ゆびきり…?
コンコンっ
いつのまにか寝ていたようで、何かの音で意識が浮上した。
「……んっ……」
光が眩しくて、目を擦りながら上半身を持ち上げた。
すると、またコンコンっとドアをノックする音が聞こえた。
慌てて
「はーい」
と声を出し、急いで髪の毛を整えよだれが出ていないか、口の回りを拭った。
ルミアスさんかな…?お昼ご飯まだだし……
いや、ユリアンさんというのもありえる、とドアが開く間に考える。
開く音と共に、ドアの向こうにいたのは見慣れない人だった。
「こんにちは~」
「こ、こんにちは?」
誰だろう……。 見たことあるようでないような……。
んー、と唸っている私を見てその人は笑った。
「はははっ、足の具合はいかがですか?」
「え、足!? なんで足?」
後半独り言のように呟いた私にその人は、
「さっきも言ったでしょう、こけるところをたまたま見たと」
とまだ笑いが止まらないようで、笑いながら言った。
「あ、もしかして……」
「思い出してくれました?」
「さっきの庭師さん……?」
「大正解です!」
その人、いや、庭師さんは嬉しそうに言った。
「庭師さんがどうしたんですか?」
「いや、ちょっと噂の……」
そのあとが聞き取れない。
「噂の?」
「いえ!なんでもありません。怪我の具合が気になったのと、怪我してる間は出掛けられないと思ったので庭のデザインのご要望を承りに来ました」
庭師さんは噂のことについては教えてくれなかったが、私の足のことを心配してくれているのは嬉しかった。
「そんなわざわざすいません……」
「いえいえ、好きで来たので気にしないでください。むしろ、私に仕事をください!」
どんっと庭師さんは胸を叩いた。
と、そこでまたドアがノックする音が響いた。
「お嬢さま?ルミアスです。」
「はーい、入って大丈夫です」
前に一度着替えているところを見たせいか、それ以来ルミアスさんはよく許可をとる。
失礼しますと言って入ってきたルミアスさんは目を丸くした。
「おやおや、珍しい人がますね。いつお知り合いに?」
庭師さんはペコリと頭を下げた。
「さっき、お話したんです。私が転んだところを見ていたらしくて心配してくれて……」
その言葉を聞いた途端、ルミアスさんの顔色が真っ青になった気がした。声も焦っている。
「こ、転んだ!?お怪我は……?」
「右足を捻っちゃいました」
後頭部を撫でながら、へへへっと言う私の前にルミアスさんは急いで足元にしゃがんだ。
「手当ては!?」
「もう、エルティスさんがしてくれたので大丈夫ですよ」
笑顔で言ったのだが、ルミアスさんはなんだか落ち込んでいる。
「る、ルミアスさん……?」
「私がおりながら気づくのが遅くて申し訳ありません……」
「なに言ってるんですか!ルミアスさんにはしないといけないお仕事があるんだから、気づかなくて当然です!」
腰に手を当て言う私にルミアスさんは、弱ったように微笑みを浮かべ
「次、もし何かあったら急いで私を呼んでくださいね?サティ様やエルティス様よりも先にですよ?」
念を入れるように言う彼に私は笑顔で小指を差し出した。
私が小指を差し出すと、彼は首を傾げた。
おじさまの首傾げ……!!
心の中できゃーきゃー言ってる私をよそに、ルミアスさんはまだはてなを浮かべているようだ。
「ゆびきりってしないんですか…?」
「ゆびきり……?」
ゆびきりの文化がないんだ……!
「いや、私の所では約束するときにこうするので、つい」
私が小指を直そうとすると、ルミアスさんが自分の小指で絡めとった。
「こう、ですか?」
思わずドキッとしてしまった。
ルミアスさんの手は温かくて優しくて、でも、男性の指でゴツゴツしていた。
ルミアスさんも少し頬を赤に染め呟いた。
「これは、少し恥ずかしいですね」
「は、はい」
声が上ずり、きっと顔も赤くなっているだろう私にルミアスさんははにかんだような微笑みを浮かべた。
ゲホンゲホン
わざとらしい咳が響き、そっちを見ると庭師さんが少し顔を赤らめ咳き込んでいた。
「執事さんは、何用で?」
と庭師さんがルミアスさんに訊ねた。
その一言でルミアスさんは私の小指からそっと小指を離し、私の手をひとなですると話し出した。
「そうですそうです、お嬢さまに昼食を持ってきたんです」
「わぁ、お昼ご飯!今日のお昼は何ですか~?」
喜ぶ私に執事さんは笑顔をくれ、
「それは、見るまでのお楽しみです」
とウインクした。
なんて素敵な執事さんなんだろう。
ルミアスさんが私の昼食をいつもの机に運び、コーヒーも運んだ。
コーヒー?私はコーヒーが飲めない。
それはルミアスさんも知っているはずなのだが……。
私の心の中を見たように
「庭師さん、こちらへどうぞ」
と椅子を引きながら言った。
なるほどと感心していると、
「では、私はこれで。またあとでお皿を取りに来ますね」
と言ってルミアスさんは出ていった。
私はルミアスさんが用意してくれた昼食を眺めた。
今日は私が知っているようなものばかりだ。
お魚に野菜もある。
私はそれを眺め、そして庭師さんをちらりと見た。
庭師さんは私に微笑むと
「僕に遠慮せず食べてください」
と言った。
「いただきます」
私は遠慮せずに手を合わせた。
そして何口か食べて一息つくと言った。
「でも、私は今のままの庭で素敵だと思うのですが……」
私の突然の言葉にも関わらず、庭師さんは返事をくれた。
「お嬢さま好みの庭にしますよ?」
「そんな恐れ多い。私なんかのただの一般の人にそんなことしたらダメですよ~」
「なにが一般人ですか、ご冗談を」
と、はっはっはっ、とでも言うように庭師さんは笑った。
え?私は本当に一般人なんですが……。
「私はただのなんの取り柄も肩書きもないですよ?」
「何を言ってるんです!もしそうならここに住めるわけないでしょう?」
それは確かに……。なんで私はここにいれるのだろうか?
いや、それはサティさんのおかげか。
とそんな私の考えを遮るように庭師さんは言う。
「お嬢さまは、サティ様の婚約者でしょ?」
爆弾を落とした、庭師さん。
「へっ?婚約者?? なんのことです?」
「え、お嬢さまはサティ様の婚約者じゃないのですか? 今、皆のもっぱらの噂ですよ?」
噂? 婚約者?
急に頭がグルグルしだし、美味しいはずの昼食の味がわからなくなった。
「あ、それとも先ほどの感じを見るようでは、執事さんのほうの婚約者ですか?」
いや、それだとこんな部屋にいれないか、とかなんとか庭師さんはぶつぶつ呟いている。
私にはそれが脳に上手く吸収されない。
なんのこと?婚約者?私が?
顔が急に熱くなった。
私がサティさんの婚約者?
頭が急に熱くなり、ボーッとして、更には目も回る。
グルグルと回る。
後頭部が重くなり、重心が後ろに行った。
ガターンっという派手な音がして、私は後頭部に痛みを感じ
「お嬢さま? お嬢さま!?」
と言う声がだんだん遠くなり始めたの感じながら、また本日2回目意識を飛ばした。