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突然変異の魔獣

こちらの隙をうかがってくる風紀委員長とは異なり、シルバーウルフはすぐにこちらに向かってくる。

そんなシルバーウルフに水魔法を使い、数を減らしていく。

厄介なのはシルバーウルフではなくダークウルフだ。

ダークウルフはAランクの魔獣のはずだ。

その中でもこれほどまでに魔力密度が濃いのは恐らく突然変異種だろう。

そして風紀委員長も気になる。

隙を見せたらすぐに襲い掛かってくるだろう。


「我乞う。清浄なる光、水、風がこの地に吹き、滴り、照らし込み邪に堕ちし哀れなる獣を救済せん事を。」


私の持つ魔力の3分の1を使う精霊魔法が完成した。

風紀委員長に出来るだけ怪我を負わせないような魔法となるとかなり難しい。

光を入れた事により精神汚染が治るかと思ったが、かなり上級の魔法を使っているようで、この程度の魔法では元に戻すことが出来なかった。

ダークウルフも傷は負ったようだが、討伐するには至らない。

倒せたのはシルバーウルフだけだ。


風紀委員長の精神汚染を解除出来るだけの光魔法が欲しい。

精霊魔法で代用しようにも精神汚染を解除するだけの知識がない。

そんな事を考えている間も風紀委員長とダークウルフの猛攻は止まらない。

ルナも頑張っているが、元がDランクであるため攻撃をよけるのだけで手一杯のようだ。

むしろ避けているだけすごいと思う。


「我願う。精神を汚染され者の精神が正しき姿に戻らん事を。」


精霊魔法は魔法を使った人物の望みを叶える魔法であるため、駄目もとで魔力に願いをのせてみる。

すると風紀委員長がピクリと動いた。

しかし解くには至らず、攻撃が弱まっただけだった。

こういったやり方でも精神汚染が解けなくはないのだろう。

魔力の使用量が多くなるだけで。

ただ今残っている魔力量でそれをやったら魔力がなくなる。


このままじゃジリ貧だ。

風紀委員長を傷つけないようにするのも大変だが、何よりも魔力が足りない。

ダークウルフの爪や牙をかわしながら風紀委員長を見る。

何か、何か手はないだろうか。

最悪風紀委員長を少し傷つけても……。

あ、そうか!


「我願う。深き闇が精神を乱しものを眠らせん事を。」


普段の風紀委員長であったらかかる事がないであろう誘眠の魔法をかける。

精神汚染により思考回路の鈍っている風紀委員長は私の唱えた精霊魔法が理解できなかったようで避けようともしない。

後は風紀委員長がいかに耐性を持っているかによってはかからない可能性もある。

運が良い事に風紀委員長は誘眠の魔法を防ぎきるほどの耐性を持っていなかったようだ。


「な、あんた何て事を! 生きてるんでしょうね!?」


転入生も生死は気にするのか。

死んでいたとしても人形として使うのかと思っていた。

予想したよりはまともそうだ。


「さあな。」


生きている事を下手に明かしてたたき起こされるのは御免だ。

適当にから返事をする。

転入生は憤慨し、ダークウルフを睨み付けた。


「お前がとっとと倒さないから、こんな事になっちゃったじゃない! さっさとあいつを始末して!!」


今までの魔獣とは異なりダークウルフは転入生と契約を結んでいるようだ。

そのためダークウルフが転入生の発言を理解したように遠吠えをした。


「ウォーオォン!」


遠吠えは召喚魔法であったようでダークウルフの足元に魔法陣が浮かび、次々とシルバーウルフが出現する。

厄介な!

耳元のピアスからは鼓膜がおかしくなりそうなほどの警報が鳴っている。

しかしダークウルフが前足を地面に叩きつけた瞬間、別の空間に閉じ込められた。

そこには転入生も風紀委員長もいない。


「まさか、Sランクか!?」


空間を造る出すことが出来るのは中位以上の魔族や天族、Sランク以上の魔獣しかいない。

それよりも弱いランクでは造れたとしても維持することが出来ない。

それほどまでに空間は魔力を消費する。

Aランクのダークウルフでは本来使えない魔法のはずだ。

それをこうも簡単に使うという事はこの変異種はSランク相当の強さがあるという事だ。

Sランクなど出没すれば小国など滅ぼすこともできるレベルだ。

個人でどうこう出来る範疇を超えている。

あまりの強敵を前に折れそうな心を奮い立たせる。

ここでこの魔獣を逃したらそれこそ学園が大変な事になるだろう。


「我乞い願う。ダークウルフが浄化され天に召されん事を。」


様々な方向から飛んでくる攻撃をかいくぐり、ダークウルフを倒すため残っている魔力のすべてを振り絞る。

ルナが途中でやめろと言うように鳴いたが、それすら無視をした。

生きていけるギリギリのところまで魔力を放出する。

しかし、その前に結構な魔力を消費していたためダークウルフに深手を負わせる事しかできない。


「駄目だったか……。」


霞んでいく目をこじ開け、ダークウルフを睨む。

もう魔力が残っておらず、立つことすらできない。

それでも魔獣に屈したくなかった。

地面に横たわる私にダークウルフが唸り声を上げる。

ルナが私を庇うように威嚇をする。

ルナを解放しようとした時、ダークウルフの造った空間が壊れた。

ダークウルフが解いたのではなく、外から力がかかったようだ。


「呼べと、そう言わなかったか?」


戦闘中の緊迫した空気とは不釣り合いな清涼な風が流れる。

涼やかな声が聞こえたと思ったら目の前に服の裾が見えた。

普段から水貴みずきが着ている直衣のうしという種類の服の裾だと思う。


「すまない……。」


絞り出した声はかすれていて聞きずらい。

けれど水貴には届いたようで水貴が笑ったような気がした。

魔獣や転入生から庇うように背を向けられているため本当に笑ったかは分からないが。


「雑魚が粋がるな。リュウカが負った苦しみ以上のものをお前たちにくれてやろう。」


扇が開かれた音がしたと思ったら、川のせせらぎが聞こえた。

学園内に川はあるが、この付近ではないはずだ。

澄んだ水が脳裏に浮かんだ瞬間、魔獣が苦しみ始めた。


「何を……?」


水貴が何をしたのか分からずに問いかける。

水貴は答扇を閉じた。


「此処を我の聖域としたまで。深手を負っていたダークウルフにとっては傷口に塩を塗られているようなものだろうな。」


何でもないというように告げられた内容に鳥肌が立つ。

き、傷口に塩とはなんとえぐい。


「ら、楽に殺してやってくれ。」


「ふむ。我としては物足りぬが、リュウカの願いなれば叶えよう。」


水貴にいたぶられているダークウルフが可哀想だ。

一歩間違えれば私が遊ばれていたであろう事を考えると他人事とは思えない。

水貴はまだ不満そうだが、頷いて魔獣を身体ごと水で包んで浄化した。


「あなたはどうしてここにるの? 私がどれだけ探しても見つからなかったのに!」


魔獣を倒された事でようやく我に返った転入生が叫ぶ。


「なぜ我がお前に近づかなければならない? お前の周りは陰の気に満ちていて不愉快だ。」


「な、なんでそんな事言うの? あなたもそこの女に騙されているのね!」


転入生は私を指さし、断言する。

水貴が首をかしげるのが見えた。


「騙される? 否、我はリュウカの契約精霊だ。お前がそのような事を言うのかが分からぬ。」


「ああ、むしろ俺はお前に付きまとわれて迷惑だった。」


ルージェンスの声がどこかから聞こえる。

首すらも動かないような状態では見回せる範囲も限られているが、辺りを探した。

すると、倒れている風紀委員長の近くにルージェンスが立っていた。


「見た目の良い男にばかりすり寄って楽しかったか?」


ルージェンスが蔑んだ目で転入生を見る。

転入生は目を丸くした。


「どうして? どうしてみんなその女を庇うの? 私の方がかわいいし喜ばせてあげられるのに!」


「喜ばせる? 何を楽しむかは俺たちの自由だ。俺はお前といても楽しいと思った事はない。」


身もふたもないルージェンスの言葉に転入生が崩れ落ちる。


「その女、すべてその女のせい。許さない! 殺してやる!!」


ありったけの魔力のこもった風が吹いたと思ったら、転入生がナイフを握りしめて目の前に迫る。

しかしルージェンスに阻まれナイフが届く事はなかった。

魔力封じの腕輪をつけられ、今度こそ転入生が膝をついた。


「お前がいけないのよ。」


自分の犯した罪の認識など最後までないのだろう。


「なあ、貴方は魔獣に襲われた女子生徒の気持ちが分かるか?」


倒れたままでは情けないと思い、ルージェンスに体のほとんどを支えられる形で立ちあがる。

転入生が顔を上げ、親の仇でも見るように睨み付けてきた。


「そんなもの分かるわけないじゃない!」


「そうだろうな。だが貴方自身が何者かの放った魔獣に襲われたらどう思う?」


幼子に諭すよう優しく問いかける。


「魔獣をけしかけてきたやつを殺すわ! あたりまえじゃない!」


「殺すまではいかないだろうが、怒って当然だと思う。貴方は今回それを行ったんだ。しかも被害者は十数名だ。」


自分のした事を考えて欲しくて言ったが、転入生の顔に反省の色はない。

その事にため息をついた。

もう立っているのも限界だ。

勝手に白くなっていく視界の中で転入生が復活した風紀委員長に捕まえられるのを見た。

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