プロローグ
勝手に作り変えて誠に申し訳ありません。
「「「キャァァア!!!」」」
いくら学生を身分により差別しないとうたっているからといって、貴族が多く在籍するフェーリエ魔法学園には珍しいほどの悲鳴が上がった。
えっ?
なんでガリアスが転入生に口づけている?
ガリアスは私の婚約者だろう?
目に入ってくる光景が信じ難く、思わず凝視する。
しかし目の前の光景は変わらない。
いや、更に悪化した。
「お前、面白いな。口づけた程度でおれを殴ろうとか普通考えないだろ。」
珍しいほどにガリアスが笑っている。
一体これは何の茶番だ?
普段眉をしかめていることが多いガリアスが楽しそうなのは別にいい。
女子生徒と楽しそうに話すことまで口出しするつもりはない。
しかし人の多い食堂で口づけをしようとしたということは、私は捨てられたのだろうか?
いや、だが私とガリアスはすでに婚約発表も済ませている。
この程度のことでは婚約解消されないだろう。
私の方から言い出さない限り。
そのことに安堵して食堂での出来事はガリアスの気まぐれと思うことにした。
翌日、ガリアスの家から婚約の破棄を申し入れるという手紙が届くまでは……。
◆◆◆
手紙を読んだところで居ても立っても居られず、ガリアスを探す。
するとガリアスは転入生と楽しそうにおしゃべりをしていた。
しゃべっていたのは2人だけではなく他にも何人か男子生徒がいたようだが、そんなことはもう目に映ってなかった。
「ガリアス! 婚約を破棄したいという手紙が届いたが、一体どういうことだ!?」
普段の私では考えられないような行動に出ていることは理解している。
貴族としてあるまじき振る舞いだということも。
しかし、そんなことよりもガリアスとの婚約が破棄されたということの方が私には重要だった。
慌てふためく私を見てガリアスが鼻で笑った。
「それがどうかしたか? なんて書いてあったかは知らないが、婚約破棄の申し出をしたのは事実だ。お前の家がサインをすれば確実に破棄されるだろうな。」
「な、なんで……。」
「お前、可愛くないんだよ。」
「かわいくない? それなら今よりももっと気を配ればガリアスは婚約破棄を取り消してくれるか?」
「どうだろうなぁ。そこはお前次第じゃねぇの? 今の口調も女とは程遠いだろ。」
「わかった。いや、分かりました。口調を変えるように努力をします。」
唇を噛みしめ、少しでも女性らしくするために敬語を使う。
しかしガリアスの満足するような出来にならなかったようだ。
「それ、軍人みたいだな。堅苦しくてさ。やっぱり無理だろ。お前が可愛らしくなんてよ。流石跡取りとして育てられただけあって欠片も女っぽくない。」
「そ、それは今から変わるようにするから、だから「無理だな。おれ、お前のそういうところ好きじゃないし。」」
「好きじゃない……?」
「最近ようやく女だって事を理解したみたいだが、おれより強い女なんてどこがいいのか分からない。必要なら剣も振り回すしなぁ。女にももててるだろ? もっとさぁ、女らしくしろよ。」
「……おんな、らしく。」
呆然としてそう呟く事しかできない私に背を向け、ガリアスは転入生の方へ戻っていった。
女らしく。
おんならしく。
オンナラシク。
一番自分から遠いものかもしれない。
そうか、ガリアスは私という存在が気に食わなかったのか……。
好きという気持ちも一方通行だったのだな。
いつの間にか出ていた涙を袖口で乱暴にぬぐう。
なぁ、ガリアスはもう覚えていないのか……。
婚約をしたいと言ってくれたのがガリアスだったということを。
跡取りがいないせいで男と同様に育てられた私でも良いと、そう言ってくれたことを。
あの時もガリアスは私のことが好きでなかったということか。
だから同じ口でここまで否定してくるのだろう?
言ったことはすべてが嘘だったと……。
その場に座り込みそうになるのを気力で耐える。
ガリアスが女らしい方が好きと知っていたから、髪をおろし女性らしく髪を結った。
粗野な言動や剣を振ることを控えた。
でも、それだけでは足りなかったのだな。
分かっていた。
ガリアスが求めるような女性になれないことも。
ガリアスは私の家が目当てだったのだろうか?
だから優しく声をかけてくれたのかもしれない。
それなら跡継ぎの産まれてしまった私はもうかまう価値がないのだろう。
口から笑いが込み上げてきた。
そうか。
そうだな。
ガリアスにとって私はその程度だったということか。
1人で笑っている私を他の生徒が遠巻きに眺めてくる。
それがなんとも不愉快で庭に出た。
庭も人気があるスポットだが、いつの間にか授業が始まったのだろう。
人影がほとんどなかった。
今が何時間目か分からない。
私も授業が入っているが、出る気になれない。
人がいない方へいない方へと向かっていくと、鬱蒼と木の茂る森付近にまで来てしまった。
「私はガリアスのことが真剣に好きだったんだけどな……。」
ぽつりと呟いた言葉は森へと吸い込まれていった。
上を向くと私の心の内を露わしたような曇天が広がっている。
心が麻痺してしまい、これ以上何かを考えることさえ放棄したくなった。
ここに寝転がってもいいだろうか。
どうせ誰もいない。
そう考えたところで何かの唸り声が聞こえた。
同時に後ろに気配を感じ横にとぶ。
すると黒い影が横をすり抜けていった。
「魔獣!?」
学園に出るはずのない闇をまとった姿を見て驚く。
有り得ない。
なぜ、ここにいるんだ?
目を見張りつつも魔獣の特攻を防ぐ。
魔獣は銀色をしており、一般にシルバーウルフと呼ばれる魔獣であるようだ。
なかなか爪が当たらず、噛みつくこともできない状態に焦れたのか、シルバーウルフが魔術を発動した。
黒い氷が複数個飛んでくる。
こうなってしまっては身体能力のみでよけるのが大変だ。
魔力を使い水の壁をつくる。
氷が壁に刺さっているうちに、召喚獣を呼ぶ。
女子の制服は動きづらい。
安全が確保されている場所で着る服だけあって戦闘に適してるとは言い難い服だ。
長いスカートのせいで動きがかなり制限される。
貴族が多いから仕方がないのかもしれないが、もう少しどうにかならないものか……。
若干服装にイラついているうちに召喚獣のルナがやってきた。
「ルナ!」
そう叫ぶとルナが一目散にシルバーウルフをひっかく。
シルバーウルフはCランクの魔獣だけあって、ほとんど攻撃が効いていないようだ。
しかしシルバーウルフの意識がルナへ移る。
「我願う。鋭き風が敵を切り刻まん事を。」
詠唱をした通り精霊魔法が発動し、シルバーウルフの背に傷がつく。
そのことに激怒したシルバーウルフが魔術を乱発する。
魔術をかわしたり魔法で打ち消したりしつつ隙を伺う。
ルナも上手く避けているようだ。
このままでは消耗戦か……。
こちらから手を出すしかない、か。
今まで通り無詠唱で水の壁を作りつつ、詠唱を始める。
「我願う。風が唸り、鋭く敵を切り裂き続けることを。」
先ほどとは違い魔法をしばらく継続することを願ったので、より多くの魔力が持っていかれた。
まだ魔力の残量に問題はないが、そろそろ決着をつけたい。
師匠について召喚魔法を学んでいた頃はCランク程度瞬殺できなければ怒られていた。
随分と腕が落ちたものだ……。
体がなまってきていたことにショックを受けつつ、シルバーウルフを倒せたかを確認する。
精霊魔法なので生きているということはないと思うが……。
近づかずに精霊魔法を使って生死を確かめる。
しっかりと死んでいることを確認し、シルバーウルフに近づいた。
これ、どうしようか……。
皮も売れるような状態ではない。
久々の戦いとはいえ、ひどい出来だ。
そのことを認識し、さらに落ち込んだ。