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第3話 定期船”ハシヒメ”

 昨日は戦時中にしては平和だった。ユードラ半島のどこにも戦闘が起こらず死者は出なかったという。実に平和な日であったがシードにとっては実に忙しく、そして精神的にも疲れる日だった。

「シード、朝からお出かけか?」

例の調査のために荷物をまとめていたシード、ウエストポーチに簡単な食料や兵士としての必需品、それにヤリスギ製の大槍を抱えて愛鳥ボルと共に出かけるところだった。

「おはようハリー、すまないが2~3日留守にする」

「一人で任務か?」

「まあな」

今回の任務に関して極秘である。それは大親友であるハリーに対してもそれは同じだ。ハリーもこれからシードが出かけるのが特命だと理解しているのかそれ以上聞くようなことはしなかった。

「まぁシード、お前のことだから心配はいらないだろうけど気をつけてくれ」

「おう、そうさせてもらう」

今回の任務はあくまで護衛である。それほど死に直面する事態にはならないと思うがシードは心してかかることにした。




 ボルーキの街中に存在する港、ヒロキとの待ち合わせ場所はここである。シードがいつも乗る空船は戦艦などの軍用艦だが今回は民間船である。今回の任務は極秘のために下手に軍用艦を使うわけには行かない……そのために民間船を使うことになった。往復のチケットは今朝、クレインから2人分預かっている。

「シード、お勤めご苦労さん」

ヒロキは昨日の白衣姿ではなく動きやすいような服装だった。大きめのリュックサックを背負い作業着のように見える服装だった。そばにはヒロキの愛鳥だろうか?白毛の大鳥がいた。

「昨日初めて会ったばかりなのにだいぶ馴れ馴れしいな」

「昨日の敵は今日の友だよ、まぁ昨日も敵では無かったが……紹介するよ、我が愛鳥のシロだ」

「こっちはボルだ、お互いによろしく」

お互いに愛鳥の紹介が済んだ。ボルもシロもお互いに礼をした……ような気がする。

「立ち話もなんだが船の時間はどうなんだい?あれに乗るんじゃないのか?」

港には船が一つ停泊していた。行き先はフォイップ南部の小さな町“アオヤ”シードにとって……軍人にとってはあまり行きたくない場所である。

「あの船だ、まだ離陸には時間があるが乗ってしまおう。アオヤに行くのは気が進まんがな」

シードは受付に行き2人分のチケットを渡すと乗船した。船のプレートには”ハシヒメ”と書かれている。チケットに記載されていた出航にはまだまだ時間があった、少し集合時間を早くしすぎたかもしれない。民間船には慣れていないシードだった。




 出航の時間が来て船が上昇を始めた、地上が小さくなっていき外では翼の音が聞こえてくる。定期的に運行される船とは言え内装はしっかりしており簡単な壁で仕切られた小さな部屋には4つの椅子と1つの小さなテーブルが用意されていた。ご丁寧なことに大鳥用のスペースまで用意されている。“ハシヒメ”は2階建てになっており1回が乗合の自由席、2階が個室の指定席となっている。いつもなら「わざわざ指定席を取らなくてもいいのに」と思うところなのだが今回は行き先が行き先だったのでそんなクレインの好意に感謝するシードだった。

「これでもうちょっと機能的な船ならいいのだが……」

シードはしばらくぶりに乗る民間船に対して一方的な悪口をいうのであった。

「椅子も机もあるし十分に機能的じゃないか。シード、何が気に入らないんだね?」

「壁が多すぎる……これじゃあ大きな荷物が乗せられないじゃないか」

船の中に椅子があることがどうも落ち着かないのかシードは数秒に1回はお尻を浮かせては座り直している。ヒロキはその度にシードの頭が動くのを追っているのであった。

「シード、これは客船だぞ軍艦じゃない……僕としては何時も物置場みたいな場所にいる兵士こそが変だと思うがね」

生まれも兵士、育ても兵士だったシードはどうも一般人とはかけ離れているのだ。向かいに座っているヒロキはとても快適そうにしており横の荷物を大事そうに撫でていた。

「ヒロキ、さっきから気になっていたのだがその大荷物はなんだ」

先程から荷物を気にしているヒロキに興味を持ったのかシードは思い切って聞いてみることにした。

「そんなの観測用の機材に決まっているだろう。望遠鏡にカメラ、測量機器に筆記用具……」

ヒロキはわざわざリュックから物を出しながら説明をはじめる。よくまあ全部詰め込んだものだとシードは感心するのであった。

「特にこの望遠鏡!大学に入学した時、観測用に特注したんだから!超高級のオペラダケを使って……」

「わかったよ、もういい!もういいから!」

このままだと船がアオヤに着くまで淡々と望遠鏡の話を聞くハメになりそうな気がした。シードも望遠鏡は偵察などで使うが別段素材やら仕組みやらを気にしたことがない。特にヒロキのような専門家はこんな話を始めたら止まらないのだ。ここは強引にでも話を止めておくことにしよう。

「逆にシード、君は随分とスッキリした荷物をしている。その馬鹿でかい大槍がなかったら近所の買い物なみの荷物だ」

「兵士だからな、余計なものは持っていかないようにしている」

「何が入っているんだい?」

ヒロキが急かすものなのでシードはウエストポーチを開けることにした。別にこの中身に関しては機密でもなんでもない。

「信号用のエンガオだろ、脱出用のポリマワタゲに砥石にチャカ……あとは非常食と水筒だな」

兵士の荷物はとてもスッキリしている。荷物が少ないとその分体が軽くなるので早く飛べるようになるのだ。

「非常食……それは干したカロリンゴか?君は一体どこに行くつもりだい?」

「何が起こるかわからんだろ?」

「調査は翌日、それも日帰りだぞ?野宿するわけじゃないし食料はいらない」

「備えあれば憂いなしだ」

どうも兵士と研究者とのあいだには生活の仕方、衣食住、何から何まで違いギャップが生じるようだった。


 窓から下を見るとそこにはすっかり小さくなった大森林が広がっていた。ボルーキからアオヤまではそれなりに距離があるためそれなりの時間がかかる。ヒロキいわく調査は時間をかけたいとのことで今日はアオヤ入りのみ、調査は明日1日掛けて明後日にボルーキに戻るという日程となった。

「そういえばシード、君の叔母様はガデム国王の妻だったな?君自身は王族との関わりはあるのか?」

唐突だった。黙っているのが我慢できないのかヒロキはこんな話題を振ってきたのだ。

「あぁあるぞ、最も俺は王族じゃないから王位継承権はないがな。あくまで親戚としての付き合いだが王族との付き合いはある。ウィンとは小さな頃よく遊んだ」

「ウィン?あのウィン王子か?」

ウィン・サイエ、ガデム国王の一人息子である。ガデムは国王としての仕事が忙しくなかなかウィンに構ってあげられない事を気にしていた。ウィンとシードを引き合わせたのはそのためである。

「国王命令で遊ぶ……まあ形式的にはそうだったけど俺は素直に楽しかった。年はウィンの方が1つ上だし立場も全然違うけどそんなこと考えたことなんて無かった。今もな」

「いいやつだなシード……」

「俺なんかより国王やウィンの方がいい人だよ。家族思いだし何より国のことを一番に考えている」

あのガデムの子供だ。ウィンが国王になってもフォイップは安泰だ、素直にそう思う。王室に近いからこそシードは王室の気持ちをよく知っていた。だからこそシードはフォイップの兵士として国王に忠誠を誓えるのである。

「シード、君は国王になると考えたことは?」

「俺は王位継承権は……」

「そんなこと関係なく」

全く考えたことのないことだった。クリスティ家は代々騎士の家系、軍人の家系だ。戦うことに意義のある家系だ。

「俺は戦わないとダメな人なんだよ、だから国を収めるなんて無理だ」

「戦いねぇ」

まるで他人ごとのように頬ずえをつくヒロキ。戦いの中でしか生きられない、それは軍人にしか分からない境地だ。

「軍人は軍人でも戦闘員や工作員に軍師、いろいろいるがな。実を言うと俺はクレイン指令から兵士の教育係を頼まれたことがあるのだが……」

「適任じゃないか、僕も軍人だったら是非ともシードのような兵士に教わりたい」

「俺は無理だ。俺の戦いは技術というか……センスで戦っているんだよ。教えられるようなものではない」

教育係はシードよりハリーの方が向いている。しかしハリーも教育係にはならないと何時だか言っていた。ハリーは父親のような軍師になりたいという。

「戦闘には基本がある。武器の構え方とか立ち回り方とか……他にも進軍の仕方だとかなんとかね。だけど逆に言えば戦闘には基本しか存在しないんだ。だから兵士の教育係は別に強い奴がやる必要はない、教えるのが上手い人がなるべきだと思う」

「はぁ……まぁ確かにそうかもしれないな。大学でも成績は良くても教えるのが下手な人はいるし」

「基本も大切だが最も重要なのは冷静さや柔軟性といった心やセンスの問題だ。絶対に勝つ方法だとか絶対に生き残れる方法なんてない。あったらそもそも戦争なんて起こらない」

軍人ではないヒロキに対してシードは熱弁を振るっていた。ヒロキは「そこまで語れるなら君はやっぱり指導役に向いている」と笑ったがシードはそっけなく返事をするのみだった。


 出港して4時間ほどがたった。そろそろ目的地のアオヤはそろそろ到着するだろう。

「はぁ……」

アオヤに近づくにつれシードの口からはため息ばかりになった。そのため息を見るたびにヒロキはつられてため息が出るのだ。

「ため息ばかりじゃないか?そんなにアオヤに行くのが嫌かい?」

「当たり前だ、あんな平和ボケの連中の中に居たくはない」

「平和ボケねぇ……いい言葉じゃないか?僕も是非とも使ってみたい言葉だね”平和ボケ”!」

今日のオレクスを巡った戦争はオレクスがユードラ半島北部分布しているため戦場も北部が中心である。そのためユードラ半島南部であるアオヤは基本的に戦争とは無縁だ。その上に20年前もユードラ半島中部が主戦場だったためアオヤはつくづく戦争とは無縁なのである。

「それにアオヤ周辺のパキーラ地区には大森林が広がるが資源としては北部のモナイ地区の方が質がいい……まあそばに死の土地がある分しょうがないか」

死の土地の影響はなにもその場所のみではない。周囲の森にも少なからず生育状況に影響が出ている。丈夫さや発育スピード、大きさ……北部の森に比べればパキーラ地区は劣ってしまう。パキーラ地区の木材は質とは引換に安さが売りとなっている。

「アオヤは兵士を嫌う人も多いからね~まぁ兵士にとっては居づらい場所か……」

会話をしているうちに定期船”ハシヒメ”の動きが止まった。やがて船は下降体制に入る……窓から外を見るとそこには巨大なヤカタノキが何本も見える。木の上には住居が作られており人々はここで生活している。

「お、アオヤに着いたみたいだな……アオヤらしいツリーハウスが見える」

「着いてしまったか……」

シードとヒロキは下船の準備に入る。特にヒロキの荷物は大きかったので背負うだけでも一苦労だった。




 アオヤはボルーキとは違う、硬い化石の地面が広がるボルーキとは違ってここでは地面にジライソウが隠れている危険がある。だから船着場はもちろん住居やお店も木の上である。人々は大鳥やクロウバ、それに木と木の間に掛けられた橋を使って地面を使わない生活を営んでいるのだ。この樹上で暮らす光景は別に珍しいことではない、むしろ地に足を下ろすボルーキの方が珍しいと言える。

「はぁ……」

シードはまだお昼だというのに本日何度目かもわからないため息をついた。船を降りた瞬間に感じる視線……それは友好的なものではなかった。敵意とまではいかないのだろうが親しくしようという気は感じない。「軍人か……」「アオヤで何をするつもりなのかしら……」頼んでもいないのに耳から脳に入り込んでくる言葉はシードを苦しめていた。シードは代々騎士の一族、それゆえに自分が軍人であることに誇りを感じていた。だけどこの時ばかりは自分が軍人であることを呪うのであった。

「シード、さっさと宿に向かおう……調査は明日だ。明日の早朝には南ミーラ山に向かう」

ヒロキは気を効かせてくれたのだろうか声を掛けてくれた。その言葉が余計に暖かく感じてくるものだからシードはそれに甘えてしまった。



 こちらを遠目から見つめていた子供が橙色の大鳥と共に飛び去っていった。その子供ばかりではない。行く先々で人々は別に威圧しているわけではないのに道をあけたり何やら噂話を始めたり……いい気分ではなかった。

「そんなに嫌なら大槍を置いてくればよかったのに……一般人とは区別がつかない」

「そうなるといざと言うときヒロキの護衛ができなくなるが」

「それは困るな……済まないが武器は持っていてくれ」

「……あぁ」

その会話以降、宿に着くまで一切会話は無かった。宿の人まで冷たく感じたのは気のせいだと信じたい。

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