突入
エンブリオ島はこの星で最も異質な島だという。
私はその言葉に同意するが、実際はもっと現実的だと思っている。
それは私がエンブリオ島に入るのは初めてのことではあるが、島の中のことはよく聞いているからだ。
だからエンブリオ島も魔法も実際はそんなに不思議な存在ではないと思っている。
霧の島、魔法の島、夢の島……他にも異名は多くあるエンブリオ島。
今でこそ、この様に呼ばれているが三世紀前はネガティブな異名で呼ばれていた。
監獄島はまだ優しい表現で異端島、悪魔島、邪教島……散々な呼ばれ方をしていた。
大魔法使いアリマ・アロマは迫害される魔法使いを救うためにこの島に霧の結界を張り、魔法囚人と共に反乱を起こしてこの島を監獄島から保護島にしたという。
歴史書ですらこのように書かれている。
少なくとも私が受けた世界史の授業ではそう言われた。
講師の説明に私は鼻で笑ってやった。
アリマ・アロマは確かに迫害を受ける立場であったが、彼は魔法使い達からも異端として迫害されていた。
アリマは神や悪魔の存在を否定した魔法を提唱していたからだ。
当時は宗教と魔法が密接に関わっていたからアリマの現実的すぎる魔法は受け入れられなかった。
それが魔法狩りの時代になって手のひら返しされた。
アリマは当初はダンマリを決め込むつもりだったが最終的には自らの保身のため、具体的には「ゆっくりと研究できる場所」が欲しかったのでエンブリオ島を使った。
彼は生涯独身だったという。
これは間違い無いだろう。
では炎の精霊士はなんと呼べばいいのだろうか?
風切音に混じった水気が減った。
「そろそろエンブリオ島だ……」
この霧の中では感じられなかったが、霧を抜けるとわかる。
この島を流れる魔力は初めて触れるが、それでもここがエンブリオ島であることは容易に把握できた。
ここまで来れば誰も私の上陸を止められない。
密入国……いや、かなり目立つだろうから目立つ入国かな?
少なくとも霧の魔法を初めて突破した栄光ない罪人が私ということになるわけだ。
君が悪いんだよ? 日々谷ミスト……。
アリマ・アロマの遺品に焦げ跡がないかか確認したいが、今の私は耐火金庫の中にいる。
灯りなどない、灯りをつけたら洋上でバレるだろう。
私がどうやって魔法の霧を突破したのかって?
そんなのは金精霊士の方がわかるんじゃないかな?
計算によればあと数秒で浜辺に突入する。
この速度で浜辺に激突したらただでは済まない。
衝撃を和らげるための魔法……でも魔法を霧の中で使ってもジャミングのせいで不発に終わる。
耐火金庫の中からはほんの僅かに外が見える隙間があるが、自分の精霊術で起こした炎で視界が確保できない。
「でも霧を抜けたのは間違いないね。この島、ウールから聞いていた通りの魔力だ」
あんな大層な結界を張っているんだ、内部の魔力は当該に比べると不自然に調和が取れている。
つまり霧を超えた……衝撃を守る空気の魔法を始動する。
長距離飛んだミサイルが減速しているとはいえ地面に突き刺さるわけだ、その衝撃はこの耐火金庫をペチャンコにするだろう。
そこで空気の魔法をつかう。
気をつけなければならないのは空気は炎を燃やすことなので緻密な計算が必要になる。
空気が少なすぎると地面に激突したときに私は死ぬだろう。
空気が多すぎると炎が耐火金庫すら溶かし私は焼けるだろう。
でも大丈夫、計算は完璧なはずだ。
チリチリと音がする。
ゴリゴリと音がした。
そして次の瞬間に手で頭を覆いたくなるような衝撃を感じた。
少し意識が飛んだかもしれない。
少しどころじゃないかもしれない。
思っていたより衝撃が大きかった。
こんな命知らずな魔法は使った事がない。
正直……こういう魔法は二度とやりたくない。
体は動く、あちこち痛いけど少なくとも目立った怪我はない。
何よりは生きていることを喜ぼう。
霧の結界に踏み込んだら運が良くて遭難、運が悪くて死亡なのだ。
三世紀の間、ずっとそうだった。
生きていて遭難もしていない。
数分休めば立って歩けるくらい平気だ。
まずは命があることを喜ぼう。
さて、この狭い耐火金庫から外に出たいのだが金庫は炎上中だ。
私は火精霊士ではあるがそれでも生身の人間だから燃えたら火傷するし酸欠でしも死ぬ。
この炎で酸欠になることはない、そのような精霊術にした。
しかし炎だけはどうにもならない。
鎮火するのを待つしかないか……
ゴトリと音がした。
上陸から数分後の事だ。
なんの音?
そして急に光が弱くなった気がする。
何かが……置かれた?
エンブリオ島の消防士が消火活動を始めたのだろうか?
いや、それなら水の音が聞こえてもいいはずだが聞こえない。
それから数十秒で私は何をされたのか理解した。
息が苦しい……
そして炎の勢いは弱まっている。
炎が弱まっているということは消火活動が始まったということ、だけど水の音はない。
そうじゃないか、炎を消す手段は水だけではない。
炎が燃えるための酸素をなくせば炎はに消えるのだ。
これはまずい、酸欠で死ぬ!
炎は金庫のなかの空気を使わないようにしている。
そしてこの金庫には通気口が増設されており炎の外まで伸びている。
このお陰で私は金庫の中で燃える事がないし酸欠になることもない。
だけどこれは……通気口のさらに外側から空気の流れを寸断した。
だから急に光が弱まったのだ。
このまま死ぬわけにいかない。
火傷覚悟で金庫を開けて……いや、外がどうなっているのかわからない状況では危険だ。
一気に飛び出す……魔法じゃなくて精霊術の方が適任だ。
細かいことは気にしない、私の精霊術なら大抵の物は焼き払う事ができる。
ちょっと……いや、かなり危険だ。
だけど命知らずの渡航をしたから今更だ!
まずはスペースに合わない炎を生み出して金庫を覆っている何かを吹き飛ばす。
これを熱で溶かしてはいけない。
溶かしたら高熱の液体が私を襲うだろう。
残り僅かな空気を膨張させて吹き飛ばすのだ!
私は魔法使いだとは思っているけどアイデンティティは精霊術なのでね!
ボコンと音がする、炎は一瞬で消えた。
計算通り、魔法の計算通りは当たり前、精霊術の計算通りも当たり前だけど精霊術の方が嬉しくなるかな?
そして次はもう少し危険だ。
この金庫の内部で先ほどの精霊術を使う……少なくとも私は吹き飛ぶ。
でもしっかりと計算すれば吹き飛ばされるだけで済む。
さっさと脱出しないと……これは死ぬ。
「もうどうにでもなりやがれ〜!!」
ポコんとさっきよりは小さな破裂音、よかった熱は上がったけど発火するほどのものではない。
そして開いた耐火金庫の扉、そこから投げされる私の体……
吹き飛んで宙を浮いている時間はとてもゆっくりに感じた。
そして私の視界にある人間が入った。
この人の魔力は知らない……でもその人は金色の翼のような煌めきに包まれていた。
この翼……金色で小柄な少女。
へえ、可愛い子だとは聞いていたけど……女的には嫉妬するくらい可愛い子じゃない。
日々谷ミスト……
「君、大丈夫? 大丈夫じゃなくてもこの島に密航したからには見逃すわけにいかないんだけど?」
「君が日々谷ミストか?」
「え、ボクの名前を知っているの?」
「知っているよ、憎いからね」
「憎い?」
浜辺の端には巨大な金属の蓋が赤熱した状態で転がっていた。
これで空気を遮断して火を消そうと思ったのだろう……確かに金精霊士が消火活動するなら最適な方法だが、そのせいで酷い目にあった。
「キミは外国の人だよね? もしくは移民? どちらにせよボクはキミに会うのは初めてだと思うけど……名前は?」
「私はローリエ・グランツェル・アリマ……アリマ・アロマの娘よ」