お呼び出し
目覚まし時計が鳴り、目が覚めた。
ぼんやりと霞む頭で着替え、いつも通り髪を結おうとする。
あ、もう髪を複雑に結う必要も、垂らしておく必要もないんだな。
手を止めて鏡を見た。
間が抜けた表情で見つめ返す自分が映る。
情けない。
もっとしっかりしなければ。
私らしくもない。
2度頬を叩いて気合を入れ、黒い髪を高い位置でひとつにまとめた。
跡取りであった頃よくしていた動きやすい髪形である。
懐かしい髪形にしただけであったが少し気分が晴れた。
「やっぱり、こっちの方が私らしいな。」
満足のいく出来に頷き、部屋をでる。
授業中は居場所がないためルナは部屋で留守番だ。
寮の食堂で朝食をとった後、教室へ向かう。
授業は適性のある魔法を学ぶためバラバラだが、朝に点呼をとり連絡事項を担任の先生が話す。
1限がなくても行かなければならないため、なかなに面倒だ。
「おはよう。」
席は決まっていないため友人の隣に座る。
すると友人も笑って挨拶を返してきた。
ガリアスが転入生と口づけたという噂はすでに出回っている。
恐らく昨日私が縋り付いがというものも知れ渡っているだろう。
しかしクラスメイトたちは特に面白そうに見てきたり、侮蔑するような視線を送ってきたりしない。
良いクラスだな。
知らずしらずのうちに強張っていた体から余計な力が抜けた。
この2年Sクラスは2年に上がる際のクラス替えで誰もクラス落ちがでなかった。
また上がってくる生徒もいなかったので1年の時のまま持ち上がっている。
その為、気心の知れる人が多い。
だから嫌な人がいるわけではないと知っている。
それでも朝様々な視線を向けられて緊張していたようだ。
脱力して椅子の背にもたれる。
ちょうどその時放送がかかった。
「あー、2年Sクラスのリュウカ。直ちに風紀室に来てくれ。繰り返す……。」
呼び出し?
一体何かしたか?
この声は風紀委員長だから、書類の不備か何かだろうか。
流石に昨日の今日でブレザーができたということはないだろう。
点呼まで時間がないが、放送を使われてしまっては行かないという選択肢がない。
先生も分かるだろう。
風紀室に入ると、難しい顔をしたルージェンスが風紀委員長と話していた。
一体何が?
疑問を押し隠して風紀委員長の方へ行く。
「お呼びのようですが、どんな用でしょうか?」
「リュウカか。お前さ、昨日魔獣に襲われただろう? 魔獣ってどんな風に現れたか覚えてるか?」
「魔獣……。そうですね、私は背後から襲われたので分かりません。私のさらに後ろにいらっしゃった風紀委員長の方が詳しいのではないでしょうか?」
「後ろからか。オレはリュウカが戦ってるところからしか見てない。」
何やら重い沈黙が流れる。
そんな中オリア先輩がお茶を持ってきた。
「なんかね、魔獣が現れた原因が分からないらしいの。結界は緩んでなかったから。」
「オレは誰かが意図的に魔獣を呼び入れたのではないかと疑っている。闇魔法と召喚魔法の両方が使える人物なら魔獣の召喚が可能だとオリアから聞いた。」
「魔獣の召喚!?」
魔獣の召喚はエレンツ王国にとって最大の禁忌のうちの一つだ。
いやエレンツ王国以外でもそうだろう。
王都など結界が張ってある中に魔獣が入り込んだら大惨事になる。
確かに召喚魔法と闇魔法が使えれば魔獣を召喚できると師匠から聞いたことがある。
召喚魔法が使える人は世界に5千人程度しかいないが、全員フェーリエ魔法学園に通うことが義務付けられている。
その為この学園には召喚魔法が使える生徒が多い。
闇魔法も召喚魔法ほどではないが使い手が少ないため人数は少ないと思うが、召喚魔法と闇魔法の両方が使える生徒はいるだろう。
とは言っても見つかり次第良くて終身刑となるほどの行為をする人がいるのか?
理由も分からない。
「まあ、あくまでも推測だ。他に原因がある可能性もある。襲われたのもリュウカ1人だから決定的なことは言えない。ただ何件か起これば召喚者がいる事はほぼ確実だろう。」
ルージェンスが難しい表情のまま紅茶を飲む。
風紀委員長も頭をかきむしった。
「なんでこんな時に理事長は他国に行ってるんだよ! 報告もくそもないだろうが!」
「理事長がいないのですか?」
当然学園内にいるものだと思っていたから驚く。
しかし良く考えれば、フェーリエ魔法学園の理事長がそうそう暇なわけがない。
本人も高名な魔法使いだ。
「ああ、何でもどっかの国と会議だとよ。しばらくは帰ってこないだろうな。」
「いたところで生徒会と風紀委員があるんだから、そちらで何とかしなさいとしか言わないわよ。」
「その物まね似てるな。どうせそんな事だろうよ。」
鼻で笑った後、風紀委員長が机に突っ伏した。
理事長ってそういう感じの人なのか。
入学式の時の話ししか知らないから分からなかった。
「ですが、とりあえずは解散でいいでしょう?」
ルージェンスの言葉に頷き、全員が立ち上がる。
その時ピアスから警報音が鳴った。
「ま、また魔獣?」
「冗談だろ。」
驚愕に満ち溢れた表情を浮かべながらも風紀委員長と先輩が動き出す。
「オリアお前はもしもの時のために風紀室に居ろ。そしてリュウカがついて来い。ローブだが戦えるだろ?」
「無茶な! リュウカが怪我でもしたらどうするのですか?」
頷こうとしたところでルージェンスが遮った。
ローブなのが気に食わないのだろうか。
「私は大丈夫だ。最悪の場合は奥の手もある。それに何かが起こらないようにSクラスの風紀委員長が助けてくれるだろう?」
「当然。時間がないんだ。行くぞ!」
ピアスからは相変わらず警報音が鳴り響いている。
私には全く分からないが、風紀委員長はこの警報音がどこの場所の音か把握しているようだ。
その為先輩の後を追って走り出すと、ルージェンスも着いてきた。
どれだけ心配性なんだよ。
それとも緊急時に備えて着いて来ているのだろうか。
ルージェンスは私と同じ2年Sクラスであり、優れた闇魔法の使い手だ。
魔獣も倒した経験があるはずだから一緒に来るならば心強い味方だろう。
そんな事を考えながら念話でルナを呼ぶ。
「あれか。誰か襲われてるか?」
風紀委員長に聞かれても遠すぎてよく分からない。
魔獣は闇を纏っているから遠くからでも分かるが、人がいるかまでは見えない。
「襲われてます! ローブを着ているから女子生徒だと思います。」
「まずいな。」
走って近づいていくうちにようやく私にも女子生徒の姿が分かった。
ルージェンスの視力はすごいな。
頑張れば鍛えられるだろうか。
つい感動してしまったが、周りの状況を確認する事は忘れない。
襲われているのは4年生の先輩か?
魔獣は前と同じくシルバーウルフだな。
先輩は魔獣の猛攻に耐えているが、そろそろ危なそうだ。
状況を理解していくうちに風紀委員長が結界を作る。
先輩の安全が確保されたのを見てから水魔法を使って魔獣を仕留める。
走りながら使ったので不安だったが前回とは違い一撃で仕留めることができたようだ。
生存反応が消えている。
自分の腕がそこまで落ちたわけではないと分かり安心した。
「大丈夫ですか?」
昨日のだらけた様子とは異なり、真剣な面持ちで風紀委員長が先輩に近づく。
先輩は何か所か切り傷があり、ローブも少々破れており足などの一部が見えてしまっている。
ルージェンスがブレザーを脱いで先輩の肩にかけた。
「あ、ありがとうございます。」
腰を抜かして震える先輩には悪いうえに不謹慎だが先輩を見て胸が少しもやもやする。
理由の分からない不愉快な思いに内心首をかしげるが特に思い当たる節がない。
答えが出ない事を考えていても仕方がないので考える事を放棄したころにようやくルナがきた。
ルナには悪いがそのまま部屋へ戻ってもらい、先輩の怪我を治す。
事情を確認するために先輩が落ち着いた後、風紀室に向かった。