第35話 合流
「で、喋ったのか?」
このアクエリアスだって牢屋くらいある。そしてその牢屋のうち一つは現在使用中だった。例の爆発後、シードとミリア、そしてローサを捜索中に不審な動きをしている兵士がいるとの連絡が入り追跡、捕らえたというところである。
「ニルス指令、それがまだ口を割りません……」
何と捉えたのは新米兵士だった。名はグラム・キト、彼は捉えた人間の事も知っていた。
「少し話がしたい」
「はい、こちらに……」
牢屋の前、その兵士には別に尋問も拷問もする必要が無かったのだ。だから手荒な真似をする必要もなかった。単に確認を行ってみる。それだけの用事……
「そこのエアリー兵、お前がエアリーの隠密部隊タツマの兵士だってのはわかっている。以前ロゼーに来ただろう?お前の顔を見たという仲間がいた」
タツマは隠密部隊、単独任務が多いだろうこの兵士が一人で森を飛んでいたこと自体はまあ自然だ。どこかの情報を拠点に持ち帰るところだったのだろう、問題は彼がボルーキの方角から飛んできたということだ。何かボルーキでの情報を握っているのかもしれない、それも気になったのでニルスは捉えることを指示した。
「正解だよ、俺は確かにタツマの者……名前だけ言ってやる。ヘンリだよ……まさか帰還ルートにロゼーの船があってしかも襲ってくるとはね、これでも茂みの中を飛んでいたのだが……あの兵士、以外に目がいい」
最後にため息のオマケをつけた。
「名前だけは言うつもりのようだな?」
「だってそうだろ?俺はただ書面を運ぶ、それだけの仕事だ。それ以上のことは知らない、その書面のことで興味を持ったとしても俺は知らない」
その通りといえばその通りだった。実際、書面は封筒に入れられておりその封筒には糊で封がされていた。本当に中身を知らない……嘘かもしれないし本当かもしれない、まあそれは本人のみぞ知る所だ。
「ニルス司令、今お時間よろしいでしょうか?」
「どうした?」
兵士が一人入ってきた。慌てているが急な用事という感じでもない。
「シードとミリアが帰還しました」
ほんの数秒前まで厳しい表情をしていたニルスも頬が緩んだ。直ぐにでも向かいたいくらいだ。そしてそれを実行に映す。
「ここは任せた」
足早に2人の元へと向かうことにした。
シードもミリアも案外ケロリとしていた。流石に疲れたのか鳥小屋の前で座り込んでいたが数分でも休めば直ぐにでも復帰すると言い出すかと思うくらいだ。
「はぁ流石に応えた~」
「水が効くぜ」
実に元気そうである。心配して損したと言えるくらい元気そうだ。
「元気そうだな」
「ニスルさん、心配お掛けしました」
「いや、無事で何よりだ」
ここで開きっぱなしのハッチから外を見ると大鳥が2羽こちらに向かって飛んでくるのが見える。敵には……見えない、むしろその緑の大鳥に乗る人物には見覚えがあった。
「あれはまさか……」
間違いない、2羽のうちの片方はローサだ。
「ローサ、無事だったのか!」
「戻りました」
ローサも疲れてはいるようだが元気そうであった。一足早く帰還したシードとミリア、そして爆発直後に自力で帰還したパニィ、これで全員揃った。
「ローサ、お前の横にいる男は……」
しかしこの状況で険しい顔をしているのはシードとミリアであった。
「よお暫くぶりだな“左腕”に“黒太刀の嬢ちゃん”」
「ライナス!お前一体なんのつもりで……」
もしかしなくともローサが連れてきた彼はエアリーの兵士なのだろう……まぁローサはエアリー兵に捕まったとパニィが言っていた。という事はローサの脱出の手引きをしたのもエアリー兵、彼がそうなのだろう……
無事ロゼーに帰還、元々ロデッサの外れに陣取り必要最低限しか兵士を出していなかったため驚くことに戦死者はゼロだった。
「なるほどな……ライナス、君の状況はわかった。要はあの“死の種”とやらを止めたいのだろう?」
「あぁ、エアリーは確実に使うだろう……そうなったら最後、この世の終わりだ」
あの兵木はフォイップの新兵器であること、そして同じものがすぐにでもエアリーに配備されるということ、そしてローサが毒沼に対して耐性を持っていたということ、それがライナスの情報だ。
「ハッキリしたね」
切り出したのはヒロキ、何がハッキリしたのかというと“ブラックタウン”の謎だ。
「ブラックタウンでその“死の種”の研究をしていたんだ。地下にあったあの通路は死の土地に繋がっていたんだよ、材料となる毒沼を安全に運ぶためにね」
キオラは薬品研究が盛んだ。そこ毒沼の研究をしていても不思議はない……
「でもなんでトンネルを?物凄い距離があるし物凄い時間がかかるわよ?」
ミリアの反論、しかしこれはニルスにバッサリだ。
「いや、この資料を見てくれ……これはつい先ほど捕らえたタツマの兵士が持っていた物だ」
その資料にはフォイップが“死の種”を作ろうとしていた旨が書かれている。しかし問題はそれが何時から行われていたかだ。
「20年前から!?」
確かにトンネルを掘るのは時間がかかる。だがもし20年前のオレクス戦争時から掘っていたとするなら話は別だ。
「その時代だとサカサゴボはまだ発見されていない、毒沼を安全に運ぶにはこの方法しかなかったんだ。そしてそれを指揮したのは恐らく……」
ヒロキの補足、その先……言うまでもない真実だ。だがそれを認めたくない人間が2人いる。一人はニルス、そしてシードだ。
「ガデム国王……ヒロキはそう言いたいのか!」
案の定シードの温度は上がっていた。ニルスも上がっている……しかし彼は認めざるおえない証拠があった。
「シード、残念ながらこれは事実だろう……この資料は誰が書いたのか?シードは覚えがあるはずだろう?」
そしてシードは資料を再び、今度は2倍も時間をかけて読む……このような文字だらけのものは得意ではないシードだがこの文字には見覚えがある。そして資料の最後に書かれた名前で確信するのだ。この資料はガデム国王の息子であるウィル王子が書いたもの……それは彼と親しいシードなら納得のできる証拠だった。
「これはウィルが書いたものだと!?」
信じられるわけがない、王子はクーデター発生の時に殺されたとの情報が入っていた。初めは殺される前に書いたものかと思ったが日付はつい最近のものだ。
「シード、言っておくがあの時は情報がかなり錯綜していた。誤報があったとしても不思議ではないが少なくともあの情報は盛大に流れていた」
クラリュは当時の状況をそう振り返った。彼はシードにウィル王子処刑の情報を伝えた男だ。そしてニルスはこれまた確信に近い推測を述べるのだ。
「クレインが意図的にデマを流した可能性もあるな……」
この資料を見る限りウィル王子はガデム国王のやり方に疑問を抱いていたと見るべきである。ウィル王子がクレインに持ちかけたのか?それとも別方法で知ったのかクレインもガデム国王が裏で非人道的な兵木開発を行っていることを知る……協力してクーデターを起こした。
「クーデターを起こすところでこんな兵木があるなんて表にできない、だからクレインは“王制反対”をクーデターのテーマにした。しかしこのテーマだとウィル王子は迫害対象だ。だから殺したことにして身を隠したのだろう」
結局裏で生きていたということだ。そしてガデム国王を安否不明にしたのはクーデター側の交渉材料にするためだろう……実際はかなり危ういと見る。
「シード、あなたはこれから一体どうするつもりなの?今まで王制を取り戻すために戦っていたんじゃないの?」
ミリアの問いにシードは答えることはできなかった……ただ黙る。それを続け、そして可能な限り引き伸ばそうとしている。
「ニルスさんもよ、あなたも今まで同じ理由で戦っていた……」
ニルスは少しだけ素直だった。聞こえないほどのため息をついて口を開く、
「国王に忠誠を誓ったのは20年前、戦争が終わった時だった。敗戦宣言をした時……国王は兵士をこれ以上傷つけたくないと言っていた。しかし今この資料を見てみると思うのだよ……国王は別に兵士のために戦争を終わらせたのではない、この“死の種”が完成すればすぐにでもロデッサは取り返せると思っていたんだ」
そしてその“死の種”は使われた。最も使ったのは国王ではなくクレインだ。使った理由としては兵士の国王へ反逆心向上、対エアリー兵への牽制……まあそんなところだろうか?
「シード、私は今も国王に忠誠を誓える自信がない……君はどうするつもりだ?」
「……自分で自分の目的がわかりません」
「私もだ」
ここで静寂、黙ったのはシードとニルスだけではない、この場にいる大勢の兵士や関係者が黙り込んでいた。そしてその静寂を破るのはこのロゼーで最も新しい顔、ライナス・メルヴィルである。
「はは、ふざけるんじゃないよ左腕!王様が実は悪人でした、だからもう自分の目的がわかりませんだと?これの解決方法は実に簡単じゃないか、”新しい目的”を作ればいい」
新しい目的、それは何を目的にすればいいか?そもそもこの世界の人々は何を目的にしていたのか?
「そうね、私はお父さんを探すために戦っていた。仮にそれが叶っても叶わなくなっても……まぁやることはあるでしょ」
ミリア……
「私は……まあ生きることかな?」
ローサ……
「アタイは決まっているでしょ!シード、あんたを倒す!」
パニィ……
「まぁ楽天的でいいさ僕は好きなようにやる」
ヒロキ……
結局そうだ、このロゼーにいながら目的は一致ではなかった。それは悲しいことか?しかし少なくとも目的までも手段は一緒だ。だから目的は一緒でなくても皆ここにいる。
「目的は変わっちまうものなのか?」
「あぁ、少なくとも俺は変わったぜ」
ライナス……
「俺の目的が変わったのはつい最近だ。今まで新しい兵木を使うテスト兵士……それは個人的に名誉な事だった。新たな兵木に携わりその完成を見届ける……それを繰り返してそれを目的とした」
だが彼の目的は変わっている。
「だが今は寧ろ逆だ。今はあの忌々しき兵木を止めたい……“死の種”を止める目的の手段……それは死の種を所有していないこのロゼーにいる事だと俺は感じた」
ライナスはそのように目的が変化した。ならばシードは……結局深くは考えない、昔から考えるのは少し苦手だ。
「ライナス目的はかぶるが俺もあの死の種を止めることを目的にする。そしてこの戦争を終わらせる。どっちが勝つとかそれはもう関係ない」
宣言した。そしてニルスも深く頷き
「私もその目的に乗ろう、となると手段も同じだな……」
このロゼーで戦争を止める。死の種を止める……それが彼らの目的だ。体が震える……これは武者震いか?
「ニスルさん大変です!」
突如入ってきたのは新米兵士グラムだった。ここで一致団結となる所に空気が交じる。
「どうした」
さすがのニルスもため息気味だった。
「フォイップに……死の種が落とされました!」
どうやら個人的な目的すらどうでも良くなるほどの話題が飛んできたようだ。




