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霧のエンブリオ  作者: 氷室夕己
第2章 精霊士のお仕事
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エンブリオ島の預言者

 これはシクータがミストに出会う前日の話である。

 シクータは三賢者と呼ばれる魔力的にも知識的にも強い人間である。 彼女は大魔法使いアリマ・アロマから得た強い力と、三百年以上生きて得た知識を使って、ある仕事をしていた。

「もう少しだ。もう少し……もう少しで見えるぜい」

 その仕事とは予言である。

 未来を見る魔法なんて、普通の人間が使ったら自滅の自爆……自身の魔力を使い切ってしまう。

 しかし強大な魔力を持つ三賢者なら話は別だ。

 彼女が今いるのはエンブリオ島の中央にある通称“城”と呼ばれる建物だ。

 この建物はいわゆる行政機関で、エンブリオ島の様々な決まりや方針を決めている。

 そんな“城”の上層階の一室にシクータの部屋はあった。

 時刻はもう夜だというのに、部屋には明かりが付いておらず真っ暗だ。

 魔力で付く照明器具はあるが、シクータはつけていない……明かりをつけるのを忘れるほど仕事に熱中していたからだ。


「そこそこそこそこ……ここを破れれば……」


 見えてきた。ようやく、ようやく見えたぞ……この未来の尻尾を見つけた時に何やら不穏なモノを感じたのだ。

 エンブリオの預言者としてこの未来は無視できないと感じた。

 この不穏なモノが一体どんなものなのか?

 通常、嫌な予言は察知しやすいし、それに当たりやすいものだ。

 しかし、この予言は嫌な感じがする割には正体が掴みにくい。

 この未来を掴むのに半月……ようやく、ようやく見えた未来がコレだ。


 “近いうちに……”


「見えた……見えたぞ! このエンブリオに降りかかる未来が見えた!」


 だが、ここで油断してはならない。近いうちにエンブリオに何が起こるのだ!


 “近いうちに工業……”

 “近いうちに工業地帯の井戸が……“

 “近いうちに工業地帯の井戸が壊れる“


 遂に掴んだ。これがエンブリオに降りかかる未来……


「ってウォォォオオオイ!」


 これは多分違う、絶対に違う。

 エンブリオに降りかかる不吉なものが、こんなチンケなものであるはずがない。

 何か別の未来がノイズとして紛れ込んだようだ……気を取り直して、もう一回試してみよう。


 “近いうちに工業地帯の井戸が壊れる“


 結果は変わらなかった……何度やっても、何度試しても、そして何度確認しても“近いうちに工業地帯の井戸が壊れる“という結果しか出ないのだ。


「これはまさか……まさか……いや、冗談だろ?」


 確かに“近いうちに工業地帯の井戸が壊れる“という未来は”良い未来”か”悪い未来”かと言ったら後者、悪い未来の分類である。

 そういう意味では予感は的中した。立派に預言者としての仕事を果たしたことになる。


「あぁもう! アタシはこの未来を導き出すのに半月もかかったんだよ! もうちょっと、こう……重大な感じの未来じゃないのか!?」


 大きめの机にはハンバーガーの包み紙(中身は無い)、ポテトチップスが数袋(中身は無い)、コーラの入った紙コップ(中身がある)……食料以外には古臭い万年筆と近代的なA4ノート。

 島の外に住む人間の常識からすれば預言者の卓上とは思えない。エンブリオ内としても、この散らかった机は非常識だ。


「私の半月を返せと言っても時間は戻らない……ならヤケだ。食ってやる」


 しかしハンバーガーは既に食べてしまった。ポテトチップスの袋を探ったが、全て塵レベルのカスしか残っていない。ハンバーガーの包み紙には僅かに残ったソース、ポテトチップスの袋にはカスがあるが、それを舐めとるほど私は落ちぶれちゃいない……コーラは残っていたので、それの残りを全て喉に流し込んだ。


「はぁ……はぁ……」


 コーラの炭酸は完全に抜けており、もはや黒い砂糖水となっていた。

 これでは気が沈まない……急に降りかかってきた疲労状態の中で外出するのは気が乗らないが、食料を求めて外出することにした。


「はぁ……呑んでやる。今日という今日は呑んでやる」


 エンブリオにある殆どの店は日没には閉店する。夜に開いているとすれば酒場のような大人の店だけだ。

 シクータは見た目では十代半ばに見える少女だが、実際は三百年以上も生きている。

 三賢者であるシクータを知らない人間はエンブリオに居ない。

 だから酒場に入ろうが、そこで酒を呑もうが煙草を吹かそうが誰も文句は言わない。


 シクータの仕事場はこの“城”の最上階にある。

 自室でもあるので寝泊りもしている。

 予言では地下二階の儀式場を使う事もあるが、今回は七階、この自室である。

 “城”はエンブリオで最も背の高い建物だ。そんな城の最上階にシクータは居るのだ。 七階身は他にも本格的な儀式場や天文上、資料室などがある。


 エンブリオで一番高い建物……その一番高い部屋で仕事ができる。

 部屋にある窓は小さいが、それでもエンブリオ島を一望できる窓だ。

 眼下に広がるパレット広場、オレンジストリートとホワイトストリート、その周囲にある商店街、その他もろもろ……自慢ではないが絶景である。

 一般の人は役場として機能している一階よりも上、もしくは下の階に行くことは出来ない。

 役場職員や議会関係の人間でも、この七階まで来る人は僅かだし、来る頻度も稀だろう。

 この絶景を毎日見ているのはエンブリオでも私くらいだ。これは自慢していい、自慢できる。

 ただし、この職場兼自室は見晴らしと引き換えに移動の面倒くささがある。

 外に出かけるのも、そして帰ってくる場合でも階段で七階まで上がらなければいけないのだ。

 しかし予言は天に近い、もしくは地中の方が成功しやすいので仕方ない。

 私は三百歳超……かなりのご老体である。見た目はティーンズだし、体力もそれ相応なので不自由はないが、城の階段を上り下りしているだけで時間がかかる。お陰で変に筋肉が引き締まってしまった。

 当たり前だがいくら体が若くても体力は普通に消費するから疲れもする。

 階段の上り下りが面倒なので、極力買い溜めをして外に出ないようにしているのだ。


 極力外に出たくないという基本には背くが、仕事部屋でもあるここから一刻も早く外に出たかった。

 井戸が壊れるという下らない未来に振り回されたままでは、酒場で呑んでいないと精神が参ってしまう。

 ボロボロのバックから煙草を取り出して指で火を付ける。

 火を煙草の先に引っ付ける時に魔力をトチってしまった。

 火花が散って指の付け根に当たる。火傷はしなかったが少し熱い。溜息と共に煙草の煙を出しながら私は自室を出た。


 直径5メートル程の螺旋階段を下りていく途中で見知った顔に会った。

 三百年以上も付き合っているのだから忘れるわけがない。

 彼が居るということは……恐らくここは四階だ。彼の部屋は四階にある。

 私は彼と会話状態にならないように“無関心です感”を発しながら階段を下りた。

 別に仲が悪いわけではない。三人とも、三百年間、バラバラにならずに一緒なのだから、寧ろ仲がいい方だ。

 ただ彼は少し硬い人間なので今の”参っちゃっている気分”で話したくないだけだ。


「おぉ、シクータちょうどいい。相談事があるんだ」


 掴まった。“無関心です感”に彼は気づかなかったのだろうか?

 本当に彼は超普通に話しかけてきた。

 彼の名はフェネルと言う。

 私と同様に三賢者と呼ばれる人間だ。エンブリオ島を覆う霧の管理は彼の仕事である。 他には主に事務的仕事が多く、不要にも可からわず議会の助言も彼が受けることが多い。

 堅苦しい仕事をしているせいか性格も堅苦しい……少なくともエンブリオに霧を張った時よりは堅苦しい存在になっている気がする。


「なんだフェネル?」


 如何にも”貴方には無関心ですよ感”をだして仕方なく対応する。


「シクータ……話の前に、とりあえず煙草の火を消すべきだ。歩き煙草は感心しない」


 ほら堅苦しい。


「別にいいだろ、ここは屋外じゃねぇんだ。それに、ここは職場だが自宅でもあるんだぞ? 家で禁煙は勘弁願う」


 歩き煙草を注意することがフェネルの用事だとは思えない。用事は別にあるはずだ。


「まあよかろう……吸殻と灰だけは落とすなよ」


 三百年付き合っているからフェネルも私の事をよくわかっている。煙草の件に関してはフェネルの方から妥協した。


「灰を落とす前に城の焼却炉に飛ばしているわい」


 飛ばしている。つまり転送魔法を使っているわけだが、普通の人間は使わない。

 強大な魔力のある三賢者の特権だ。普通の人間なら素直に灰皿を使う。

 そういえば、エンブリオの外では灰皿が携帯化しているとクローブから聞いた。

 灰皿……皿……携帯できる程の小さな灰皿を持ち運ぶわけだが……いくら小さいとは言え、灰皿を持ち運ぶ人間の姿を想像すると実にシュールだ。

 皿の中には煙草の灰や吸殻が入っているから引っくり返さないように慎重に持ち運ぶ必要がある。


「それで、なんの話だ?」


「ふむ……実はシクータに頼みがある」


「一体何なんだよ……」


 ようやくの本題だった。


「確か外から精霊士が来たな」


「あぁ、例の……」


 確か名前はミストと聞いた。

 クローブによれば性別は女で歳は十五だっけか?

 そうなると、セピアよりも二つか三つほど年下だ。

 セピアとしては妹のようなものだろう。彼女は新たな精霊士が来ることを楽しみにしていたのを覚えている。


「その精霊士がどうした?」


「やはり……外から人を連れてくるのは如何なものかと思ってな」


 何を今更、ミストはもうエンブリオに来てしまっているので、今更騒いでも意味がない。

 自分が文句を言える立場ではないが、三賢者が精霊士の高齢化を放置していたのが問題の大問題だった。

”エンブリオから精霊士が近々居なくなる”という未来は見えていた。

 だが、三百年も生きていると、その“近々”が十年にも百年にも感じるのだ。

 エンブリオは魔法文化保護島……文化を保護する目的のためにも、外部から人や物を入れ込むのはよろしくない。

 そのため三賢者は「そのうち精霊士が生まれるだろう」と思い、そして十人議会も三賢者の意見を聞いて「精霊士が生まれるまで待つ」という方針になってしまった。

 言い訳をさせてもらうと、“エンブリオから精霊士が近々居なくなる”という実に曖昧な未来しか見えなかったのが原因だ。精霊術は魔法とは異なるので精霊絡みの預言はしにくい。

 しかし、いくら曖昧な未来でも見えていたのは事実だ。

 そして“近々”が何十年も先と勝手に判断してしまった。

 先代の精霊士が一人二人と天国に向けて旅立ち、セピア一人だけになっても我々は特に何をするわけでもなかった。

 セピアはまだ十代後半なので精霊士が完全に居なくなるのはもっと先だろうと……。


 結論を言うと現実は思うようには行かなかった。

“近々”は思ったよりも近く、セピアはある日、精霊術が使えなくなってしまったのだ。

 魔法文化を保護するためのエンブリオ島に精霊士が居なくなるのは大問題だ。

 早急に精霊士を用意する必要がある。

 セピアも人間だからいずれ死ぬ。そうなったら精霊士や精霊術は書面だけのものとなってしまう。

 これでは伝説と同じだ。外からでも構わないから精霊士を連れてくる必要があった。


 エンブリオは外から物や情報を持ち込まない、持ち出さないが原則である。

 その中で精霊士を探すのは至難の業かと思ったが、案外あっさりと一年で見つかった。

 エンブリオに物資を搬入する業者の人が「知り合いの娘に自然のオーラみたいのを見れる人がいる」との情報をくれたのだ。

 幸運にも恵まれて精霊士がやって来たわけだが……目の前にいるフェネルは未だに外から人を連れてくることに対して疑念を持っている。

 もう十人議会からも、国際機関からもOKサインが出てしまい、そして精霊士が来てしまっているのにだ。


「そうだ、シクータよ。精霊士に与える仕事はないかね? それで判断しよう」


「趣味が悪いな……故郷を捨ててまでやって来てくれた精霊士を試そうっていうのかい?」


 そんな事をしてもどうにもならない。一旦はエンブリオに入ってしまったのだ。

 島に入った人を出すわけには行かない。


「いや、そんなに難しいものでなくてもいい……精霊士も慣れていないだろうからな」


 そんなこと言ったって困るものだ。

 元々、精霊士は職業というよりも保護対象と呼んだ方が正しい。

 精霊士向けの仕事はあるにはあるが……、


「あっ」


 先ほど私が予言した“近いうちに工業地帯の井戸が壊れる“という未来。

 いつもだったらクローブに新しい井戸を発注するように頼むところであったが……


「外から来た精霊士……ミストだっけ? 彼女は何の精霊が得意なんだ?」


 少しだけ体を揺らしたフェネルは記憶を呼び覚ます。


「セピアによれば金だそうだ」


 セピアから聞いたのか……セピアに会えるなら、ミスト本人に会って直接聞けばいいのに……どうせ後々会う事になる人だ。


「どうした?」


 私の呆れ顔を察することはできたようだが、何故呆れ顔をしているのかは分からないようだ。


「いや、何でもないさ」


 話を一旦切る。外からの金の精霊が得意な精霊士となると……もしかすると金属製の井戸なら直せるかも知れない。

 初めての仕事にしてはハードルが高いか……あの井戸は工業用で大きいものだ。


「分かった。アタシから適当に依頼しておくさ……ちょうど金精霊士に向いた仕事がある」


「あぁ頼む」


 少し……いや、結構な長話となってしまった。

 えっと、私は何をしに部屋を出たんだっけ?

 ちょちょいと脳みそをコネて思い出す。

 そうだった……溜まった疲れを酒場で放出させようとしたのだ。

 だが、精霊士に依頼するとなると予定変更だ。

 180度の方向転換をして自室に戻る事にする。

 せっかく四階まで来たのに、また自室のある七階まで戻るのは気が進まないが……酔っ払った状態でフェザーズハウスに行ったらセピアに何を言われるかわからない。

 仕方ないので煙草で我慢することにした。


「うっアッチ!」


 長い話の間、ずっと一本のタバコを吸い続けていた。

 どうやら根元まで煙草を吸っていたようだ。


 正直に言おう……私は預言者であるが、この時は全く予想していなかった。

 その外から来た精霊士ミストがとてつもない少女であるという事に……そう、色んな意味でとてつもない少女だ。




 翌日、フェザーズハウスに久しぶりに赴く。

 あの予言の前に息抜きに来た以来だから半月ぶりだ。

 仕事を依頼しに来るのは一年ぶりになる。

 扉を開けて中に入る。やたら目立つ少女がそこに居た。

 その後ろには車椅子に乗るセピアが居る。


(こいつか……)


 これまた個性的な精霊士が来たものだ。

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