強い魔獣
機嫌の直ったオリア先輩と一緒に風紀室へ戻る。
カフェと風紀室では建物が違うため一度外に出なければならない。
外はいつの間にか雨が降っていた。
雨にぬれないよう自分の身体にそって結界を張る。
予想以上の寒さに小走りで風紀室へ向かう。
「なんでこんなに寒いのかしら?」
先輩も小走りをしながらしきりと首をかしげた。
私も聞きたいくらい季節の違う寒さだ。
2人で風紀室のある建物へ向かっていると、氷の狼が現れる。
その狼は闇を纏っている事から魔獣であることが分かった。
「スノーウルフ!? なんでBランクの魔獣がいるの?」
Bランクの魔獣は森などに行けば遭遇するそこまで珍しくないランクの魔獣だ。
しかし強さとしては普通の冒険者のパーティーで勝てるかどうかで勝ったとしても重傷者がでることが想像に難くないあたりだ。
一流の魔法使いの出身校であるフェーリエ魔法学園においても4年Sクラスの生徒が卒業までに単独撃破を目指すというほどに強い。
気づいたら警報も鳴っていた。
「オリア先輩は魔獣と戦った事がありますか?」
魔獣から目をそらさずに問う。
するとオリア先輩が情けなさそうな顔をした。
「Cランクまでしかないわ。」
Cランクの何という魔獣なのかが分からない。
同じランクでもBランクに近いCランクからDランクに近いCランクまでいる。
シルバーウルフはどちらにも近くなく、真っ当なCランクと言える。
確か先輩は1人でシルバーウルフを倒せなかったはず。
オリア先輩が魔獣に襲われた時の情報を思い出す。
スノーウルフはAランクに近いと言うほどでもないが、Bランクの中でも強めだ。
「私がスノーウルフの気をひきます。ですからその間に先輩は逃げてください。」
「で、でも……。」
「足手まといです。」
オリア先輩は悩む様子を見せていたが、私の言葉でその場からの撤退を決意したようだ。
水魔法で槍のようなものを複数つくり、スノーウルフの鼻先へ飛ばしていく。
「我望む。万物を燃やす炎が凍えし魔獣の氷を解かさん事を。」
スノーウルフは水の槍をすべて避けたが、最後の精霊魔法をもろにくらう。
精霊魔法の言霊を願うの一段階上位の望むとし、なおかつスノーウルフの苦手な火属性を使ったにも関わらずスノーウルフはあまりダメージを負ったようには見えなかった。
むしろ苛立ち、すさまじい魔力が放出される。
「ガルルルァァ」
咆哮と共に放たれたつららの形をした氷をギリギリのところで避けた。
単発であったものの早いスピードですぐわきを通っていった氷の塊により頬が裂けたのが分かる。
とてつもない威力だ。
避けたはずなのに切れるか……。
いまだブレザーが届いておらず、動きにくいローブである事も考えなければならない。
ズボンのように動いては足がもつれる。
雨も降っており、地面がぬかるんでいる事を考えるとあまり動き回るのは得策ではない。
そして長引けば長引くほど不利になるだろう。
「我望む。闇を浄化せしむる炎がかの狼を貫かん事を。」
火の槍を放つ精霊魔法を詠唱して後すぐに凝縮したアクアボールを連発した。
これでも恐らく仕留める事は出来ないはずだ。
そう判断してさらに言霊を紡ぐ。
「我望む。聖なる光、聖なる炎が混じり合いて浄化の力いと強き原始の炎が現れん事を。」
現れた原始の炎を無詠唱でスノーウルフに移す。
これには流石のスノーウルフでもつらいようで悶え苦しむ。
この原始の炎を生み出す魔法は結構魔力をもっていかれてしまうので私としても少々疲れる。
一瞬気を抜いたその時、スノーウルフが最後の力を振り絞って放った氷の槍が目の前に迫ってきた。
「なっ!」
咄嗟に水魔法で結界を張る。
突き破られることは目に見えて分かっていたが、ないよりはましだ。
3重に結界を張り、両手をクロスさせて少しでも怪我が軽くなり重傷を負わないですむようにする。
しかし、いつまでたっても衝撃は来なかった。
恐る恐る目を開けると、私の張った3つの結界がすべて破られており、それらよりも私よりの場所に強固な火属性の結界が張られていた。
「どういう事だ……?」
その結界はどこかで感じた事のある魔力波動をしている。
手を伸ばし結界に触れると、結界が解かれた。
そして何者かに抱きしめられる。
「無茶をして! あんな攻撃を食らってたら大怪我だぞ!」
「す、すまない。」
声、そして雰囲気からルージェンスだと分かった。
今さらになって震えがやってきて上手く立っていられず、抱きしめてくれる腕にしがみつく。
ルージェンスは何も言わずに落ち着くまで待っていてくれた。
「大丈夫か?」
震えがおさまったところでルージェンスが顔をのぞき込んでくる。
自分の足で立ちあがり、頷く。
「ありがとう。かっこ悪いところを見せてしまったな。」
「別にかまわない。寮に戻るか?」
心配そうに尋ねてくるルージェンスには悪いが寮に戻るつもりはない。
「いや、風紀室へ行く。オリア先輩にも心配をかけているだろう。」
毅然と顔を上げて告げると、ルージェンスが微笑んだ。
「そうか。」
2人並んで風紀室へ向かう。
会話すらなかったものの穏やかな雰囲気が流れる。
校舎に入ったところでルージェンスの髪がぬれている事に気づいた。
よく見ると制服もずぶ濡れだ。
「すまない。濡れてしまったな。」
精霊魔法で乾かそうとするが、それよりも前にルージェンスが火の魔法を使って乾かしてしまった。
「気にするな。結界を張り忘れただけだ。雨に濡れた程度で病にかかるほどやわではない。」
微笑んで頭をなでてくるルージェンスに申し訳ないと思いもう一度小声で謝る。
ルージェンスは頭を軽くたたくことで答えると、そのまま風紀室へ歩きはしめた。
その背中を追いかけるようしにして私も歩きだす。
「リュウカ!! 心配したんだから!」
風紀室の扉を開けて部屋に入った時、オリア先輩が抱き付いてきた。
ぎゅうぎゅう抱きしめてくるオリア先輩をルージェンスがさりげなくはがす。
「そんなにしてはリュウカがつぶれます。」
「何よ! 感動の再会なんだから邪魔しないで!」
なおも引っ付いてくるオリア先輩に今度は風紀委員長まで参戦した。
「オリア、リュウカが困ってんだろ。離せ。」
肩を押さえられて、ようやくオリア先輩が離れる。
しぶしぶという様子を隠そうともしないオリア先輩を見て口元が緩んだ。
「オリア先輩は怪我をしていませんか?」
「それは私のセリフよ。リュウカは怪我をしているみたいね……。」
怪我なんてしていたか?
疑問に思いルージェンスを見上げる。
するとルージェンスの手が伸びてきて左頬をなぞる。
ちくりとした痛みを感じ、最初に頬を切った事を思い出した。
「これくらいなら放っておいても治ります。心配しないでください。」
「放っておくって。リュウカは女の子なのよ! 顔の怪我はしっかりと治さないと。」
ルージェンスの指が離れた頬に先輩の指があてられる。
「我望む。傷つきしかの肉体を清め癒しを与えん事を。」
頬にほんのりと温かい魔力が流れた。
鏡を見ないと分からないが、恐らく傷跡もなく綺麗に傷がなくなっているのだろう。
「よし、完璧ね!」
「ありがとうございます。」
はしゃぐオリア先輩のブレザーが泥にまみれているのがとても気になる。
じっと制服を眺めていると、風紀委員長が笑った。
「オリアの制服は気にしなくていい。戦闘から離れて助けを呼ぼうとする際にこけただけだ。」
「そうだったのですか……。オリア先輩すみません。」
「あら、ヴォルグの言う通り気にしなくていいわ。ピアスで会話をしながら走ってたら石に躓いただけよ。洗濯してもらえば元通りになるわ。」
それでは申し訳ないので水魔法と精霊魔法を使って汚れを落とす。
「ありがとう。」
オリア先輩はニッコリと笑った後、私たちを風紀委員長室へ連れていく。
そして風紀委員長室で今日の襲撃について話し合った。




