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霧のエンブリオ  作者: 氷室夕己
第19章 片翼
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溶かす炎

「なんでボクに言いがかりがあるのさ!」


 それを答えることはできない。

 深い理由はあるけど、それは後付けだ。

 つまり深い理由はあるけどない。


 単純に私はミストに嫉妬している。


 嫉妬の炎って言葉があるね。

 その嫉妬の炎を言葉の通り目の前に焚く。

 精霊術、これは生まれ持った才能だと言われている。

 普通の人はどんなに努力したところで使えない天性によるもの。


「私はこの島に密航した。ここで金精霊士に無力化されたらアリマ・アロマの娘でも送り返されるでしょう」


「どうかな? 手違いで島に来た人がそのまま定住したりしてるから君の思っている通りではないと思うよ?」


「でも強硬な手段を取って島に来た以上、争う意思は見せないとね。つまりこの炎は貴方を殺すつもりよ」


 炎の精が私の胸元から飛び出す。

 人の文明の象徴と言えるだろう炎だが、人間は炎を克服したわけではない。

 炎は例外なく焼き尽くす。

 金精霊士も例外なく炎に恐怖し、焼かれる事だろう。


 「水蒸気か……」


 炎の小蛇がミストに向かうのとほぼ同時に煙と音で視界が塞がれた。

 あの精霊士は生み出す金属の温度も自在だ。

 恐らく低温の金属を生成して守ったのだろう。

 炎を水で消す……すぐに思い浮かぶ対処法だ。

 それは普通の炎ならの場合であり精霊術の炎に当てはまるべきではない。

 炎には可燃物がつきものだ。

 薪や空気、油などが挙げられるが精霊術の炎はそれらとは根本的に異なる。

 火の精霊が呼びよされて直接炎となる。

 精霊術の炎は簡単には消えないし、低温の金属などすぐに溶かして体を貫くだろう。


「火傷するかと思ったよ、こんなに背筋が凍ったのは子供の頃に道に飛び出して車にクラクションを鳴らされた時以来かな?」


 防がれた?

 そんなはずはない、ミストの金属は融解していて跡形も残っていない。


 では回避した?

 避けたようには見えなかった、ミストは驚いて数歩動いた程度だ。


「火の玉を飛ばすのではなく、取り囲むようにするべきだったかしら?」


「ローリエ・アロマ……」


「私のことはローリエ・グランツェルと読んで、この島で大魔法使いと一緒にされては困るから」


「ん〜、じゃあ呼び捨てでいい?」


「勝手にして」


 呼び方にこだわる会話をする状況ではないと思うが、大魔法使いの娘というプレッシャーは重い。

 ただこの島で自分の身分を表すのには都合がいい。

 複雑だが……。


「ローリエには不思議だなと思うんだよね。ボクに喧嘩を打ったのは理解できないけど置いておくことにする。でも、ボクに対して精霊術を使ったのって今のが初めてだったね」


「それがどうしたの?」


「君はアリマ・アロマと一緒にして欲しくないからローリエ・アロマよりもローリエ・グランツェルと呼ばれたいようだね。そのファミリーネームはどこから来たの?」


「母親のファミリーネームよ」


「そうなの? でもファミリーネームの由来はどうでもよくて、ボクはローリエが精霊士と名乗ってこの島に来たのに精霊術より魔法を使っている事が不思議なんだよ」


だからなんだ?

 もう一度、精霊術の炎で焼かれたいということか?

 お望みならそうしてやる。

 さっきは炎を一つの球として飛ばしたから避けられた。

 なら周囲を囲んでやる。


「あら、これは避けられない」


 精霊術とほぼ同時ににミストがポツリと言った。


「これは……」


 何かが飛んできた。風の音でわかるし火精霊が僅かに歪んだからわかる。

 こちらに飛んできたのは数本のナイフだ。

 防ぐことも避けることもできないから攻めに来たか……。

 大きな物を瞬時に高速に飛ばすのは流石のミストでも難しいだろう。

 小さな物を飛ばすはいい判断だが、この大きさでは私の喉元に届く前に焼き尽くせる。


 ほら、もうナイフは溶け落ちた。


「…………?」


 おかしい、息が苦しい。

 何をされた?

 息ができない、体のあちこちが痛い。

 私がミストに呪術をかけたように、ミストも私に術をかけたのだろうか?

 エンブリオ島に来るまで魔法の扱い方を一切知らなかったミストがそんなことをできるとは思えない。

 仮に使えたとして効果が出るまで術にかけられた事を私が気付けないはずがない。


「やっぱり君は精霊士というより魔法使いなんだよ」


 目の前にミストがいた。

 しまった、苦しさのあまり精霊術を解いてしまったか。


「何をした?」


「ボクは君ほど魔法の扱いは得意ではないよ。だから君に魔法を使うのは得策ではない」


「私の精霊術が劣っていると言いたいの?」


「そんな事ないよ、だって炎は金属を溶かしてしまうものだからね。それに相性とか関係なく君の精霊術は強力だと思う……まぁ、ボクの知っている精霊術って少ないから信憑性に欠ける発言だけどね?」


 では何故私は膝をついている?

 膝をつくどころではない。

 バタリとその場に倒れた。

 動けない。


「さっきの炎はボクの精霊術で防ぐのは厳しいよ。時間をかければ出来るかもしれないけど火の手って早いのよね」


「何をしたの!!」


「だから溶かされる前提にしたの。気体となった金属は体に毒よ」


 まさか……

 私が溶かしたミストの金属製ナイフ、あれは飛び道具ではなかった。

 刃物特有の鋭利な形状に騙された!


「あのナイフ、材質は水銀や鉛ね、溶けて気体になったものを私に吸い込ませた……」


「即効性を出すためには普通の金属だと厳しいから普通の金属ではないよ」


 もし毒ガスの類ならミストも無事では済まないはずだ。

 ところがミストはガスマスクなしでピンピンしている。

 術者であるミストは防御できるだろう。

 だが周りに人がいれば……

 なるほど、私がビーチに到着した時の火災で人の避難は早かった。

 だから無関係な人が巻き込まれないと知っての行動だ。


「手段を選ばないわね……」


「君ほどじゃないよ」


 そこまで私は外道に見えるか?

 私は少なくとも無関係な人間を巻き込む意思はない。

 もしそうなら毒ガス攻撃だとわかった時点で私は人混みに逃げる、そうすればミストも毒ガスを解除せざる得なくなるからだ。


「君は精霊士で魔法使いでもある……二刀流なんだよ。本当はもっと強いはずなんだけど全力を出してないね?」


「私はいつだって全力よ!」


「全力だろうね……。だって、こんな大事が起きて時間が経っているのにシクータさんやシャボさんが来ないんだもの。これはどこかで足止めを喰らっているんだ。だねど保安官の殆どがここの周囲の警備に当たっているから君の他に侵入者がいるとは思えない。つまり……」


 息ができるようになった。

 私はひどく咳き込みながら呼吸を整える。


「君はボクに何かしたよね? ボクが疎い魔法で何かしたんだ」


 まさか既にバレていたのか……。

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