第38話 打ち上げの煙
地盤は整った。種も巻き終わった。さあ芽が出るところだ。さあ収穫の時期だ。
「しかしどうやら畑は2箇所のようだ」
会議室にニルスだだ一人、畑の場所は北ミーラ山と死の土地だ。無論実った実はカラスが喰いに行くものだ。それも複数のカラスが我さきにと奪いに来る。
「さてと女神の花と神の枝、我々の目的としては神の枝を手に入れればそれで済むのだが……手に入れるより前に女神の花が啄まれてしまったら意味がない」
クラリュとヒロキが作り上げた“方舟”は自動的に神の枝を追尾し自動的に女神の花に向かうよう設計されている。誰かが手に入れてどこかに隠したとしても問題は無いのだが神の枝の存在が既に知られてしまっている。神の枝を誰かが手に入れることを恐れて真っ先に敵国に女神の花そのものを落とすことも考えられるのだ。そんなふざけた話があるかと思うかもしれないが実にありえる話である。
「死の種は既に4回も落とされているのだから……」
このオレクス戦争の激戦区ロデッサ
王都ギダムのすぐ真北に位置するウィッチ空洞
そして昨日落とされたのはエアリー北部のモーラ雪原
そしてたった今連絡が入ったのはフォイップ北部のイジマ村、遂に民間人が住む村にも落とされた。
こうなってしまったらもう歯止めは効かない、これを止められるのは死の種の原料である毒沼を生成する女神の花を手に入れてすべてを無に返すかその女神の花さえも中和させる神の枝を手に入れるかのどちらかだ。神の枝を手に入れる方法だが現状このロゼーでしか持っていない、しかし女神の花を手に入れる方法はロゼーは持ち合わせていない、毒沼への抗体を持つローサがいてもそれを活用できる生物学者がいないのだ。そしてフォイップとエアリーはどうか?それぞれローサの抗体と神の枝の樹液という方法でそれは可能になっている。どれほど聴くのかはわからないがこれは実に面倒だ。こちらが女神の花の入手を阻止したいのなら死の土地に入られる前に通せんぼしなければならない……
「死の土地ギリギリの位置を最終防衛ラインとする。戦艦アクエリアスを発信させて第一部隊と第二部隊、そしてミリアとローサを付ける」
この布陣、もしもの時はローサに頼ることになるが彼女は大鳥に関しては一般人と同じレベルだ。追いつけるか、追いつけたとして戦えるかは怪しいところだ。そこはミリアに頑張ってもらうしかない。
「方舟は発射すれば自動的に神の枝にたどり着く、そして方舟と神の枝を固定したあとレバーひとつで自動的に女神の花に突入するように作られているが……」
問題は方舟と神の枝を固定するのは自動ではないということだ。つまり誰かが乗り込む必要がある。
「この役目はシードだな一番タフだ。方舟発射の衝撃にも耐えられるだろう」
しかしシードは狭い方舟の中、無防備だ。打ち上げの時に邪魔が入ることも予想される。
「パニィとライナス、そして第四部隊を配置、十分すぎるくらいの護衛だろう」
一度打ち上げてしまえばもう護衛の必要はない初速を抜けて加速しきってしまえば大鳥では追って来られないからだ。保険として第三部隊はロゼーに待機、不測の事態に備える。
「行ける、これならな……」
事態は……急ぐ、しかしこれなら確実だ。
シレーナ採掘場、ほんのちょっと前までここで戦闘をしていたわけだが今回は戦闘が目的ではない、クロウバから降り立つのはシード、そのあとに続いてパニィとライナスが愛鳥と共にシレーナ採掘場に降り立った。続いて10機ほどのクロウバから次々と兵士が降り立っていった。
「ほらシードシード!サッサと打ち上げちゃおうよ」
パニィの言うことも間違っていない、むしろそれが正解と言える。肝心の方舟もクロウバにロープを括りつけることでここまで運んだ。現在打ち上げのためのセッティングに入っている。
「シード、パニィ……気を早めたいところはわかるが異常事態だ」
「どうしたライナス」
異常事態、その言葉だけで喜ばしいものでないことは想像にたやすい、そして案の定ライナスの表情は険しいものだった。
「ロゼーと共有しているフルエコダマが割れた。何かあったんだ」
フルエコダマ、一心同体の双子の実だ。片方を潰せはもう片方も潰れる……今回はロゼー、シレーナ、死の土地それぞれで共有していた。何かあった時の為に……
「何かあったとしても暫く経てば伝令が来るだろうが……」
「しかしロゼーには第三部隊のみだ……手薄といえば手薄、来ないと思うが左腕や黒太刀が相手だったらヤバイな」
「伝令を待っている暇なんかないよ!」
一応ロゼーの非常事態になった時にはここから増援を出すことになっている。とてもではないが死の土地の防衛ラインから人員を割けないからだ。
「俺も同じ意見だパニィ、ここは俺がロゼーの様子を見に行くことにする。クロウバを一機借りていくぞ」
くるりと背中を向けて再びクロウバに乗り込んでいく、とんぼ返りとはこの事を言うのかと感じた。しかしこのタイミングか……嫌な予感がする。
「シードさん、方舟の発射までもうすぐです。乗り込んでください」
新米兵士のグラムが声をかけてきた。
「ああ、今行く……パニィ背中は任せた」
「おうよ~背中からブッ指す!」
こいつ……まだ俺を倒すことを諦めていなかったようだ。
アクエリアスに積んでいたフルエコダマが割れた。ロゼーで今何かが起こっている。ライナスかパニィが向かうことになっているが……どうも胸騒ぎがするのだ。ここからロゼーの様子を見ることができないので胸騒ぎの喧しさはさらに増す。
「流石にほとんどの勢力はこちらに向かっていると思うが……」
目の前には既に紫黒い毒沼が広がっていた。ここが最終決戦の場所となるわけなのかね。
「クラリュ、ストップだよ。これ以上進んだら突風とかの拍子で死の土地に入っちゃうかも」
「了解、アクエリアス航行停止……ホバリングに入ります」
なるほど、通りで禍々しい気配を感じた訳だ。もう既にここまで死の土地に近づいたといいうわけだ。
「この地点を最終防衛ラインとする。いいか、このラインを超えられるともう我々で追うことはできない……全力で敵の進軍を阻止せよ」
「10時の方向に敵艦2!フォイップのものです!」
おやおや早速お出ましか……終わりの始まり、その終わりは果たして戦争の終わりかそれともこの世の終わりなのか、それは我々の手にかかっている。
「イル、砲撃準備!ローサは甲板上で待機しろ!各自戦闘に備えること!」
フォイップが来たということはそろそろエアリーの部隊も到着となるか……
「フォイップ艦隊、兵士の出撃を確認!」
「第二部隊を出せ、アクエリアスは現状を維持せよ!リャーシャ、エアリーがいつやって来るかわからない、周囲を警戒せよ」
エアリーもここに来るとなる以上、総員出撃というわけには行かない……しかし野放しにするわけにも行かないのだ。このラインを超えてしまえばもうローサの遠隔射撃くらいしか止める術はない。
「さてエアリーが来るうちに片付けたいところだが……」
事はうまくいくだろうか?
方舟の準備は整ったらしい、乗り込んでから何やらカンカン音が聞こえてきたが気にしないことにする。この方舟は超パワーで飛ぶが小回りが効かない、故に神の枝から近いこの位置から発射することになった。神の枝についたら方舟は自動的に着陸する。後は方舟から降りてロープで固定、レバーを下に入れて再び発射だ。
「シードさん、スイッチを押してください!」
どうやら発射体制は整ったようだ。
「了解」
一度深呼吸
「シード・クリスティ発進する!」
宣言してから起動スイッチをおした。直後、ゴゴロロと音と振動を感じるが窓を見ても空を飛ぶ気配はない
「あれ?」
まさか失敗?こんなところで失敗は勘弁して欲しい、この状況で失敗だけは。だが音と振動、そして煙は止まらない……あれ、煙?煙ってさっきから感じていたっけ?
「おいまさか燃えているとかじゃないよな?」
脱出をも考えてみたが窓を覗いてみるとそれは直後安心に変わった。
「と、飛んでいる!」
外を見れば既に北ミーラ山の山頂と同じ目線だった。まだまだ速度はゆっくりであったが確実に上昇しているし確実に加速して言っている。
「技術者ってのはすげえなおい」
少しばかり煙ったいのは我慢しなければならないがこれならば遥か上空にある神の枝まで本当に行けるような気がした。いや、違う……必ず行くんだ。
地上でシードのことを見送っていたパニィ、そして第四部隊の人々もようやく落ち着いてきた。無事に発射に成功したのだから喜びに浸りたいところである。
「あっ、そういえばシードに方舟から煙がでるって事を言い忘れていた~」
少しだけ頭の中が白紙になる。ヒロキから聞いたのをすっかり言い忘れていた。まあそのヒロキもシードに言い忘れたから伝えておいてくれと頼まれたのだが……
「ま、燃えていると勘違いして脱出でもしない限り大丈夫でしょ!煙だけで逃げ出すような度胸なしじゃないだろうし!」
うんうんと自分自身に納得させることにする。そしてシードが飛び立っていった空を見ると煙のすぐそばに小さな影が見えた。
「あれは大鳥……大鳥!?」
まずい敵だ。フォイップだかエアリーだか知らないが黄金色の大鳥が方舟に近づいているではないか!
「まずい、まだ方舟は加速しきっていない!追いつかれる!」
あの方舟……問題点は小回りだけだといったがこれでは加速にも問題がある。
「ヒロキもクラリュももう少しマシに作ってよ!」
とにかく今はあいつをぶっ潰す、それしかないのだ。それが今の自分の任務!
ズバリ
そんな音が背後から聞こえて来た。振り向けば仲間が倒れている。腹からバッサリだ。傷から見てナイフのようなもので至近距離から切られたと思うが敵の姿が見えない。
「え……?」
また後ろから肉を切り裂く音、またナイフで仲間がやられた。早すぎて見えないのか?今度は右斜め後ろで断末魔が聞こえた。次はその奥……この短時間で3人もやられた。どこだどこにいる!?若干の焦りを感じたまさにその時だ。目の前で倒れている仲間のそばで小さな砂埃が立ったのが見えた。そしてその砂埃はこちらに向かってくる。真逆と思ったのと同時にただならぬ寒気を感じてパニィはその砂埃から逃げた。
「風……」
間違いない、パニィのすぐ真横を風が突き抜けた。そしてその風の進行方向で味方が切られている。
「レン!」
大急ぎで自分の愛鳥を呼んだ。間違いない……“見えない敵”がいる!




