誘拐犯の思い出
誘拐犯の過去の話です。
わたしは人の笑顔を見るのが大好きだった。
いや、「だった」じゃないわね。今でも大好き。
仕事はメンタルカウンセラーで、大企業で働き疲れてしまった人たちのケアをするほかスクールカウンセラーも掛け持ちで受け持っている。ボランティアも趣味の一つで他の用事がないときはボランティアでゴミ拾いをしているよ。
人が笑顔になってくれるとわたしも嬉しい。「ありがとう」なんてお礼を言われれば感無量だね。
だけどね、わたしにはおぞましい趣味嗜好があることも分かっている。
わたしは人が苦しむ姿を見るのもまた大好きなの
あれは小学校の頃だったかな。
わたしには親友と呼べる女の子がいた。
その子は笑顔がとっても素敵な子で、一緒にいるだけでわたしも笑顔になることができた。そのころわたしは自分が人の笑顔を見るのが好きだと気づいたんだと思う。
わたしはその子のことを大好きだった。その子もわたしのことを大好きだったと思う。だけどね、あの日、あの夏の日、その子は死んでしまったの…
死因は溺死
夏の風物詩でしょ?
小学生だったわたしたちは川で遊んでいた。
そして流れが急なところにその子がいってしまって…
わたしは助けを呼ぶこともできずその子を見ていた。
はじめはどうすればいいのかわからなくて見ていただけだった。
でも、5秒後には「早く助けを呼びに行けば助けられるかもしれない」って、思ったわ。だけど、助けを呼ばなかった。
何でだか分かる?
…残念。はずれよ。
正解できたらあなたを殺すのを止めようと思っていたのに、残念ね。
正解はね、その子が苦しむ姿を見て目が離せなくなっていたから。
わたしの大好きなあの子が、笑顔の素敵なあの子が、生に執着して必死になってその顔をひきつらせている姿に興奮を禁じ得なかったの。
わたしに助けを求めて、わたしが動かなくて、そんなときのあの子の絶望した表情は忘れられないわ。
生への執着、今まで対等な関係にあったわたしに全てをなげうって助けてくれと求める姿。最高だった。欲情した。興奮した。
そのときにね、気づいたの。わたしは人の苦しむ姿、特に、生に執着してもがく姿が大好きなんだって。
自分が異常だってことはよくわかっているわ。
だから、ずっと隠して生きてきた。
ネットや本で手に入る情報で満足していた。
あの日までね…
あの日…
わたしのカウンセラーとしての仕事が軌道に乗ってきた頃かしら。
その頃のわたしは人の笑顔を見ることができてとっても満足していた。それと同時に、人が苦しむ姿にも思いをはせていった。
そんなとき、本当にタイミングが悪いことにわたしと二人っきりで会って会話がしたいっていう女の子がいたの。その子ははじめての相談者でね。はじめは暗い表情しかしなかったのに、そのときにはとっても笑顔が素敵な子になっていたの。そう、夏の日に死んだあの子のようにね。
普通、カウンセラーと相談者は私的な関係を持たないわ。だから、「今度一緒にお茶しませんか?」なんていうお誘いは断るの。
だけどわたしは、
「いいわよ」
そう答えた。わたしの中の悪魔が勝利してしまった瞬間だったわ。
その子は、とある山で殺して、今も見つかっていないわ。
だって、その子は田舎から家出同然に上京してきて一人暮らし。
そんな子を都会で探す人なんてこの世には存在しなかったのよ。
とっても悲しいことだけどわたしには好都合だった。
そのあとは、半年に一回くらい殺していったわ。
相談を受けているなかで、殺せそうな条件が整っている子と仲良くなって殺していくの。
でも気づいたわ。警察だって馬鹿じゃない。死体が見つかってしまったことも何回かあったから、そろそろ共通のカウンセラーの存在に気づく頃だってね。
だからそれからは縁もゆかりもない人を選んで数ヶ月の観察の後に殺すことにしたの。
そうして殺していく内に面白い発見をしたわ。
生に対しての執着が最も強いタイプはどういう子かってことがだいたいわかるようになってきたの。
それはね、人生を半分諦めている子。
友達がいなくて性格が暗くて協調性のないくずみたいな人間。そして、親や数少ない友人の愛をむさぼり食ってる最悪な人間。
そんな人たちはね、わたしからの拷問の中で気づくの、今まで自分は多くの人に愛されていたってことに。そして、切望するの、「もう一度生きたい。もう一度親の顔が見たい!友達と会って話したい!!」ってね。
そしてわたしに助けを乞うの、その姿、最高だわ。
プライドが高くて変に澄ましていて、いつも冷静な彼女たちが恥も外聞もなくわたしに許しを乞うの。
あは…あははは…あははははははははははっははは
ごめんね。思い出し笑いよ。
これからあなたを最高に苦しめて、精神を完全に破壊して殺すわ。
ねえ、篠原さん、あなたはどんな顔を見せてくれる?
本当に、ほんとうに、楽しみだわ。
誘拐犯兼殺人犯はそう語った。