第37話 地上戦シレーナ採石場
戦艦アクエリアスは現在浮遊中、向かう場所は北ミーラ山だ。その中腹にはかつてキオラの家を作った石の採掘場があるのだ。その名もシレーナ採掘場、現在ここはエアリー軍の拠点となっている。
「……よし」
シードは今日の装備は念入りに点検した。特に命綱のポリマワタゲは飛び切り念入りだ。ポリマワタゲ……使うと膨張する綿毛、本来は万が一大鳥から落下した時に備えて携帯しているものである。綿毛が落下のスピードを和らげてくれる。しかし今回は別の使い方だ。
「もう一度作戦概要を説明する」
ニルスの声が天井から聞こえてきた。ブリッジから声だけ送っているのだろう。
「本作戦はシレーナ採掘場を制圧することだ。採掘場だけあって内部はトンネル状になっている。ウィッチ空洞より狭く、そして複雑な構造になっていることだろう」
当然内部で大鳥にまたがって飛ぶことはできない、故に今回は地上戦がメインとなる。これはシードにとっても類を見ない戦闘だった。
「まずシレーナ採掘場の上空に到着次第、ミリアとパニィを先頭に第三、第四部隊は上空の制圧を頼む」
横にいたミリア、そしてその更に横にいたパニィが大きく頷いた。
「その後、ライナスとローサ、第二部隊がポリマワタゲを使って降下、入口付近の敵を種砲、弓を使って鎮圧する。シレーナ採掘場の足元は石だ。ジライソウは生息していないから安心しろ」
そしてシードの出番はその後だ。
「最後にシード、第一部隊が降下、ローサとライナスを援護しつつに中に潜入してくれ」
以上が作戦の概要である。
「まもなく採掘場だよ」
毎度のごとく気の抜けたヒロキの声、これから割と大変な戦闘だというのに……まあそれが良いガス抜きになるのかもしれない。
「ミリア、パニィ、第三、第四部隊出撃だ!周りの兵士を蹴散らせ!」
轟くのはニルスの声だ。がってん承知と兵士が降りていく……シードはただひたすらそれを見ていた。
「できれば俺もこの役目が良かったぜ」
戦うなら空がいい、別に地上が嫌いというわけではない、慣れていないだけだ。
「らしくないわねシード」
ローサが既に愛用と化した種砲を撫でながら話しかけてくる。
「いや……まぁ」
外を見てみればミリアが縦横無尽に飛び回っている。パニィが飛び降り敵を刺している。
「なんだぁシード怖気ついているのか?」
ライナスがちょっかいをかけてくるがシードは否定できなかった。図星と言われればその通りだ。だから反論しない、できない。
「ローサ、ライナス、第二部隊、出撃だ。降下しろ!」
そしてニルスの声……正直助かった。
「命拾いしたな」
命は賭けていない、こんなところで賭けてたまるか。
「ライナス、行くわよ」
「おぉ」
今度助けられたのはローサだった。そんなローサとライナスは大鳥なしで大空に飛び込んだ。そして暫く、空気のはじける音……ポリマワタゲを使ったのだ。
「そろそろ出番か、いい加減覚悟を決めないとな」
開きっぱなしのハッチの前に生身で立つ、外から吹いてくる風は何度も受けたことがあるが今回は鳥上ではない……それがシードの中身をここまで震えさせる。
「シード、第一部隊、出撃せよ!」
そしてその出番だ。シードが先頭をとることになっている。
「行くぞ!」
先陣が臆していては後ろに影響が出る。だから空元気で飛び降りた。
今まで何度も大鳥で急下降を行ってきた。大鳥で急上昇するときの衝撃はすごいものだが急下降もまた衝撃は強い、しかもその時の角度はほぼ直角、自由落下だ。訓練を積んでいない人では卒倒するほどだ。今回も自由落下している分にはかわりないのだがその足元に翼はない、だからそのまま落ちれば等しいのは地獄行きだ。
「流石にこの風は違うか」
耳を劈くのは風の切る音、これまた何時も聞いている音のはずだが今回ばかりはすべてを切り裂く刃物を振るう音に聞こえた。周りを見渡してみればミリアやパニィが周りを広げてくれていた。最高に完璧な仕事だ。おかげで無防備な羽無しを無事に地上に下ろせるということである。
「そろそろ頃合か」
背中に背負っていたポリマワタゲ……普通は緊急用なのでポーチにくくりつけているのだが今回はその緊急用の使用前提だったので使いやすい位置だった。そしてそのポリマワタゲの種を……つぶす。
「……!」
落下からの急な減速、その衝撃がシードを襲った。この速度差は一体秒速何キロメートルだろうか?そんな考えすら衝撃によって上空にすっ飛んでいった。そして原則の衝撃も落ち着いた頃、シードはその降り立つべき場所を補足する。
「着地する!」
地面が広がる、最初は一色かと思ったその青色の石はやがてその渦巻きじみた模様をはっきりさせた。
「おぉ!右腕さんの到着か!」
「弓兵はあらかた片付けたからあとはお願い!」
地上の遠距離担当も仕事は見事だった。後はこちらの仕事、内部に潜入して一気に拠点を落とさせる。エアリー兵を殲滅するんだ。
「後ろは任せ……」
ローサやライナス、それに連れの兵士に背中を任せろと言いたかった。だけど“何か”踏んづけた。右足で何か柔らかいものを踏んづけた。そして左足で水たまりを踏んづけた。
「人……」
人だった。正確には人だったものか……別にここは戦場なのだから人だったものが転がっていたもおかしくは無い、腕一本だけとか首だけだとか血だまりだけとかでもおかしくは無い……だけどシードは戦場でまともに死体を見るのは初めてだった。
だって戦場は常に空の上だから
空の上だって血を見ることも血しぶきを見ることもあるがそれでも死体は見ない、見たとしてもそれは一瞬、そのまま落ちてバラバラになりそしてジライソウに喰われる……だからシードは見ていなかった。
「シード!」
ローサの声だ。その声で瞑りかけていた瞳を開くことができた。現実に引き戻されてみると目の前には敵のエアリー平が槍を振りかざしていた。そしてその額には穴があいていた。その穴から蛇口のように血が流れ出している……そしてそのまま、白目のままベッシャリと音を立ててその敵兵は崩れ落ちた。
「らしくないよシード!」
呆れたローサ、手に持つ種砲はシードの方を向いていた。
「あぁ、済まないローサ……」
自分の頬を殴った、割と強めに殴った。殴ったあとに頬を撫でてみれば少し腫れているようだった。
「突入する!」
シードは騎士の名門クリスティ家の出身だ。そんな家の書庫から古い戦争の記録を読んだことがある。20年前のロデッサとも違う太古の戦争だ。当然当時はジライソウはなかった。大鳥は居てもそれに跨るすべもなかった。単純な人と人の戦い……
「その戦いでは肉が山となり血が海になったとか……」
なるほど、当時は単純なる興味でその記録を読んだものであったがこれが本来の人間の戦争というのであれば……
「やってみるさ!」
拠点内部に潜入、驚くことに敵兵の姿は見えなかった。ローサやライナスが下準備をしてくれた結果だ。しかしまだ内部に敵は残っている。中に向かって走ってみればホレみろであった。物資コンテナの物陰に2人……だがその位置はバレバレの筒抜けだ。
「隠れるならもっとうまく隠れろ」
コンテナを乗り越えて槍でうなじに命中させる。足元に音……その足元を見てみればガスの実、少しヒヤリとしたが問題ない、蹴っ飛ばして持ち主にお返しした。その直後、ガスの実が破裂してこちらまで熱風が押し寄せてくる。残ったのは黒焦げの持ち主だった。
「あばよ……」
慣れというのは素晴らし、早速なれていた。だけどそれが恐ろしかった。
シレーナ採掘場……その上空、戦艦アクエリアスとしてはもう総仕上げというところであった。
「静まりまったな」
「上空に敵兵無し、地上にも見える範囲には見えません」
「よしいいぞ、イルに砲撃中止を伝えろ」
リャーシャは望遠鏡であたりをくまなく探すが少なくとも見える範囲にはいない、しかし内部はどうなっているのか……
「あっシードです!シードが採掘場から出てきました」
「作戦は終わりか、良かった良かった」
リャーシャの声に真っ先に反応したのはクラリュであった。彼が出てきたということは拠点が制圧できたということだ。これで帰りの飯が食える。皆が喜びに満ちている中、ニルス一人だけは少しだけ感情が違っていた。
「肝を冷やしたぞシード……」
ニルスはしっかりと見ていた。戦場のど真ん中で棒立ちしているシード・クリスティを……彼は20年までの地上の戦争を知らない、だから死体が残る戦争を知らないのだ。若い兵士は皆言う、この戦争は死体が残らないのが寂しいと……しかしニルスをはじめ20年前の戦争を生き残ったものは皆こういうのだ。
「死体が残るのは残酷だ……」
そう、戦死した者の亡骸というのはその者の死を確実に伝える。それが残酷な現実を思い知らせられるのだ。
「撤退だ。アクエリアスを採掘場に付けろ、兵士を回収して離脱する」
戦闘は終わった。ライナスはすっかり戦場だった場所で座り込みくつろぎタイムとなっていた。
「よおシードお帰り、様になっているじゃねえか」
ライナスは採掘場から出てきたシードを見るなりそう言った。等のシードは全身真っ赤であった。どこか生臭い匂いすら感じる。その匂いを嗅いだライナスはふと自分の匂いも気になって鼻の下を拭った……余計に匂いがキツくなったような気がする。
「ライナス、悪趣味」
隣で座っていたローサがクレームをつけてきた。
「いや、戦争はこういうもんだよ本来はな……ローサ、お前は大丈夫なのか?ほかの仲間を見てみれば皆、気分悪くしては吐いているが?」
「ちょっと前まで泥棒だったからね、物を取るために死体を残さなきゃいけないし」
なるほど、通りで死体の山を見ても血の海を見ても動じないわけだ。
「ライナス、ローサ、帰るぞ」
以外にもハキハキとシードは語っていた。その事にライナスは驚いている。彼も他の若い兵士と同様に20年前の地上の戦争を知らない、だから彼もきっと怖気付くと思っていた。最初、採掘場に突入するときの彼は確かにそれであった。しかし帰ってきてみればいつもどおりひと仕事終えた彼そのものだった。
「ほお、兵士になったってことか」
アクエリアスがこちらに向かってくる。この拠点を抑えられたということは神の枝を手に入れる準備が整いつつあるということだ。
「次でこの戦争とはあばよだ」
採掘場を去る時、シードはこういった。




