空中からわく魔獣
がむしゃらに走っていたが、涙が止まったところで立ち止まった。
無意識のうちに寮に向かっていたようで、それ程遠くない位置に寮が見える。
今が授業中であるため人気がほとんどない。
少し先に後輩の少女が1人、ベンチに座って本を読んでいるだけだ。
またも授業をさぼってしまった。
後悔が残るが今の顔では授業に出ることなどできないだろう。
ひどい顔をしていることが安易に想像できる。
とぼとぼと寮に向かっていると、本を読んでいる女子生徒の背後の空間が歪んだ。
その直後に魔獣が出現し、鳥が逃げていった。
「あ、危ない!」
叫んで咄嗟に結界を張る。
シルバーウルフは結界を噛み破る事ができなかったようで、結界にはじかれた。
「我望む、神気纏う風が魔獣を殺さん事を。」
狙われているのが自分ではなく、魔獣と戦った事のないであろう後輩のため強い精霊魔法を使う。
魔獣の周りに神気を纏わせて浄化させるこの魔法ならば一撃で仕留められ、なおかつ魔獣の死骸も綺麗なままのはずだ。
倒したことを確認した後、女子生徒に駆け寄る。
女子生徒は今にも倒れそうな様子だ。
「大丈夫か?」
どう見ても大丈夫そうには見えないが、怪我がないかという意味も含めて問いかける。
すると女子生徒がこちらを向いた。
しかし何も言うことができずに、その場に座り込んでしまう。
とりあえず大きな怪我がない事を確かめる。
話せるようになるまでもうしばらく時間がかかりそうだ。
そう判断してピアスを触り、魔獣の件を報告する。
使い方がよく分からないので、しっかりと報告できているか分からない。
不安に思っていると、ピアスから風紀委員長の声がした。
『警報が鳴ったからすでにそっちへ向かってる。リュウカはその1年のそばについていてくれ。』
『了解しました。』
返事をして、周囲を警戒しているが不審な点はない。
魔獣が現れた空中を精霊魔法で調べてみても何もでなかった。
学校の結界を見てみても歪みがない。
なぜ魔獣が現れたのか想像もつかない。
どうやったら空中から魔獣が出てくるか考えていると、風紀委員長が到着した。
「怪我はしてないか?」
第一声がそれかと思ったものの、よく思い返してみれば魔獣を倒したことは既に伝えてある。
私は治せるから多少の怪我なら問題ないが、女子生徒が怪我をしていたら大変だ。
女子生徒は息を乱しながら鋭い眼光で見てくる風紀委員長が怖かったようで後ずさる。
返事ができるような状態ではないと判断し、私が口を開いた。
「恐らく問題ないと思います。」
「そうか。ところでオレ何かしたか?」
風紀委員長が若干ショックを受けた表情を浮かべている。
まあ、助けに来て後ずさられればショックだろうな。
だが真剣な風紀委員長の顔は獲物を狙う肉食獣のような表情になっているから後ずさりたくなる気持ちも分かる。
そうは思っても口に出すわけにはいかないので、風紀委員長の様子を見てみる。
朝かきむしったせいで乱れている髪、状況を確認しようと周囲を見回すギラギラとした視線、走ってきたせいで乱れる息、そこまで見てそれとなく視線を逸らした。
「……汗が垂れているのが嫌なのではないでしょうか。」
「そんなわけあるか。どう見ても怯えてるだろ。」
適当な事を言ってみたが、やはり誤魔化せなかったようだ。
風紀委員長はもともと男臭い顔をしているため苦手な人は苦手だと思う。
恐らくこの女子生徒は元から風紀委員長のような顔立ちが苦手なのだろう。
そこに魔獣に襲われた恐怖まで加わって後ずさった可能性が高い。
ちらちらと風紀委員長の顔を見ていたせいか風紀委員長の額に青筋ができた。
「だいたいリュウカだってひどい顔してんぞ。目が真っ赤で腫れぼったい。生徒会長と何かあったか?」
うっ。
触れられたくないところを触れてきたな。
風紀室をでてからまだ全然時間が経ってないから原因が分かっても仕方がない。
だがデリカシーがなさすぎるんじゃないか……。
答えたくなかったので聞こえないふりをし、さりげなく距離を置いた。
「おい! 何でリュウカまで後ずさる!」
全然さりげなくなかったようで風紀委員長が近寄ってくる。
黙秘していると、そのやり取りが面白かったようで女子生徒が笑った。
どうやら立てるようにもなったようだ。
「助けていただいてありがとうございました。リュウカ先輩のおかげで怪我はしてないです。ご迷惑をおかけしてしまって、すみません。」
軽く頭を下げて礼を言われて微笑む。
「大したことはしていない。無事で良かった。」
女子生徒はもう一度軽く頭を下げた後風紀委員長にもお礼を言った。
その様は毅然としており、先ほど後ずさったのが幻覚であったかのようだ。
この女子生徒も風紀室で話を聞く。
当然のように風紀室にはオリア先輩とルージェンスが待機していた。
今回も今朝襲撃された先輩と同じで生徒証を見せてもらい、いくつか質問をしただけで終わる。
女子生徒を送るのはやはりオリア先輩だった。
オリア先輩は感情の変化に敏感だからこういう時に適しているらしい。
「今のはリュウカがたまたま近くにいてくれて助かった。1年生だったから1人だったら死んでいただろう。」
風紀委員長がお手柄だと言わんばかりに頭をかき混ぜてくる。
それでなくても目がひどいことになっているらしいのに頭までぐしゃぐしゃにしないでほしい。
暴漢に襲われたかのようになってしまう。
恨みがましい目で先輩を見ると、隣からすさまじい視線を感じた。
隣を伺うと、怖い顔をしたルージェンスがいる。
ルージェンスが風紀委員長の手を私の頭から払った。
「それ以上するとリュウカが寝ぐせのまま登校したみたいになってしまいます。」
その例えはひどくないだろうか……。
いくらなんでも寝ぐせはなおしてから登校する。
少々いらっときたが、堪えて亜空間から先ほど倒したシルバーウルフを取り出した。
「3回ともシルバーウルフなので今回は死体を持ってきてみました。神気を纏った風で倒しているので外傷はないはずです。」
風紀室の床の上に置かれたシルバーウルフに風紀委員長の視線が釘づけになる。
「でかした! 何か手がかりがあるかもしれない。そういえば精霊魔法は召喚以外すべて魔法がつかえるんだよな。ん? ちょっと待てよ。召喚魔法が使えるやつのほとんどは精霊魔法を使えるよな? となると召喚魔法が使えるやつのほとんどが魔獣を召喚できるのか?」
「いえ、精霊魔法を使って魔獣の召喚はできません。精霊魔法は精霊にお願いして魔法を使うので召喚以外すべての魔法が使えますが、精霊が嫌がる事はできません。召喚獣に殺人をさせようとしても召喚獣が動かないのと同じです。精霊には精霊の理が存在するので、それを破るような行為をしてくれません。」
「なるほどな。となると、やっぱり闇魔法が使える必要があるのか。」
風紀委員長がシルバーウルフを調べている間、私も精霊魔法を使ってシルバーウルフを調べてみる。
もし召喚され、契約を結んでいた場合は契約主の魔力が残っているはずだ。
精霊魔法を使い、隅々まで調べる。
しかしシルバーウルフから魔力残滓は感じ取れなかった。
「とりあえず、キメラではないようだな。野生のシルバーウルフだろう。人工的に作り出された感じはない。」
「突然変異種という訳でもないようですね。」
ルージェンスと風紀委員長が分かった事を述べる。
召喚魔法の使えない2人では契約についてよく分からないのかもしれない。
そう思い、魔力残滓がなかった事と精霊魔法の契約について告げる。
すると部屋の空気がさらに重くなった。




