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フリーワンライ

小指の糸はどこへ向かう

作者: 千葉 某

「小指の糸」



午前中の用事を済ませ、お昼を食べてから目の前のテレビ番組を見て、なんだか懐かしいと笑みをこぼした。数年前、安心して彼に堕ちることができたきっかけともいえる、その話題。

運命の赤い糸は、実は一本だけではない、というものだった。

当時の私にとって運命の人は絶対的に越野くん一人だけで、彼を亡くしてからもう「運命の人」と出会うことはないのだろう。ただ漠然とそう思っていた。だけど、目の前に現れた彼がなぜか強く私の心を惹いて、目が離せなくなっていて、彼のそばにいたい、と思うと同時に、でも本当にそれでいいのだろうか、と不安にもなった。

教えてくれたのは、大好きな親友。


『ねえ悠子、いいこと教えてあげる』

『いいこと…?』

『うん。運命の赤い糸はね、一本じゃないんだよ』

『どういうこと?』

『そのまんまの意味。運命の人候補みたいなのがたくさんいて、誰がずっとそばにいてくれる人になるのかはわからないの。だから、人は何回でも恋をするんじゃないかなあ…と私は思うんだけど』

『そうかな』

ちょっと信じがたい私に、彼女は明るく笑いかけた。

『ゆーたが運命の人だったのは確かだよ。だって、本当にお似合いだったもん。私、悠子とゆーたのカップルすごく好きだったんだよ』

でもね、と彼女は続ける。

『だからって、ゆーたと心中しなくていいじゃんってこと。そうやって悠子が心を殺し続けてたら、ゆーた喜ばない…っていうかむしろ笑顔でぶちギレると思うよ。ね、悠子もゆーたが怒ると怖いの知ってるでしょ?』

本当に怒ると人間は笑うのか、と彼を見て学んだ。そんなわずかな思いでさえ懐かしくて、思わず笑う。

『確かに』

『でしょ?だから、悠子、恋はまたしてもいいんだよ。ゆーたなんて、いつか結婚して子供に産んでやるくらいの図々しさでいいんだよ』

生まれ変わりとかそういう話、悠子好きでしょう?

それもそうだと思いながら笑って、ふと私の子供に生まれ変わった越野くんを想像したとき、ふと隣にいる彼の父親が頭に浮かんだ。

その時、なんだ、そうなのかと妙に納得してしまった。

人はこんなに単純なきっかけで恋に落ちていることを自覚すると、私はもう知っていたはずだったのに、いつのまにか忘れてしまっていたようだった。


『…そうだね。ありがとう、真紀』

『いいえ、どういたしまして。悠子に幸せになってもらわなくちゃ、私も幸せになれないもの』


***

そんなことをぼうっと思い返していると、気づけばテレビ番組のネタは新しくなっていて、ふつりとテレビの電源を落とす。そういえば読みかけの本があったなと思い出してしおりをひらいた。

「…音楽ってかけたほうがいいんだっけ」

この間、会社帰りに雑誌を買ってきて嬉しそうに報告してくれた彼のことを思い出して、CDをかける。ところが困ったことに、昔から音楽を聴いているとなぜだか眠くなってしまう性分で、催眠術でもかけられているかのように、うつらうつらと瞼が下がってくる。仕方がないなあと笑って、結局本を閉じると、1時間だけタイマーをかける。

起きたら買い物に行って、晩ご飯をつくろう。そう思いながら。


***

おかしいな、と思い始めたのは数か月前のこと。

どことなく体調が良くなくて、いつも眠たくて、食欲もわかない。

極めつけは、ある夜。夢に、懐かしい初恋の彼が出てきて、「やっと会えるね」と笑うのだ。起きて、つかの間の懐かしさに浸るも、その言葉の意味を考えだしたら怖くなった。

「千晴」

会社に行こうと朝ごはんを食べて準備をしている夫に声をかける。

「どうした?まだ具合悪い?今日病院行ったほうが」

「私、もうすぐ死ぬのかもしれない」

「はあ?」

ぱちぱち、と千晴は目を瞬かせた。

「最近具合よくないし、さっき夢で越野くんに呼ばれた…」

「またあいつかよ……」

仕方がないなあとため息をついて、苦笑しながら彼は私に手招きをする。近寄ると、ぎゅうと抱きすくめられた。

「とりあえず今日病院行っとけよ」

「…うん」

「まさかお前がもうすぐ死ぬとは思ってないからな。勘違いするなよ。体が弱ってるから気が滅入ってるだけだって」

いい?と念を押されてうなずくと、満足そうに千晴は頭を撫でて家を出て行った。


結論から言うと、私が越野くんに呼ばれたのではなくて、私が越野くんを呼んだ形になったようだった。

「妊娠3か月だそうで」

「にんし……は、なるほどね」

その報告にぽかん、と口を開けた彼は、理解すると一本取られたなと笑った。

「勘弁してくれよ、なんで恋敵を子に持たなきゃならないんだよ」

言いながら、それでもやっぱり千晴の顔は嬉しそうだ。

赤い小指の糸は、絡まってこんがらがった挙句、結局別の形で私のもとへつながったようだった。

「ってことは息子か?」

「それはまだわからないよ」

「娘のほうがいいな…いや、でも、うーん」

娘だと嫁に行かれるのかあ、とため息をつきながら彼は私を抱きしめる。

「まあ、どっちでもいいか」

「そうだね」

「元気でいてくれれば、それでいいよ」

ありがとう、彼の言葉がうれしくて、そっと鼻先を彼の胸にうずめた。


***

「あれ、なんか今日豪華だな」

いつもより少しだけグレードアップした夕食に、帰ってきた千晴が首をかしげる。今日何かあったっけ、と。

「今日、病院行ってきたんだけど」

話、聞きたい?と首をかしげる。

報告したら、彼はどんな顔をするだろうか、と思いながら、私は後ろ手に持った母子手帳をきゅっと握りしめた。


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