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霧のエンブリオ  作者: 氷室夕己
第19章 片翼
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静かに騒がしい

 ブランボール図書館、文字通りの図書館であるが学校である。

 ここには大抵の本が揃っている。島の中の本はもちろん島の外の本もある。


「あらセピア、てっきり今日は来ないのかと思っていたわ」


 貸し出しと返却手続きを既に済ませ、これからフェザーズハウスに向かおうとしていたところでコットンに呼び止められた。


「そういう貴方は……随分と大荷物ね」


「食料の備蓄よ」


「食料ってなによ?」


「そう、それなのよ。教室はバタバタよ」


 バタバタというほど騒がしくない。

 そもそも今日は日曜日だから教室がないのだ。

 メティだって今日は友達と一緒にピクニックに行くと聞いた。


「保安局からお達しがきていてね。子供達を教室に避難させておくように言われているの。先生は日曜で散らばっている子供達に連絡を取り始めていて、私はこれから子供達のために弁当を用意しないといけない……はて、何処に頼んだらいいのやら」


 子供達が居ないのではなく、子供達がいるから静かだったのだ。ただ下校していないだけだった。

お昼には下校して子供達は家で昼食をするか、買い食いをしたりする。

 学校で食べるとは……ちょっと楽しそう。


「ホワイトストリートのあの店はどう?」


 確かここでよく見る人があの店の娘だと聞く。


「あの店は高いわよ、それに予約だけでいっぱいに成程の人気店だし。私だって食べた事ないし、あの子によれば仕込みの量を超えて用意するのは難しいとか……」


 こういう事が起きるとエンブリオ島は災害や事件に対して脆弱だと感じる。

 霧の魔法で守られているこの島では天候でさえ少し弄れるほどだが、病気に関しては別問題となる。


「とにかく! 私はもう行くね、城に相談しに行ってみる……流石に子供達のことだから相手してくれるでしょう」


 そして去り際にコットンは私にこのように耳打ちした。


「さっき職員室に来た保安官の話を聞いちゃったんだけど、どうやら精霊士が絡んでいる見たいよ」


「……ありがと」


 子供達を教室に避難勧告か……

 そして精霊士が絡んだ何かが起きている。

 精霊士絡みならミストかメティ、でもミストは今日は仕事でシルバービーチに行っているはずだ。

 そしてメティはピクニック、場所までは聞いていないけど西グラノールの森だろう。

 メティの居場所は掴みにくい、友達と一緒なら道から逸れた場所に行くとは考えにくいけど展望台までのルートは複数ある。

 それに車椅子で登れるルートは一つだけだ。そのルートもバリアフリーとはいえず、歩ける人に比べれば圧倒的に遅くなる。


 先に合流するべきはミストだ。

 シルバービーチも広いが遮る木々もないし、オフシーズンなので人もいない。

 とにかく精霊士絡みで何かあったのなら精霊士に合流しないといけない。

 でも私は別に合流を急ぐ必要はない。

 これは車椅子だからでもなく、精霊術が使えないからでもない。

 先に行うべき行動として合流が得策ではないのだ。


「……パレット広場は普段通りね」


ブランボール図書館はパレット広場にある。

そのパレット広場は島の中央から北西寄りに立地している。

 ここからシルバービーチに行くにしてもピクニックコースに行くにしても徒歩では時間がかかるのだ。

 島の半分近くを縦断する事になる……道なりに進めば西グラノールの展望台だが、ピクニックコースというのもあって舗装は最低限だ。

 そしてシルバービーチまではホワイトストリートというしっかりと舗装された道があるが、この長い道を端から端まで縦断する必要がある。


「本当なら私が取るべき行動は城に向かう事なのよね……」


城の中枢機関である城は目の前だ、図書館から目線を右に移すだけで不恰好な城が視界に映る。


 城に行けば今何が起きているのか把握は容易だろう。

 精霊士絡みなら操作の都合だとかで守秘義務を盾にされる事はない。


 私だって精霊士なのだから……。

 やれる事をやるだけだ。

 そう思い城に向けて車椅子を走らせる。

 城は目と鼻の先だから時間はかからない。


 城の入り口まで来ると少し騒がしかった。

 保安官が出入りが多い、確かに何か事件があったようだ。


「おや、木精霊士もお出ましだったか」


「あら、タイムじゃない。事件の匂いを嗅ぎつけて来た……のなら現場に向かっていると思っていたけど違うのね」


「いや、事件現場にいたんだよ。締め出されたけどな」


 なるほど、それで城まで来たのか。

 しかし彼の表情を見る限り保安官や議員などは忙しくて相手にしてくれなかったようだ。


「ワンチャン期待していたんだけどな……これは大人しくコクドウに向かうべきだった」


「コクドウ? 南グラノール山の再開発をしている?」


「なんだセピア、何が起きているのか知らないのか? 火災はシルバービーチで起きているんだ」


 シルバービーチ?

 火災?


 確かビーチにはミストが仕事に出向いていたはずだ。

 メティが水路の点検ミスった後始末のために……。

 という事は精霊士絡みの事件というのはミスト絡みという事になる。


「何が起こっているの? パレット広場はいつも通りってくらい平和だけど……」


「民間人はなんも知らんよ。だけどヤベー事が起きている。それだけは言えるな」


 これまで楽天的な表情すらあったタイムの表情はこわばった。

 そして私に耳打ちした。

 誰にも聞かれないように……。


「島に何者かが侵入した。そいつはミスト曰く精霊士らしい……炎を纏っていたから恐らく火精霊士だろう」


「え! それって……!!」


 思わず声を上げてしまい周囲の数人はこちらを向いた。

 タイムは唇の前で人差し指を立てたので私は慌てて黙り込む。


「セピアが後輩バカなのはわかるがビーチに行くのはやめた方がいい。2人は戦っていた……コリアンダーとの腕試しとは違うな」


「実験とかお遊びじゃなくて本当の殺し合いって言いたいの? そんなの……本物の決闘なんて本でしか読んだ事ないわよ」


 状況が読めて来た。

 恐らく城をはじめとした行政機関はこの事を伏せている。

 それで島民の混乱を最小限にしたいのだ。


「……タイム、コウドウで望遠カメラでも使って撮影するつもりなのね?」


「そうだな、城に来たのは無駄足になったし」


「そんなあなたにお願いがあるの……ハイキングコースに行って」


「ハイキングコースって西グラノール山のか? 南グラノール山とは反対方向じゃないか」


「これの埋め合わせはするから! 今日はメティがそこに遊びに行っているの」


 もし、ミストが相手しているのが火精霊士だとするなら武が悪い。

 金属というのは火で溶かされるものだ。

 いくらミストでも対応は難しい。

 それに相手は密航者だ……この島が霧の結界で覆われてから初めてエンブリオ島まで到達した事になる。

 どうやって結界を突破したのかわからないが、偶然ではなく緻密な戦略によるものだろう。

 メティなら……彼女の水精霊なら火を消し止められる。


「はぁ、わかったよ。ここは乗ってやるさ。ディナー一食くらい奢れよ」


「もちろんよ」


「それでセピアはどうするんだ?」


 それは答えるまでもない。

 できる事をやるだけだ。

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