爪責め ~解離~
爪責め…最も手軽で命の危険のない拷問。
解離 …現実逃避の手段としての感覚遮断。
あと、三本。
今でさえ死にたくなるような痛みなのにこれがあと三回も繰り返されるのだ…
本来拷問は罪人に罪を白状させるために使われるものなのに、ここでは私に苦しみを与えるためだけに拷問が行われている。
なんて、理不尽なんだろう。
「そろそろいいわね?」
お姉さんが語尾を疑問系にしながらも拒否は許さないとばかりに笑顔で迫ってくる。
お姉さんは七本目の針を刺した後五分間の休憩を与えてくれていた。
お姉さんが言うにはあのまま続けていたら確実に私の意識が飛んでしまうそうだ。
お姉さんはやっぱり私に課題を与えることで拷問にメリハリをつけたいようだ。
お姉さんはそれはそれは楽しそうに私の右人差し指に針を押し込もうとする。
もう八回目にもなるが決して慣れることのできない激痛が私の体を貫く。
はずだった。
そのとき私は不思議な感覚を味わっていた。
自分では鏡でも使わなければ決して見ることのできない自分の後ろ姿を見ていたし、自分が苦痛に叫ぶ姿も見ていた。
お姉さんが楽しそうに九本目の針に手を伸ばすところも、それを見ておびえる自分の姿も、まるで他人事のように見ていた。
例えるなら、テレビを見ているような感覚。
自分とは関係のないところで展開される世界。
そこで起こることは私に干渉することはないし、私から干渉することもできない。
お姉さんが十本目の針に手を伸ばす。
さっきまでの楽しそうな笑顔はなく、ただ作業のように「私のような人間」に最後の針を突き刺した。
「私のような人間」は呆れるほど大きな悲鳴を上げる。
いつのまにか私の視点は「私のような人間」の後ろから、前方斜め上の視点に変わっていた。
ちょうどお姉さんの頭の上から見下ろす感じである。
私のようなそいつは、涙で顔面をぐしゃぐしゃにして髪を振り乱し、涎が飛ぶことも構わずに悲鳴を上げ続ける。
自分とそっくりとはいえ酷い有様だな。と、私は思う。
あまりに酷いので見ていられなくなった私は顔を背け、目を閉じた。
次の瞬間、指に激痛が走る。
気づけば目の前にお姉さんの顔がある。
お姉さんと目が合う。
お姉さんとしばらく見つめ合うような形になった。
するとお姉さんは何かに満足したように口元だけで笑った。
「最後に気絶しちゃったけど、十本の針を入れるまで気絶しちゃいけないっていうルールだったからぎりぎりセーフと言ったところかしらね?」
「そう…ですか…ありがとう…ござい…ます」
正直記憶がないが話を合わせておいた方がいいだろう。
「少し休憩しましょうか。何はともあれ一日目終了おめでとう」
お姉さんは不吉すぎる台詞を笑顔で言い放つと足下に置いてある拷問道具…まち針が出てきたバッグから何か取り出そうとしている。
さっきの不思議な感覚は何なんだろう。
原因は分からないけど痛みを感じなくなったし、あれのおかげで一日目を耐えることができた。
だけど、あれはとっても怖い感覚だ。
自分のことが認識できなくなって空気に溶け込んでしまうような感覚。
体が浮くような感じで、まるで熱にうなされたときに見る夢のようだ。
「うわ!」
突然私の首に冷たい感覚が走る。
ただしそれは決して不快なものではない。
「これ、飲みたい?」
首の冷たさの正体はお姉さんの手にしたペットボトルのものだった。
ラベルから判断するに某有名スポーツドリンクのようだ。
お姉さんから渡されるものに警戒心無しで飛びつくのは考え物だ、毒が入っている可能性だって、十二分にある。
ただ、それ以上に私の喉は渇きを訴えていた。
「その警戒心はとっても素晴らしいものだけど、これに毒なんかは入ってないわ。安心してお飲みなさい?」
お姉さんはそう言うが結局のところ手が使えないのでお姉さんが私に飲ませることになる。
どちらにせよ拒否権はないようだ。
「ありがとう、ございます」
大分呼吸の落ち着いた私はスポーツドリンクを飲ませてくれた拷問狂のお姉さんにお礼を言う。
さっきと比べて自分でも分かるくらい声がしっかりしている。
「どういたしまして」
お姉さんは心底嬉しそうにそう言った後いたずらっぽく笑った。
「それじゃ、明日からの予定を教えてあげるわ」