セピアのすべき事、シクータのすべき事
城の最上階、いまは子供の相手をしている暇はない。
しかしセピアは嗅ぎつけてきた。
セピアの物事を察知する嗅覚はここまでではなかったとシクータは記憶している。
精霊士として全盛期だった頃はむしろ鈍臭かった。
「火精霊士が霧の結界を破って島の内部に侵入した事までは知っているわ、メティを呼ばないと流石のミストも持たないわよ」
なるほど、確かにそこらの島民より状況を把握しているようだ。
でも中途半端な情報だ。
この事件の本質までは知らない。
そう言うやつは余計なことをしでかす。
特に今のセピアは正義と愛情だけでここまで動いている。
本質もわからずに行動するのは事態を余計に悪化させるだけだ。
「メティを連れてくるようにすでに手配してある、多分そろそろここに来るでしょう」
「ほぉ、事件の起きているシルバービーチではなく城に向かわせたのは良い判断だ。君ならメティわわ引きずってでもビーチに連れて行かせるだろうと思っていた」
「私も最初はそう思った。だけどビーチは保安官ですら近づけてないんでしょ? 火の大きさは大したことないのに……」
「火元が精霊士だからな、タバコの火からの出火とは訳が違う。ミストがビーチにいなかったら今頃ホワイトストリートは火の海だっただろう」
獣は火を恐れるという。
故に人は獣を避けるために火を灯し夜を過ごす。
しかし人にとっても火が脅威であることに変わりはない。
「相手は人だ、どうやってエンブリオに侵入したのか聞き出す必要がある。それにクローブが不在のであることを知った上で上陸が容易な浜辺を選んだ可能性が高い」
「そんな中で火を消し止められるであろうメティの精霊術の対策をしていないわけない……そう言うことね」
「その通りだ、それにメティの精霊術はまだ安定性に欠ける。相手を溺死させたら何もわからず仕舞いだ」
もちろん、これはジョークだ。
今のメティなら暴れた精霊術を解除するくらいはできるだろう。
現に先週のポンプの件も点検や清掃ができなかっただけでポンプそのものの損害はでなかった。
「一階にいる職員にはメティを見かけたら私の部屋に来るように伝えておくよ。今後の状況を見て判断するさ」
迂闊にメティを向かわせるべきではない。
しかし早く来ることに越したことはない。
何もかも焼き尽くされた後に水をかけてもなんの意味もないのだ。
「ところでセピア、まさかこれで自分の仕事が終わりとは思ってないよな?」
セピアは意外そうに私の目を見た。
その目を見て私も意外だった。
セピアなら他にできることがないかと自分から聞いてくると思っていた。
でも本人はもうやるべきことがないと思っていたようだ。
よく考えればメティを呼ぶだけなら自分でもできたのではないだろうか?
確か家に向かった保安官の話だと西グラノール山に向かったと聞いた。
セピアもこのことは知っていたのだろう。
あそこのハイキングコースは確かに車椅子向けではない。
セピアが必死なら身体強化魔法を乱発してまでメティを探しにいってもおかしくない。
ところがセピアはメティの呼び出しを他者に任せて自分は城に報告しに来た。
恐らく情報が欲しいという考えもあるだろうが、ここ最近のセピアの思考パターンを考えると冷静さを感じる行動だった。
セピアの後輩2人は確実に成長している。
同じようにセピアも精霊術が使えない先輩精霊士として成長しているわけか……
「セピア、君にはネイブル駅に向かってくれ」
「駅?」
「今日はクローブはいない。島の外へいっちまって戻るのは早くて半日だ。さらにシャボも島の外への連絡係で今はいない、あと一時間もあれば帰ってくるだろうな」
「ということは私の仕事はシャボの連絡係? 私がやらなくても良さそうだけど?」
「いや、君が適任だ。メティもそっちに向かわせる。ネイブル駅の影沿いには港があるんだ。普段は立ち入り禁止だが私が手紙をかく、それを持って偉そうなやつに見せれば入れる」
「ネイブル駅に港があったのね……」
初めて知ったような言い方だが、実は存在は公にされている。
シルバービーチの隣にも港はあり、釣り客や海難事故に使われる。
ネイブル駅の港も同じ用途だ。最も立ち入り禁止区画が多い駅では釣り客への開放はしていない。
港といっても崖の上にある船舶用のドックとクレーンがあるだけだ。
滑落事故の救出などてネイブル駅の方が近かったり、線路に障害ができて海路で物資運搬するしかないなどの非常時に使うものである。
今回がまさに非常時だ。
迂闊にシルバービーチに近づけない以上、ネイブル駅の港を使うしかない。
もしかすると火精霊士がなにかの罠を張っている可能性はある。
だからシャボの帰還を待ってから行動する。
そしてメティとセピア、精霊士なら精霊術のトラップも察知しやすいだろう。
セピアは精霊術を使えなくなったが、それでも精霊に対する勘は常人を超える。
「わかったわ、駅に向かう。やれることはやらなくっちゃ!」
「頼んだぞ、それから階段を降りるなら入口にいふ警備員に運んでもらえ、あんな魔法の使いすぎて今倒れると困るのは私だ」
ハイハイと一度でいいハイを二度行いセピアは部屋を出て行った。
開けっぱなしになった扉から入れ替わるように保安官が入ってくる。
「血気盛んな彼女にとりあえずの仕事を与えさせて満足させる感じですか?」
「いや、9割本心だよ。」
「でも貴方は肝心な情報を彼女に与えませんでしたね」
「そのうちわかるさ、どちらにせよ私達も確証はない状態なのだから」
その通りだ。
確証がないまま発言するのは慎むべきだろう。
その確証を今から掴んで見せる。