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霧のエンブリオ  作者: 氷室夕己
第19章 片翼
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大魔法使いの遺品

 シクータにはある懸念があった。

 事実であって欲しくない……この放火事件の犯人である少女を見た時からそう感じた。


 あの火精霊とされる少女、彼女は大型魔法を扱う際に用いる儀式服に身を包んでいる。

 この儀式服が問題なのである。

 絵本に出てくるような悪い魔法使いが切るような典型的な服装、これが儀式服である。

 もちろん現実は絵本と同じなわけではない。

 サイズはかなり大きめという事、そしてとんがり帽子はかぶってない事……しかし、あの少女は典型的なとんがり帽子を被っている。

 少女が被っているあの帽子は少なくとも儀式服の一部ではない。

 恐らくな単なるファッションか、あるいは儀式服を制御するための帽子だろう。


「シクータさん、どうされますか?」


 保安官の上官が尋ねてくる。

 彼もベテランで優れた保安官だが、このような事態ではどう動けばいいか判断できなかった。


「奴が儀式服を着ているということは火精霊士ではなく魔法使いでもあるということだ……なにか仕組んでないか島中を捜索してくれ」


「了解しました」


彼は私の部屋を去っていった。

 部屋が静かになる、お陰で少しは落ち着けそうだ。


 儀式服を着ているということは魔法使いということである。

 島の外の魔法使いには心当たりがあるが、彼女はそれらのどれにも該当しない。

 そもそも儀式服は常に着るものではない。

 体の表面積を増やすために大きいサイズで作られたそれは近接戦闘向けではない。

 儀式服を着ているということは何処かに大きな魔法を用意しているか、もしくは既に行なっているかのどちらかだ。


 エンブリオ島ではない魔法使いか……


 3世紀前、この島が監獄島から魔法文化保護島となったとき、世界中から魔法使いが集まった。

 この時、当然ではあるが全ての魔法使いがエンブリオ島に来たわけではない。

 例えば島を目指していたが到着する前に決壊が貼られて入れなくなってしまった者…… 

他にも当時の魔法を全否定するような魔法研究を行っていた大魔法使いアリマ・アロマに反対して島から離れた者……

様々な事情があるにせよ、彼らはエンブリオ島に少なからず敵意を抱いているだろう。


「もしそいつらの末裔なら……厄介だな」


 彼らの存在そのものはエンブリオ島や国際機関の調査でわかっている。

 その殆どは公にされていないもの、中には「祖先が魔法使い家系」と自称する者もいる。

 魔法能力の有無や三世紀経ってもエンブリオ島に敵意を持っているのかなどはわかっていないが、もし魔法が使えて敵窟持ってこの島に来たのであればエンブリオ島は火に包まれる可能性だってある。

 それこそエンブリオ島を吹き飛ばすような災害級の魔法を行う可能性もあるのだ。

 そこそこ広いエンブリオ島を吹き飛ばす魔法など普通はできない。

 仮にあの少女が自爆的に行う大魔法でもこの島の被害はビーチ程度に留まるだろう。


 だが少女は儀式服を着ている。

 何か仕組んだ可能性が高い。

 もちろん私はここで彼女を監視しながら仕組んだものを探っている。

 しかし、島に大打撃を与えるような魔力は見つからない。

油断するな、やつは魔法使いであり精霊士だ。

そして何よりも……!


あの儀式服はアリマ・アロマのものだ。

 とんがり帽子は違うが少なくともローブは大魔法使いが使っていたものである。


なぜアリマの儀式服をあの少女が持っている?

 どこで手に入れた?

 どうしてアリマのぎ儀式服を着て平然としていられるのだ?


 彼の遺品の一部は行方不明になっている。

 特に儀式服と研究記録をまとめた魔導書だ。

 コリアンダーが棲みついているアリマの館にあると思っていたが、ミストの捜索では見つからなかったという。

 10年館を管理していたというあの羊を見つけ出して問いただしたがしらばっくれている。


 当然だ、儀式服は島の中ではなく外にあったのだ。


 あの儀式服は見覚えがある。

 儀式服から漏れ出る魔力を少し採取した。

 城からビーチまで距離があるからサンプルは少ない、でもこの魔力パターンは間違いなくアリマのものだ。

 魔力の波紋は人によって違う指紋のようなものだ。

 アリマの魔力は精査する必要すらない。

 彼の魔力は飽きるほど見ているのだから!!


 そして……少女はアリマの魔導書すら持っている可能性がある。


 ショルダーバックのように肩から下げているその分厚い本、ブックバンドのような外装に取り付けられた封印処理はアリマのものではない。

 流石にこの距離から封印を破ったり、封印を施した人間の特定は難しいが、外装そのものが最近の素材なのだ。

 しかし、外装の中身はここからでも望遠魔法で目視できる。

 状態はいいが古い本だ……なんらかの高度な魔法がかけられている可能性がある。


 アリマの魔導書は私ですら見たことない。

 彼の研究成果のうち、民間人でも使えそうなものは公開されている。

 しかし膨大な魔力を消費したり、人道に反するような魔法……いわゆる禁術は何処に封印したのか私も知らない。


 しかし、何処かにある事は知っている。

 本人から聞いているのだ。

 アリマは自分の考えた魔法は全て正確に覚えていたが、それでも開発した魔法のほぼ全ては記録したのだという。

 理由は自分が死んだ後で使う人のためだそうだが、場所どころか表装さえ私は聞かされていなかった。


 まさか、あの本がそれなのか?


 もし本物なら私達賢者を不老にした魔法やエンブリオ島の魔力供給の事も書かれているだろう。

 その内容を理解するのはエンブリオ島の学者でも難しいだろうが油断はできない。

 何故ならあの精霊士は鉄壁と思われた霧の結界を破っているのだから……


 この島で唯一上陸が容易なシルバービーチを狙ったのも偶然ではないだろう。

 あのビーチはアリマが魔法で作ったものだ、魔法の手順が記載されているとすれば禁術魔導書だろう


 三賢者は現在グローブは不在、状況報告のためにシャボは一時的に島の外に出ている。

 私は不用意に動けない。

 この島で最も高い建物の最上階からシルバービーチを監視する他ない。

 それでも出来ることはやらなければならない。


 あの魔導書の正体を探るのだ。

 もしアリマのものであれば内部に魔力痕跡があるだろう。

 しかし魔導書とはいっても持っただけで魔法を使えるようなマジックアイテムの類ではないだろう。

 このような自動魔導書は150年ほど前にアリマによって確立されたもの、千年前から存在しているであろうあの本に自動魔法などない。

 民間人向けにアリマが考案したものでありアリマ本人は自動魔導書は「つまらないから」という理由で使わなかった。

 単なる書物でしかないがアリマが何の封印もせずに魔導書を流出させるとは思えない。

 実際、ブックバンドの中身は年代を感じさせない。少なくとも防腐処理はアリマ自身が行なっている。

 ならば魔力を探るのは容易だ、この距離だと時間はかかるだろうが探ってみよう。


 私は魔力の線を窓から伸ばす。

 目標は数キロ先、相手に気が付かれないようにゆっくり慎重に行う。

 幸い私の魔力は不老の禁術のお陰で膨大である。

 このような遠距離魔法でも本の魔力わわ探る事はできるし、気づかれる恐れも少ない。

 規格外の魔力が島を歩き回っているのだ。

 この島で私の魔力が漂っていない場所など皆無に等しい。

空気に混じるようにゆっくり近づけば相手に気づかれる事なく魔導書に到達できるはずだ。


あと1km……流石に速度を落としていく。

あと500m……相手が気づく様子はない。

あと50m……周囲に大量にばら撒かれた精霊の影響で魔力抵抗が変わった。

あと5m……ここで私は血の気が引いた。


 気づかれないようにゆっくり蔓延る魔力が私だけではない事に気がついた。


「これは……呪術? こんな術式は見た事ないぞ!!」


 たが、性質はすぐにわかった。

 遅効性の呪いだ、そして無差別魔法ではない。

 遅効性とはいえ人を殺すには十分の魔法だ。

 そしてその魔法に狙われているのは……


「ミスト!! ミストが……」


 ミストに呪術がかけられた。

 対抗魔法は……出来る、流石にあの火精霊士と私とでは魔力の差も大きいし知識量も数百年違う。

 対抗できるはずだ。新しい術式だが既存のものの応用に過ぎない。


 その呪術は応用魔法にしては高度だった。


 何だこれは?

 本当に相手は単なる人なのか?

 最初は精霊術が使える少女だと感じていた。

 もちろんエンブリオ島に到達したのであれば相応に魔法に関する知識を持ち合わせていたとして不思議ではない。

 しかし、この私を手こずらせる魔法を使えるのか?


 力によるゴリ押しは無理だ。

 下手すれば返ってミストを死なせる恐れがある。

 精密な呪術だとしても私は鍵穴に合鍵を刺すように簡単に解除できる自信がある。

 しかし、これはあまりにも複雑すぎる。

 次から次に術式を変えているようだ。

 その割に一つ一つが高度な魔法で、幾つかのパターンがあるわけでもない。


 あの少女はミストと精霊術でやり合っている。

 その片手間で私を手こずらせる呪術を行うだと?


「魔法と精霊術の二刀流か……」


 もはや魔導書どころではなくなった。

 対抗魔法に……これはつきっきりだ、瞬きすら慎重に行わないとミストがやられる。

 下手したら私すら死ぬかもしれないな……生憎、私は不老ではあるが不死ではない。

 寿命と多少の病気に強いだけだ。あの呪術に対して何もしなければ普通に死ぬ。

 もし対抗魔法に反応するトラップが仕掛けられたらアウトだ。

 私が死んだらミストも死ぬし、どんどん被害が拡大するだろう。


「冗談じゃねーぞ……」


外術のために翻弄していくうち、私はようやく火精霊士の魔力パターンの一部を把握した。


「2回目だが、冗談じゃねーぞ……」


 この魔力パターンは大魔法使いアリマ・アロマのものに近い。

 だが本人ではない、しかし非常に近しいそれは……


「魔力パターンで血縁を察する事ができるが、まさかアリマの血縁を感じるとは……」


 ミストは呪われた。

 対抗のために私は本当に動けなくなった。

 やろうと思えばすぐに殺せたはずだ。


「アリマの血縁者にミストが人質に取られたわけか……」


 今日は天気がいいのに最悪な日だ。

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