幼馴染の到来
扉を抜けると、エレンツ王国には珍しい置物や植物が置いてあるのが目にはいった。
恐らく風紀委員長の祖国のものなのだろう。
風紀委員長はそのままソファーへ向かおうとする。
「ヴォルグ! いい加減にして!! いままでどこをほっつき歩いてたの!?」
いや、今のは私じゃないぞ。
私でも言いたくなるような言葉が聞こえ、思わず否定する。
しかし声の主はすぐに判明した。
明るい茶色の髪を三つ編みにし、右肩から流した先輩が風紀委員長につめよる。
「魔獣が出たって言ったのに無反応で何をしていたの!?」
「そんなに吠えるな。聞こえてる。魔獣は対応したぞ。ほら、あそこに立ってるのが魔獣を倒したリュウカだ。風紀委員に入れることにしたから対応よろしく。」
風紀委員長はそうとだけ言うとソファーに寝転がってしまった。
「え? 魔獣を倒した? 風紀に入る? そのバッチからしてSクラスよね?」
「あ、はい。2年Sクラスのリュウカです。こちらは召喚獣の影猫、ルナです。よろしくお願いします。」
先輩が困惑した表情を浮かべる。
無理もないことだと思う。
クラスが上になればなるほど面倒な委員会に入りたがる人が減る。
委員会に入れば寮のランクが上がるが、寮は元々クラスによって決まるためSクラスともなるとこれ以上あがりようがない。
Sランクは1人部屋で、部屋ごとに泳ぐには少々小さい程度の風呂や友人が部屋へ遊びに来た時のための客室がある。
A~Cが2人部屋でD~Gが4人部屋、HとIにいたっては6人部屋と聞く。
一応貴族が泊まっても不備がないようにはなっているが、Iランクは私室すらないらしい。
こういった寮のランクを上げるために下のクラスの人は委員会に入る事が多い。
委員会によって寮のランクが変わるうえに希望したら委員会にはいれるというわけではないと聞くが、やはり生活する場所は快適な方が良いのだろう。
風紀委員は寮のランクがAランクまで上がるが、Sクラスの私からしたら入る利点が特にない。
しかし私は寮のランクアップが目的ではないので問題ない。
「本当だ。ピアスまで持ってる。あー、私は風紀副委員長をしている3年Aクラスのオリアよ。風紀委員に入るのなら生徒証を見せてくれないかしら?」
「分かりました。」
先輩の方へ行き、左腕に着けているブレスレット2つのうちの片方を渡す。
すると先輩が驚いた顔になった。
「魔力密度が特濃……。随分とすごいのね。2年ってことはまだ召喚魔法の授業で精霊と契約してないはずだけど、召喚獣がいるし。ヴォルグはあんな感じだけど変な子は勧誘しないはずだから、よし合格!」
先輩が生徒証を見ながらぼそぼそと呟く。
そして1人で納得すると引き出しから紙を取り出した。
手招きをされた通りに近づくと、椅子に案内される。
「Sクラスのリュウカからしたら風紀委員に入る利点がないかもしれないわ。それでも風紀委員に入ってくれるというのなら、これを読んだ後にサインをして頂戴。こっちは服のサイズを書いてね。悪用はさせないわ。」
ウインクをされて頬が緩んだ。
「ありがとうございます。」
風紀委員に入るにあたっての注意事項等を読んでからサインをする。
利点がないと言うが、体を動かすことで気を紛らわせることができるだろう。
服のサイズまで記入したところで乱暴に扉が開いた。
「リュウカ! 魔獣に襲われたと聞いたが怪我は!?」
こざっぱりしたこげ茶色の髪を乱し、生徒会長が駈け込んでくる。
どうして、そんなに慌てているんだ?
きりっとした凛々しい顔立ちに焦りをにじませる生徒会長に驚く。
幼い頃よく見た懐かしい様子ではあるが……。
風紀委員長は敵襲か?と慌てている。
敵襲ってすごいな。
「生徒会長、なぜここに?」
いち早く正気に戻った先輩が問う。
しかし生徒会長は私の全身を上から下まで見て怪我がないかを調べるのに夢中のようだ。
今期生徒会長をしているルージェンスとは幼馴染だが、ガリアスと婚約をした辺りから疎遠になっていた。
そのため学園の生徒で私たちが幼馴染と知る人はほとんどいない。
先輩や風紀委員長が驚くのも無理はないと思う。
「特に怪我をしていないみたいだな。良かった。」
安心して笑みを浮かべる整った顔を見てつい微笑む。
「私が魔獣相手に怪我をするはずがないだろう?」
「そうだな。リュウカは強い。だが油断は禁物だ。ここ最近リュウカはあまり体を動かしてないようだから。」
「分かってる。」
ルージェンスが頭をぐしゃぐしゃにかき回す。
恐らく今私の頭は芸術的な髪形になっているだろう。
しかし特に怒りは湧きあがらなかった。
「そんなことより生徒会の仕事は良いのか? 引継いだばかりだから大変だろう?」
「あー、大丈夫だ。ここのところずっと忙しかったから休憩は必要だろう?」
一瞬、視線が泳いだ様子から無理やり抜けてきたことがうかがえた。
「早く生徒会室に戻れ。他の人に迷惑がかかるだろう?」
「いや、俺がいなくてもあいつらはしっかり仕事をしてくれているはずだ。それに、もう少しで3限が終わる。4限は授業が入ってるから今から戻っても何もできない。」
「そうか? あまり他の人を困らせるなよ。」
「ああ。ところでリュウカはもう風紀室から出て良いのですか? その様子からして用事はすんだのしょう?」
言外に一緒に行こうと言われて、先輩を見る。
先輩は頷こうとしたところで何かを思い出したようだ。
「そういえば魔獣。死体はどうしたの? しっかり焼いた?」
「……いえ、そのまま放置してあります。」
風紀委員長の印象が強すぎてすっかり忘れていた。
顔色がすーっと青ざめる。
しかし先輩は私ではなく風紀委員長の方へ向かっていった。
「死体の処理は? もちろんしたわよね?」
後ろを向いているため先輩の表情までは分からない。
声は大きくないものの凄みが伝わってきた。
風紀委員長の表情が一気に悪くなる。
「早く焼いてきなさい! 1、2年生が見たら大変でしょう!!」
「イエス、サー。」
どこかの国の敬礼をするとそのまま風紀委員長は風紀室から出ていった。
すみません、風紀委員長。
一緒に居たのに勢いについていけず取り残された身として謝罪をする。
先輩の様子を伺うに私まで行く必要はなさそうだ。
このやり取りが予想外だったようでルージェンスの目が丸くなる。
もうやる事がないようなので紙を渡して退室しようとするが、立ちあがった時にピアスが落ちてしまう。
「風紀委員に入ったのか?」
「あー、うん。そうだ。」
隠していたわけではないが、何とも決まりが悪い。
ピアスを拾い上げて立ちあがると、座ったままのルージェンスと目が合った。
「脅された?」
「そんな事はない。私の意思だ。」
ルージェンスはなおも疑わしげに見てきたが、真実だと見つめ返す。
ここで目をそらしたら風紀入りの話が知らないうちに流れるだろう。
「風紀委員は危険だ。リュウカは確かに強いが、風紀委員になるくらいなら生徒会の補佐をやらないか?」
どうしても風紀委員になる事を阻止したいらしい。
生徒会の補佐は生徒会長が選ぶことができる。
しかし今まで誘われたこともなかったものに風紀委員にさせたくないという理由で誘われても頷くことができない。
「有難い話だが、既に風紀委員になるとサインをしてしまったんだ。今さらやめるとは言いたくない。」
強い意志を込めて言うと、ルージェンスが折れる。
「危険な事はするなよ。それでなくてもリュウカは無茶をするんだ。」
「無茶をした覚えは特にないんだがな。まあ、気をつけるよ。」
「……、信じてる。」
言葉とは裏腹に信じてなさそうな顔で渋々頷かれた。
先輩から許可が出たので、ルージェンスと共に退室する。
正式に風紀委員として仕事をするのはブレザーが届いてからになるらしい。
やはりスカートは動きにくいからだろう。
ルージェンスは次の授業の教室に向かというので途中で別れ、1人で寮へ向かう。
本来なら私も4限に授業が入っているため教室へ向かうべきなのだろうが、そんな気になれない。
風呂に入り、いつもは無駄に広いと思うベットに横たわった。