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第40話 天空の枝

 方舟の窓から見る景色は意外に遅いものだった。大鳥の方が早く上昇できるのではないかと思うほどだ。だがシードは我慢だ。自分で風を受けて飛びたいところだが今はこの小さな方舟の中で神の枝が見えるまで待つ、理論上はたどり着けるとロゼーの技術者研究者は太鼓判を押していたのだ。

「戦いを終わらせてやる……」

窓から眺める景色で決意する。しかしそれもつかの間だった。窓の下の方、黄金の羽が見えるのだ。黄金の羽……正しく左腕のハリー・アレンである。

「しまった!くそ、まだ方舟は加速しきれないのか!?」

いくらジワジワ加速するにしても遅すぎる。このままでは追いつかれてしまう!

「シード!お前を枝の元に行かせるわけには行かない!」

ドスりと鈍い音を立てて方舟の入口に穴があいた。大槍で入口を破壊するつもりか!?あいた穴に大槍をねじ込んでテコの原理でこじ開けてくる。それなりに頑丈に作っていた扉であったが扉だったものは虚しく落ちて行った。強烈な風が方舟の中に押し寄せてくる。

「貴様は枝など必要ない!このフォイップの為に俺は戦う!」

「それは俺だって同じだ!」

ハリーの大槍は扉をこじ開けた影響で使い物にならなくなっていた。ハリーは仕方なしにその大槍を外に捨てる。シードはと言うと元より大槍を持ち合わせていない、方舟の軽量化を図るために乗せなかったのだ。握るのは護身用のナイフ、ハリーも同じだ。

「ハリー!この船から降りろ!定員オーバーだ!」

「ならばお前が降りるがいい!代わりに私が神の枝を手に入れてやる!」

「生憎だな、この船は自動操縦……神の枝を手に入れたとしてもそのまま女神の花に直行だ」

一畳半の格闘戦の中、ここでハリーの目つきが変わった。ロゼーの作戦がわかったのだろう。

「貴様……!女神の花を潰す気か!?」

「当然だ!それがこの戦いを終わらせる唯一の手段だ!」

ハリーは黙った。黙ったままナイフを振るい、足を上げて拳を振るう……

「フォイップがエアリーを凌駕しないと戦争に勝ったことにはならない」

「勝ち負けじゃないんだよ戦争は!」

急に足元の揺れが激しくなってお互いがよろめいた。吹き荒れる風が強くなる……方舟が最高速度に達した。今までのどの大鳥でも、どの船でも実現できなかった速度が生まれる。一度加速してしまえば神の枝まですぐそこだ。

 シードと……そしてハリーの乗る方舟が何か壁にぶつかったような衝撃、シードが壊れた扉から放り出されハリーがそれに重なった。

「これは……神の枝!?」

「ちっ!」

神の枝に到着したら方舟を枝に固定、方舟のレバーを入れ替えて再発射だ。しかしもちろんハリーがいてはそれはかなわない。

「落ちろハリー!」

「死ねぇシード!」

こちらが下だったのが運のツキだった。ハリーは馬乗りのまま歯車のごとく腕を回して殴りかかってくる。だが足元ががら空きだ。ハリーの体が中に浮く……

「そのまま……そのまま枝から落ちろぉぉぉぉぉ!!」

「そうは行くか!」

足を踏ん張り枝から足を踏み外すギリギリの位置で耐えた。だけどその体はまた宙に浮くことになる。

「俺は力の右腕だ。武器があったらわからないかもだが……」

「くそ……くそおおおおおおおおおお!!」

「あばよ!さっさとポリマワタゲ使いな!」

風を切らしながら小さくなるハリーを見送りながら……今まで言ったこともないような捨て台詞を親友に飛ばした。

「早くこれを死の土地に向けないと……」

あちこちに青あざが出来ていて正直いって格好悪いのだが贅沢は行っていられない……これで終わりだ。すべて……すべて……




 死の土地では戦艦2対戦艦1の戦闘が続いていた。正確にはもう終わり近づいている。アクエリアスは特に動くことなく兵士の力量だけで優っていた。これは逆に言えば不自然な事である。ニルスは緊急事態の知らせがあったロゼーとシレーナが心配であったがこの3箇所のうちどれが欠けてもいけない……

「やはり兵士が少ないな……」

双眼鏡抱えて頭を掻く、船のうち片方は既に墜落しておりもう片方ももはや空前の灯火であった。生き残りの兵士を戻して撤退の兆しを見せている。

「兵士ですか?寧ろ多いような気がするが……」

同じく周囲を監視していたリャーシャがニルスを同じ方向を見ていた。ニルスとしては正直

「いや、少ないのは兵士は兵士でも強力な兵士だ。ここに来ているのは元反王制のデモ隊や囚人が多い……何よりハリーが居ない」

彼はどこだ?どこかで戦っているはずのハリーがいない……ロゼーかもしくはシレーナか?ともかくフォイップは死の土地にはさほど力を入れていない……ではエアリーはどうなのか?

「ニルス司令!5時の方向に敵艦1!エアリーの船です!」

噂をすればなんとやら、しかし思っていたよりも小規模な戦力だ。エアリーはロデッサに落とされた死の種の影響が出ているが……?

「船から敵が……これは黒太刀部隊です!」

アクエリアス全体がざわめく、エアリーはこちらに戦力を集中させてきたのだ。数はフォイップのそれよりも少ないが戦力は明らかに上だ。

「予備戦力以外はすべて出撃せよ!」

その合図と共にアクエリアスから吐き出される戦士たち……そして彼らは黒き戦士に戦いを挑むのだ。そして他の兵士とは少し違った心境の者が一名、ミリアだ。彼女はこう思っている。

「来ているんでしょう……ヴィンセント」

ヴィンセント……彼はミリアの師であった。育ての父親といってもいい人だ。黒ごまのような人影がようやくハッキリする頃、真正面にその人はいた。

「ミリア、やはり来ていたか!」

「やっぱり……ヴィンセント」

正直に言おう、ミリアは師であるヴィンセントとは模擬戦程度しかやったことはない。一応その模擬戦で勝ったこと自体はあるのだがそれは大体まぐれによるものだ。彼は師匠ではあるがその戦術はミリアのそれとはだいぶ異なる。ミリアは太刀一本で戦うのに対してヴィンセントは大きな盾を右に持ち左に少しだけ小ぶりな刀を持つ……攻防両面に優れる代わりに片手片手で負担が強くなるし技量もいる。何より単純に重量がかさむのでスピードが落ちる。

「防がれた!」

金属音……そして風を切る音、盾を防御だけでなく牽制にも使った。だけどミリアもそれくらいはわかっている。

「スピードはこっちが上!」

空振り……

「ミリア!いつかはフォイップに渡ると思っていたが少し早すぎたようだな!」

「やっぱり……最初から気がついて!」

ちなみにこの場合の最初とはミリアが脱走した時ではない、ヴィンセントがミリアを保護したその時からだ。うすうすは気がついていた。子供は嘘をつくのが苦手だ。しかもそんな大事を10年以上も隠し通せるかっと言ったらまあ無理な話である。

「そもそもあんな小さな嬢ちゃんが軍人に弟子入りなんて何かの理由なしにやるような物じゃない……だから調べさせてもらった。難民名簿を調べれば案外簡単に出てきたよ……父親が行方不明であることも、母親がジライソウに食われたことも……」

まさか、やがてミリアがエアリーを裏切る事も想定済みだったというわけか!?




 戦艦アクエリアスの甲板上に立つローサが少しの風を感じた頃、備え付けのスピーカーからニルスの声が聞こえてきた。内容は聞かなくてもわかっている。

『敵兵をうち漏らした。死の土地に入られる前に撃ち落とせ!』

内容は案の定、数は1人だ。これなら余裕……狙いを定め引き金を引くのだ。

「ビンゴ」

だいぶ距離が離れているが備え付けの望遠鏡が影を巨大にしてくれる。

『次は5人だ、少し多いが頼む!』

5人だって!?冗談じゃない、一体砲手のイルやほかの兵士は何をやっているんだとクレームをつけたくなる。しかし冷静になればミリアが黒太刀部隊の対処に対応しっぱなしだ。その上に相手は黒太刀部隊、そう簡単に倒れてくれる相手ではないのだ。

「わかったわよもう!」

狙いを正確に定めて正確に撃つ、これを種砲の射程外に行かれるまでに5回行えばいい……無論失敗はNGだ。1発目……命中!2発目……命中!3発目……少し逸れたが相手は墜落した。5発目は……相手の右5センチ脇を無情にも突き抜けていった。

「しまった!」

エアリー兵とは違ってこちらは毒沼に対するワクチンを持っていない……唯一毒沼に行けるのは生まれつき抗体を持っている。ローサだが彼女の騎乗能力では到底追いつけないしそもそも大鳥にワクチンを打っていない……いくら毒沼内部にはジライソウが生えていないとは言え歩いて追いかけるのは無理だ。諦めるしかないのか……そう思った矢先、死の土地に入り込んだ敵兵がふらついているのを確認した。そして毒沼にバシャリと沼しぶきを上げて落ちたではないか……

「ワクチンが聞いていない?」

不良品を使ったのか体質的な問題なのか……理由はわからないがローサの血液から作ったワクチンが効いていないのだ。十分な研究ができていないと見るべきか……

「ライナスが連れ出してくれて助かった」

素直にそう思った。確証ではないがある程度楽になる。まあ油断はできないが……




 殺し合いが楽しいだなんて悪趣味の考えることである。だけどミリアは素直に今が楽しかった。子供の頃の稽古を思い出すからだ。

「もうちょっと楽しみたいけど……」

流石に師を殺めるのはミリアでも気が引ける。だけど終わらす方法はそれしか……いや、他にもこの殺し合いを止める方法がある。単純に時間を稼げばいい話なのだ。そう、シードが来るまで……

「ほら来た……」

地鳴りが聞こえる。周りの兵士、そして目の前のヴィンセントまでもが地震かとささやき始める。だがこの音は地震じゃない……地面ではなく空が揺れているのだ。時間は稼いだ。

「ヴィンセント……今日はここまで!じゃあね!」

「おいミリア!」

ミリアが突如飛び去った方角を見てヴィンセントは驚愕した。蛇のようないような雲が空にかかっていたのだ。あんな雲は見たことがない。そしてその雲はこちらに近づいてくる。

「あれは、あれはまさか……」

最近フォイップからもたらされた情報にあった……神の枝!北ミーラ山周囲を浮いているはずのあの枝がなぜユードラ半島南端の死の土地周囲に来ているのだ!?

「まさかミリア!神の枝を“連れて来た”のか!?」

時間稼ぎだった!?まさか!神の枝があれば女神の花を破壊できる、出来てしまう!そうなったらこのオレクス戦争……平行線の泥沼の中で終了しろというのか?無理だ……戦後が混沌のユードラ半島となるぞ!




 山は登れば登るほど気温が下がっていくという、そしてシードはその山よりも高い位置にいた。流石に凍える……そして服はところどころナイフで裂かれたように切られていた。中にはハリーとの戦闘によって切られたものもあるが……7割は降下中にできたものだ。

「ふう、もうちょっと脱出が遅れていたら死の土地に突っ込むところだったぜ」

ポリマワタゲにぶら下がりながらシードがつぶやいた。方舟の軽量化のために大鳥を乗せずに空へ飛びだったシード。脱出が早すぎるとアクエリアスに乗っている兵士がシードを回収できないし遅すぎると死の土地に突っ込んでしまう……高速で移動する方舟の中、かなりシビアな調整だったがうまくいった。ハリーの乱入という想定外な事態が起こったにしては上出来だ。

「シード!」

黒い大鳥がこちらに向かってくる。上に乗っているのはミリアだ。

「ミリア!助かったぜ!このまま宙ぶらりんだったらいつやられるか分からねえ!」

ミリアにナイフでポリマワタゲの茎を切ってもらい大鳥に相乗りする。流石に重すぎたのか高度が下がった。

「あんたの大鳥が限界になる前に帰ろうぜ……アクエリアスに!」

「ええ……」

白い煙が南の方角から上がったのが見えた。かなり遠い位置だがそれでも確認できる煙だ。そしてその煙にはまるで聖なる力が宿っているようにあたりを白くさせる。

「シード、あれ……」

「ああ、女神の花が……消えた」

肉眼では見ることができない……だけど確実にわかるのだ。戦争は終わったと……

「さてと、これからが大変だな……クーデター後の立て直しをしなきゃならんしアレやらコレやらだ」

「ま、それはいいんじゃない?そこは政治のお偉いさんがやってくれるでしょ?」

最もそのお偉いさんは現在不在である。お偉いさん選びから始めないといけないのだ。いずれにせよ……今は考えなくていいや、しばらくこの余韻に浸ろう……

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