エレキギター
亮は父の英一からエレキギターをプレゼントされた。薄ら大理石模様の入った艶々とした光沢のある黒いボディが特徴的だった。全体の形状はフェンダー社のストラトキャスターを思わせたが、ピックアップはギブソン社のレスポールに装着されているものと似た四角い形状のものが二つ装備されていた。ブリッジとトレモロアームとペグは真鍮で出来ており、それらの部分は金色にピカピカ輝いていた。ボディの素材にはカーボンファイバーが使われており、それは父の英一が勤める会社で製造されていた。英一は会社が製造に関わったエレキギターの試作品を、亮のためにわざわざ委託元の楽器メーカーに頼みこんで貰ってきたのだ。亮はかなり後になって知ったのだが、そのエレキギターはなかなかの高価な品だったという。
亮はギターをプレゼントされたその日から、暇さえあればエレキギターを握っていた。初心者用の教則本も買ってもらい、そこから基本的な弦のピッキング方法やコードの押さえ方など、ごく初歩的な奏法や知識を学んだ。その後は、手探りしながらほとんど自己流で弾き方を覚えた。
亮は真っ先に「フォトグラフ」という曲のイントロのギターフレーズを覚えた。「フォトグラフ」はあるイギリスのハードロックグループの曲で、彼らの出世作ともなった代表的なヒットナンバーだった。そのギターフレーズは、極めてシンプルでありながら、曲のメロディックで軽快な特徴をイントロで決定づける印象的なリフレインだった。亮はそれを毎日馬鹿の一つ覚えのように繰り返し弾いた。
「もう、そればっかり」
亮の年子の姉である由美が呆れ声で笑いながらそうからかった。由美は幼い頃より本格的にピアノを習っており、絶対音感を持っていた。対して、亮は幼い頃より音感が少々鈍かった。弦のチューニングが多少狂ってもそれに気づかず弾き続けた。
「亮くんさあ、ちゃんとチューニングくらい合わせなよ。それ聴いてるとこっちまで音痴になりそう」
由美はしばしば亮にこのようなクレームもつけた。
亮がギターを弾きたいと思ったのは、本当に純粋な気持ちからだった。「フォトグラフ」のイントロのギターフレーズを、ただ自分の手で鳴らしたいだけだった。