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いかないで

作者: 紫雨蒼

いかないで、という曲を聞きながら読んでいただけたらと。雰囲気を意識しました。

「ほんとにいっちゃうの?」

「……うん」

その、うんまでの間の時間はなんなんだ。その、陰りの見える顔はなんだ。その、私の袖を弱々しく握るたった2本の指はなんだ。…その、目に光るそれはなんだ。

あぁ、全部が腹立つよ。

君の全てが腹立つよ。

いくなら、笑ってよ。いつもみたいに茶化してよ。私のこと、いつもみたいにいじってさ。笑わせてよ。

…泣きたいのは。

泣きたいのは私なんだよ。

「早くいきなよ」

「…僕、ね」

「早くいきなさい!」

「…ッ」

違うのに。こんな駅で大きな声を出したい訳じゃないの。…ほら、向かいのホームで見えるカップルみたいに、静かに抱き合って、お別れしたかったのに。だって、泣いちゃダメだもん。君が泣いてるから。…君が、泣いてしまうから。私は泣けない。ほんとに言いたい言葉も胸にしまうの。

「怒ってるの…?」

「怒ってない!もう!決めたことでしょ!早く!…早くってばっ!」

そう、君の胸元を勢いよく押してしまった。君は泣いてた、君は僅かな力しか残ってなくて。それで真後ろには電車が迫っていた。君は堕ちた。君は吹っ飛んだ。私の意識と一緒に。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

あぁ、まだ忘れられないな。

君に言えなかった最後の言葉が、きっと君が待っていた最後の言葉が。今も言えない。今言えても、君は帰ってこないから。だから私はずっと言えないのだろう。

「真冬ー?学校遅れるわよー」

「うん」

なんで私はのうのうと学校にいってるの?裁いてよ。殺してよ。

君がいない日々は案外なんともなく過ぎていく。それでも私の心のなかでは黒いものがどんどんと蓄積されていく。君に会いたい、ということより、君に謝りたくて、君に言いたい言葉を言いたくて。

「空くんがいなくなったのは辛いかもしれないけど…自殺だもんね…」

「目の前で見てしまった真冬の心の傷は深いよな。のわりにはきちんと学校にもいって、真冬は強い子なんだ」

父母がそう、リビングで話す声が聞こえる。

心の傷、か。だとすればそれは君のせいじゃなくて、私のせいなんだ。君のために心に傷なんて負ってないの。強い子っていうのも嘘。強くなんてない。それほど君が電車に轢かれて死んだことは大きなことではなかったんだと思う。

「いってきます」

君が死んで、一年と一ヶ月がたった、そんなある朝だった。


線路を見つめた。

君の死体が見えた。

君は笑った。

口が動いた。

「ありがとう、真冬」

そんな風にみえた。

「ほんとにそう思ってるの?」

君は笑って頷いた。

あぁ、その顔も腹立つよ。

ねぇ、その顔あのときにしてくれてたら。

私は人殺しになれたんじゃないかな。

ほんとに?

私は君を止められたんじゃないかな。

違う。私はあれでよかったの。

私はあの言葉言えたんじゃないかな。

いいの。だって君は。あの日。



「自殺を手伝ってほしい」



私はただ、君の約束を守っただけ。

ただ、それだけ。

人殺しになれたら、どんなによかったろう。君はずるいよ。人に手伝わせといて、遺書はちゃんと残して。私は関係ないだなんて。

私はずっと人殺しなのに。

ねぇ、君はどうして死んだんだろう。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「は?そ、そんなの手伝えるわけ」

「頼むよ、僕の最後のお願い」

「い、いやっ!」

「…最後にさ、抱かせてよ」

「…っ」

付き合って三年。君ははじめて私にキスをした。

私は心のどこかで信じてた。そんなこと言ったって、君は私のことが好きだから私を一人にしてかないって。君は私の手をひいた。いつも私がひくのに。見慣れた君の部屋。いつも一緒に寝たベッド。そう、ただ横になって寝てただけ。私がずっと待ってることも知らずに君はかわいい寝息をずっと立ててたね。

「ごめんね、真冬」

「遅いよ、ずっと待ってたのに」

君がいったごめんねの意味もわかろうとしなかった。

君は優しかった。優しいキスと、優しい手つき。その時君が恍惚に笑っていたのにも気がつかずに。

君は待ってた。

私の、快楽で力の抜けた体を優しく抱いて、待ってた。起きたら、「さあいこう」って。

それでも私は信じてた。

君はやめてくれるって。

私はだから気がつかなかったの。君がふらふらしてたことに。君も快楽で疲れてたんだよね。きっと。

駅につくと、君はもう一度抱き締めて、キスをした。こんな積極的な君を見るのははじめてで。

「ほんとにいっちゃうの?」

「……うん」

笑ってほしかった。いつもみたいに「冗談だけど」って笑ってほしかった。君は笑わなかった。君は泣いていた。私は怖くなった。君がいなくなることより、君が本当に自殺しようとしてることに。

泣きたくても、認めたくなかった。泣いたら君がいなくなることを認める気がして、泣けなかった。私は怖い気持ちをどうすればいいかわからなくて。

そう、君にこのときほんとに言いたかった気持ちだって、君が本当に死ぬことを認めてしまう言葉だから、言いたくなかった。いや、言えなかった。怖くて言えなかった。

君が最後になにを言おうとしたんだろう。それを聞こうともしないで私は君をいつものように突き飛ばした。いつもなら君は耐えるのに。怖いくらい感覚がなくて。君は笑いながらおちていった。ありがとう、君はそういったね。


ごめんね。私は言いたかった。

あのとき言いたかった。

言ってたらなにか変わってたのかな?私が強がってなければ。私が、私が、私が………ッ!


「いかないで」

「私もつれてって」



私の目前には電車が迫っていた。


なんでこうも人が死ぬんだろ、私の小説。

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