保護しなければならないし、使わなければならない。

 だから精霊士には一ヶ月に一度か二度、仕事の依頼が来る。魔法より精霊術の方が向いている作業だったり、精霊術でも難なくこなせそうな作業を精霊士にわざわざ割り当てる。

 少し前まで精霊士不在の状態だったので当然、精霊士宛の仕事は来ていない。

 だけど今はミストがいる……近いうちにミストに精霊士としての依頼が来るだろうとセピアは予感していた。


 そんな仕事の依頼がやって来た。

 依頼者はセピアがよく知る人間だ。


「シクータ、久しぶりね。半月ぶりかしら?」


 だからこの言葉が出るのは当然だった。

 この、オシャレ度ゼロのオーラを漂わせている彼女の名前はシクータという。

 シクータはこのエンブリオに昔から住んでいる。それもかなり昔からだ。

 見た目の年齢はセピアやミストと同じに見えるが、実際は大魔法使いアリマ・アロマの禁術により不老となっている。

 簡単な計算でも三百年は生きている。

 ――三賢者、シクータはエンブリオ島を監獄島から魔法文化保護島にした立役者の一人だ。



「セピア、アンタに……というより新米の精霊士に仕事だぞ」


 シクータは話の途中から目線を私からミストに移した。そこで舌の回るスピードがやや鈍る。

 ミストを見れば大体の人間は言葉を失い、体が固まるのだ。

 例えソレがシクータでも……


 シクータは女性であるが、お洒落をしない、知らない、それらが面倒くさい。

 服の種類は両手で数えられる程であり、そのすべてがヨレヨレである。

 たまに立派な服を着たと思ったら、それは儀式用の服……こればかりは行う魔法の出来に関わるのでしっかりする。

 その反面、ミストは流石である。そんなシクータですら目を向けさせた。 彼女のファッションは異質だが個性がある。子供っぽく見える彼女だがスタイルは完全に大人だ。

 そんな彼女は自分をよく理解し、自分に似合う服をチョイスしている。

 ミストが着るような服は、とてもではないがシクータでは着れない。私も着れない。エンブリオの女性全員無理。

 そもそもこんな服……というより“衣装”は何処に売っていったのだろうかと疑問が出る。

 数秒の静止の後にシクータはようやく動き始めた。


「仕事の仕事は……だいたい一年ぶりだな」


 私が精霊術を使えなくなったのは一年前、精霊士が一年も不在だったので、精霊士が仕事をするのが一年ぶり。

 ちなみに一年も精霊士が居ない状況だったが、エンブリオでは特にコレといった影響は無かった。

 クローブ曰く、精霊術だったら手順二つで出来るものが、手順三つに増えた程度らしい。

 やはり、精霊術は物事を成し遂げる手段というよりも、使うことに意味のある文化的意味合いが強いようだ。


「シクータが依頼ってことは何か予言したの?」


「まぁ……うん……」


 歯切れが悪かった。

 いつもは研ぎたての包丁のようにスパスパと言うシクータなのに、今日はモジモジとしている。

 こんなシクータは珍しかった。


 何故ここまでノリが悪いのかと考えてみると、ある回答にたどり着く。

 そうだ、ミストに惚れたのだ。

 別に女性同士の恋愛感情というわけではない。

 どちらかというと、女としての憧れに近いか?

 いや、それでもない……可愛い妹や子供を見るようなものだろうか?

 それもちょっと違う。

 それらは完全に間違っている訳ではない、寧ろ全部当てはまるとも言える。

 不思議な魅力があるのだ……ミストには。


「あぁ忘れていた。シクータにもミストにも紹介しないと」


 ここに来て先輩精霊士の失態だ。新米精霊士と三賢者を結びつけるのを忘れていた。

 この役目は完全に先輩が請け負うことだ。


「ミスト、彼女はシクータ。例の三賢者で……まぁ一言で言えば予言者ね」


「初めまして、日々谷ミストです」


 相変わらずの可愛らしい声。耳が幸せ……。


「シクータだ。君の噂は聞いているよ」


 そして酒によってシワのついた声だった。

 少しだけ疲れを感じさせる声……私は暫くシクータに会っていない。

 きっと何か不穏な未来を感じて、その正体を探るために付きっきりだったのだろう。

 三賢者とはいえ、疲れていて当然だ。


「セピアが言った通り、アタシは予言を仕事にしている。そんで、いつもの通り予言していると“近いうちにどうでもいい事”が起こるっぽいので相談に来た」


「どうでもいい事って……」


 呆れた。

 シクータは膨大な魔力をたった一人で扱える。

 だから預言者なんて仕事が勤まるわけだが……この予言、百発百中ではあるが変な方向に傾くことがある。

 昔、「森が消えるかも知れない」とか言われて私はエンブリオ東部にある森に急行した。

 その真相は大量発生したシロアリによって木が一本食い尽くされただけ……割とどうでもいい事だった。

 虫虫地獄に見舞われた私をよそに、シクータは「未来はある程度変わるのだ」とか言い訳を言った。カンベンしてほしい。


 別に用心に越したことはない。

 シクータの予言はいつも大げさなので、逆に言えば予言以上の事件は起こらないという安心感がある。

 予言は信頼できないが、預言者としては信頼できる。

 でも、今回は最初っからどうでもいい事であることが分かっている。

 こんなパターンは今までに……無くはないが珍しい。


「大事件ならともかく、どうでもいい事なら放置してもいいでしょうに……」


「だが、このどうでもいい事を導くのに半月以上かかったんだぞ!」


 逆ギレだ。

 強い口調で言うものだから、ミストがビクリと一瞬だが震えてしまった。

 先輩としてこれは許せるものではないが、相手がシクータなので我慢した。

 毎度お世話になっているし、喧嘩したところで勝てるわけないし、そもそもシクータは元からこんな人だし。


「そ、それで仕事ってなんでしょうか?」


 暫くぶりのミストの言葉。あぁ、なんて綺麗な声だろう……。

 そして少し触れただけでポロポロと崩れ落ちそうな声だ。


「あぁ、そうだった。話が脱線してしまった。仕事というのは……、その」


 ここでまた言葉が滞る。何故こうも話しにくいのだろうか?

 起こる未来が“どうでもいい事”ならば隠す必要もないのに……。


「仕事は……、井戸の修理だ」


「はい?」


 この場にいる全ての人間が口を開けた。

 私は予想以上に“どうでもいい事”過ぎて唖然とし口を開けた。

 ミストはシクータの言っている意味が分からないのか、ハテナ的な口の開き方だった。

 そしてシクータは……何か色々な感情が混じった口の開き方だった。


「あれ、エンブリオは水道が通っていますよね? 井戸ってあるんですか?」


 確かにエンブリオは水道もあるし、下水処理施設もある。

 クローブ曰く、「外でも技術に優れた国から持ってきた」との事だ。

 科学技術の使用は控える事にしているエンブリオだが、井戸水の汚染が原因の病が過去(私が生まれるよりずっと前)に流行した事があるため、水道は例外の一つとしている。


 水道が普及しているエンブリオだが、井戸水を使う場所はまだある。

 その場所は人の居住区から離れた場所にあるから、ミストは見たことがないはずだ。

 エンブリオの人でも用がない限り、行かない。

 あそこに行くのは、あそこで働く人くらいだ。


「ネイブル駅から南に進んでいくと農園地帯がある。井戸水が使われているのは更にそのさらに南……、アップル地区にある工業地帯だ」


 仕事先としてはよくある場所だ。


「アタシの予言によればその……、“近いうちに工業地帯の井戸が壊れる”」


「そんな物、エンブリオの人に治せるわけないじゃない」


 アップルの工業地帯はエンブリオでは珍しく科学技術溢れる場所だ。

 外から輸入した機械も沢山あるが……使うことは出来ても造ったり、或いは直したりなんて出来ない。

 壊れた場合は島の外に修理に出すなり、新しいものに変えるなりする。


「ミストは外の人だ。治せるだろ」


 確かにミストは外に人間だが……。


「ボクも修理は……多分、外の物でも無理です」


 確かにそうだ。

 私も魔法で作られた物を動かすことは出来ても、作ったり直したりするのはちょっと厳しい。

 普段何気なく使っている物でも理屈とか全く考えずに使う……普段は意識していないけど、それが普通だ。


「まぁ、無理なら無理でいいさ。私の知り合いが新米精霊士の腕試ししたいと言っただけだしな。無理なら出来そうな仕事に変えるさ」


 フェネルだ……絶対に三賢者のフェネルだ。

 数日前、わざわざ私の家の前に待ち伏せまでして「ミストはどうか?」とか聞いてきた。間違いなくフェネルだ。

 如何にもフェネルがやりそうな事だ。そのせいで、どうでもいい予言に精霊士で対処するという流れになったのだ。


「アレ、シクータはこの“井戸が壊れる”っていう予言を……」


「正確には“近いうちに工業地帯の井戸が壊れる”だ」


 私は口には出さないが心の中で呆れつつ呟く、「同じだろうが」とね。


「だけどシクータ……さっき予言に半月以上かかったって言ったよね?」


 まさか、こんな未来を導くのに半月以上かかったのだろうか?

 シクータ的にはきっと重大な未来に違いないと信じて探っていただろうに出てきた未来がコレでは……、


「あっはっはっは! もうっ……笑うしかないじゃない! そんなに頑張った結果がコレじゃあ預言者も浮かばれないわ!」


 私は車椅子に付いた手すりを右手でバシバシ叩き、左手で腹を抱えて笑った。

 ここまで笑ったのは久しぶりだ。

 シクータが予言の内容を言うのを躊躇っていた理由が今、ようやく分かった。

 こんなの人に言えるわけない。だけど、フェネルが妙に絡んじゃった結果、精霊士に話せざる負えなくなったのだ。


「え、えっと……、取り敢えずその井戸は見るだけ見てみます。井戸が金属製なら精霊術でどうにかなるかもしれません」


 ミストは笑顔だが……、多分苦笑いだ。相変わらず人形みたいで可愛いが。


「あぁ頼む。肝心の井戸は工場が休みの日じゃないと点検できないから……、まぁ日時は後日伝えるさ。じゃあな」


 あ、逃げた。完全に早足……、いや、最早コレはダッシュだ。

 とても三百歳を超えた人間には見えない。見た目通りの十代後半だ。

 あっという間にシクータはフェザーズハウスの扉を開けて姿を消した。


「まぁ、初仕事……ガンバって」


「はい」


 先程まで騒がしかったフェザーズハウスに静けさが戻ってきた。

 平和、実に平和だ。

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