高校生活
亮は地元では進学校として名の知れたある公立の高校に進学することが出来た。高校生活初日の朝、亮は緊張の面持ちで顔を強張らせながら早めに自宅を出た。身体の成長を見越して新調された藍色のブレザーの制服が、まだ大きすぎて亮の身体に馴染んでおらず、どこかぎこちない初々しさを醸し出していた。
亮の通う高校は、彼の自宅から自転車で四十分ほどの距離だった。道のりの途中、遊歩道を通った。遊歩道は、亮の自宅の近くを流れていた上水道に沿って十数キロにわたって延びており、全体の道幅は七メートル程で、真ん中の幅四メートル程が自転車専用レーンで、その両サイドが歩行者専用のレーンとなっていた。両側にはイチョウ、ケヤキなどの木々が青々と立ち並び、所々木の下にこげ茶に塗られた休息用のベンチも設けられていた。途中、桜並木が両側からアーチを成しているように続く区間もあり、残り少なくなった花びらが、ゆらゆら舞い落ちていて、儚げに季節の彩を添えていた。
亮は時折木々の隙間から射し込むほんのり霞んだ朝日に目を細め、ひたすら自転車を走らせた。時折何度も腕時計で時間を確認した。亮以外にも、周辺の幾つかの高校へ向かう紺、藍、グレーなどの制服を身にまとった高校生の男女達が、徒歩や自転車を漕ぎながらせわしげに行き交っており、亮の自転車の漕ぐ足を否応無しに速めた。
亮が高校に着いたのは八時少し前だった。中学時代、亮は大抵八時二十分頃に着くように登校していたので、八時前に学校に着くというのは彼の感覚からすればかなり早いはずだった。しかし、亮が教室に辿り着いたとき、すでに席が半分以上埋まっていた。亮は思わず一瞬たじろいだ。大分早めに登校したという意識があったので、自分より早く登校している者はもうちょっと少ないだろうと考えていたのだ。
亮の通い出した高校は、A組からG組までの全七クラスあり、生徒数は一クラスにつき約三十名だった。亮の配されたクラスはA組だった。
A組の授業初日の一限目は英文読解で、担当の教師はA組の担任の尾崎真一だった。尾崎は五十代のベテラン教師で、痩せて小柄な身体つきをしていた。ロマンスグレーの髪を七三にきっちり分けて固め、薄い銀縁の眼鏡をかけていた。グレンチェック柄の入ったグレーのスーツを身にまとい、その話し方と身のこなしはどこか紳士然としていた。
授業が始まると、尾崎は大まかに授業の進め方を説明した後、早速教科書の英語の長文を、一センテンスごとに生徒を指名して訳させた。指名する者は名簿から無作為に選びだされた。指名された生徒達は皆そつなく英文を訳していった。
亮は教室をやや上目使いで怖々と見渡した。生徒達は皆未だ緊張気味に澄ました表情で教科書やノートに黙々と目をやっていた。亮には彼らの顔がいかにも賢そうで垢ぬけているように感じられた。中学ではクラスの顔ぶれは様々だった。不良も落ちこぼれも居た。ピンキリだった。その中で亮は己のイメージを秀才というポジションに置くことが出来たのである。しかし、ここでは違う。ここにいる彼らは厳しい受験を乗り越えてきた優等生ばかりなのだ。そう思うと、亮は己がどんどん無色透明に薄まっていく気がし、眩暈がするほどの気おくれを感じるのを意識した。