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霧のエンブリオ  作者: 氷室夕己
第18章 もうそろそろ暑くなる季節
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清掃は暑き物事のために

 うちの編集長がミストに初めて会い、そして彼女に苦手意識を得るようになった翌日の事だ。

 タイム・チャーゴはまたまたミストに会うことになった。

 これは偶然が半分で必然が半分だ。


偶然が半分と言うのはミストと会う予定ではなかったと事。

 必然というのは俺の取材先にミストが精霊士として出向いていたからだ。

 本日は海開き直前、エンブリオ島唯一の砂浜であるシルバービーチに取材に来た。

 するとミストはここに仕事で来ていた。

 

 このビーチは人工的な物である。

 エンブリオ島は本来、断崖絶壁の島で簡単に上陸できる地形ではない。

 これは同時に中から外に出にくい事でもあり、この島がかつて監獄島だったのもその地形からきているのだ。


 今から200年ほど前、エンブリオ文化保護島の父であるアリマ・アロマが一種の公共事業として一晩でこの場所にビーチを作ったという。

 その結果、周辺の経済は潤い開発も進んだ。

 ホワイトストリートやその周辺はその成果だ。

 

 成果には犠牲がつきものである。

 ホワイトストリート周辺は人工河川であるティア川で成り立っている。

 ティア川のポンプは定期的にメンテナンスされており、海開き直前となれば海水浴客の安全確保に重要な存在だ。

 エンブリオ島周囲は魔法の霧で覆われている。

 この霧は人や物の感覚を狂わせてしまう。

 エンブリオ島で海から上陸できる場所はシルバービーチのみ、人が沖に流されたら大惨事は免れないのだ。

 残念なことに海難事故は毎年数件起きていて、大抵は助からない。

下手な捜索は二時遭難の危険性もあり、霧の中では三賢者ですらその魔力をフルに使うことができない。

だからこそ事前の防止が重要であり、ティア川河口のポンプは周辺の生活用水を確保するのと同時にシルバービーチ周辺の海流を操作しているのだ。

 もちろん、あの広い海に人間が干渉できることなど僅かでしかないが。


「そんなわけで海開き直前にメンテナンスと洗浄を頼まれたのですよ」


 エッヘンと腰に手を当てるミスト。

 その姿はポニーテール、少し短くしたとはいえやっぱり長めの髪で初夏の日差しで橙色に輝いていた。

 霧に包まれたこの島でも夏の日差しは感じる。


そして服装なのだが……

スカートなのである。しかも少し短めなスカート。

シックながら主張の控えめな刺繍がされている。

 そして少しサイズの大きいTシャツだ。子供の落書きのような魚のイラストがプリントされている。

 ミストがTシャツを着るのはかなり珍しい。


「流石に暑いですからね。厚着なんてしていられませんよ」


 ミストはそんなことを言っているが、俺は知っている。

 この金精霊士、昨日は超厚着だったのだ。

 アンジェリカがそれで呆れ果てていた。


「それじゃあ夏服はもうしまったのか?」


遠回しに聞いてみる。

 流石に人伝いに聞いた話を直接聞くのはデリカシーに欠ける。


「いや、一部残してますよすぐに出せるような場所に数着あります」


 当たり前じゃないですかと言いたげに答えた。

 着れるような季節ではないのになぜ残しているのか?

 ミストなら着たいからとこ言うに決まっていると思いつつ、確認のために聞いてみることにした。


「なんで暑いのに冬服をスタンバイしてるんだ?」


「前の温暖期を思い出してくださいよ。真夏なのに大雪が降ったではありませんか」


 うわぁぁぁ!!

 予想に反して大真面目な回答が返ってきた!

 そうだった。あの大雪の時は箪笥の奥底に眠ってしまったコートを出すのに苦労した。

 俺だけではない、誰もがそうだった。

 島の半分だけという超局地的な豪雪だったが、防寒具なしでは危険なものだった。


「備えあれば憂いなしですよ。だから悩みにな悩んだ末にお気に入りの数着を選んですぐに出せる場所にあるのです」


「なるほどね……って、何だって? お気に入りの数着って言わなかったか?」


「あっ……」


 おい、なんだ今の間抜けな声は。

 早くも化けの皮が剥がれたじゃないか。


「そ、その……備えあれば憂いなしです! でもチョイスするのは大変ですよ。決めた時はコレでいいかと思っていても、少し経つと気に食わなくなるのです。だから……」


 墓穴を広げている。

 もしかしてミストは頻繁に冬服を取り出しているのか?

 そしてその時に来たいと思ったら温暖期の度な真ん中でも着る気なのか?


「備えあれば憂いなしです!」


「わかった、わかったから!!」


 このままだと「備えあれば憂いなし」と言うセリフを何回聞くハメになるかわかったものではない。

 ここで折れておこう。


「もしかして金精霊士は君か〜い?」


少し遠くから声が聞こえてきた。

あの男は知っている。緊急士のグラソンで数回だぎ会ったことがある。

 夏場は仲間の緊急士、そして保安官と力を合わせてシルバービーチの安全に視力を尽くしている。


「おや、いつだかのコウヨウの記者さんじゃないですか。確か取材でしたよね」


「お世話になります。海開きに合わせて海難事故防止のためにコメントを頂きたく参りました」


「すいません、インタビューは一時間ほど先でよろしいでしょうか? 河口ポンプの点検が最優先です」


 それは構わないのだが、俺は時間通りに来た。

 もちろん事前にアポは取っている。

 つまり、その後に彼の予定が変わったのだ。

 その心当たりは俺の横に立つ小柄な少女くらいしかない。


「アハハ……メティがやらかしてしまったみたいで申し訳ないです」


「いや、ポンプが壊れたわけじゃないから大丈夫だよ。ただ試運転ができなかっただけさ。こちらこそ先日はフクロウの件で迷惑かけたね」


 フクロウ?

 ホーホー鳴くあのフクロウか?

 なんでここで猛禽類の話になるのか検討つかないが、そこはいい。


「ポンプの方で何かあったのですか?」


「いや、実はですね……」


 俺はグラソンの方に聞いたつもりだったのだが、答えたのはミストだった。

 このポンプの点検は当初、水精霊士のメティが行う予定だった。

 そういやこの間ミストに会った時にそんな話をした覚えがある。


 メティはその精霊術でポンプに水を入れる役目だったそうだ。

 ティア川を流れる水を使うと一時的に川の水位は下がる。

 運河としても使うこの川の水位を極端に下げるわけにはいかない。

 しかし、そうするとポンプに負荷の強い水を吸わせる点検ができないのである。

 そこでメティの水を使おうとした。


「あの大雪の時は半ば無意識に精霊術を使っていたので歯止めがかからず、あの大雪になってしまいました」


「後天的な精霊士なんて例がなかったからな……魔法でもないのに大好きな雪が降るならもっと雪が欲しくなる」


「だからメティに鏡を見せて、背中の翼を見せる事で精霊士であることを自覚させたのです。それで雪は止んだし、積もった雪もすぐに溶けました」


 自分は精霊士であると自覚させること、そしてその後の特訓によりメティの精霊術はかなりコントロールできるようになった。


「それでもメティの精霊術はかなり強力だそうです。あれだけの範囲を雪景色にするくらいですからね。ボクには到底できないパワーがあります。特訓しても完全なコントロールには至ってません」


「まさか、ポンプに想定以上の水を入れてしまったのか?」


「いや、水が冷たすぎたのです。それこそ凍結寸前くらいにね」


 その現場を見ていたグラソンが会話を遮るように答えた。


「下手したら氷のせいで水が流れなくなり、ティア川が氾濫するところだったのか……」


「そうでもないですよ。水精霊士はすぐに術を解除したので被害はありませんでした。強いて言うなら点検の日程が今日にズレ込んだ程度です」


 それで俺のインタビューの時間もズレ込んだわけだ。


「やらかしに気づいて慌てて止めたと言う事は、メティは本気で精霊の扱いを間違えたということです。実際、その日のメティは落ち込んでましたから」


 あのメティが落ち込む様子は想像つかない。

 延期した点検にメティではなくミストが来たのも自信をなくしたからだろうか?


「この仕事、本来ならメティ向けなのですが……彼女は今日クラスメイトとピクニックなんですよ。だからボクが代理で来たのです」


「責任も落ち込みもないじゃねーか!!」


「仮にメティが行くと言ってもボクは止めましたけどね。海開きの日程を考えるとこれ以上の延期はしたくありませんし」


 当然だがミストは水精霊を物質化できない。

 せいぜい動かせる程度だ。

 それではポンプの負荷検査はできないので、行うのは金属の腐食具合を精霊士目線で目視する形になる。


 ちなみに負荷検査はすでに別の方法で行ったそうだ。

 人口河川のティア川は水量の調節が行いやすくなっている。

 土木技術の他にも島の中枢魔力を使った大規模な魔力の水門で調整できるのだ。

 三賢者のクローブに頼み、精霊術ではなく魔法で負荷検査を行った。

 この島には暫く水精霊士が誰もいなかったので、ここ数年はこの方法の方が主流だったのだ。

 今回になって精霊士に頼んだのは文化保護の観点から「精霊術を使った」という記録をつけるためだろう。


「ではグラソンさん、タイムさんを待たせるのも悪いですから始めましょう。河口ポンプはどこですか?」


「そうだね。場所はこっちだ……」


 グラソンが歩き出すとほぼ同時に声が聞こえてきた。

 遠くから、若い男の声が聞こえてくる。

 声はグラソンを呼ぶ声だ。

 やがて声の主が見えてくる。

 彼はビーチの西側、つまり俺たちとは反対方向から来たようだ。


「グラソンさん! ここにいましたか、大変です!」


 この人は緊急士ではない。

 制服から察するに保安官だ。

 海水浴シーズンでここを巡回するのは不思議なことではない。

 それよりもヤケに慌てている方が気になった。


「火災です!ビーチで何かが燃えています!」


 これは……事件だ。

 周囲に緊張が一瞬張り詰める。

 ミストとグラソンは一瞬目を合わせると互いに頷き、そして駆け出した。


「保安官さん! 消化器は用意してますか!?」


「海の家にあるものを仲間が取りに行ってます! 緊急無線で応援要請もしました! 十分あれば消化隊がくるでしょう!」


「わかりました! 私は一度現場を見たら手空きの緊急士に応援を呼びます。そうしたら河口ポンプに向かいます。消化に使うならあそこかビーチ入り口の消火栓のどちらか……もしくは両方でしょうから!」


 流石は保安官と緊急士だ。

 緊急事態の段取りは整っている。

 ビーチの西の端に近いところ、小さいが煙が登っているのが見えた。

 そこからさらに進むと赤黄色い炎が見える。

 炎は大したことない、生身の魔法で消火は難しいだろうが、消化器なら1〜2本あれば消える大きさだ。


 ただ、引っかかるものがある。

 海開き前のシルバービーチ、ここには今、保安官や緊急士を除くとわずかな釣り客くらいしかいない。

 浜辺でバーベキューを楽しむ人などいないのだ。

 何故、火の手が上がった?


「皆さん待って下さい!!」


 ミストが大声を上げた。

 聞いたことないような必死な声だっただけに俺は背筋を震わせて己の足にブレーキをかける。

 止まるまでそ三歩要した。


「あれは普通の炎ではありません……不用意に近づかない方がいいです」


 目を凝らして火元をみてみる。

 流石に何もないところで燃えているわけではない。

 何かが炎の中にある。


「普通の火ではない?」


「保安官さん、あの火は……どこから来ましたか?」


 どこから来た?

 そんなもの消化してから現場検証すればいい。

 いまは消火と巻き込まれた人の確認が最優先ではないのか?


「一応、私が第一発見者なのですが……」


 保安官は顔を強張らせながら下を動かす。


「地上に流れ星が落ちたように見えました。でも不思議なことに音がしなかったのです。それで気になって確認しに行ったら炎が……」


 流れ星が地上に落ちただと?

 宇宙から火を纏った石が落ちてくる時があると聞いたことがある。

たしか隕石か……激レアのマジックアイテムだと聞く。


 しかし、音もなく燃えた石が落ちるだろうか?

 この保安官が最初にそれを言わなかったのは自分が見たことに自信が持てなかったからだ。

 さっきの俺と同じようにまずは消火と被害状況を確認してから原因究明にあたればいい。

 だからこそ余計な情報は言わなかったのだ。


「保安官さん…-多分ですがそれは本当だと思います。ボクには見えるんですよ。火の精霊がどこからかやって来て、そして浜辺に辿り着いたのです」


「おい、ミスト! マジなのか!?」


「えぇ、まだ火精霊が通った痕跡が残っています」


「じゃあ、あの火災は隕石か何かかなのか?」


「違います!」


 ミストは声を上げて否定したが、次の言葉はなかなか出てこない。

 自分の中でもまだ言葉がまとまってないのか?

あるいは確信が持てないのだろうか?


「あの周囲にいる精霊は極端に火精霊が多いです。火事だとしても火精霊が多すぎる!」


 そして、俺は次に信じられない言葉を聞くことになった。


「恐らくですけど……精霊士の炎です」

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