浜辺の炎上
シルバービーチで突如起きた不審火、その現場にコウヨウ新聞の記者は居合わせた。
流星のように飛んできたというその火は当然ではあるが普通の炎ではない。
しかし、金精霊士ミストがあの炎を精霊術によるものとの発言は驚かせた。
「ミスト……!」
「タイムさん、離れてください! タイムさんだけじゃ無くてグラソンさんもです!」
「消火の人手は必要だと思うが……私達は公務員ではないがプロを名乗っている」
グラソンや周囲の保安官は既に消火活動を始めようとしていた。
火災に対して迅速な行動は必須だ。
火の手は早い、壁を伝えばすぐに建物を崩す。
ここは屋外だし幸いにも住宅からは遠い。
しかし炎の周囲は簡単に近づける物ではない。
精霊士とはいえ火災現場に慣れていないミストが飛び込むのは危険だ。
これだけは素人の記者ですらわかる。
「大丈夫です。あの炎は簡単には広がりません」
「根拠は?」
「精霊士としての勘です」
流石のグラソンもこれには納得しなかった。
炎に向かって走るミストを制止しようとするが……
「だから来ないでください!」
グラソンの道は突然現れた鋼鉄の壁に阻まれた。
それでもグラソンはミストに近づこうとするが……それを俺は止めた。
「今はミストを信じましょう……」
「根拠は?」
「記者としての勘です」
当然、素人の勘など緊急士のグラソンは信用しない。
だから俺も譲歩することにした。
「すぐに迎えるように人を用意するだけでいいでしょう。この広いビーチですし封鎖も時間がかかるでしょう?」
「しかし……!」
グラソンにも使命とプライドがある。
簡単には引き下がらなかった。
素人の勘では彼を止められないだろう。
しかし……。
「その記者の言うとおりにしてください!」
彼を止められる人が現場に到着した。
「貴方は……サニー保安局長!」
サニー・リング保安官のトップがここに来た。
火災の発生からかなり早い……都合良く近くに居た訳でないのなら車で急行したのだろう。
エンブリオ島で最も忙しい人の異名を持つ彼女がここに来たのは異常事態だ。
サニーが一つの火災現場に自ら指揮することは殆ど無い。
グラソンも彼女が来た事でこの火災の異常性をようやく認識した。
保安官と緊急士との立場は違う。
保安官は外交と治安維持に努めるが、緊急士は緊急事態に対処するための者だ。
しかし、一つの事件について共同で解決する事には相違ない。
これまでも保安官と緊急士が共に活躍した事はある。
「サニー局長がいらっしゃるとなると指揮は貴方に任せた方がいいですね……」
保安官のトップと緊急士がボヤ程度の火災に居合わせるのは初めてであった。
グラソンは元保安官である。つまりサニーは元上官だ。
居合わせた場合、グラソンはサニーに従う。
「現在、シルバービーチには異様な魔力が確認されています。不用意に消火活動するとこちらが危険です」
「異様な魔力というのは精霊の影響ですかい?」
「貴方はコウヨウ新聞の……」
「タイムです。金精霊士がこの火事は精霊術によるものと言っていました」
「ふむ……」
その反応を見るに、火災が精霊術によるものという情報は伝わっていないようだった。
現にサニーは無線機でその旨を報告している。
相手は……恐らく保安官ではないだろう。
相手が保安官ならサニーはもっと命令系を話すが、今の彼女は意見を聞く側になっているようだった。
「了解しました……では」
一呼吸入れたサニーはまた各所に無線を飛ばす。
今度は命令系だ。
各保安官はシルバービーチの封鎖に専念するようだ。
「緊急士の皆様には万が一のために消火活動の準備をお願いできますか?」
「当然です」
「準備だけです。シルバービーチには絶対に入らないでください。住宅の燃焼の危険がある時だけ消火活動をお願いします」
「しかし……あの火災はなんなのですか?」
「まだ分かりません。ですがシクータさんがこの火事の異様性を感じたそうで……今のところ解析が進むまで動くのは危険かと」
「しかし、あの小さな少女だけ進ませるのは……」
「大丈夫だ」
これだけは俺でも自信を持って言える。
なんの根拠もない。
ただの記者としての勘だ。
「ミストは小っこいだけで頼りになるさ」